Articles Archive for 4 月 2009
政治, 社会問題 »
日本人は、何故、ヤンキーに優しいのだろうか。
その前にヤンキーの定義だが、「ヤンキー進化論」(難波功士)によると、以下のようなファクターを帯びているのがヤンキーということらしい。
1)階層的には下(とみなされがち)
2)旧来の男女性役割(男性は女性に対して性的でありかつ家庭的であることを求める。概して早熟・早婚)
3)ドメスティック(自国的)やネイバーフード(地元)志向
サブカル的に言えば、60年代から面々と続く、ハリスの風、花の応援団、男一匹ガキ大将、横浜銀蝿、工藤静香、浜崎あゆみ、下妻物語、EXILE的なもの。メディアの一角を占め続けている勢力である。
だから、上記の定義で言えば、叶姉妹(ハイソ)や、はるな愛(反ジェンダー)、爆笑問題(サヨク)等は微妙にヤンキーではないのであろう。
僕個人としては、心のどこかで惹かれるものがないといったら嘘になる(「木更津キャッツアイ」や「ROOKIES」は好き)が、どっぷりと「好きだ」とは言いにくいジャンルではある。残念なことに、僕はヤンキーになれなかったのである。その昔「ワンパクでもいい。たくましく育ってほしい」というハムのCMがあったが、自分はワンパクにもなれなかったし、たくましくもなかったのである。
それを踏まえて、再び、問いたい。日本人は、何故、ヤンキーに優しいのだろうか。
確かに、オタクやサブカル系の若者は何を考えているのかわからないのに対して、ヤンキーはある意味、わかりやすいし、ノウハウさえ会得すれば御しやすい存在だろう。日本人にはどうも、こういう偽悪的なモノには優しい視線を投げかける文化は根強いように思える。わかりやすい悪には寛大なのだ。
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特に日本の政治は、常にヤンキーの味方だったような気がするし、逆に言えば、ヤンキー的な政治家を持ち上げてきた。東国原や橋元等の人気を見ていて思う。政治家にとって、「昔悪かった」というのは、実質的に汚点ではなく、武勇伝なのだろう。
僕は以前より、官僚支配を崩してくれるという一点の期待から、民主党支持なのだが、その民主党は、どうもその代償としてかどうか知らないが、ヤンキーに対して篤すぎるのが実は気になっているのだ。具体的な政策を見ると、民主党は、明らかにヤンキー支援党なのである。
勿論、自民党は、もともと、地方の土木作業員支援党の傾向が強かったが、民主党も負けてはいない。そのマニフェストを見ると、子育て支援(子供一人に毎月2万6千円)、高速道路無料化、農業所得保障等、どれもこれも地方ヤンキーに、無条件に手篤いのだ。
もともと、イメージ的には、民主党は反ヤンキーのはずではなかったのか。サラリーマン層をターゲットユーザーとし、男女雇用機会均等法や、外国人参政権等、いわゆる進歩的な政策を推し進める勢力ではなかったのだろうか。よくわからないが...
まぁ、いずれにしても日本では政権を取るためにはヤンキーに擦り寄るしかないということなのだろうが、だとすれば、民主党のイメージもいっその事、ヤンキー好みにしてしまってはどうだろうか。
おそらく、ヤンキーにとっては、中途半端で、ウンコを踏むような、しかもメソメソ泣くようなヤツは一番、ダサく見えているに違いない。もともとヒール顔の小沢さんなのだから、思い切ってイメージコーディネーターをつけて、ヤンキー仕様にしちゃえばいいのに。
まさむね
グルメ »
青山にある田中義剛さん経営の「ホエー豚亭」に行ってきた。
時間は昼の13:00だけあって30分待ちの大行列、ようやく席に着く。
メニューにあるのはホエー豚丼と、ホエー豚丼トムチーズがけのわずか二品。
店の自信がうかがえる。
僕はホエー豚丼を注文。
まず、そこで関心した。店内は満員なのに品物がすぐに出てきたのだ。
よく見ると、丸見えの厨房では若い店員達がお揃いの黒の和風のユニフォームを着て一心不乱に肉を焼き、肉をご飯に乗せている。店の広さにしては過剰な人数、おそらく少なくとも5~6人は立ち働いているではないか。
