Home » Archive

Articles Archive for 3 月 2009

書評, 歴史・家紋 »

[18 3 月 2009 | No Comment | | ]

先日、靖国問題は将門の桔梗への怨念が起こしているのではないかという都市伝説的仮説を考えた後、逆に、平将門と東京という土地の関わりが更に気になっていくつかの本を手に取ってみた。
そのなかで「東京魔界案内」(三善里沙子)が面白かった。
この本の著者の三善里沙子氏は、平安時代の陰陽師・三善清行の末裔だという。その血筋からして本格的な方である。
この本には、彼女独自の魔界探索視点で捕らえられた東京が活き活きと描かれている。この本を片手に東京観光すると、いままでとは全く違った東京が見えてくる、そんな気がする。この本は間違いなく面白い。
さらに、この本には僕好みの観点が提示されている。
東京を以下のような図式でとらえているのだ。

Aグループ=将門、江戸氏、徳川幕府。
Bグループ=朝廷、太田道灌、明治政府。
単純化するならば、このA・Bふたつの勢力の<確執の怨念>、というか敵対エネルギーが、江戸、東京のすべての歴史をつらぬいて渦巻き、闇の戦いを繰り広げ、そして現在の虚無的な魔都をかたちづくっている原動力だ、ということになってしまうではないか。

僕的に言えば、Aグループ=将門(=神田明神、反天皇派)、Bグループ=桔梗紋勢力(=靖国神社、親天皇派)ということになる。
三善氏の指摘で興味深いのは、Bグループに太田道灌を加えているところだ。三善氏はこう述べる。

明治新政府は、江戸の徳川を消すために道灌人気を利用し、東京=道灌をシンボルにしたかったのではないだろうか。
しかし、道灌さんは立派な江戸城をつくったために主君から恨まれ、「当方滅亡」という謎の言葉を残して、非業の死を遂げたお方なのだ・・・

三善氏曰く、太田道灌像は東京の象徴とするために都庁前(旧都庁舎前)に置かれたというのである。
確か、数年前に、公務員に対する無駄な物のひとつとして、都職員の退職時の贈答品としてこの銅像のレプリカが槍玉に上がっていた。
あの銅像だ。
そして、興味深いのは、太田道灌の家紋もまた桔梗(細桔梗)であったということである。
(左画の銅像の左肩にその桔梗紋がみえる。)
      ★
また、明治政府の象徴である明治天皇が奉られている明治神宮。
そこは小さな湧き水がある。明治神宮のHPによると、都内では珍しい湧き水で、水温は15度前後で一定していて、毎分16リットルの湧水量があるという。
それは、「清正の井」と言われている。
実は、この井戸には伝説があって、あの加藤清正が掘ったというのだ。
ご存知の通り、加藤清正は、秀吉の家来として朝鮮出兵でも活躍した武将であるが、石田光成との確執から関が原の戦いでは東軍に味方をする。
しかし、結局は、その子、忠広の代で徳川幕府に改易を受け、家は取り潰される。
ようするに家康に騙されてしまったのである。
しかし、清正は徳川幕府が倒れた後、明治政府から従三位を追贈されている。
勿論、この加藤清正も桔梗紋者なのである。
なぜ、明治神宮は、桔梗紋者の伝説が残る今の場所に創られたのであろうか。
今後さらに、掘り下げていってみたい。
      ★
平将門を裏切った桔梗の前。その怨霊のため、朝廷側に組した桔梗紋者はことごとく非業の結末をむかえているのだ。太田道灌、加藤家(清正の家系)、明智光秀、坂本龍馬、大村益次郎...
      ★
三善氏も述べているが、明治政府は、いわゆるAグループの力を徹底的に抑圧、破壊しようとしたのである。
以前、私は、東京は死者に守られている霊的要塞都市であるというエントリーで、靖国神社が明治政府が設立した3つの公営墓地と築地本願寺を結ぶ長方形のちょうど対角線の交点にあるという指摘をしたが、その見方にさらにリアリティを感じてきている。
僕なりにAグループとBグループを追加整理してみよう。
Aグループ=平将門、江戸氏、徳川幕府、神田明神(秋葉原)、兜神社(兜町)、鎧神社(歌舞伎町)、上野寛永寺、増上寺、浅草寺(浅草)、彰義隊...
Bグループ=朝廷、太田道灌、明治政府、坂本龍馬、大村益次郎、靖国神社、明治神宮、加藤清正、青山霊園、雑司が谷霊園、谷中霊園、築地本願寺、深川不動尊、日枝神社...
Aグループには将門ゆかりの神社とその周辺、Bグループには明治政府、朝廷関連の人物、霊的施設を上げてみた。
なんだか物凄い戦いがおぼろげながら見えてきてしまった。
今後、さらにいろいろと調べて行きたいテーマである。
まさむね
参考エントリー
2011.1.13首都圏にある「京」の字がつく私鉄(京成、京急、京王)の秘密
2009.4.03 平将門魔方陣と明治政府魔方陣が交錯する都市・東京
2009.3.28 平将門と桔梗との因縁都市・東京の歴史
2009.3.18 東京・闇の戦いの図式 〜『東京魔界案内』を読んで〜
2009.3.15 靖国問題は将門の桔梗への怨念が起しているの(かも)

