Articles Archive for 2 月 2009
TV番組 マスメディア »
今週火曜日の「ライオンのごきげんよう」。
ゲストは、小倉智昭と兵動大樹とはるな愛。
そこで、兵動大樹が、CMで耳にした音楽のCDが欲しくて、CDショップに言った時の話をしていた。
題名がわからないので、何人もの店員(最初の店員>CD担当の店員>洋楽担当の店員)にたらいまわしにされ、そのたびに、音楽を歌わされたが、結局解らなかったという話である。
さて、そこまではよかったのだが、ここで、突然、その曲がスタジオに流れた。
「オフ・スプリング」というアメリカンロッカーの曲だった。
そこで、気になるのが、その場に居た小倉さんのコメントだ。
なにしろ、小倉さんは、「特ダネ」でエンタマイスターを自称している音楽マニアである。
誰でも、ここで小倉さんの気の利いた豆知識、そうでなくても曲の題名などを披露してもらいたいと思うだろう。
ところが、小倉さんは、小声で「あ~、オフ・スプリングねぇ」と言ったっきり黙ってしまったのだ。
残念だ。小倉さん、せっかくのど真ん中のストライクを生かせず。
どうでもいい話ではなるが、ここに書いておかないと記憶のかなたに消えてしまいそうなので記しておきます。
関係ないが、アデランスはいつまで「特ダネ」のスポンサーを続けるのだろうか。
まさむね
歴史・家紋 »
徳川家康が幕府を開き、江戸の町を作ったときに、風水的な備えをした事はよく知られている。
例えば、日光東照宮を江戸城の真北に、鬼門(東北)に東叡山・寛永寺を置いた。
それから、約260年後、大政が奉還されて、江戸城は官軍に明け渡され、明治時代が始まった。
明治政府は幕府とは違う霊的防御をしようとした。
その中心的施設として、新政府のために命を落とした霊を顕彰するために、1869年に東京招魂社を創ったのである。
東京招魂社は最初、上野の山に建設するという案もあったようだが(木戸孝允案)、上野は彰義隊の血が流れた生々しい土地という事で、結局は大村益次郎案が採用され、九段になったという。
これが、後の靖国神社である。
この靖国神社の鳥居が神田明神の真正面を向いている事、冬至の太陽が沈む方向に江戸の浅草寺を見る場所にあるという事、そしてその真反対の方向に明治神宮があるという事の意味は、神社の系譜 なぜそこにあるのか (光文社新書)に詳しいが、僕は、霊的都市東京は、それだけで完成したわけではなかったと思っている。
明治政府は、1869年に東京招魂社が建立されてからの5年後の1874年に谷中霊園、青山霊園、雑司が谷霊園を創っているのだ。
実は、この三霊園に築地本願寺[1]を加えた4つの墓所を線で結ぶと正確に長方形になる。
そして、その長方形の中心に靖国神社がある。
これは単なる偶然であろうか。
さらに、その後、1923年に多磨霊園を増設。この霊園は、靖国神社のほぼ真西に存在している。(これで、明治維新から戦前に作られた都内の大霊園がすべて意味ありげな配置にあることがわかる。)
また、染井霊園は江戸時代から続いている墓地であるが、靖国神社のほぼ北に、両国の回向院はほぼ東に位置している。[2]
上記のように見てみると、靖国神社が、絶妙な位置にあることに改めて驚愕する。
それぞれの墓地に眠る有名人の一部を以下に上げてみよう。
築地本願寺 佐藤栄作、樋口一葉、服部良一、海音寺潮五郎...
染井霊園 若槻礼次郎、幣原喜重郎、岡倉天心、高村光雲...
雑司が谷霊園 小泉八雲、夏目漱石、東條英機、永井荷風...
青山霊園 吉田茂、大久保利通、池田勇人、志賀直哉...
多磨霊園 東郷平八郎、高橋是清、三島由紀夫、岡本太郎...
