丁子紋 -南洋に対する想いを表した紋- 富永一朗、海音寺潮五郎、把瑠都...
26 1 月 2009
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丁子とは、モルッカ諸島原産の常緑樹。
その蕾を干したものは、香料、薬として珍重されたという。
一般的には、この薬を珍重した藤原系の家(押公路、前田、甲藤など)が使用したといわれているが、もしかしたら、南洋からの移民が先祖を忘れないために紋にしたのかもしれない。
だから、この紋の使用家は、九州全般、特に鹿児島県(16位)に多い。
また、その他では、富山県(19位)に多い。おそらく薬の名産地(富山の薬売り)と関係があるのではないだろうか。
使用する有名人は以下。

英一蝶。1652年 - 1724年2月7日、日本画家。
京都生まれ。本姓は藤原、多賀氏。読みは、はなぶさいっちょう。父・多賀伯庵は伊勢亀山藩の侍医。肉筆浮世絵に近い風俗画に優れた作品を残すも、生類憐みの令に違反で三宅島へ流罪となる。家紋は五つ丁子紋。画像は池上本門寺の英家墓所にて撮影。

川路利良。1834年6月17日 - 1879年10月13日、警察官僚。薩摩藩与力、川路利愛の長男として薩摩国鹿児島近在の比志島村に出生。禁門の変で戦功を挙げ西郷隆盛や大久保利通から高く評価された。欧米の近代警察組織の骨格を日本で初めて構築した日本警察の父。家紋は六つ丁子車紋。画像は青山霊園にて撮影。

野津道貫。1841年12月17日 - 1908年10月18日、軍人、政治家。鹿児島城下高麗町の下級藩士・野津鎮圭の二男。幼くして両親を亡くした。戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争に参戦。最終階級は元帥陸軍大将。兄の野津鎮雄も長じて陸軍中将となる。家紋は六つ追い丁子紋。青山霊園の墓所にて撮影。

浜田玄達。1855年1月14日 - 1915年2月16日、医学者。肥後国(熊本県)大岳村出身。日本の産婦人科学のパイオニアとして日本婦人科学会を創立、会長を連続務めた。また、帝大医科大(東大)教授、医科大学長、宮内省御用掛もつとめた。家紋は丁子片喰紋。画像は雑司ヶ谷霊園にて撮影。

竹内明太郎。1860年3月20日 - 1928年3月23日、政治家、実業家。高知県宿毛市出身。竹内綱の長男で吉田茂の長兄。自由民権運動に関わり、自由党に入党。小松製作所、日産自動車の前身の快進社、早稲田大学理工学部を設立。家紋は左三つ丁子巴紋。画像は多磨霊園にて撮影。

町田忠治。1863年5月17日 - 1946年11月12日、政治家。出羽国秋田郡久保田城下に秋田藩士・町田伝次の四男として誕生。愛称はノンキナトウサン。国務大臣、大蔵大臣、商工大臣、農林大臣、民政党総裁などを歴任。一時期、報知新聞社社長も兼任した。家紋は右二つ丁子巴紋。

藤山雷太。1863年9月13日 - 1938年12月19日、実業家。肥前国松浦郡大里村の庄屋・伊吹家の三男として出生。芝浦製作所(後の東芝)の支配人、王子製紙の専務取締役を歴任。歌舞伎座取締役として帝国劇場の創立にも関わる。慶應義塾大学構内に銅像がある。家紋は六つ丁子紋。画像は多磨霊園にて撮影。

野口寧斎。1867年4月29日 - 1905年5月12日、漢詩人。長崎県諫早出身。漢詩人であり官吏の野口松陽の長子。明治期漢詩界の大家森槐南の一番弟子。七言律詩によって評した「韻語陽秋」が人気を博し、『太陽』や『めざまし草』などに連載された。家紋は二重丸に違い丁子紋。画像は青山霊園にて撮影。

清水澄。1868年9月27日 - 1947年9月25日、憲法、行政法学者。石川県金沢市出身。宮内省及び東宮御学問所御用掛となり、大正天皇、昭和天皇に憲法学を進講した。最後の枢密院議長として新憲法の審議に尽力したが日本国憲法が施行された後に自殺。家紋は折入り角に右一つ丁子紋。画像は青山霊園にて撮影。

山本昇雲。1870年12月30日 - 1965年5月10日、報道画家。高知県長岡郡後免町に旧土佐藩・山内家の下級武士で古物商を営む家の次男として出生。本名は茂三郎。20年間にグラフ誌「風俗画報」の表紙、口絵、挿画など1300点を描く。代表する日本画も残す。家紋は現在確認中。画像は青山霊園にて撮影。

藤村操。1886年7月 - 1903年5月22日、旧制一高の学生。北海道出身。祖父の藤村政徳は盛岡藩士。日光の華厳滝で自殺。当時の社会に大きな影響を与えた。また、当時、藤村のクラスで英語担当だった夏目漱石の精神にも大きな打撃を与えた。家紋は六つ丁子に釘抜き紋。青山霊園の藤村家の墓所にて撮影。

宮川竹馬。1887年4月18日 - 1964年8月27日、実業家。高知県幡多郡入野村早咲出身。戦後復興期の電力業界人として活躍。1951年電力九分割によって誕生した四国電力株式会社の初代社長となる。その際、電力九分割案を松永安左衛門と協力してつくった。家紋は、丸に三丁子紋。多磨霊園の墓所にて撮影。

大麻唯男。1889年7月7日 - 1957年2月20日、政治家。熊本県玉名市出身。東條内閣の国務大臣として初入閣を果たし「東條の茶坊主」と呼ばれた。政党政治家として戦前から戦後にかけて政友本党、立憲民政党、改進党、日本民主党、自由民主党等を渡り歩く。家紋は六つ丁子車紋。青山霊園にて撮影。

海音寺潮五郎。1901年11月5日 - 1977年12月1日、小説家。鹿児島県伊佐郡大口村生まれ。本名は末富 東作。第3回直木賞受賞。史伝文学の復興に対する功績があった。代表作は『西郷隆盛』『天と地と』『海と風と虹と』『悪人列伝』等。家紋は五つ丁子。写真は、和田堀廟所の墓石。

富永一朗。1925年4月25日 - 、漫画家。京都府京都市生まれ。大分県佐伯市育ち。1976年より1994年まで放送された長寿番組『お笑いマンガ道場』に出演。代表作は『チンコロ姐ちゃん』『ポンコツおやじ』など。家紋は地抜き左二つ丁子巴。画像は、すがも平和霊園の墓所にて撮影。

増位山太志郎。1948年9月16日 - 、大相撲の力士。大関増位山大志郎の長男として東京に生まれる。本名は澤田昇。最高位は大関。現年寄・三保ヶ関。歌手として「そんな女のひとりごと」「そんな夕子にほれました」等のヒット曲がある。家紋は三保ヶ関部屋の玄関にある隅切り角に違い丁子紋。

把瑠都凱斗。1984年11月5日 - 、大相撲の力士。エストニア共和国出身。スウェーデン系。エストニア柔道ジュニア王者を経て大相撲入り。入門前、バーの用心棒を務めていた。最高位は大関。得意技は左四つ、寄り、吊り。家紋は入門時所属の三保ヶ関部屋の隅立て角に違い丁子を受け継ぎ丸に違い丁子。
まさむね




