Articles Archive for 4 月 2009
政治, 社会問題 »
日本人は、何故、ヤンキーに優しいのだろうか。
その前にヤンキーの定義だが、「ヤンキー進化論」(難波功士)によると、以下のようなファクターを帯びているのがヤンキーということらしい。
1)階層的には下(とみなされがち)
2)旧来の男女性役割(男性は女性に対して性的でありかつ家庭的であることを求める。概して早熟・早婚)
3)ドメスティック(自国的)やネイバーフード(地元)志向
サブカル的に言えば、60年代から面々と続く、ハリスの風、花の応援団、男一匹ガキ大将、横浜銀蝿、工藤静香、浜崎あゆみ、下妻物語、EXILE的なもの。メディアの一角を占め続けている勢力である。
だから、上記の定義で言えば、叶姉妹(ハイソ)や、はるな愛(反ジェンダー)、爆笑問題(サヨク)等は微妙にヤンキーではないのであろう。
僕個人としては、心のどこかで惹かれるものがないといったら嘘になる(「木更津キャッツアイ」や「ROOKIES」は好き)が、どっぷりと「好きだ」とは言いにくいジャンルではある。残念なことに、僕はヤンキーになれなかったのである。その昔「ワンパクでもいい。たくましく育ってほしい」というハムのCMがあったが、自分はワンパクにもなれなかったし、たくましくもなかったのである。
それを踏まえて、再び、問いたい。日本人は、何故、ヤンキーに優しいのだろうか。
確かに、オタクやサブカル系の若者は何を考えているのかわからないのに対して、ヤンキーはある意味、わかりやすいし、ノウハウさえ会得すれば御しやすい存在だろう。日本人にはどうも、こういう偽悪的なモノには優しい視線を投げかける文化は根強いように思える。わかりやすい悪には寛大なのだ。
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特に日本の政治は、常にヤンキーの味方だったような気がするし、逆に言えば、ヤンキー的な政治家を持ち上げてきた。東国原や橋元等の人気を見ていて思う。政治家にとって、「昔悪かった」というのは、実質的に汚点ではなく、武勇伝なのだろう。
僕は以前より、官僚支配を崩してくれるという一点の期待から、民主党支持なのだが、その民主党は、どうもその代償としてかどうか知らないが、ヤンキーに対して篤すぎるのが実は気になっているのだ。具体的な政策を見ると、民主党は、明らかにヤンキー支援党なのである。
勿論、自民党は、もともと、地方の土木作業員支援党の傾向が強かったが、民主党も負けてはいない。そのマニフェストを見ると、子育て支援(子供一人に毎月2万6千円)、高速道路無料化、農業所得保障等、どれもこれも地方ヤンキーに、無条件に手篤いのだ。
もともと、イメージ的には、民主党は反ヤンキーのはずではなかったのか。サラリーマン層をターゲットユーザーとし、男女雇用機会均等法や、外国人参政権等、いわゆる進歩的な政策を推し進める勢力ではなかったのだろうか。よくわからないが...
