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Articles Archive for 2 月 2009

テレビドラマ, J-POP »

[5 2 月 2009 | No Comment | | ]

先週のミュージックステーションは、3時間スペシャルで昭和の歌と平成の歌の、それぞれ投票によるベスト100が発表され、大変興味深かった。
まずは、昭和のベスト100、特に70年代の曲を見ると、なごり雪(7位)、木綿のハンカチーフ(29位)、心の旅(51位)、喝采(54位)といったところが目立つ。
これらの曲はみんな都会と故郷という図式が明確な歌なのである。
「心の旅」は、男性が都会に発つ前の日の、恋人を思う気持ちを歌にしている。
「なごり雪」では、汽車で帰るのは女性。男性の女性への残る気持ちと、二人が別れる駅のフォームでの情景を描いている。
「木綿のハンカチーフ」は、男性が都会に出てしまい、それから半年までの二人の生活と心の動きを歌った歌。
「喝采」は、都会に出て、歌手になった女性が3年ぶりに故郷に帰った時の心情を歌に込めている。
それぞれの状況は微妙に違うが、そこには男と女、都会と故郷というテーマがみえる。
あの頃は、つき合うという事と結婚という事が近い時代だ。
だから、二人が別れる物語には、上京や帰省が説得力を持ったのだと思う。
当時は、別の女性(あるいは男性)が好きになったから別れる、などといえるほど、恋愛の自由さはなかったのだ。
    ◆
昭和ベスト100の一番というのが、尾崎豊の「I love you」というのは凄い。
記録によると当時はオリコンでは最高5位だ。それが20年以上の時を経て、人々の心をつかんでいる。
歌詞を見ると、「逃れ逃れ辿り着いたこの部屋」「何もかも許された恋じゃない」「二人の愛には触れられぬ過去がある」というようなフレーズに目が行く。
おそらく、学校とか親とかから駆け落ちみたいに逃げてきた二人?
反社会的なシチュエーション、そしてそれと反比例した二人の愛。
「きしむベッド」とか「落ち葉に埋もれた空き箱みたいな部屋」みたいな状況は決して豊かではない。むしろ貧乏臭い。しかも不幸の影もある。
でも、この追い詰められた切ない感じにリアリティがある。
昨今の社会状況を考えると、こういう「切なくて美しい貧乏」を描いた歌が再び求められている時代なのかも。
    ◆
平成のベスト100を見ると、花、特に桜を歌った歌で、しかも、2000年以降の曲が多い。
1位 世界に一つだけの花(SMAP)、 3位 蕾(コブクロ)、6位 桜坂(福山雅治)、14位 チャリー(スピッツ)、23位 さくらんぼ(大塚愛)、26位 花(ORANGE RANGE)、27位さくら(ケツメイシ)、31位 桜(コブクロ)、47位 さくら(森山直太朗)、70位(CHE.R.RY)YUI。
おそらく、背景には、バラバラになってしまった日本人が、日本人としてのアイデンティティのよりどころを桜に求めているという事がある。
数少なくなった日本人としての共通の感性が、桜を愛でるという事。
もう、駅のプラットフォームでは共通の物語は作れなくなった時代に、男も女も、大人も子供も、金持ちも貧乏人も、日本人は桜が大好きだから、一人ひとりバラバラになってしまったドラマの背景として、桜は必要なのであろう。
それにしても、ソメイヨシノの花というのは、確かに綺麗なんだけど、新しいものは生み出せない花であるというのもゾクっとくる話だ。
それは、刹那の間、人間の目を楽しませるだけの花なのである。
日本人の桜好きが、将来への不安の裏返しとか、何かイヤな事の伏線とかじゃなければいいと思うのだが。
まさむね

漫画・アニメ »

[4 2 月 2009 | No Comment | | ]