書評, TV番組 マスメディア »

[17 3 月 2009 | 2 Comments | | ]

最近のマスメディアに対する不信感は高値安定の感がある。
例えば、テレビのニュース番組もただ、客観的な事実だけを淡々と流してもらえればいい、あるいは、偏ったニュースの取り上げ方、解説、コメンテーターの感覚的な感想にはついていけない。
そんなふうに思っている視聴者は多いのではないか。
最近のニュースで言えば、不法入国したフィリピン人一家のマスコミ報道と普通の人々とが持った感想の乖離。
勿論、普通の人々がどう思ったかというような客観的なデータはないのではあるが、少なくともネットのブログや2チャンネルを見るかぎり、国外退去当然といった意見の方が圧倒的に多いように思えた。
一方、マスメディアでは、何故か、全番組が不法滞在フィリピン一家に同情的な論調だった。
テレビ朝日スーパーJチャンネルコメンテーターの轡田隆史氏などは、「両親が不在の間の、のり子さんの養育に関しては私達が責任を持つべきだ」と言っていた。
この「私達」って誰の事だ。おそらく、彼は何もしないだろうことは予想がつく。それこそ無責任な発言だったのではないのか。
       ★
また、一週間前の3月11日の金賢姫と飯塚さん達との出会い、昨日の若田さんが乗ったシャトルの打ち上げはともにマスメディアで大騒ぎだったが、2チャンネルのニュース速報+ではほとんど話題にならなかった。人々にとって本当に関心のあるニュースとマスメディアが価値があると思って選ぶニュースとの乖離が激しく進んでいるのではないか、と思わされる。
その事にマスメディアは気付いているのであろうか。
ちなみに、現時点(3月17日21:00頃)での関心はこういったところだ。(スレタイはわかりやすいように、短くしてあります)

 1) 「秘書起訴で小沢氏が民主党代表辞めたら、日本の民主主義おしまい」…週刊朝日編集長★6 (797)
 2) 「バスでうちの子がうるさいと注意された。幼児だからうるさいのは当たり前、注意するのはおかしい」★6 (266)
 3)民主党 「麻生首相は裁判官か」「漢字読めないレベルじゃない。3権分立否定だ」国会追及へ★5 (636)
 4)強姦された9歳少女が妊娠、中絶手術→カトリック大司教医師らを破門★5 (438)
 5)親が「宗教上の理由で緊急輸血拒否」→即日審判で両親の親権停止&輸血、子供助かる…東日本★5 (173)
       ★
さて、こうしたマスメディアへの不信感であるが、勿論、ネットの普及といった要因も大きいが、例えば、上杉隆氏の『ジャーナリズム崩壊』などの報道の現場からの「告発」が多くの人々の間に普及し、その考えが浸透し、共感を持たれたことも大きいと思う。
上杉氏がこの本で「告発」している記者クラブの破廉恥さ、「わかった」報道の欺瞞、メモ合わせ等の奇行、無記名記事の卑怯など、一々がもっともだ。説得力がある。
この本が出されたのが昨年の7月、あれから半年余りではあるが、彼の主張は既に広く常識として浸透している(少なくともネット上では)、その速度に驚きを禁じえない。おそらく、多くの人々が潜在的に感じていた「おかしさ」を彼が言葉にしてくれたからの普及速度であろう。
       ★
最近、僕はテレビを見ながら同時に2ちゃんねるの実況を同時に見ている。
以下は、リアルタイムで実況を見せてくれる便利なサイトである。
みんなでテレビ実況ballooTV
多くの人が同時に何を考えながら番組を見ているのか。
また、リアルタイムにどの番組が人気がある(書き込みが多い)のかがわかる機能もあって便利だ。
みんなでテレビを見ている感じが味わえる、擬似的お茶の間体験ソフトである。
おそらく、このソフトと同じ方向に次の時代のテレビがある。それは僕の勘だ。
まさむね