まぁ、いずれにしても日本では政権を取るためにはヤンキーに擦り寄るしかないということなのだろうが、だとすれば、民主党のイメージもいっその事、ヤンキー好みにしてしまってはどうだろうか。
おそらく、ヤンキーにとっては、中途半端で、ウンコを踏むような、しかもメソメソ泣くようなヤツは一番、ダサく見えているに違いない。もともとヒール顔の小沢さんなのだから、思い切ってイメージコーディネーターをつけて、ヤンキー仕様にしちゃえばいいのに。
まさむね
グルメ »
青山にある田中義剛さん経営の「ホエー豚亭」に行ってきた。
時間は昼の13:00だけあって30分待ちの大行列、ようやく席に着く。
メニューにあるのはホエー豚丼と、ホエー豚丼トムチーズがけのわずか二品。
店の自信がうかがえる。
僕はホエー豚丼を注文。
まず、そこで関心した。店内は満員なのに品物がすぐに出てきたのだ。
よく見ると、丸見えの厨房では若い店員達がお揃いの黒の和風のユニフォームを着て一心不乱に肉を焼き、肉をご飯に乗せている。店の広さにしては過剰な人数、おそらく少なくとも5~6人は立ち働いているではないか。
これが品出しの早さの理由(ワケ)なのである。そして、さらに、それらの若い店員達の一生懸命さは、ここ十数年で都内にも爆発的に増えた自己実現系ラーメン店と一脈通じる「修行」「友情」「夢」を感じさせる仕組みになっているのだ。
そして、出てきた黒いドンブリには蓋がしてあるが、蓋から肉がはみ出している。
量の豊富さを演出しているのだ。
ただ、冷静に見ると、実はドンブリ自体(容器)が小ぶりなために肉がはみ出しているようにも感じられた。しかし、そのドンブリは黒く、それが店員の黒い和装とシンクロしていて店の統一感を演出しているのである。
味は、素晴らしい。吉野家の豚丼も好きだが、こっちも悪くない。勿論ホエー豚もそうだが、米粒にもこだわりを感じさせる逸品だ。
しかし、値段は1,260円。吉野家の豚丼の3.8倍である。
おそらく思い切りよく敢えて価格を高く設定することによって、商品の価値をも高めようとする意思が感じられる値付けである。
そして御会計。ここでは品出しの早さとは対照的に、モタモタ。
実は、それには理由がある。出口付近のお土産コーナーに「生キャラメル」等の自慢の商品があり、その包装を食事の会計と同時にするため、時間がかかり列が出来てしまうのだ。
人間の心理とは恐ろしい。
この行列で、せっかく並んだんだからお土産を買わないと損な気持ちにさせてしまうのだ。確かに、並んでいるお客さんもみんな商品を手に持っているではないか。僕の手にも妻への土産用の生キャラメルがあったことは言うまでもない。
さらに、その行列は店の外にまで見え、確かに繁盛演出としても完璧なのである。
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この花畑牧場の「ホエー豚亭」では、楽しそうにしかし厳しく働く若い店員達、その店員達のお揃いの黒の和装、素早い品出しとレジの行列、少ない品揃えメニューで表現する自信、高い価格で表現する高級感等など、そこにある全てのものが「意思の力」によって創り上げられている。
その「意思」は客の心理を分析した結果に熟慮された、よく言えば「コンセプチュアル」、悪く言えば「過剰」。おそらく、それは田中義剛さんの微妙に暑苦しい田舎風味な芸風にも通じているところが面白い。店そのものに彼の人間性がそのまま表現されているのだ。
そこは、ディズニーランドを模して言うならば、まるで義剛ランドなのである。
おそらく現代日本でもっとも意思的な食堂の一つであることは間違いない。
新しいモノ好きな人、美味しいものを食べたい人、外食マーケッティングに興味のある人などは、是非、一度は行ってみるべきだと思う。
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ちなみに、店のすぐそばには、義剛系列の別店「花畑牧場カフェ」という、こちらはピンクの電車(十勝から幸福行き)を模した立ち食いアイスクリーム屋もある。
