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Articles Archive for 3 月 2008

歴史・家紋 »

[18 3 月 2008 | 2 Comments | | ]

武士道という観念は、武士が具体的な戦闘で死ぬ必然性が無くなった江戸時代に入ってからイデオロギー化した。
その武士道を精神運動として美学的にサポートしたのが本居宣長をはじめとする国学者であった。
敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花 (本居宣長)
靖国神社の遊就館に入ると最初に飛び込んできたのがこの和歌である。この頃から、桜とナショナリズムが融合していったんだろうな。そして、武士道というイデオロギーもそれに近いところに存在していた。
実際は、江戸時代の後期には、武士階級はほとんどが事務員と化していた。また、仕事の無い旗本なんかは隅田川に船を浮かべて、桜を見ながら粋だとかなんとか言っていたんだろう。
だから、彼らに実際の戦闘行為が出来たかというとはなはだ怪しい。例えば、現代の公務員にいきなり刀や槍を持たせて戦えというのと同じように、当時の武士階級に、無理やり、先祖伝来の具足を付けさせて戦場に駆り出したのが、長州征伐や鳥羽伏見の戦いだったんだろうね。
そしてそこでは、多くの直参、旗本達は愚痴を言いながら、アリバイ作りのためにとりあえず、戦場に赴いたんだと思う。
逆に、幕末の戦闘において、奇兵隊とか新撰組とかの非武士階級の方が武勇をとどろかせたのは、むしろ彼らのほうがより、意識的に「武士とは何か」「戦うとは何か」「そして何のために死ぬのか」を考えるポジションにあったからだ。
ところが、その答え、一体誰のために死ぬのかという思想が、この幕末から明治維新にかけて大きくかわったんだよね。江戸時代にあった家のために死ぬ、藩のためにしんで名誉を残すというロジックが、この時期、国家のために死ぬというイデオロギーにスリ替わったんだよね。
その、国のためにパッと散ってこそ、大和心という思想の象徴として、山桜紋が国家主義的戦略組織の印として散見されるようになる。
陸軍、海軍、学習院、靖国神社、そして大相撲、今でもこれらの組織の紋所には山桜が使われているんだ。
戦国時代より以前には、桜紋はほとんど広まらず、逆に「桜」は死霊を呼び寄せる、あるいは不吉な予兆として意識されていたのに、そういった日本の伝統は幕末>明治に強引に変わったんだよね。
(2へつづく)
まさむね

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[15 3 月 2008 | No Comment | | ]

aikoが描く歌詞の世界には、少女だけが持っている、あるときは醒めた、そしてある時はシュールな、個性的な視線がある。
aikoの出世作「花火」では、いきなり宇宙から花火を上から見下ろすというインパクトの強い視線を披露した。次作「カブトムシ」での視線はすでに遠い未来。彼氏も既に死んで、自分もおばあさんになっている。
また、「桜の時」では自分の人生を距離を置いて見る冷静な視線がある。その姿は逆らいがたい運命に身をまかせた感じだ。
さらに、「花風」では、「桜の時」の時間軸をさらに進めて、その視線は転生後にまで届いている。
そして最新作「二人」では、彼氏との微妙な距離を感じさせる視線が、冷たくもかわいい。
 夏の星座にぶらさがって上から花火を見下ろして... 「花火」
 あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて 想像つかないくらいよ... 「カブトムシ」
 ゆっくりゆっくり時間を超えてまた違う幸せなキスをするのがあなたであるように... 「桜の時」
 生まれ変わってもあなたを見つける 雨がやんで晴れる様に... 「花風」
 一緒に撮った写真の中に夢見る二人は写っていたのね 後ろに立ってる観覧車に本当は乗りたかった... 「二人」
これらの視線はそれぞれに、妙なリアリティがあるが、これこそ、そaikoのオリジナリティなんだと思う。
まさむね

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[2 3 月 2008 | No Comment | | ]

どんな曲でもヒットする楽曲はその時代の現実(雰囲気)を反映しているところがなにがしかある。
そういった意味で、青山テルマ&SoulJAの「ここにいるよ」と(そのアンサーソング「そばにいるね」)は極めて同時代的な歌である。
~(前略)~
俺がもっと金持ちだったら
もっとまともな仕事をしてたら
だがPlease勘違いだけはすんな君に寂しい思いはさせたくねぇが...
~(後略)~
「ここにいるよ」(青山テルマ&SoulJA)
昨今の社会状況を考えたとき、ネカフェ難民の心情を織り込んだマジ歌が必ず出てくるに違いないと思っていたが、これは、まさに格差社会を反映した下流ソングじゃないの?
まさむね