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Articles Archive for 12 月 2008

テクノロジー・ビジネス, 一本気メモメモ, 社会問題 »

[9 12 月 2008 | One Comment | | ]

エントリータイトルはホッテントリメーカーで作成!
OKウェブを追いかけていたヤフー知恵袋だけど、どちらも長く続いているよねMIXIへの追撃は出来なかったけど会員数の多さがヤフー!の強みだよなあ。
ブログ読んでいて 貿易収支と経常収支の違いが分からず検索したら
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1217015057
に、辿り着いた。
このベストアンサー書いている人は
http://my.chiebukuro.yahoo.co.jp/my/myspace_profile.php?writer=alphastuff1013
サイトの論文もすごいね
で、この人も質問している
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1020622695
もちろん、別の人があっというまにサクッと回答。
先のベストアンサーの人は
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1419151859
な質問している。
そのひといわく
以前理財局で働いているときに課長から経済モデルを学者にやらせたら予測できなかった
と言われたのを思い出しました。精神医学がわからないから辞めなさなと同じ、我々はそれでも前進しなければならないのです。
ネットでも何でも、人の営みである以上、高尚もあり下品もありですげーナー
ただ、Q&Aが集まっていて役に立つんだけど GOO知恵袋とか、看板書き換えたOEM版が検索した時に全部同じようにでてくるから使いずらいんだよね。
こういった、CGM系のサイトの栄枯盛衰も激しいなあって雑感。
掲示板という切り口よりQ&Aサイトがはやりだけど
昔は「コミュニティ」のGALAなんて自画自賛で上場していても、ブログブームやQ&Aサイトブームにはコミットできなかったね
いまはオンラインゲームやってるのか・・・・・
ちょっと支離滅裂エントリー

一本気メモメモ, 政治 »

[9 12 月 2008 | No Comment | | ]

またまたコピペ
<ちょっと面白かったので紹介>
・小説 麻生内閣を殲滅せよ
http://tech.heteml.jp/2008/12/post_1216.html
 ・小説の前書き 中川のジレンマ
http://tech.heteml.jp/2008/12/post_1217.html
引用元
http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20081208#c1228741358

政治, 時事ネタ »

[9 12 月 2008 | No Comment | | ]