そこには「ホエー豚亭」の食後には「花畑牧場カフェ」へという自然の流れがあった。
勿論、僕はその流れに抗えるわけもなく、そちらの店でも15分並んで生キャラメルがかかったアイスクリームをいただいた。つまり、そこでも”義剛”を楽しんだのであった。
まさむね
さすが、いろんなブログでも紹介されていたホエー豚亭。基本的に好評のようだ。
東京青山「花畑牧場 ホエー豚亭」
十勝・郷土料理 ホエー豚丼@花畑牧場 ホエー豚亭 東京 青山
ホエー豚亭 @青山
【ホエー豚亭・青山店】田中義剛がプロュース
ホエー豚亭 東京 青山
ホエー豚亭 青山
ホエー豚丼◆花畑牧場 ホエ-豚亭 東京 青山
ホエー豚亭 東京 青山
花畑牧場・ホエー豚亭 東京 青山へ行ってきました
花畑牧場 ホエー豚亭(東京 青山)
花畑牧場ホエー豚亭でホエー豚丼を食べました♪
花畑牧場 ホエー豚亭
花畑牧場 ホエー豚亭 東京青山店
花畑牧場 ホエー豚亭
あの花畑牧場のホエー豚亭が今日南青山に開店しました。
テレビドラマ »
日本テレビの土曜日の21:00~『ザ・クイズショウ』は、予想以上の面白さだ。
このドラマ内でのクイズ番組は、MC(桜井翔)と回答者の一対一の対戦形式の生放送のクイズ番組である。
そして、7問全問正解したときの賞品は回答者の”夢”である。
第二話では、女子中高生の間ではカリスマケータイ小説家のミカ。
彼女は最初、自身の新作のテレビドラマ化を賞品の夢としてクイズに挑むのであった。
しかし、クイズを進めていくにしたがって、彼女は精神的に追い詰められてゆく。
クイズの問題があまりにもリアルに彼女の過去のトラウマをえぐったものだったからだ。
そして、遂に真実が明らかになる。
実は、本当はその小説は彼女が書いたものではなかったのである。
しかも、ミカの真実の心には、それを本当だと信じながら亡くなってしまった母への懺悔の気持ちにあふれていたのだ。
ミカは、クイズの回答を通して偽りの自分と決別し、本当の自分に向き合うようになる。
そして、最終的に彼女は、自分自身が小説を書くという夢をクイズに賭けるのであった。
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現実のテレビ業界の、出演者たちの生ぬるいやりとりに辟易している視聴者。
最近の視聴率の低下にはそういった、バラエティ番組内における芸能人たちの馴れ合いが、視聴者に見透かされているという背景があると思われる。
たとえば、テレビの中では馬鹿にされてもいい人は決まっているし、ほめなければならないモノも決められている。そこには言論の自由とは程遠い、暗黙の了解が満ち溢れているのだ。
そして、おそらく、言いたい事を放言しまくるネットを横目で嫉妬しながら、硬直した現状に対して一番、ヤキモキしているの番組制作現場のスタッフであることは想像に難くない。
この『クイズショウ』は、そんな不自由なスタッフ達がドラマというフィクションの場で、自己実現するドラマなのである。
ドラマの中で、クイズショーのMCは、本気で回答者を挑発し、怒らせ、仮面をはがそうとするのだ。
それは、現実のテレビでは出来ないガチンコのやりとりである。
手足を縛られた不自由なテレビ業界が、「本当に俺たちがやりたいのはこういった番組だよ」というメッセージをこのドラマに込めていると言ったら深読みしすぎだろうか。
象徴的なのは、ZEROでは借りてきた猫のようにカチンカチンの桜井翔が、このドラマでは水を得た魚のような溌剌さを見せていることだ。
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また、今回の第二話は、上記のようなテレビ製作現場の本音が漏れていると同時に、最大のライバルであるインターネットへの皮肉が込められている。
ケータイ小説をミカに成り済まして書いていたのはいわゆるIT長者っぽい社長だったのである。
そして、彼がミカの名前を使って書いていた代物は、人間に対する真摯な姿勢も、感動もなく、ただ、レイプとドラッグを刺激的に描いて、良識に対して反抗しているだけの俗物だったとのことである。
