Articles Archive for 9 3 月 2009
相撲/プロレス/格闘技 »
自分にとって、プロレスが一番、エキサイティングだったのは80年代の後半である。
長州力が藤波との抗争を一段落させて、新日本プロレスを出て、ジャパンプロレスを旗揚げし、全日本プロレスと合流した。
同じ頃、UFWも旗揚げ、前田日明や藤原嘉明等が格闘技スタイルに近いプロレスを模索していた。
しかし、それぞれの団体は行き詰まり、新日本プロレスに戻ってくる。
そして、新日本プロレスリング上で、前田と長州が激突する。
一方、長州に去られた全日本プロレスでは、天龍が一念発起し、天龍革命を起こす。
また、それらとは全く別の流れで元全日本プロレスの大仁田がFMWを立ち上げ、インディズプロレスの草分けとなる...
こういう怒涛の流れがこの80年代の後半にあった。
あるジャンルが激しく揺らぐ時代、そして、そのジャンルの可能性が拡大していく時代、それは、歴史を共有しているファンにとってみれば、最もエキサイティングで幸せな時代なのである。
しかし、あれから20年。
プロレス界は、今、嘘のように枯れてしまった。
誰が悪いというわけではない。
それは歴史の必然としか言いようの無いものなのかもしれない。
本エントリーではそのプロレス衰退の歴史を、足早に追ってみようと思う。
◆
僕が先ほど述べたプロレスの全盛時代=80年代後半という時代は、徐々にではあるが90年代に下り坂をむかえるのだ。
しかし、その下り坂が始まっていた90年代前半、実はプロレスにとってというよりもプロレスビジネスにとっては、最高の時期だったのである。
それは、いわゆるドームプロレス、キャラクタプロレスの全盛期である。
しかし、一方でこの時期、プロレスの歴史は停滞し、プロレスはエンタテイメントとして活況を呈する影で、ジャンルとしての核の部分の空洞化が進んでいたのだ。
この空洞化というのは、プロレスを本当に愛したファン層が徐々にプロレスに嫌気がさして、離れていったということである。
◆
そして、プロレスにとって、その空洞化の取り返しがつかなくなっていくのが、90年代後半以降なのであった。
その流れを年表にしてみよう。
これは、ある意味、残酷なプロレス衰退史である。
1994年04月03日 ワールドプロレスリング土曜の深夜時間帯に移動。
1994年04月10日 新日本プロレス東京ドーム大会で引退したアントニオ猪木の引退セレモニー。
1994年12月07日 安生はグレイシー一族最強のヒクソン・グレイシーに道場破りを敢行。返り討ちにあう。
1997年10月11日 PRIDE1でヒクソングレイシーと高田延彦が対戦。高田敗戦。
1999年01月31日 ジャイアント馬場、大腸癌(上行結腸腺癌)の肝転移による肝不全で亡くなる。
1999年11月12日 天皇在位10年記念式典にK-1は呼ばれるがプロレス界からはどの団体も呼ばれず。
2001年12月10日 ミスター高橋「流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである」(講談社)発刊。
2001年12月31日 INOKI BOM-BA-YE 2001でミルコ・クロコップと永田裕志が対戦。永田KO負け。
2003年11月20日 高田延彦の暴露本「泣き虫」(金子達仁著)発刊。
2005年02月20日 長州小力 R-1で決勝進出。
2006年09月27日 週刊ファイト最終号発売。
2007年03月14日 週刊ゴング最終号発売。
2009年03月29日 NOAH中継、最後の地上波放送(予定)
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プロレスが衰退した理由には大きく言えば以下の4つがある。
1)プロレス界の秩序が崩れる。
2)プロレスが八百長である事がばれる。
3)プロレスラーは強くないというイメージになる。
4)プロレスが世間的に忘れられる。
ここで言うプロレス界の秩序というのは、馬場と猪木が存在している世界の秩序ということだ。
ところが、1994年に猪木が引退し、1999年に馬場が亡くなった。
それまで、新日本系のレスラー、全日本系のレスラーの対抗意識がプロレス物語を形成する骨格になっていたのが、それとは全く関係の無いレスラーが増えてきた。
ということは、馬場と猪木の確執という大きな物語が、過去のものになってしまったということなのである。
先ほど、僕はプロレスに歴史が無くなったと言ったが、それは、この大きな物語の消失とおおいに関わっている。
この歴史の消失は、プロレスを見続ける必然性をも消失させてしまったからである。
一方、馬場、猪木の影響下にないレスラー、すなわちインディ系のレスラーが増えたということは、芸としてのプロレスのレベルが下るという事でもあった。
それは、役者とプロレスラーとの差があまりなくなる、もっと言えば、本質的には変らないという事がバレてしまったということである。
2005年に長州小力のブームというのがあったが、それはプロレスラーと芸能人の本質的差が無いということを周知させてしまった象徴的な出来事だったのではないか。
また、それと同時に、元リングアナウンサーのミスター高橋、そして、元スターレスラーの高田延彦が暴露本を出し、プロレスは演劇であるという事実を確定させてしまったのも大きかった。
それまで、ファンは心のどこかに、プロレスは勝負だと思っていた。いや、思い続けていたかった。
この2冊の本はその願望をいとも簡単に崩してしまった罪深い書物だったと僕は思っている。出来れば焚書にしてもらいたい。
また、ご存知の通り、プロレスの衰退と同時に起きたのが格闘技ブームである。
誰が見ても解るとおり、このリアル格闘技(K-1やPRIDE等)の勃興というのもプロレスにとっては大きな痛手であった。
それは、プロレスとリアルファイトが、格闘技ファンを取り合ったという意味以上に、プロレスが格闘技よりも「下」というイメージが定着してしまったというのが大きかったのである。
そういう意味で、新日本プロレスのトップレスラーの永田選手がミルコにアッという間にKOされたというのは、本当に大きな事件であった。
そして、このような流れの中で、段々、プロレスが一般の人の目につかないジャンルとなっていった。
テレビのプライムタイムからプロレスが消え、雑誌の廃刊が続き、この3月で日本テレビでの地上波放送が消える。
そして、子供のファンがいなくなり、多くのファンが格闘技に走り、そして去ってしまったのである。
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あまりにも雑な概要で申し訳なかったが、僕がかつて愛したプロレスというジャンルはこうして衰退してしまったのである。
しかし、これは誰が悪かったという話ではないと思う。
時の流れに耐えられなかったという言い方が一番正確なのかもしれない。
しかし、どんなジャンルも栄枯盛衰がある。
今のプロレスが全く忘れ去られた後、新しいプロレスが勃興する可能性だってあるのだ。
例えば、中国やインドにおいて、大ブームになって日本に逆上陸してくるようなことが起きるかもしれない。
人知を超えたスーパープロレスラーが出現するかもしれない。
かつてプロレスを愛した者として、せめて、そんな夢を見続けることが救いだと思っている。
まさむね