明治政府は、死者達に守られた霊的空間東京を作ろうとしたのである。東京は、外部からの邪悪な霊を死者の力によって防御しようとした極めて強固な霊的要塞に守られていると言うべきなのだ。[3]そして、もしそうであるとするならば、安易に靖国神社を廃社したり、国立慰霊施設を別の場所に設立するなどということは慎重にすべきかもしれない。
今後、考察を続けたいテーマである。
[1]ただし、築地本願寺の墓地は関東大震災を契機として1934年に和田堀廟所が作られ、多くの墓が築地から移築されている。
[2]したがって、両国国技館も靖国神社のほぼ真西に位置する。ちなみに、靖国神社の真南には国会議事堂と東京タワーもある。
[3]また、最近の都市伝説として、東京を一周する山手線の東北-西南にそれぞれ位置する、上野と渋谷にある、西郷像とハチ公像の犬が東京を守るための狛犬との説もあって興味深い。(なおすけの都市伝説)より
まさむね
日常雑事 雑感, 漫画・アニメ »
いつも肝炎の注射をしてもらっている診察室には4つのベッドが並んでいて、各ベッドには、1,2,3,5という番号がついている。
行く度に、4が欠番になっているのが気になる。
太い注射なので、いつも3と5のベッドの間を何気なく見てしまう。
目に見えない4番のベッドがあるというような空想にいつも襲われるのだ。
◆
何週間か前に、「ゲゲゲの鬼太郎」でこの不在の4番に住み着く妖怪=達磨についての回があった。
大雑把に言えば、昨今、人間が4という数字に恐れを抱かなくなったせいで、それらの妖怪が人間の世界に出てきてしまってトラブルを巻き起こす話である。
確かに、最近は街では”4の欠番”をあまり見なくなった。
子供の頃によくバスで通った中野から新宿行きのバスの窓から見えた水道通りにあった駐車場とか、浅草国際通り沿いのサウナとかいくつかは記憶に残っているが、今はどうなっているのだろう。
誰か、4の欠番が東京の何処で見られるかというような「東京欠番4マップ」を作ってくれないだろうか。
◆
サン=テグジュペリは「星の王子様」の中で「大切なものは目に見えない」という名言を教えてくれたが、僕等はどうしてもいつの間にか、そんな事を忘れてしまうような毎日を送っている。
おそらく、僕等の先祖は目に見えないものを想像することに長けていた。
風の音や、木の匂い、巨石の冷たさ、そしてフッと我に返った時に感じる「あれは何だったんだろう」という瞬間に、神や妖怪を感じていたんだと思う。
現代の僕達だって、たまに、神社とか霊園に足を運ぶと、そういう過去の想像力を、刹那、蘇らせることが出来るような気がする。
僕は、そんな「気のせい」が、どこからともなくやって来る一瞬が、何ともいえなく好きだ。
境港の水木しげるロードで、「こなき爺(左絵)」や「あかなめ」のブロンズ像と一緒に写真を撮るのもいいと思うけど、どうしても、川のせせらぎに「小豆洗い」を感じる一瞬にも愛おしさを感じざるを得ない。
まさむね
政治 »
遂に小泉さんが口を開いた。
先週の木曜日、「郵政民営化を堅持し推進する集い」で麻生批判を展開した。
マスコミは騒然である。
もっとも、ほとんどのニュースやワイドショーで、多くのコメンテーター、例えば、「スッキリ!!」のさかもと未明氏、「ピンポン!!」の内野雅一氏、「報ステ」の寺島実郎氏から、「サキヨミ」の長島一茂氏までもが、小泉発言に対する騒ぎ過ぎをたしなめていたが、政治をとりまく報道の空気が一気に変ったのは事実だ。
常識的に言えば、「何を今更」というところだろうし、「所詮、自民党内での権力争い」だろうし、大きな問題(かんぽの宿問題や、雇用問題、経済問題)から目を逸らしてはならない等々は確かだが、心の中で、久々の小泉さんの登場に快哉を叫んだ人が多かったと思う。
昨日の「サキヨミ」のテレゴングでは、小泉発言支持が4割以上で、麻生支持の1割を大きく上回っており、さらに上記のような常識的な(どちらでもないという)意見をも凌駕していた。
この状態を評して、民主党の菅さんは「小泉は究極の愉快犯」と言っていたがまさしくその通り。
この「ちゃぶ台ひっくり返し力」はたいしたもの、役者の違いを見せ付けたのである。
そのトリックスターぶりは、かつて、長州力VS藤波辰巳の試合中に突然現れ、その場を混沌に陥れる天才・アントニオ猪木のようだ。
さらに、定額給付金は衆議院の2/3条項を使ってまで通すほどのものではないという発言は、「俺のフンドシで相撲を取ってるくせに」という明らかに格上目線で、その後の麻生さんの釈明会見を、作り笑いもままならない状況に追い込む破壊力十分なものであった。
しかも、自分はそのままロシアへ。
帰国後の衆院での再可決時にはどうするのか!!という謎(次回予告)まで残しての身勝手さ。
とことん、スペクタクルな政治家だ。
そしてストーリーは、その小泉さんを「首相までやられた方がそういうことを言うのは理解に苦しむ」と真正面から非難したご本人、中川昭一財務相の泥酔(脱糞もという噂もあり)の失態に展開していく。
酒は飲んでいないが、酒に飲まれた状態でのG7記者会見は、一応、かぜ薬の飲みすぎという事らしいが、普段の彼を知っている誰からも信じてもらえない苦しい言い訳。
しかも、翌日、10─12月期GDPは前期比年率マイナス12.7%という戦後2番目に悪い数字も発表されるというオマケ付きで、状況はさらに中川=麻生を追い込む。
昔から、小泉の法則と言われていたが、小泉さんに敵対した面々は残らず、討ち死にするという都市伝説は、バージョンアップして生きていたということか。
ちなみに、「ピンポン!!」のコメンテーターの麻木久仁子氏は、風邪薬だとしたら、どの風邪薬か公表して欲しい。怖くてしょうがないとコメントしていたけれど、自分が宣伝していたベンザブロックだったらどう言い訳するのだろうか?