相撲/プロレス/格闘技 »

[16 3 月 2009 | No Comment | | ]

春場所が始まった。
今日からの15日間、ワクワクものだ。
残念ながら「みなしごハッチ」はあきらめる。
今場所の、僕の注目は把瑠都、琴欧洲、山本山の三巨漢だ。
初日の本日、この3力士は、見事な相撲で勝った。
それぞれ圧倒的な内容だった。
特に把瑠都は強かった。場所前の稽古も十分(ただし自己申告)とのこと。楽しみだ。
大きい人が、圧倒的な力で勝つ。
怪物の大暴れには、大相撲本来の醍醐味がある。
勿論、二人の横綱も力強かった。
特に白鵬の相撲はこれぞ横綱相撲という、非の打ち所のないものだ。
一方、朝青龍は、慎重だった。立会い頭をつけて先輩の旭天鵬を寄り切った。万全だ。
いつ見ても、朝青龍の土俵さばきには迫力がある。
あの独特の左手による塩撒き、制限時間一杯になったときの一連の諸動作、大横綱だけが持つ館内の空気を変えてしまうオーラが彼にはある。
緊張感の高揚のさせ方は、貴乃花や千代の富士にも勝るとも劣らないと思う。
一方、心配なのは、魁皇。鶴竜にあっさりと寄り切られる。
場所前、盲腸(虫垂炎)で十分な稽古が出来なかったというが、この年齢でこの体調不良は気になる。
特に、魁皇は調子が顔に出るタイプなので見ていて辛い。
ただ、魁皇に勝った鶴竜の成長にも目を見張った。
体が一回り大きくなったのは素人の僕でもわかる。今後が楽しみだ。
また、日馬富士も体調万全には見えなかった。こちらも場所前の稽古で前歯を折ったそうである。
顔のはれぼったさはそのせいか。
琴奨菊の前に出る相撲の前にいい所なし。明日からちょっと心配だ。
それにしても、初日は、一方的な相撲が目立った。
白熱の攻防は、時天空VS豪風くらいか。
この一番は、本日No.1の内容だった。
上記の他、千代大海、安美錦、阿覧、豊真将、高見盛達がいい相撲を見せてくれた。元気なようだ。
いずれにしても、大阪のファンはノリがいい。
この独特の雰囲気に乗れる力士は力を発揮するが、上位の力士は嫌かもしれない。
よく、「荒れる春場所」というような事が言われるが、分かるような気がする。
潜在的に反骨精神溢れる大阪のファンの熱気が下位の力士を実力以上に押し上げるような雰囲気が伝統的にあるのではないか。
禁欲的なタイプの白鵬よりも、ノリがいい朝青龍の方が、大阪場所向きかも。
とにかく、春場所が始まった。楽しみである。
まさむね

テレビドラマ »

