洲浜紋 -水神を奉った浜辺の豪族の紋- 小田氏治、最上徳内、本田親雄...
26 1 月 2009
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州浜は、神仙が住む蓬莱島のこと。
海の向こうにあると言われている究極の幸せの国への憧れがこの紋に現れている。
和歌山県(24位)、徳島県(25位)で多い。

小田氏治。1534年- 1602年1月6日、戦国大名。
常陸の大名小田氏の15代(最終)当主。上杉氏・佐竹氏・宇都宮氏らと抗争を繰り返す。秀吉の小田原征伐に際し、秀吉軍に参陣せず豊臣方の佐竹氏に反旗を翻し小田城奪還の兵を起こしたことを理由に所領を没収される。家紋は洲浜紋。

奥田行高。1678年 - 1703年3月20日、赤穂浪士47士の1人。赤穂藩浅野家家臣の近松小右衛門行生の五男として誕生。赤穂藩ではまだ家督前の部屋住みだった。吉良邸討ち入りの際には裏門隊に属した。享年26。主君浅野内匠頭と同じ江戸の高輪泉岳寺に葬られた。家紋は丸に洲浜紋。

最上徳内。1754年 - 1836年10月14日 、探検家。出羽国村山郡楯岡村の普通の農家出身。江戸へ出て、天文や測量等を学ぶ。後に千島、樺太を探検。『蝦夷草紙』『渡島筆記』『蝦夷方言藻汐草』などを著す。江戸時代には珍しく農民から商人、武士へと立身出世した。画像は蓮光寺にて撮影。

本田親雄。1829年10月3日 - 1909年3月1日、武士、官僚。薩摩藩の藩士本田弥右衛門の長男として生まれる。寺田屋事件のときには負傷者を救護。維新前国事に尽力し、元老院大書記官、元老院議官、貴族院男爵議員を歴任。家紋は丸に頭合わせ三つ洲浜紋。青山霊園の墓所にて撮影。

園田孝吉。1848年2月23日 - 1923年9月1日、官僚、実業家。大隅国太良村に薩摩藩士・宮内健吉の長男として出生。のち、同藩士・園田沢右衛門の養子となる。松方正義の推薦により横浜正金銀行頭取となる。後に東京倶楽部理事や帝国運輸倉庫社長など数多の会社役員を務める。画像は青山霊園にて撮影。
まさむね