これが品出しの早さの理由(ワケ)なのである。そして、さらに、それらの若い店員達の一生懸命さは、ここ十数年で都内にも爆発的に増えた自己実現系ラーメン店と一脈通じる「修行」「友情」「夢」を感じさせる仕組みになっているのだ。
そして、出てきた黒いドンブリには蓋がしてあるが、蓋から肉がはみ出している。
量の豊富さを演出しているのだ。
ただ、冷静に見ると、実はドンブリ自体(容器)が小ぶりなために肉がはみ出しているようにも感じられた。しかし、そのドンブリは黒く、それが店員の黒い和装とシンクロしていて店の統一感を演出しているのである。
味は、素晴らしい。吉野家の豚丼も好きだが、こっちも悪くない。勿論ホエー豚もそうだが、米粒にもこだわりを感じさせる逸品だ。
しかし、値段は1,260円。吉野家の豚丼の3.8倍である。
おそらく思い切りよく敢えて価格を高く設定することによって、商品の価値をも高めようとする意思が感じられる値付けである。
そして御会計。ここでは品出しの早さとは対照的に、モタモタ。
実は、それには理由がある。出口付近のお土産コーナーに「生キャラメル」等の自慢の商品があり、その包装を食事の会計と同時にするため、時間がかかり列が出来てしまうのだ。
人間の心理とは恐ろしい。
この行列で、せっかく並んだんだからお土産を買わないと損な気持ちにさせてしまうのだ。確かに、並んでいるお客さんもみんな商品を手に持っているではないか。僕の手にも妻への土産用の生キャラメルがあったことは言うまでもない。
さらに、その行列は店の外にまで見え、確かに繁盛演出としても完璧なのである。
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この花畑牧場の「ホエー豚亭」では、楽しそうにしかし厳しく働く若い店員達、その店員達のお揃いの黒の和装、素早い品出しとレジの行列、少ない品揃えメニューで表現する自信、高い価格で表現する高級感等など、そこにある全てのものが「意思の力」によって創り上げられている。
その「意思」は客の心理を分析した結果に熟慮された、よく言えば「コンセプチュアル」、悪く言えば「過剰」。おそらく、それは田中義剛さんの微妙に暑苦しい田舎風味な芸風にも通じているところが面白い。店そのものに彼の人間性がそのまま表現されているのだ。
そこは、ディズニーランドを模して言うならば、まるで義剛ランドなのである。
おそらく現代日本でもっとも意思的な食堂の一つであることは間違いない。
新しいモノ好きな人、美味しいものを食べたい人、外食マーケッティングに興味のある人などは、是非、一度は行ってみるべきだと思う。
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ちなみに、店のすぐそばには、義剛系列の別店「花畑牧場カフェ」という、こちらはピンクの電車(十勝から幸福行き)を模した立ち食いアイスクリーム屋もある。
そこには「ホエー豚亭」の食後には「花畑牧場カフェ」へという自然の流れがあった。
勿論、僕はその流れに抗えるわけもなく、そちらの店でも15分並んで生キャラメルがかかったアイスクリームをいただいた。つまり、そこでも”義剛”を楽しんだのであった。
まさむね
さすが、いろんなブログでも紹介されていたホエー豚亭。基本的に好評のようだ。
東京青山「花畑牧場 ホエー豚亭」
十勝・郷土料理 ホエー豚丼@花畑牧場 ホエー豚亭 東京 青山
ホエー豚亭 @青山
【ホエー豚亭・青山店】田中義剛がプロュース
ホエー豚亭 東京 青山
ホエー豚亭 青山
ホエー豚丼◆花畑牧場 ホエ-豚亭 東京 青山
ホエー豚亭 東京 青山
花畑牧場・ホエー豚亭 東京 青山へ行ってきました
花畑牧場 ホエー豚亭(東京 青山)
花畑牧場ホエー豚亭でホエー豚丼を食べました♪
花畑牧場 ホエー豚亭
花畑牧場 ホエー豚亭 東京青山店
花畑牧場 ホエー豚亭
あの花畑牧場のホエー豚亭が今日南青山に開店しました。
テレビドラマ »
日本テレビの土曜日の21:00~『ザ・クイズショウ』は、予想以上の面白さだ。
このドラマ内でのクイズ番組は、MC(桜井翔)と回答者の一対一の対戦形式の生放送のクイズ番組である。
そして、7問全問正解したときの賞品は回答者の”夢”である。