[15 3 月 2009 | No Comment | | ]
今日も生き続けている「銭ゲバのリアリティ」

「銭ゲバ」最終回は、ある意味、意外な展開だった。
自殺という結末だけは避けると思っていた(「銭ゲバ」最終回予想)のだが、全く裏をかかれたからだ。
以前も書いたのだが、僕は、昨今のテレビドラマの最低限の倫理観として「自殺の禁止」という線があると感じていたのだが、その線があっさりと越えられたという事が意外に感じられたのだ。
しかし、結果としては、それでよかったのではないかとも思う。
ドラマが日常社会の倫理(空気)にしばられて自由な表現が自主規制されるというのは、されでそれで問題だからだ。
言うまでもなく、ドラマはあくまでドラマ、フィクションである。
出来るだけ「創造=想像の可能性の枠」は広いほど良いに違いないからだ。
そして、その風太郎(松山ケンイチ)の自殺であるが、人生に絶望しての自死というよりも、今まで自分が殺してしまった人々に対する「私刑」の意味合いの強い死であったことも確かだ。
製作者側に、倫理的に純粋な自殺ではなく、贖罪としての死ならば、視聴者の許容範囲ではないか、という読みがあったのかもしれない。
さらに、一方で風太郎の「銭」のおかげで、荻野(宮川大輔)の妻の命は助かったし、定食屋・伊豆屋の面々は借金地獄から抜け出せたのだ。
彼等の最終回での安堵の表情は、このドラマの救いになっていたことは確かである。
さて、ここで最終回の流れを今一度、追ってみよう。
子供の頃、不幸のどん底で金持ちになって幸せになる事を誓った小屋で、ダイナマイト自殺をはかる風太郎の脳裏に「幸せになった」風太郎の物語が流れる。
それは、本当の幸せとは何かということを考えさせる情景だ。
人はあらゆる可能性を持って人生という道を歩く。
その人生の道は、実は、幸せの世界へも、不幸への世界にも繋がっているということなのだ。
しかし、風太郎は、結局、不幸の道を歩いてしまったということなのである。
そして、最後に死の直前で風太郎はつぶやく。
最後まで風太郎は風太郎として意地を張り続けたのだ。
 わかったよ。わかったって。
 俺はもう死ぬよ。
 それが望みだろう、お前らの。
 消えてやるさ。
 でもな、俺は間違っていたとは思わない。
 これっぽっちも思わない。
 確かに俺は人殺し、犯罪者だ。
 地獄に落ちてやるよ。
 ただな、俺は思うズラ。
 この腐った世界で、平気な顔してヘラヘラ生きてる奴の方が、よっぽど狂ってるズラ。
 いいか。
 この世界に生きている奴はみんな銭ゲバだ。
 お前らは気付かんで、いや、気付かんふりして、飼いならされた豚みたいに生きてるだけの話ズラ。
 そいでよきゃ、どうぞお幸せに。
 ただ、俺は死んでも、俺みたいな奴は次々生れてくるズラ。
 そこらじゅう、歩いてんだぜ。銭ゲバは。
 じゃあね。
そして、風太郎はダイナマイトもろとも吹っ飛ぶ。
近くで見守っていた緑(ミムラ)の足元に1円玉が転がり落ちる。
その1円玉は、第1話の冒頭で、走ってくるトラックの前で、風太郎が拾った1円玉だ。
(左絵は、その時風太郎が拾った1円玉)
銭ゲバの象徴としての1円玉である。
奇しくも、その1円玉の製造年は昭和四十五年。
(第1話で風太郎が拾った1円玉も同製造年だった)
この原作の「銭ゲバ」(ジョージ秋山)が少年サンデーに連載された年の1円玉なのである。
大阪万博が開催されたこの年、高度経済成長の絶頂期に生れた「銭ゲバのリアリティ」は、実はあれから約40年後の今日までも生き続けているということなのか。
「人類の進歩と調和」を謳いあげた万博の夢は、何だったのだろうか。ルポライターの鎌田慧が『自動車絶望工場-ある季節工の手記-』で表した70年代の労働者の最低な生活と現代の派遣労働者、何がどう進歩したのであろうか。
この1円玉の製造年はそのような現実を表しているように思われた。
まさむね
関連エントリー
「銭ゲバ」最終回予想。(自殺者数11年連続3万人越えという社会状況の中で)
風太郎の苦悶をあっさり超えてしまう時代
スズキは風太郎のズラ方言に気を悪くしないのだろうか
「銭ゲバ」は提供企業のCMも含めて楽しむドラマである
風太郎の野望は新しい時代の価値観となりうるか