先頃、自民党から3年間で2兆円、140万人の雇用創出を盛り込んだ雇用対策案が、麻生総理に提出された。
これって、金額だけ見ると、本格的な雇用対策のようにも見えるだけど、おそらく企業経営側、そして、現在失業している人達、ようするに全ての人々にとって、多くの疑問が残るところだろう。
内容に関しては、雇用した企業に対して、一人当たり最高100万円の補助とか、職業支援センターの充実とか、雇用保険期間の延長とからしいが、どれもこれもパッとしない。
本当に大丈夫なのって内容なのだ。
まず、雇用時の100万円だけど、政府が労働者に持参金を付けて、あと、よろしくって事でしょ。
元々、仕事がなくて、派遣社員、期間工なんかが解雇されているんだから、そんなことしたって、意味ないよね。
企業にしてみれば、それよりも発注してよ、ってことだからね。
さらに、こういう制度を利用した悪質な詐欺なんかも出てきそう。
書類上で就職させて、月・数万円だけ給料上げて、3ヶ月後に、もう来なくていいよみたいな事を、狂言でやるとかさ。
勿論、そのあたり、政府は、そういう事が無いように十分考えているんだろうけどさ。
先日の定額給付金のドタバタを見てると、政治家がやるって先に言っちゃったもんだから、後で行政が取り繕おうとして無理が出て、みたいな流れも有り得なくないからね。
さらに職業支援センターだけどさ、これって職安を充実すればいいっていう話じゃないのでしょうか。
普通の国民感覚だと、また新しい天下り先が出来るわけね。って思うよ。
それにしても、僕も昔、何度か職安に行ったことあるけど、職員やる気ないよね。
そして、そこに足を運ぶ人たちは、ただ、手当てが欲しくて行ってるんだけど、あの30人くらい立たせてさ、一人づつ名前読んで書類渡すの辞めて欲しいよな。
全く繊細な配慮なし。
職業支援センターっていうなら、職安の人たちをにまず全員馘首にしてから、対人関係支援プログラム受けさせて、使いものになるんだったら再雇用したら。
あと、関係ないけど、あのハローワークって言い方いまだに納得できない。「こんにちわ仕事」っていうの?英語にもなってないんじゃないの?
さらに、雇用保険期間の延長だけど、今、確か、雇用保険って月々かなり安いよね。
数百円だったような...僕はそれを3000円ぐらいにしてもいいから、セーフティーネットを充実させて欲しいと思うよ。
値下げするなんてのは、本当に目先の微々たる”媚売り”以外の何物でもない。
もっとも、私の仕事館なんか作られちゃうのも、それはそれとしていかがなものかと思うけどね。
それはともかく、そもそも、僕が思うに、雇用対策っていうのをそれだけで考えるんじゃなくて、今後、日本をどうして行きたいのか、という視点から考えるべきだと思うわけ。
政治家のビジョンが無いから、とにかく、現状の社会を、いかにごまかしながら継続させるかみたいな話になっちゃうんだよね。
例えば、給料が減ったとしても、社会として必要なNPOだとか、環境対策だとか、医療・介護だとか、教育だとか、農業だとか、どの分野を日本のドメインにするべきかっていう大きな方針を決めてもらって、それに従った、労働者移動を考えて欲しいよね。
麻生首相の場合、彼が、どういう日本にしたいのかってことが全く伝わってこないのが問題。
例えば、「とにかく、環境技術に関して、日本を世界のトップレベルにしたい。日本が世界と闘っていえる武器にしたい。そのために、人材をそちらにシフトすべく、雇用対策+補助をします。」みたいなさ。
そうすれば、それに対して、国民だっていい、悪い、賛成、反対の意思が表せるでしょ。
現状だと、麻生さんって、別に普通にやってくれればいいものの、一人でエラーを重ねて、自滅してって、知ったかぶりして、またすべって、転んで、しかも何をやりたいのかも見えない感じ。こっちも辛いよね。
しかし、この年の暮れに、解雇を言い渡された大工場の期間工、派遣社員の人たちは本当にかわいそうだよね。
おそらく、トヨタならトヨタ、キャノンならキャノンで何年も働いて「俺は世界のトヨタ(キャノン)をささえてるんだ」っていうプライドを持って、必死に頑張ってきたんだろうけど、「来月から来なくていい。ごくろうさん」ってのはお金の問題以上に、そういった労働者のプライドを大いに傷つけると思うんだ。
奥田さんとか、御手洗さんなんかの話を聞いていると、全く哲学とか無いよね。無関係な僕でも情けなくなるよ。
また、一方、それに対して、正社員の人たちはどう思ってるんだろう。いままで隣で働いていた人がどんどん首切られてさ。「俺じゃなくてよかった。」とか思ってるのかな?
テレビも是非ともそういう人たちの気持ちを聞かせて欲しい。
本当は、定年退職間近で、対して仕事してないくせに、年功序列で莫大な賃金取ってる人たちいるんじゃないのかな。
ワークシェアっていうのはちょっと胡散臭そうだけど、おそらく、原資の分配に関して、考えないといけない時期でしょ。期間工の首切るんじゃなくてさ。
っていうか、テレビ業界自体が一番そういう意味での格差があるところなんだっけ。だから、下請けのADが居なくなっても、しょうがない位の感性しかないんじゃないかって疑いたくもなる。
テレビのコメンテーター達は、今まで株主に配当していた金を賃金に回せばいいとか、言ってるけど、そういう問題なの?僕はよくわからないけどね。
さらに、僕が一番心配していることは、そういう風に首を切られて、しかも一人づつ放り出された人たちが、いわゆる金無し、人間関係無し、夢無しの状態になってしまい、生き甲斐(プライド)を失っちゃうって事。
僕には何も出来ないけど、本当に頑張って欲しいと思う。
まさむね

テレビドラマ, 社会問題 »

