テレビは本当につまらなくなったのか問題に関する雑感
「テレビのこれから」という番組を見た。
スタジオにテレビ製作者と視聴者、評論家などが、テレビが現在おかれている立場、これからどうすべきなのかというような事を論議する番組だ。
そこはかとなく、スタジオ中の「この企画自体は面白くない」という空気がこちらにも伝わってくる辛い状況。
例えばこんな感じだ。
インターネットとテレビ、どちらが大切かという議論が続く。煮詰まる。その2つを対立させるような問題の立て方が悪いと誰かが発言する。拍手...
司会者が、テレビ番組をオンデマンドにしたら、リアルタイムでテレビを見る人が減るかという質問。減るという人、減らないという人の意見。突然、「なんで皆さんそこまでしてテレビみたいの?」という意見。拍手...
といった具合だ。なんか、話題の進む方向、進む方向がドン詰まりな感じなのだ。
このような停滞を見ると、いくらテレビ関係者が「僕はこれからこそ、テレビの時代だと思っています」と叫んでも、疑問を感じざるを得なかった。
★
そういえば、最近、インターネットでも、よく「なぜ、最近のテレビはつまらなくなったのか」という議論を見かける。
TBS水曜日の「久米宏のテレビってヤツは!?」という番組なんかでもよくそのような話題に近い話になる。
しかし、結論はなかなか出ない。
例えば、大橋巨泉は、最近は生放送が減って、収録済番組が増えたため、編集頼みになり、出演者に緊張感がなくなるからつまらなくなったのだとどこかで書いていた。
最近、ネットで流通している話としては、日テレの土屋Pが「テレビの制作者が視聴者を信じていない、バカにどう見せるか、とどこかで思っているフシがある」と発言。だから段々つまらなくなってきたというのだ。
しかし、おそらく、そんな事、誰も断定できないだろう。問題はそれほど簡単ではないのだ。
だいたい、昔のテレビは面白くて、今はつまらなくなったというのは本当に言えるのだろうか。
じゃあ、当時、高視聴率だった「欽ドコ」とか「ドリフの8時だよ」とか何でも流してみればいい。惨憺たる結果になるに違いない。
おそらく、当時だって、その番組を見て次の日、学校に行ってその話題をするために、すなわち、コミュニケーション作法の一つとして「みんな」が見ていたに過ぎないのかもしれない。
だから、携帯が普及して、友達双方が簡単に連絡出来、コミュニケーションの道具としてテレビの価値が下れば、自然とテレビが必要無くなってくるのは当然なのだ。
また、ニュース、報道番組に関して言えば、テレビが今まで隠していたことがネットによってかなり裏バレしてしまったことがテレビの信頼感低下につながり、結果として見れなくなってしまったというようなこともあるだろう。
例えば、首相のぶら下がり会見にしても、勝手に編集して、ある特定の箇所だけをどの番組でも流す。
ところが、それはあくまでほんの一部を編集して見せられている。
おそらく、多くの人は、編集無しで最初から最後までの会見を見たいだろう。
そして、記者がどんなにくだない事、非本質的な事を聞いているのか?そういうことも含めてみたいと思っているに違いない。
漢字が間違えたかなどということは、視聴者が個々に発見して楽しめばいいことだと思う。
また、テレビの製作現場が現存する格差社会の最前線であるというな事もバレてしまっているということもある。そんな人たちがいう、格差問題の話など、説得力を持つ筈が無いではないか。
あんまり関係ないが、こんな事も考えた。
オンデマンドでいつでもどんな番組でも見られるようになったら、友達になにか誘われて行く気がしない時に「ちょっとあの番組がみたいから帰る。録画してないし」みたいなことを行って逃げることが出来なくなってしまう。携帯で自分銀行が出来てしまうと、その場で振り込まざるを得ないようになってしまうのと同じように、便利になるとストレスがたまることも多いのだ。
★
いずれにしても、テレビはどんどん変化(進化?)せざるを得ないことだけは確かだ。
お笑いの感覚など、最も変化する要素の一つである。
先日、林家いっぺい改め、林家三平がフジテレビの「ごきげんよう」という番組でゲストに出ていた。
残念なことに、三平師匠は人を笑わすという才能が備わっていないようである。
有名俳優の子供が俳優になったり、有名野球選手の子供が野球選手になって失敗することがあるが、それはそれでしょうがないなという感じで我々を納得させるものがあるが、お笑いの場合はどうやら、それではおさまらないような気がした。
面白くないと悲惨になってしまうのである。はっきり言ってかわいそうなのだ。
昭和の爆笑王の子供が平成の苦笑王となってしまうのか。そう思えた途端、僕は彼のファンになってしまった。次を見るのが楽しみになってしまった。僕はある意味、残酷なのだろうか。
それにしても、テレビ芸というのは不思議なものである。それだけは確かだ。
まさむね





これは納得
>残念なことに、三平師匠は人を笑わすという才能が備わっていないようである。
残念だがその通りである。
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