実際に書かれているケータイ小説のいわゆる世間的な評価もおそらくそんなところだろう。
この『クイズショウ』では、そうしたケータイ小説(のイメージ)を痛烈に批判する。
しかも、ミカという現実でも「恋空」の著者と同じ発音の名前を使ってのストレートな批判である。
これは逆に例えて言えば、”蓑さん”とでもいう名前のクイズ司会者のインチキを暴くようなケータイ小説が出される、そんな類い(タグイ)のストレートさである。
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僕が『クイズショウ』を面白いと言ったのは、現状のテレビ製作現場への欲求不満と、IT業界への反感という本来ならば、見世物にすべきではない感情を見事ドラマとして昇華しているところが面白い、という意味である。
まさむね
テレビドラマ »
TBS日曜劇場『ぼくの妹』は、今村昌平の脚本助手を務め、『復讐するは我にあり』『楢山節考』の脚本をも手がけた社会派のベテラン脚本家・池端俊策によるやや重の力作である。
第2話が終わった段階だが、2回とも放送の最後5分にググッと動くという展開。この独自の溜め(タメ)は微妙に現代的ではないが、癖になりそうだ。
江上盟(オダギリジョー)は、子供のころから神童と呼ばれた秀才肌の外科医。その妹・江上颯(長澤まさみ)は、「奇跡的なバカ」と言われながらもたくましく生きる兄とは正反対のキャラクタだ。
幼い頃に両親を亡くした二人が、喧嘩をしながらも降りかかってくる苦難に立ち向かっていくという筋立てである。
主人公の盟にとって、世界は混沌に満ちている。自分以外の登場人物は全て謎を秘めた存在なのである。
第1話の最後に目の前で死んだ桐原里子(ともさかりえ)、第2話の最後に登場し、恨み言を残す九鬼研次(千原ジュニア)。
突然、自分の日常に忍び込んでくる「気持ちの悪い別世界」は、不安と隣り合わせの現代社会、いわゆるカフカ的とも言える不条理で不気味な肌触りを持っている。
今後、この気持ちの悪さが、いかに盟の中に忍び込んでくるのかがテーマになるであろう。
そして、本来ならば日常のコチラ側の世界にいるはずの妹・颯が、逆に、ますます盟の心をかき乱す。
しかし、それは一方的ではない。
真面目な兄が奔放な妹を心配するという、兄の思い描く理想的な安定した構図からハミ出し、兄自身の不手際によって、逆に妹を頼ったりする、その情けなさが兄妹ドラマの面白いところである。
確かに、両親を亡くした兄と妹の物語、兄が妹を面倒みようとするが、逆に妹が兄を癒し助けるという図式は、古くて新しい日本の物語の一つの典型である。
民俗学者・柳田國男は、『妹の力』(いものちから)の中で、妹(家の中の女性たち)の霊的な力について言述していたが、僕はそれを無理やり、兄を守る妹の不思議な力として解釈したいと常々思っていた。
映画『フーテンの寅』シリーズが代表だが、その陰画ともいえる北野武の『その男、凶暴につき』、青春版としての南こうせつの『妹』から、その究極としての悲惨な『火垂るの墓 』、ヤンキー版『ヤスコとケンジ』まで、脈々と「両親を失った二人だけの兄妹(あにいもうと)話」の系譜に上手く乗りそうな予感がする今回の『ぼくの妹』。
実は僕自身、双子の妹を持つだけに個人的にも気になる作品なのである。
まさむね
時事ネタ, 芸能 »
今週の木曜日と金曜日は草なぎ剛の話題で持ちきりだった。
いくら真夜中とはいえ、都内の公園でおちんちんを露出して、大声で叫んでいたのだ。
(しかし、履いていたジーパンは綺麗にたたんだという。左想像図)
しかも、駆けつけた警官に「裸のどこが悪い」と悪態をつき、暴れたというのである。
いわゆる失態、いや醜態、「世界で一人だけの○×」状態である。
しかし、これで草なぎ剛は、別のステージに上ったとも考えられる。今回の醜態を、今までの「いい人」という虚像(アイドル)から次の段階の、酸いも甘いも噛み分けたタレント(才能)となるきっかけにしてほしい、それが僕の期待だ。
さて、テレビは当然のように大騒ぎだ。