歴史・家紋 »

[15 3 月 2009 | No Comment | | ]

桔梗伝説というのがある。
話は平安時代、場所は関東。平将門が新皇と称し、その地に新しい国家を創ろうとした時のことである。
中央から見れば、それは明らかに反逆だ。京の貴族達は右往左往する。
そして、将門を討伐するためにある武将が指名された。
それが、藤原秀郷。あのムカデ退治で有名な猛者である。
戦いは、最初、風を背にした将門軍が有利に進めたという。
しかし、勝ち誇った将門が自陣に引き返す途中、急に風向きが変わり、秀郷軍の猛反撃が始まる。
将門は自ら馬を駆って陣頭に立ち奮戦するが、馬の歩みが乱れ、将門も武勇の手だてを失い、いずくからか飛んできた矢が将門の額に命中。
あえなく討死したという。
こうして、平将門の乱はあっけなく鎮圧されたのであった。
しかし、あれほど、武勇の誉れ高かった将門がたった一本の矢で絶命したという事から一つの伝説が残された。
将門には七人の影武者がいたというのである。
さらに、それらの影武者たちの中で本物の将門の特徴とその弱点(こめかみ)を桔梗姫という愛人が知っており、裏切って、その事を秀郷にこっそりと伝えていたらしいのだ。
それ以降、将門を信奉する人々は「桔梗」を忌み嫌い、自分の土地に桔梗を植えないばかりか、桔梗模様が入った物品も使用を控えたという。
また、江戸時代に入って、将門を奉る神田明神の明神祭には桔梗紋の家は参加出来なかったともいわれている。
それほどまでに将門に嫌われた桔梗紋であるが、実は、将門調伏のために、朱雀天皇が京都神護寺の不動明王を奉じさせたのが起源のあの成田山新勝寺が属する真言宗智山派の代表紋なのである。
これは偶然なのであろうか。
(写真は、田無にある智山派の総持寺で撮影した桔梗紋)
そして、実は、将門(=神田明神、反天皇派)と桔梗紋勢力(=親天皇派)の戦いが日本史を舞台に繰り広げられているのである。
有名なのは明智光秀。信長を本能寺で討つが、その直後に秀吉に討たれ、最後は土民の竹槍の餌食になった。
光秀の背後には天皇勢力が存在したという説は根強い。
そして、次に歴史に登場する桔梗紋者は幕末の坂本龍馬だ。
土佐の脱藩浪士の龍馬だが、「大政奉還」「薩長同盟」等の親天皇派の政策を画策する。
しかし、最終的に幕府の見廻り組に暗殺される。
さらに、坂本龍馬と同時代には、天皇派桔梗紋者として、江戸攻めを行った大村益次郎がいる。
彼は官軍の長として彰義隊を蹴散らした。いわば、将門が守る江戸を蹂躪したのである。
勿論、彼の最期も暗殺という悲劇で終わっているのだ。
天皇派の桔梗紋者の悲劇は偶然なのであろうか。
しかし、大村益次郎は、ただでは死ななかった。
彼は天皇のために死んだ人々のために、ある神社を創設したのだ。
それが靖国神社なのである。
彼は、現在でも靖国神社の表参道中央に大きな銅像として、顔はやや背けて(上野の西郷像を見ている?)はいるのだが、体は神田明神に正対している。
すなわち、東京という魔都を支配すべく、靖国神社を根城にした大村益次郎と、江戸時代以来の主神田明神に鎮座する平将門がいまだに緊張感を保ちつつにらみ合っているのだ。
靖国問題というのは、もしかしたら天皇派桔梗紋勢力に対する将門の怨念の延長上にある一つの事象にすぎないのかもしれない。
まさむね
参考エントリー
2011.1.13首都圏にある「京」の字がつく私鉄(京成、京急、京王)の秘密
2009.4.03 平将門魔方陣と明治政府魔方陣が交錯する都市・東京
2009.3.28 平将門と桔梗との因縁都市・東京の歴史
2009.3.18 東京・闇の戦いの図式 〜『東京魔界案内』を読んで〜
2009.3.15 靖国問題は将門の桔梗への怨念が起しているの(かも)