Articles Archive for 9 月 2008
政治 »
民主党の政策があまりにも、地方重視である事を先日(28日)述べたが、確かに、そのマニュフェストは都市住民向けではない。
恐らく、都市民は、政治によって何かしてもらったという実体験があまりにも希薄だ。
何らかの利益配分を得たという実感が無いのだ。
前回の2005年の衆議院議員選挙(いわゆる郵政選挙)において、東京では自民党の圧勝であったが、これは、郵政民営化が都市民に支持されたわけではないだろう。
都市に住んでいると、郵便局が公社であろうと、株式会社であろうと、実はどうでもいいことである。
それよりも、エンターテイメントとして、選挙に動員されてしまい、結果として自民党に大勝を与えてしまったのだと思う。
私も、何の義理も無いのに、思わず無名の自民党新人候補(松本洋平君)に投票してしまったが、彼は当選後、一体何をしてくれたのだろう?
最近、彼のズーッと張りっぱなしの選挙ポスターが、どれも色あせてきているのが気になる。
恐らく、今回も都市民は、より”面白い”仕掛けをする方に投票するだろう。
よくも悪くも、それが都市民の現実だと思う。
テレビのニュース番組は盛んに問題は政策だと言っているが、都市民にとっては、それは建前だと思う。煎じ詰めて言えば、都市民にとっての選挙は、”面白さ”投票であるのだ。
民主党はそのあたり、党全体として理解しているのであろうか。
テレビCMで、小沢一郎のスライドショーが、東京でも流れているが、あれは、どう見ても、田舎向けのドブ板PRだ。
すぐに、東京では、CMは、都会用バージョンに差し替えるべきだと思う。
候補者に関しては3つ提案がある。これが実現出来れば、民主党は必ず勝てる。
一つは前々から言われているが小沢一郎が東京12区、公明党の太田さんの選挙区から、比例というすべり止め無しで打って出る事。選挙後の連立の可能性を考えて、などという思いっきりの悪い事を考えている場合ではない。
恐らく、民主党の東京用のCMは、その小沢の決意を表現するようなモノにすればいいのではないか。
さらに、蓮舫を東京一区の与謝野馨のところからでも立たせる。衆議院に鞍替えさせるのだ。
この人選がベストではないかもしれないが、女性に支持者の少ない民主党としては、いずれにしても都市の女性向けのサプライズが必要だと思う。
そして、もう一つは、小泉孝太郎を説得して民主党公認候補として、進次郎が出馬を表明した横須賀に立てる事。まぁこれは、無理かな?
まさむね
TV番組 マスメディア »
先日の日曜日、テレビ東京で「大食い王決定戦」の放映があった。
他に見る番組をなかったため、だらだらと見たり、見なかったりの時間を過ごしてしまった。
大食い自慢達がただ、ガムシャラに同じ料理を食い続ける有様に、人は何故、釘付けになってしまうのであろうか。
その起源は、どこにあるのか。少なくとも文化文政時代の江戸では、食堂の宣伝用見世物として、原始的な大食い競争が行われていたという。
妻はいつも「大食いは格闘技だ」と僕に説明してくれるのだが、確かに、その他の観覧エンターテイメントが、スポーツにしろ、クイズのような知的競技にしろ、どこか禁欲的なのに対して、大食いも総合格闘技も野生的である。
歴史的に見ても、大食いブームと総合格闘技ブームというのは90年代に勃興して現在まで続いているという意味で、同時代性がある。
人間の最も原始的な行動、食物摂取を競技にしてしまったその暴力性が、総合格闘技の暴力性とどこかで同質なのかもしれない。