毎日、16:30からMXテレビの「みなしごハッチ」再放送を見ている。
勿論、子供向け漫画なので、単純な勧善懲悪的なストーリーも多いのだが、時として深いテーマ性や不条理性があって、それもまた楽しい。
さらに、1970年頃の作品だけに、「戦うのは本当の勇気ではない、耐えることが勇気だ」「暴力は卑怯者の言い訳だ」「話合えば、必ず分かり合える」あるいは、「武器(=軍隊)を持つのが悪い」というような戦後の価値観が色濃く出ていたりもして、それはそれで興味深い。
    ◆
例えば、一昨日の回は、おいぼれたスズメ蜂の話だった。
元々、ハッチはスズメ蜂の襲撃にあって、離れ離れになってしまった母を探して旅をする物語である。
そして、旅の途中で、ハッチが、仲間から見捨てられたスズメ蜂族の長老に出会うというのが一昨日の話だった。
最初ハッチは、その年老いたスズメ蜂の事が嫌いだった。
ハッチにとっての敵(かたき)だからだ。
だから、他のスズメ蜂や他の昆虫達からイジメられるそのスズメ蜂をいい気味だと思ってみていた。
「今までみんなをイジめてきたから、そういう目にあうんだぞ。」ハッチは老スズメ蜂にたたみかけるハッチ。
ところが、ハッチの中では、その老いたスズメ蜂といろいろと関わっていくうちに、段々、そのスズメ蜂が可哀相だと思う心が芽生えてくるのだ。
そうこうしているうちに、雨が降ってくる。
ハッチとスズメ蜂は、穴倉に逃げ込み、ハッチの身の上話になる。
スズメ蜂の襲撃になって、兄弟は殺された事、母親と離れ離れになった事...
するとスズメ蜂は「実はハッチ一家を襲ったのは自分だった」と告白し、ハッチに自分が持っていた槍で「わしを突き殺せ」と涙ながらに訴える。
うろたえるハッチ。
憎い敵を目の前にして復讐したい気持ちと、どうしても殺せない心との間の葛藤でハッチは悩む。
どうするハッチ。
「この槍を持っているのが悪いんだ。こんなもの捨ててしまえ」とやり場の無い怒りを槍にぶつけるが、気持ちは収まらない。
ところが、その時、雨はさらに強くなり、二人が居る洞穴に津波が押し寄せる。
老いたスズメ蜂はハッチを助けて、自らは首まで水に浸かっている。
「死んじゃいやだ。おじいさん」ハッチは泣き叫ぶが、スズメ蜂は既に水に飲まれそうだ。
そして、死に際に「ハッチ、お前のお母さんは...にいる」
「えっ、僕のお母さんは何処にいるの?おじいさん、おじいさん...」ハッチの叫び声もむなしく、スズメ蜂は大水にさらわれてしまった。
ここで話は終わり。
オチも無く、ただの悲劇で終わってしまった。
多くの視聴者の良い子達は取り残された気分を味わっただろう。
愛と憎悪の葛藤というテーマもウヤムヤになってしまった。
しかも、最後は、おじいさんが死んでしまったから悲しんでいるのか、お母さんの居場所が知りたいのかの優先順位も曖昧なまま終わってしまったのである。
    ◆
物語の筋が行き詰まった時には、どうすればいいのか?という疑問の一番強引な展開に、地球を爆発させればいいというのがあるが、まさしくその展開だった。
こうして、良い子は、現実の不条理さ、大人のズルさをハッチから学ぶのでした。
まさむね

時事ネタ »

[3 2 月 2009 | No Comment | | ]

若麒麟が大麻所持で逮捕された。
トンパチな事をしたものだ。
自分の一生を台無しにしてしまった。
大麻が問題なのは、ただ一点、法律で禁止されているからだ。
パクられた時のリスクを考えれば、あまりにもつまらない行為だからだ。
    ◆
個人的には若麒麟という関取の印象は薄い。
正直なところ、白露山や若ノ鵬が解雇された時は誠に残念だったが、個人的には、今回はそれほどでもない。
大相撲協会はいつもながら右往左往して、結局、若麒麟を解雇した。
妥当なところだと思う。マスコミは退職金が出るから除名にすべきと言っているが、気にする事はない。
条件反射的に言っているだけで、明日には忘れている。
さらに、今後は行司も含めて、所属者全員に抜き打ちテストをするらしい。行司もというところが微妙に笑える。
可哀想なのは、尾車親方だ。何度も謝罪していた。
若麒麟自身もおそらく、親方に迷惑をかけた事が一番辛いだろう。それを考えても、トンパチな事をしたものである。
関係ないが、「ピンポン!」というオバさん向け情報番組で、麻木久仁子が「HIPHOPスタイルで外出したのだから、親方も、気付かなかったんですかねぇ」と言っていた。
この人、本名は田中久仁子といういうらしいが、わざわざ、「麻木」なんていう意味深な芸名にしているんだからマシな事を言うかと思ったのに、期待したのが間違っていた。
    ◆
ちょうど、月9の「VOICE」というドラマで大麻吸引していた(らしい)学生の死が扱われていた。
このドラマは法医学のドラマで、最初、大麻を吸ったため意識不覚状態になって自殺したのではないかという仮説が出されていた。
大麻で幻覚?
こういうドラマは、大麻に対する誤解(偏見)を増殖する。大麻は覚醒剤や阿片やLSDではないのだ。
    ◆
同日、アメリカのマイケル・ヘルプスも大麻を吸引していた証拠写真がイギリスのサン紙に掲載された。それで金メダル8個である。
ヘルプスといい若麒麟といい、これでまた大麻が肉体に害が無いという事が新たに証明されてしまった。(かな?)
    ◆
最近、若干、大麻は本当に悪いのかという事がマスコミでも議論する傾向が出てきた。いいことだ。
大麻禁止は、GHQが日本に押し付けたものだ。
日本国憲法と同じなのである。
つい最近まで、憲法を変えるという議論は、それ自体がタブーだったが、時が経ち、憲法論議も徐々にではあるが解禁されてきたではないか。
一回り遅れでもいい。悪と決め付けるのではなく、大麻に関する議論も起きてほしいものだ。
    ◆
昨年来、若者の中でアルコールの消費が減ってきたというのが話題になってる。
何人もの人が生活を破壊されてきた。体も壊してきた。酒の上でのトラブルも絶えない。
当たり前の話だが、アルコールは危険なのだ。
それでも、法律で禁止されているわけではない。
それどころか、テレビでバンバン宣伝している。
一方、大麻は別に体に悪いわけではない、少なくとも酒やタバコよりは。
吸ったことによって、暴力的になったという話は聞いたことがない。
だけど所持は犯罪だ。
酒と大麻の扱い、どうみても不公平ではないのか。
しかし、こんな不公平な状況の中、大麻を吸う若者が増えてきたという。
酒が減って、大麻が増えるという事は、彼等はどこかで、本当の事をわかっているのかもしれない。
ただ、くだらない法律や偏見がまだ生きている。くれぐれも気をつけてほしい。それだけだ。
よろしければ、こちらのエントリー「大麻ってそんなに悪いの?」もご参照ください。
まさむね

