団扇紋 -悪鬼を払い、霊威を呼び寄せる神具- 奥平信昌、加藤高明、久米宏...
18 1 月 2009
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団扇紋にはいくつか種類がある。
1)普通の団扇(うちわ)紋
2)大相撲の行司が持つのと同じ、軍配扇紋
3)天狗が持つという羽団扇紋
この中で数が多いのが軍配扇紋。
平安時代の武士勃興時代に関東で幅を利かせた児玉党武士団が使用しはじめたといわれる。
多くの家紋の中でも歴史が古い部類に入る。
軍配の采配一つによって、自らの武士団の運命が左右される重要な道具だ。
と同時に、古くから悪鬼を払い、霊威を呼び寄せるという意味合いで、神事などにも用いられてきたのである。

羽団扇紋(左画像)は、駿河の浅間神社の神紋として知られている。
浅間神社は木花咲耶姫命を奉っているが、富士山信仰と深い結びつきがある。
団扇紋を使用はそれほど多くない。全国分布では、福井県で27位、埼玉県で28位。
有名人は以下。

米津常春。1524年 - 1612年、武将。
三河国碧海郡米津出身。幼名は藤蔵。米津氏は松平氏の譜代の家臣。徳川十六神将に数え桶狭間の戦いの際にも三河衆の先鋒として従軍。子孫は武蔵久喜藩、出羽長瀞藩主として明治まで存続。家紋は米津羽団扇紋。画像は東久留米・米津寺にて撮影。

奥平信昌。1555年 - 1615年4月11日、武将。三河国の有力国人・奥平貞能の長男。徳川家康の長女・亀姫を正室としたので、家康の娘婿として重用される。長篠の合戦時に、長篠城で篭城し武田軍を苦しめる武功を上げ、信長より信昌という名前を賜る。奥平家は、豊前国中津藩幕末をむかえる。

児玉源太郎。1852年4月14日 - 1906年7月23日、武士、陸軍軍人。周防国都濃郡徳山村出身。徳山藩の中級武士(百石)兒玉半九郎の長男。日露戦争全体の戦略の立案を担当。最終階級は陸軍大将。「太陽にほえろ!」等のテレビ映画監督で有名な児玉進は曾孫。家紋は唐団扇笹紋。画像は多磨霊園で撮影。

加藤高明。1860年1月25日 - 1926年1月28日、外交官、政治家。尾張藩の下級藩士・服部重文、久子の次男として出生。正二位 大勲位 伯爵。第24代内閣総理大臣となり、首相在任中に治安維持法、普通選挙法を成立させ日ソ基本条約を締結。ソ連と国交を樹立させる。家紋は六つ唐団扇紋。画像は青山霊園にて撮影。

万年東一。1908年9月10日 - 1985年3月28日、活動家、総会屋。山形県飽海郡松嶺町で生まれ。終戦後、愚連隊・万年一派の頭領となる。その後、松永高司が全日本女子プロレスを設立すると、初代会長に就任。右翼団体「大日本一誠会」を結成。総会屋としても活動する。家紋は、丸に羽団扇紋。

久米宏。1944年7月14日 - 、アナウンサー・タレント・司会者。埼玉県浦和市出身。戦時中は埼玉県児玉郡(武蔵七党・児玉党の本貫)に疎開。嫡流・久米氏は唐軍扇紋。祖・時国の時に佐渡流罪の日蓮を久米川まで見送った事から久米氏を称するようになった。代表司会番組『ザ・ベストテン』『報道ステーション』等。

鞍馬天狗。幕末期、勤王志士。大佛次郎の大正・昭和期における時代小説の主人公。幕末期を舞台にし剣は一刀流の凄腕。時には短筒も使う。その素性は謎が多く天狗党の生き残りではないかと言われた。何度も映画化され特に嵐寛寿郎が主役の映画作品は有名。画像は鞍馬寺の寺紋。
まさむね





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