しかし、気になったのは、最終的にはほとんどのメディアは、彼を擁護していたこと。
休職中のように、あらゆる番組を見れたわけではないが僕が見た限り、「スッキリ」のさかもと未明も、「特だね」の小倉智昭も、最終的には草なぎ剛は、それでもいい人だ、真面目な人だと、話をすりかえてゴマをする。週刊ニュース新書の田瀬康弘にいたっては、あの情けない謝罪会見を、「人柄がにじみ出ていて出色だ」とほめる。
さらに期待の北野武までもが、太っ腹のスポンサーはいないのかね、と逆にCMをおろした企業をやんわりと批判する。
擁護自体が悪いというわけではないが、せめてマツコデラックスが北野誠の件を「芸能界を干されたくないからノーコメント」と言った程度の”芸としての言葉”は欲しかったような気もしないでもない。
その中でも携帯サイトではあるが梨元勝の大ハシャギっぷりは見事だ。「開いた口がふさがらない」と一人怪気炎をあげ、さらに、数年前の稲垣吾郎の事件をまで蒸し返す。
そのサイト(梨元勝の芸能裏情報)は、事件の日の午前中に、既に草なぎ一色で、2時間おき位に、動画でレポートを流す。さらに木曜日は檜公園をバックにした草なぎのイラスト、金曜日は若干加工した警察署から出てきた草なぎの横顔のアップをそれぞれトップロゴに使うという徹底ブリ。さすが梨元だ。
おそらく、現在のテレビに必要なのは、これくらいの徹底である。
それにしても、これで六本木にまた一つ名所が生まれた。
これからはミッドタウンの帰りに檜町公園の”草なぎベンチ”で一休みというのが定番コースになるに違いない、か?
まさむね
一本気メモメモ »
草彅「これでいいんだろう!約束通り子供たちを解放しろ!」
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/23(木) 11:20:13.82 ID:NgL8AxBw0
木村「クックック、全裸になっただけで解放するなんて言ったかな?」
草彅「な・・・」
木村「たった今警察に通報しておいた、公園で裸の男が騒いでいるとね」
草彅「きさま・・・!」
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/23(木) 11:23:33.38 ID:NgL8AxBw0
木村「警察官相手にひと暴れしてもらおうか。とびっきりの変態のようにね」
草彅「そうすれば・・・子どもたちを解放してくれるんだな・・・?」
木村「あぁ、約束しよう」
コピペのコピペだけど このスレが一番おもろかった
http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-1928.html
一応この件も触れておかないとね
社会問題, TV番組 マスメディア »
今週の日曜日の「マイドキュメント」という番組で、半田健人が団塊の世代の人々に会って話を聞くというドキュメンタリをやっていた。
あの全共闘で戦った人々は今、どこで何をしているのか。誠に興味深いテーマである。
ちなみに、僕はその団塊の世代よりも10歳位年下の世代である。彼らに対しては、実は憧れと反発という矛盾する感情をもった世代である。
しかし、僕は彼らの話を聞いていくにつれ段々と怒りが込み上げてきた。
特に、当時、日大闘争をやっていたという男性。今は愛媛県で悠々と暮らしている。彼は言った。
何故、最近の若者は戦わないのだと。
自分は命を賭けた戦いをしただと。
そして、今だに俺は青春だと。
半田君にはそれらの熱い言葉に対抗するだけの言葉はなかった。ただ、感心するだけといった流れだ。
しかし、僕は団塊の男性の言葉に聞き捨てなら無いものを感じた。(以下、若干興奮気味の記憶で書いているのでディテイルは違っているという前提で読んでくだっさい。)
半田君は質問する。
「どうして、学生運動をはじめたですのか?」
するとその男性はこう答えたのだ。
「友達が機動隊につかまり、学生たちからの投石の盾にされたのを黙ってみていられなかった。それで思わず体が動いた。」
...えっ!?ちょっと待て。じゃあ、機動隊の人たちは標的にされたもいいのか?