テレビドラマ »

[1 2 月 2009 | No Comment | | ]
兼続の両義性が「天地人」の見所~謙信と信長の狭間~

NHK大河ドラマ「天地人」は、上杉家という大きな組織を、部下として、衰退させながらも上手く軟着陸させた直江兼続という男の物語である。
100年に一度といわれる経済危機の時代。
世界のトヨタやソニーといった大企業も、安穏としていれらない時代。
大きな発展を夢見るのではなく、いかに組織を維持し、あるいは、いかに上手に衰退させていくかというのが課題の時代。
今年の「天地人」は、そんな現代に相応しい物語になりそうである。
さて、本日放送の「信長は鬼か」は天正4年の頃の話までであった。
謙信が亡くなるのは翌年の天正5年なので、おそらく、今回~次回、次々回の放送の時期までの頃が上杉家が最も勢いがあった時代の回ということになるだろう。
もっとも、その流れの中で、規模という見地からすれば、秀吉の家臣として越後、出羽などを収めて120万石を領有する時代が一番、興隆した時代ということは言えるのだが、それはあくまでも天下を諦め、野望を捨てた存在であり、勢いという意味では無くなってしまうのだ。
上杉家の勢いという意味では、謙信存命中がやはり一番なのである。
ちなみに、年表的には今後、謙信の死、上杉家の内紛、五大老時代、関が原、米沢転封 となっていく。
おそらく、「天地人」のポイントは、戦乱から統一を向かえる歴史、組織の流れの中で、直江兼続が、(いわばサラリーマンとして)いかに働いたかというのがテーマになっていくに違いない。それはまさしく現代的なテーマなのである。
実は、似たような事は、前作「天障院・篤姫」にも言えたのを覚えておられるだろうか。
こちらは幕末に滅び行く江戸幕府・大奥という古い組織をトップとして静かに終わらせた一人の女性の物語であった。
「篤姫」と「兼続」は、トップと部下、女と男、消滅と衰退という違いはあれ、見比べてみるというのも一興であろう。
そういった意味でも、篤姫のコンセプトが「和と絆」であったのに対して、兼続のコンセプトは「愛と義」というのは注目なのである。
2月1日放送の第5回「信長は鬼か」では、「義」という思想にたして、信長は「戦争の口実」と言い、謙信は「人が生きる美学」と言っていた。
信長は「義」を相対的に捉えているのに対して、謙信は「義」を信仰しているのである。
それは、信長は合理的であるのに対して、謙信は原理主義者であるという事をあらわしていた。
歴史の必然としては、多くの場合、原理主義者は美しい結末をむかえ、現実的には合理主義者が勝利する。
今回、信長と謙信の二人に合った兼続の心は、二つの「義」の間で揺れ動いたが、彼のそういった(文字通りの)両「義」性が最終的に、上杉家を、美しい死ではなく、しぶとい衰退に導いく事の伏線になっていくのだろう。
今後、その「義」に殉じながら合理的に生きる、兼続の両「義」的な生き方、そして心の揺らぎこそがこのドラマの見どころになっていくに違いない。
まさむね