第二話では、女子中高生の間ではカリスマケータイ小説家のミカ。
彼女は最初、自身の新作のテレビドラマ化を賞品の夢としてクイズに挑むのであった。
しかし、クイズを進めていくにしたがって、彼女は精神的に追い詰められてゆく。
クイズの問題があまりにもリアルに彼女の過去のトラウマをえぐったものだったからだ。
そして、遂に真実が明らかになる。
実は、本当はその小説は彼女が書いたものではなかったのである。
しかも、ミカの真実の心には、それを本当だと信じながら亡くなってしまった母への懺悔の気持ちにあふれていたのだ。
ミカは、クイズの回答を通して偽りの自分と決別し、本当の自分に向き合うようになる。
そして、最終的に彼女は、自分自身が小説を書くという夢をクイズに賭けるのであった。
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現実のテレビ業界の、出演者たちの生ぬるいやりとりに辟易している視聴者。
最近の視聴率の低下にはそういった、バラエティ番組内における芸能人たちの馴れ合いが、視聴者に見透かされているという背景があると思われる。
たとえば、テレビの中では馬鹿にされてもいい人は決まっているし、ほめなければならないモノも決められている。そこには言論の自由とは程遠い、暗黙の了解が満ち溢れているのだ。
そして、おそらく、言いたい事を放言しまくるネットを横目で嫉妬しながら、硬直した現状に対して一番、ヤキモキしているの番組制作現場のスタッフであることは想像に難くない。
この『クイズショウ』は、そんな不自由なスタッフ達がドラマというフィクションの場で、自己実現するドラマなのである。
ドラマの中で、クイズショーのMCは、本気で回答者を挑発し、怒らせ、仮面をはがそうとするのだ。
それは、現実のテレビでは出来ないガチンコのやりとりである。
手足を縛られた不自由なテレビ業界が、「本当に俺たちがやりたいのはこういった番組だよ」というメッセージをこのドラマに込めていると言ったら深読みしすぎだろうか。
象徴的なのは、ZEROでは借りてきた猫のようにカチンカチンの桜井翔が、このドラマでは水を得た魚のような溌剌さを見せていることだ。
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また、今回の第二話は、上記のようなテレビ製作現場の本音が漏れていると同時に、最大のライバルであるインターネットへの皮肉が込められている。
ケータイ小説をミカに成り済まして書いていたのはいわゆるIT長者っぽい社長だったのである。
そして、彼がミカの名前を使って書いていた代物は、人間に対する真摯な姿勢も、感動もなく、ただ、レイプとドラッグを刺激的に描いて、良識に対して反抗しているだけの俗物だったとのことである。
実際に書かれているケータイ小説のいわゆる世間的な評価もおそらくそんなところだろう。
この『クイズショウ』では、そうしたケータイ小説(のイメージ)を痛烈に批判する。
しかも、ミカという現実でも「恋空」の著者と同じ発音の名前を使ってのストレートな批判である。
これは逆に例えて言えば、”蓑さん”とでもいう名前のクイズ司会者のインチキを暴くようなケータイ小説が出される、そんな類い(タグイ)のストレートさである。
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僕が『クイズショウ』を面白いと言ったのは、現状のテレビ製作現場への欲求不満と、IT業界への反感という本来ならば、見世物にすべきではない感情を見事ドラマとして昇華しているところが面白い、という意味である。
まさむね
テレビドラマ »
TBS日曜劇場『ぼくの妹』は、今村昌平の脚本助手を務め、『復讐するは我にあり』『楢山節考』の脚本をも手がけた社会派のベテラン脚本家・池端俊策によるやや重の力作である。
第2話が終わった段階だが、2回とも放送の最後5分にググッと動くという展開。この独自の溜め(タメ)は微妙に現代的ではないが、癖になりそうだ。
江上盟(オダギリジョー)は、子供のころから神童と呼ばれた秀才肌の外科医。その妹・江上颯(長澤まさみ)は、「奇跡的なバカ」と言われながらもたくましく生きる兄とは正反対のキャラクタだ。