[9 12 月 2008 | No Comment | | ]
似すぎてないか「イノセント・ラヴ」と「ラスト・フレンズ」

「イノセント・ラヴ」の展開が、ますます「ラストフレンズ」に近づいてきているように思う。
勿論、両方とも、浅野妙子脚本、スタッフも同じというから、同じような色合いのドラマになるということは予想されていたことだが、登場人物達の苦悩の種類まで似ているのだ。
例えば、「ラストフレンズ」の瑠可(上野樹里)は、性同一障害を自分の中に抱え込み苦悩するが、「イノセント・ラヴ」の昴(成宮寛貴)は殉也への同性愛という感情を抱えている。
おそらく、次の展開としては、昴の、殉也(北川悠仁)への想いが、や殉也本人、あるいは聖花(内田有紀)にバレることによる新たな苦悩発生の可能性が高い。
また、「ラストフレンズ」のタケル(瑛太)は姉からの性的虐待を受け、そのトラウマにより、女性恐怖症に苦しむが、「イノセント・ラヴ」の佳音(堀北真希)も父親からの性的虐待を受けていた。
さらに、その虐待に対して、彼女はついにナイフを持ち出し、父親を刺殺するが、その現実を受け入れる事が出来ない彼女はその事実を無意識的に意識から排除、いわゆるPTSD状態なのである。
そして、彼女の兄・耀司(福士誠治)は、その事実を隠蔽するために自分が罪を背負い、家に火をつけるという過去を持ってる。しかも、耀司自身も妹の佳音に対して近親相姦的な恋愛感情を抱いているのである。
さらに「ラストフレンズ」の美知留(長澤まさみ)とその恋人の宗佑(錦戸亮)は、小さい頃からネグレクト状態で育てられるという生育環境のため、宗佑は美知留にたいしてDVを行ってしまう。
また、逆に美知留も宗佑からのDVに対して無意識的な依存関係に陥っている。
心の傷という意味では、本日の放映された「イノセント・ラヴ」の第8話でも、殉也が深い失恋状態から常軌を失う。
婚約者の聖花のために、献身的に尽くしてきた殉也だが、彼女の愛が殉也にはなかったという現実を思い知らされ、呆然としてしまうのだ。
ようするに2つのドラマとも、登場人物達は、それぞれの心と闘わなければならない状態なのだ。
それゆえに、彼ら、彼女らは、一様に暗い。
また、だからこそ、一様に優しく思いやりがある。
さらに、現実世界における、いわゆる欲望に関して希薄である。
それは勿論、性的関係においてもそうだ。「イノセント・ラヴ」では殉也は佳音との間にSEXを匂わすものは一切無いのだ。
浅野妙子ドラマが現代人に受けているとすれば、おそらく、内面的苦悩を抱えた若者、あるいはそれに共感出来る人々が確実に増えているという事ではないだろうか。
それは、同時に、心の闘いを乗り越えるために、他者からの絶対的承認、すなわち愛が必要なのだということを切実に感じている人々も増えているという事だと思われる。
日本の恋愛史について特に詳しいわけではないが、多くの日本人にとって、恋愛というものは長らく、結婚のための通過点であった。
というよりも、おそらく恋愛経験をする以前に、人々は結婚したし、あるいは、性的な対象として相手を希求し、そしてそれが実現するに及び、結婚に至るという流れだったと思う。
しかし、「イノセント・ラヴ」も「ラストフレンズ」も、登場人物達の関係の先に結婚という道筋が強く見えてこない。
それが、現代的といえば、確かにそうかもしれない。
ここ数年、いわゆる”出来ちゃった結婚”が増加しているという事実もそれを裏付けている。
結婚というものが恋愛の結果ではなく、妊娠の結果としてしかないという事を意味しているからだ。
おそらく、このような若者のメンタリティが続くとするならば、少子化はますます進むであろう。
託児所を沢山作るということは、それはそれで大事なことではあるが、少子化対策の本質とはずれているようにも思える。
元、TVの番組ADだった小渕優子大臣。
お分かりかとも思うが、予算を使うことばかり考えないで、根本に立ち返り、これらの最近のドラマをご覧になられたらいかがだろうか。(余計なお世話か?)
さて最後に全く関係ないが、神父役の内藤剛のクレジットに特別出演とあるが、ほぼ毎回出演しているし、失礼だが、それほどの大物だろうか?
ちょっとした疑問でした。
まさむね

ビートルズ »