しかし、一方で、格闘技がジャンルとしては、ある程度、成熟しているのに対して、大食いは、まだまだこれから成長の余地があるジャンルなのではないか。
先日の放送でも、MCの中村有志が、挑戦者達に対して「神に選ばれし者のみが挑戦できるのが大食い選手権です」的メッセージを、過去の大会を含めて現在に至るまで、たびたび口にするもんだから、何か、彼・彼女達は、自分達が特別な存在であるのではないかという意識、いわばスター意識が中途半端に芽生えていて、自ら、
いわゆる「キャラ」持参で会場にやってきているように思えた。
それゆえに、彼らは、ただ、黙々とバカ喰いをするのみならず、食べ方(ハムスター喰い、汚喰い)や服装(コスプレやロシアン帽)や、表情(怖顔)等のオリジナリティを披露する。
しかし、彼らの背後にコーディネータやディレクターが付いているとも思えず、それゆえに、彼らが用意した「キャラ」の稚拙さ、凡庸さは、まだまだ、あまりにも恥ずかしい。
番組を5時間(昼間2時間、夜3時間)も見続けさせるにはあまりにもつらいのだ。
大食いが私達に無用な心配をさせるのが、勝負の後の彼らの下半身の体型問題と、摂取物の排泄問題である。
また、考えさせられるのはは、彼らの体質の異常さに対するおせっかいな好奇心だ。
大食いという、欲望解放的エンターテイメントは、本来、慎みの下に隠している我々の下世話趣味の欲望をも解放してしまうのかもしれない。
いつの間にか、テレビのこちらにいる我々のそんな下品さをも省みさせ、自分の心の奥に潜む嫌な部分をも垣間見せるこの大食い王選手権は、禁止したくなるほど、不快であるが、逆に、同時に魅力的な見世物なのかもしれない。
しかし、番組は、それらの我々の下世話な問いかけを周到に無視する。
先日の放送では、決勝の後、優勝者の西川廣幸と敗者の山本卓弥、菅原初代がプールに入ってお互いの健闘を称えあっていたが、カメラは決して彼らの下半身を向かなかった。
まさむね
政治 »
中山成彬国交相が失言に失言を重ね、最後に失言を吐き、辞任をし、さらに失言を上塗りしている。
一体、彼は何なのだろうか?妖怪なの?
あるいは、麻生首相の足を引っために、国交相を受けたのだろうか?裏切り者?
さて、麻生さんは元々、、この人を大臣にするつもりなかったという。
自称・影のフィクサー森喜朗氏が、「町村派にもう一つ大臣の座をくれないと、首相指名選挙で小沢に投票するぞ」と脅し、この人を推薦。
麻生さんは、それではしかたがないとばかりに、行革相のポストを与えようとしたら、「中山家は、私は勿論、妻も子供も財務省出身なのに、行革相など出来るか!!」と超傲慢な反発をし、しかたなく、国交相に。
そうしたら、今回の始末だ。
「成田闘争に参加した農民はゴネ得だ。」発言。これは、結果としてそう(最後まで反対を貫いた農民が金銭的に得をした)言えるのかもしれないというだけの話だ。
元々、農民達の闘争は政府による土地強奪に対する反発がきっかけで、それは理念的に正統なものだったはずだ。
中山さんのこの発言は、その正統性の理念を理解できていないとしか思えない。そういう意味で頭の悪い(理解力不足)失言である。
「日本は単一民族だ。」これは、話をわかりやすくするために、流れで口から漏れてしまったという、うっかりタイプの失言だと思う。
中山さん、さすがに、アイヌの存在を知らなかったわけではないだろう。
あるいは、過去に、中曽根さんを初め、鈴木宗男さん、平沼さんや麻生さん達が同種の失言を繰り返して苦境に追い込まれていった事実を知らなかったわけではないだろう。
いや、知らなかったの?忘れたの?記憶力も弱いの?