怪我をしても、それは、いわゆる「権力の犬」だからいいとでも言うのか。
誤解を恐れずあえて言うならば、全共闘運動はこういった明らかなる差別意識を前提に成り立っていた単なる甘えである。他の多くの地元の同級生たちとは違って大学進学した俺たちだが、思ったような就職先が無い、すぐに社会の指導者になれるわけではない、そういった欲求不満を、反戦とか、反権威といったイデオロギーで身を包み、正当化して「一人じゃ出来ないから、みんなで」暴れただけの話ではないのか。
近年、団塊の世代が定年を迎えつつある。おそらく、今、彼らにも自分を振り返る時間も出来たことだろう。是非とも、正直なる自身の「総括」をしてもらいたい。僕は、彼らの生の言葉を聞いてみたいし、読んでみたいのである。
「次世代ウェブ グーグルの次のモデル (光文社新書)」には団塊世代の定年によって、ブログは益々活況を呈するというような予想がされていたが、今のところ、そういった流れはないようだ(少なくとも僕はあまり感じられない)。
まさむね
芸能, TV番組 マスメディア »
今週の日曜日の午後、フジテレビで「マイドキュメント」という芸能人がドキュメンタリフィルムを自分で作成し、それを公表するという番組があり、太田光が出品するというので思わず見てしまった。
かねてから、映画好きを公言し、その鋭い視線と頭の回転の速さ、問題意識の独創性などで、サブカル系芸能人としては(これは僕の頭の中の話だけど)トップを独走している爆笑問題の太田が監督するドキュメンタリ、これを見逃す手はないとチャンネルをあわせたのだ。
しかし、結果は悲惨だった。太田がただ、街に出ていろんな人にどんな映画が好きかを聞いて回るだけの映像、その中でひとり普通のおばさんとの会話が太田的には壺にハマったらしく、延々と流していたが、これはただ、太田が出ているというだけのホームビデオに毛の生えたようなシロモノであった。
おそらく、時間もお金も、アイディアも無い、ただ己の才能だけを信じて創られたかのような安易な映像は、なるほど、ゴールデンじゃ流せないなと変なところで納得させられた。おそらく、ご本人も相当不満だったに違いない。
それを見た相方の田中からはすかさず、ただ、街に出て話をしただけじゃないかと当然のツッこみ。
太田もデヘヘッとボケる。残念ながら、そこには、くだらないものを創ったこと自体をネタとして笑いをとり、芸人としての最後の一線だけは守るという醜態しかなかった。
最近、テレビ界ではなにかとドキュメンタリブームのようだ。しかし、もともとドキュメンタリというものは、本腰を入れたディレクターが鋭い問題意識を持ち、時間をかけてこそ見るに値するものが出来る。バラエティじゃ数字はかせげない、ドラマは経費がかかりすぎるということでのドキュメンタリでは、かえって視聴者の反感をまねくだけではないのか。
太田光は、今までの実績からして、僕は当代随一の才能だと思うからこそ、敢えて言いたいのだが、自分の価値を落とすような安易なことはなるべくしないでほしい。
まさむね
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テクノロジー・ビジネス »
この歳(49歳)になってプロフ(前略プロフィール)にはまっている。
ご存知かとは思うけど、このプロフは簡単に自分のホームページが出来るサイトだ。
ただ、質問に答えていくだけだから簡単である。
【名前】【学年】【好きな学科】【好きなアーティスト】【自分の夢】...とか、【好きなファッションブランド】という選択項目もあって、こんなの自分が高校の頃には考えられなかったなと時代の流れを感じる。
また、それに加えて【世界平和にするにはどうしたいい?】【どうしても言いたいこと】のような質問もあって、最近の中高生が何を考えているのか、あるいは何を考えていると思われたいのかがわかって興味深い。
意外に自分の言葉で表現しようとしている若者が多いのにちょっとびっくり。
あるいは少し見直した感じ。テレビの該当インタビューでバカ丸出しの中高生とかが映ったりするけど、あれもネタとして編集しているんだってこと改めてわかる。(テレビっていうのは暇な老人がうなずけるようにしか作っていないんだってこと。)
また、このプロフのトップページにはワード検索できるから、自分が興味ある言葉で「同志」を探して、次々と見ていける。自分と同じような感性の人を探したり、逆に自分と違う人々がいるんだってこともわかる。僕ら(大人)にとっては、若者が何を考え、何を感じているのかがなんとなくわかる。そうこうしているうちに、時間がどんどん経ってしまうメディアなんだな、このプロフって。
ちなみに、以下のアーティストで検索してみたら、こんな結果が出た。
このプロフってちょっとした中高生向けのマーケッティングに使えるかもです。
EXILE 274,702
浜崎あゆみ 180,904
安室奈美恵 134,836
嵐 115,423
yui 99,866
kat-tun 79,085
smap 54,194
ビートルズ 13,045
ちなみに、家紋で検索したら以下の結果。
少しは興味持っている人いるんだ!
