Articles Archive for 7 月 2008
源氏物語 古典文学 »
天皇の皇統が変るときに、その漢風諡号(おくりな)に「光」がつく事が知られている。
天武系の皇統が称徳天皇で途絶えた時、天智系から即位した天皇は、光仁天皇との諡号がおくられた。
また、陽成天皇が廃された後、2代前の文徳天皇の弟、が即位。光孝天皇との諡号がおくられている。
興味深いのは、それぞれの「光」天皇の前の天皇(系統が途絶えた天皇)は2人とも歴史的な評価が極めて良くない。
例えば、称徳天皇は、道鏡という怪僧にイカれて、皇位を譲ろうとしたとか、陽成天皇は、三種の神器の一つの勾玉を覗こうとした、宮中で殴殺事件を起した等という薄暗い噂によって、不徳の天皇のレッテルを貼られているのである。
ちなみに、江戸時代の後陽成天皇は、その子の後水尾天皇との仲が悪かったが、後水尾天皇は、父帝を貶めるために、敢えてこの追号を選んだと言われている。
さて、「源氏物語」が紫式部によって書かれ、宮廷で大ブームを起していた時代、この書物は、正史には絶対書けない宮廷秘話が物語の形態を借りて表現されているというのは、公家の間では暗黙の常識となっていた。
同様に上記の「光」が、別系統の天皇名につけられるという事も常識だったはずだ。
それを考え合わせると「源氏物語」の主人公が、「光」の君と呼ばれたという事は、この物語の展開を暗示する伏線となっているということも分かる人には分かったのではないか。
その通り、物語の中では、桐壺帝の後を継いだ長男の朱雀帝の後、朱雀帝とは別系統の光源氏の子が冷泉帝として皇位につくのであった。
源氏物語の奥深さはこういった素人の邪推をもゆるす懐の深さにもあるのではないかと思う。
まさむね
時事ネタ, 社会問題 »
今回の秋葉原の通り魔事件に触れて、今から40年前に起きた永山則夫の連続ピストル射殺事件の事が気になりだす。
母親との確執、特異な少年時代、北の大地霊、染付いた訛り、劣等感…
寺山修司が内面に抱えたコンプレックスは、同様に永山則夫が抱えた問題でもあり、それは同時に、加藤智大の底流にも流れているものか。
『永山は殺人鬼という名の異常者か?そうではない。もしも、永山が最後に手に入れたのが、ピストルでなく、想像力だったとしたら、この事件はまったく性格の異なったものになったにちがいない。』
寺山修司は永山則夫に関して、上記のようにコメントした。
今、寺山が生きていたら、今回の事件をどのように評した事であろうか。
まさむね
源氏物語 古典文学 »
言うまでもないが、源氏物語は今から1000年も前の平安中期に書かれた長編物語である。
桐壺帝の子・光源氏とその後妻・藤壺とのスキャンダル
光源氏と姫君達との恋バナ
六条御息所の怨霊が巻き起こす怪奇
源氏と右大臣家との権力闘争
王朝の雅な描写
物語の底に流れる仏教観
前衛芸術(本文の無い巻で源氏の死を表現)
あらゆる要素を含んだ懐の深い孤高の文学であることに異論を唱える人はあまりいない。
ここには、ワイドショー的な俗悪と繊細な文学的描写が絶妙なバランスで存在しているのだ。
それは、現代から見ても、突出している。
例えば、1000年経った現代でも、誰が皇室のスキャンダルを小説に描けるだろうか。
井沢元彦氏は、この物語は、藤原北家がそれまでの政争の過程で潰してきた源氏を初めとする諸氏の怨念の鎮魂の物語だという。
傾聴に値する意見だし、今後、定説にすべく、より検証されいくことを期待したい。
それにしても、一般的に、歴史的名作というものは、その他の無数の作品のピラミッドの頂点に現れるものだと思う。
それなのに、源氏物語はいきなり頂点が出来ちゃったようなものだ。
奇跡というのはそういうことだ。
しかし、この物語の不幸は、日本人のほとんどがこの物語を原語で読んだことが無いという事だ。
現代語訳でも、それほど読まれていない事だ。
日本人の伝統云々を口にする輩はまず、この物語を手にとって欲しい。
勿論、私も何度目かの挑戦をしようと思う。「桐壺の巻」の壁は高い…
まさむね