問題は、日教組関連の発言だ。
「大分県教委の体たらくなんて日教組(が原因)ですよ。日教組の子供なんて成績が悪くても先生になるのですよ。だから大分県の学力は低いんだよ」とか、「日本の教育のがんは日教組だと思っている」とか、もう止められなくなっ
た。下痢便的失言だ。
しかも、辞任ということになった後も、「教育に関心を持ってもらうきっかけになればいい」とか「自分の職をかけても子供たちのことを考えた」と下痢便の残り汁を、さらに垂れ流し続けている。
もし、彼が強弁しているように、これが確信犯的な行動だとしたら、彼の、日教組がダメだという論拠があまりにも稚拙だし、それに関して国民を納得出来るだけのデータも持っていないような気がする。
彼は、ただ、感情的になっているだけで、全く戦略が感じられないのだ。
日教組に関する問題提起自体は傾聴に値するので、言い方、やり方の失敗はある意味、残念だよね。
いずれにしても、この人、頭が悪すぎる。
まさむね
テレビドラマ, 芸能 »
「篤姫」での堀北真希がなかなか素晴らしい。
徳川家茂(松田翔太)に対する愛と孝明天皇(東儀秀樹)の妹・皇女・和宮としての立場の間での葛藤、天障院(宮崎あおい)との信頼の醸成、公家衆の陰湿さ(彼女達は身内であるが)に対する不快感等を微妙な表情で演じ切っているように思えるのだ。
実は昨年、和宮を堀北真希が演るということが発表された時、僕は、かなり違和感を感じた。
僕の中で堀北真希って言えば、「鉄板少女アカネ」だったのだ。
それは、コテコテの庶民キャラである。
その彼女が皇女を演じるって大丈夫っていう風に思っちゃったわけだ。
しかし、「篤姫」では彼女は素晴らしく演じている。彼女はもしかしたら凄い才能があるのかも。
ただ、苦言が一つ。
テレビナビのインタビューで以下のように述べているのだ。
「家茂さんとの収録では、実はラブシーンが大変でした(笑)。寄り添うだけでも、かつらが気になってしまい、寄り添うカタチをキープ!みたいな...(笑)」
この雑誌を見た後、家茂と和宮のラブシーンでは、彼女のかつらに目が行ってしまう。集中して見れなくなったじゃないか。
こういうこぼれ話って放映後の後日談にしてほしいよね。
このあたり、まだまだ、真の女優になりきれていないということか。あるいは周りのスタッフの問題か?
まさむね
政治 »
総選挙を前にして民主党のマニフェストが徐々に明らかになって来ている。
目玉となる政策は以下だ。
高速道路の無料化
子ども手当創設
公立高校の授業料無料
農業者戸別所得補償
年金基礎部分への公費投入
揮発油税の暫定税率の廃止
少し考えればわかる事なのだが、これらの施策によって直接恩恵を受ける層というは、かなり限られている。
以下のような人(架空の設定)にとって、あまりに篤いのだ。
群馬県嬬恋村でキャベツ農業を営む田代慎太郎さん(55)。国民年金は今まで、一度も払っていない。
妻と2人の息子、長男の嫁、3人の孫の8人の大家族。
長男は、浩さん(30)、高卒。地元出身で運送会社の下請けで個人で、遠距離トラックの運転手をしている。
子宝に恵まれて、優香ちゃん(5)を先頭に、旬君(3)と彩夏ちゃん(1)の3人の子供がいる。
同居の次男の大樹さん(17)は、地元の公立農業高校生。暴走族に入っている。
逆に、以下のような人(架空の設定)にとっては、全くメリットがない。
中野区のワンルームマンションに住むIT関連会社の契約社員の工藤幸司さん(39)、大卒、青森県出身。
将来の不安もあって、律儀に国民年金は払い続けている。
彼女もいないし、勿論、結婚の予定もない。
自動車は必要ないので、免許すら持っていない。趣味はパソコン。
僕の周りには、明らかに上記の工藤さんに近いタイプが圧倒的だ。
しかし現在、30才代後半の男性の未婚率は30%を超えているし、都会での自家用車の所有率も段々減っているという。
民主党はこれらの層の存在自体を無視するつもりなのだろうか。黙って税金払ってればいい存在だと認識しているのだろうか。
もともと、民主党が掲げるリベラリズムは、いろんな価値観を持った人々が共生して生きていける社会の実現だったはずなのに、明らかにある種の生き方をする(極めて保守的な)人々を支持する政策群をどう解釈すればいいのか。
選挙に勝たなければならないという至上命題によって、その理念を封印してしまったのだろうか。
しかし、それでも僕は次回の選挙では、民主党を支持したい。
選挙によって、政権交代が行われ、官僚と政治家の癒着が一旦は切れるというところに可能性を感じるからだ。
民主党は、公務員の給与を20%カットするなど、霞ヶ関の予算の分配に大いにメスを入れることによって、財源の確保をするという。
もし政権を奪取したら、そのお手並み拝見だ。
予算組み替えで確保された財源の本来の民主党らしい使い道は、小沢一郎の次の世代に考えてもらえばいいというのが僕の考えだ。
まさむね