それにしても、政治は面白い。芸能界、ましてやプロレス界はとてもかなわない。
まさむね
TV番組 マスメディア »
自分ほどテレビを見ている人はいないと思うほどテレビを見ている。
平日、休日問わず、基本的にテレビを見ているという生活状態なのだ。
でも、そのテレビは半分壊れていて、画面の下の方が1/3位、めくれている情けない状態である。(左絵はウチのTVの情けない画角)ようするに、テロップが読めないのである。
だから、英語(とか津軽弁)でのインタビューは何言っているのかわからないので、自然とオバマ関連のニュースとかは視聴対象外になってしまっている。
勿論、真剣に見ているわけではなくて、かなりいい加減に見ているし、7:3で妻にチャンネル支配権があるし、時にザッピングしたりしているから、見逃すモノも多い。
それでも、ワンセグで同時に別のチャンネルを見たり、youtubeで関西系の番組も見ているのでさらに、普通の人よりもテレビを見ているのは確かだと思う。
(しかも、2chの実況まで見ながらということも多いから、意味無く忙しい。こともある)
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それゆえ、平日の午前中から国会中継を見ていたりするので、麻生さんの国会での失言などもリアルタイムに見ていて、今更ながら、その後のマスコミの勝手な編集に驚いている。
捏造とは言わないまでもかなり作為的な気もする。
そして、不思議なのはその後の5時位のニュースでも各局、同じようなところを同じように作為的に編集するのを見ると、逆に、横並びの名人芸を見せられる気分だ。
ちなみに、ここで、5時ではなく、5時位というのは、各局、開始時間が微妙に違うからだ。
TBSの、イブニングファイブだけ、他局より1分早い開始で16:52~なのである。
ただし、ここ数週間は、MXの「みなしごハッチ」を必見にしているので、それを(真剣に)全部見終わると、既にニュースが始まってしまっている。
ニュースのトップを見逃してしまうというのが小さな悩みになっている今日この頃だ。
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それだけ、テレビを見ていて気になる事は、やっぱり各局、予算的に厳しくなってきたんだろうなぁと想像させる点がしばしばあること。
例えば、皇潤とか、チョーヤの梅酒など、一昔前だったら、平日の昼間とか、テレ東でしか流していなかった印象のあるCMが普通にゴールデンタイムで流れていること。
パチンコ台や、初めて名前を聞くような企業のCMが増えてきたこと。
いずれにしても、スポットの価格が下っているんだろうなということを想像させる。
また、以前は各ニュース番組で独自に作っていたCG(といってもFLASH程度だが)のニュース解説の映像が使い回されはじめているのも気になる。
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今日の久米宏の「テレビってヤツは」で、「テレビでコメントをしている我々は比較的生活に余裕のある層だから、我々が貧困について語ってもリアリティが無いんですよね、でもしょうがないんです。」というような事を久米さんが語っていたけど、この発言は、何気ないようだけど、微妙に「リアリティの最前線」が動いたような気がした。(もしかしたら、こういう視点って久米さんの持ちネタという気もするので気のせいかも)
テレビでは基本的に、自分達の特権的な立ち位置を視聴者に気付かれないようにするものだからだ。
例えば、先々週の「たかじんのそこまで言って委員会」で、革命について、話していた時に、元レバノン大使の天木さんという人がチラっと「革命というのは権力の移転なんです。今なんで革命が起こらないかというとね、恵まれている人とそうでない人というのが完全に分かれているんですよ。しかも、恵まれているのが物凄く力を持っているんですよね。で、結局、ここにいる人たちはみんな恵まれている人ですよね...」と発言したら、宮崎哲弥氏、勝谷誠彦氏、三宅久之氏達の目の色が急に変わって、一斉に天木氏に、攻撃をし始め、司会の辛坊治郎氏が、「みんな天木さんになんか恨みがあるんですか」とオトしてその場を収めるという場面があった。
勿論、リテラルの見れば、ストレートにその発言に対しての攻撃ではなかったが、視聴者(少なくとも自分)から見ると、明らかに「コメンテーターの優雅で特権的な立ち位置」という名の逆鱗に触れた常連が、よってたかって、本能のおもむくままに新参者を潰すという構図に見えた。(あくまで僕には見えた。)
この番組で上のあげたようなコメンテーターは、一般的には過激さの最前線に居るように思われているが、本当に言っちゃいけない事は言わないという節度をわきまえているから、あそこに座っているのだというのを今更ながら感じさせたのであった。
時にある種のぬるい過激さは、本当の過激さを隠蔽するということか。
見抜かれているのに隠し続けなければいけないっていうのも辛いのかも。
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「リアリティの最前線」と言えば、ミヤネ屋の宮根さんは、よく、ADとかをイジって「次行く?行かないの?あと、15秒、なんか話せって?」的なことをそのまま流させて、リアリティの演出をしている。今のところ、これは彼だけの持ちネタだけど、今後、広まって行きそうな気もする。
まさむね