家紋 412
まさむね
政治 »
先週末の世論調査でついに、麻生内閣の支持率が30%に復帰する数字を出すところまで出てきた。
僕はこの1年間、自宅でテレビとネットを見続け、新聞は読まず、他人とは話をせず、ほとんど外に出なかった人間であるが、この数字はある程度、予想は出来た。
リーマンショックが来たとき、これは逆に自民党政権にとって、追い風になると思ったし、定額給付金が支給されはじめれば支持率は上がると思っていた。また、小沢代表が秘書逮捕されても代表も議員も辞職しないと民主党はダメになると思ったが、数字的にやはりそんな感じになってきた。
とにかく、僕は麻生さんは辞めさえしなければ、逆に小沢さんは辞めればなんとかなると思っていたのだった。
個人的に言えば、僕は小沢さんは嫌いではないし、どちらかといえば民主党支持である。民主党が政権を取って、官僚の特権を見直すところからしか、日本は再生できないと考えているからだ。
先日、80歳を越えた両親にあって話しをしたのだが、驚いた。彼らは公務員だったが(ちなみに、父親が地方公務員で母親が国家公務員)、彼らは、二人合わせれば僕の年収よりもはるかに高い年金をもらい続けていることに驚いた。現役を引退してすでに25年も経っているのにだ。
さらに、彼らは2万円の定額給付金がもらえるという。これも僕らよりも高いのだ。さらにさらに、今後、相続税まで安くなるという議論があるらしい(最近、テレビも見れていないのでこれはまた聞きだけど)。
この国は、なんと不公平なのだろう。ぼんやり生きていて、しかし選挙には行きそうな人には篤く、忙しくしかも貧乏な若者には薄い社会なのだろうか。それが、正直な感想だ。
こんな不公平な社会を民主党はなんとかしてくると期待していたのだが、その千載一遇のチャンスも逃しつつある。残念だ。僕も頭では今回の西松建設事件は、小沢さんにとって不条理だったというようなことはわかる。また、小沢さんにしか、今の民主党をまとめることは出来ないという話も知っている。
しかし、比ゆ的に言えば、日本人は、ウンコを踏んでしまった人間には冷たいのだ。それがいいのか悪いのか知らないがそういった日本人の特性すら満足に把握できない民主党には今後も、日本を統治していく能力はないのではないかという予見をさせたという意味で、今回の事件は大きかったと思う。
小沢さんの辞職が遅れれば遅れるほど、「選挙目当ての辞職感」が強くなるに違いない。民主党はまだわからないのだろうか。それとも実は政権を取る気がなかったのだろうか。
ただ、僕も先週から仕事を始めたのでテレビも見れなくなってしまった。だから、いわゆる普段はダラダラとテレビを見て、いざという時には選挙に行く人たち、あるいは世論調査の電話が来ても電話がとれる人たち、(老人やおばさん)の空気には疎くなってしまうかもしれない。
それはそれで、少し残念だ。
まさむね