[8 12 月 2008 | No Comment | | ]
暴力的なジョンだからこそ、愛と平和を語ったのだ

今日はジョン・レノンの命日。今年もこの季節が来た。
僕はいまだに「ハッピークリスマス」を聴くと無条件に泣いてしまう。
さて、ジョンは一般的に「愛と平和の使者」と言われているが、彼がそこにたどり着く道筋は決して平坦ではなかったと思う。
彼自身、こう言っている。
「愛と平和を語る者というのは常にもっとも暴力的な人間だ。」
今から50年~60年前のイギリスは(現在も?)、いわゆる階級社会である。
貴族階級の子弟はみんな、寮制のプライベートスクールに行く。そこでは、紳士たることを教育される。
労働者階級の子供は、労働者になるべく訓練されるパブリックスクールに押し込まれる。
そこで、ビートルズの個性的な面々、特にジョンがそんな学校からはみ出ていくのは必然だった。
そう、ジョンは元々、極めてやんちゃな少年、反抗的で手の付けられない不良だったのである。
小学校のときの通信簿に「見込みが無し。」って書かれたのは有名な話だ。
勿論、修行時代のハンブルグでのやんちゃぶりも伝説として残っている。
道を通る尼僧(シスター)達に向かって、2階から「洗礼~」って叫びながら小便をしたとかね。
そして、大人になって、ビートルズとして成功した後でも、今度は徐々にビートルズという枠に対して不自由を感じるようになったジョン。
この頃は、妻のシンシアに対しての家庭内暴力が激しくなったという。
確かに、嫉妬深くて、暴力的なジョンの作る歌の歌詞にも影を落としている。
-You Can’t Do That 1964年-
I got something to say that might cause you pain,
If I catch you talking to that boy again,
I’m gonna let you down,
And leave you flat, Because I told you before, oh, You can’t do that.
ご機嫌をそこねるかもしれないが 言っときたいことがある
あいつとは二度と口きくんじゃない
今度見つけたらとっちめてやる
コテンパンにしてやるからな
前にもはっきりいったはずだ そんなことするなって
-Run For Your Life 1965年-
You better run for your life if you can, little girl
Hide your head in the sand little girl
Catch you with another man
That’s the end’a little girl
一目散に逃げ出すこった
できるもんならな リトルガール
浮気現場を抑えたらお前を生かしちゃおかないぜ
-Getting Better 1967年-
I used to be cruel to my women
I beat her and kept her apart from the things that she loved
以前は恋人にもひどいことをした
殴りつけたり 好きなことをやらせてあげなかったり
しかし、そんなジョンも1968年あたりから、その思想を愛と平和に傾斜させていく。
彼の内面に、どんな変化があったのか。
ベトナム反戦運動の激化、黒人民権運動、ウーマンリブの高まり等、様々な時代の激流がその時期に起きているのは事実だ。
勿論、ジョンの思想的目覚めに関しては、一般的にはヨーコとの出会いというのが大きなファクターと言われているが、それは、多分にジョンの死後に増幅されたイメージによるところも多いようにも、思える。
今後、客観的な研究成果が待たれるところだ。
そして、ビートルズ解散後、社会運動にのめりこんで行くジョンであるが、おそらく彼の心の中では、暴力的な部分と、愛と平和の使者としての部分の葛藤を持ち続けたのであろう。
彼は自分の半生を振り返り、暴力的だった自分、嫉妬深かった自分、横暴だった自分を反省し、本来の自分に回帰しようとする。
それが、「ジョンの魂」というアルバムで結実するのだ。
おそらく、それがジョンの正直なところだ。
表現者にとって、最も大事な資質は、個性、新しさ、そして、正直さの3つだと思われるが、ジョンはそのうちの3つ目、正直さが他に比べて抜きん出ている。
だからこそ、僕達は、先ほども書いた以下のような彼の言葉を信用出来るのだ。
「愛と平和を語る者というのは常にもっとも暴力的な人間だ。」
さて、最近、元航空幕僚長の田母神氏の論文などを読むにつけ、日本の戦前の侵略の歴史が、あたかも無かったかのように伝説化される傾向が見られる。
さらにそれと平行して集団的自衛権の容認、はては、核武装論等の論議が起きている。
それぞれ、一つ一つの議論に関して、僕は必ずしも100%反対ではないが、それでも、日本が過去に犯した侵略の歴史を自覚し、反省するところからしか、愛と平和を語る事は出来ないのではないかと思う。
よく、日本の軍事的暴走の歯止めとしての憲法9条というような言い方があるが、極論するならば、僕にとっての9条はまさしく、ジョン・レノンという存在である。
まさむね