幼い頃に両親を亡くした二人が、喧嘩をしながらも降りかかってくる苦難に立ち向かっていくという筋立てである。
主人公の盟にとって、世界は混沌に満ちている。自分以外の登場人物は全て謎を秘めた存在なのである。
第1話の最後に目の前で死んだ桐原里子(ともさかりえ)、第2話の最後に登場し、恨み言を残す九鬼研次(千原ジュニア)。
突然、自分の日常に忍び込んでくる「気持ちの悪い別世界」は、不安と隣り合わせの現代社会、いわゆるカフカ的とも言える不条理で不気味な肌触りを持っている。
今後、この気持ちの悪さが、いかに盟の中に忍び込んでくるのかがテーマになるであろう。
そして、本来ならば日常のコチラ側の世界にいるはずの妹・颯が、逆に、ますます盟の心をかき乱す。
しかし、それは一方的ではない。
真面目な兄が奔放な妹を心配するという、兄の思い描く理想的な安定した構図からハミ出し、兄自身の不手際によって、逆に妹を頼ったりする、その情けなさが兄妹ドラマの面白いところである。
確かに、両親を亡くした兄と妹の物語、兄が妹を面倒みようとするが、逆に妹が兄を癒し助けるという図式は、古くて新しい日本の物語の一つの典型である。
民俗学者・柳田國男は、『妹の力』(いものちから)の中で、妹(家の中の女性たち)の霊的な力について言述していたが、僕はそれを無理やり、兄を守る妹の不思議な力として解釈したいと常々思っていた。
映画『フーテンの寅』シリーズが代表だが、その陰画ともいえる北野武の『その男、凶暴につき』、青春版としての南こうせつの『妹』から、その究極としての悲惨な『火垂るの墓 』、ヤンキー版『ヤスコとケンジ』まで、脈々と「両親を失った二人だけの兄妹(あにいもうと)話」の系譜に上手く乗りそうな予感がする今回の『ぼくの妹』。
実は僕自身、双子の妹を持つだけに個人的にも気になる作品なのである。
まさむね
時事ネタ, 芸能 »
今週の木曜日と金曜日は草なぎ剛の話題で持ちきりだった。
いくら真夜中とはいえ、都内の公園でおちんちんを露出して、大声で叫んでいたのだ。
(しかし、履いていたジーパンは綺麗にたたんだという。左想像図)
しかも、駆けつけた警官に「裸のどこが悪い」と悪態をつき、暴れたというのである。
いわゆる失態、いや醜態、「世界で一人だけの○×」状態である。
しかし、これで草なぎ剛は、別のステージに上ったとも考えられる。今回の醜態を、今までの「いい人」という虚像(アイドル)から次の段階の、酸いも甘いも噛み分けたタレント(才能)となるきっかけにしてほしい、それが僕の期待だ。
さて、テレビは当然のように大騒ぎだ。
しかし、気になったのは、最終的にはほとんどのメディアは、彼を擁護していたこと。
休職中のように、あらゆる番組を見れたわけではないが僕が見た限り、「スッキリ」のさかもと未明も、「特だね」の小倉智昭も、最終的には草なぎ剛は、それでもいい人だ、真面目な人だと、話をすりかえてゴマをする。週刊ニュース新書の田瀬康弘にいたっては、あの情けない謝罪会見を、「人柄がにじみ出ていて出色だ」とほめる。
さらに期待の北野武までもが、太っ腹のスポンサーはいないのかね、と逆にCMをおろした企業をやんわりと批判する。
擁護自体が悪いというわけではないが、せめてマツコデラックスが北野誠の件を「芸能界を干されたくないからノーコメント」と言った程度の”芸としての言葉”は欲しかったような気もしないでもない。
その中でも携帯サイトではあるが梨元勝の大ハシャギっぷりは見事だ。「開いた口がふさがらない」と一人怪気炎をあげ、さらに、数年前の稲垣吾郎の事件をまで蒸し返す。
そのサイト(梨元勝の芸能裏情報)は、事件の日の午前中に、既に草なぎ一色で、2時間おき位に、動画でレポートを流す。さらに木曜日は檜公園をバックにした草なぎのイラスト、金曜日は若干加工した警察署から出てきた草なぎの横顔のアップをそれぞれトップロゴに使うという徹底ブリ。さすが梨元だ。
おそらく、現在のテレビに必要なのは、これくらいの徹底である。
それにしても、これで六本木にまた一つ名所が生まれた。
これからはミッドタウンの帰りに檜町公園の”草なぎベンチ”で一休みというのが定番コースになるに違いない、か?
まさむね




