Home » Archive

Articles Archive for 4 月 2009

テレビドラマ »

[20 4 月 2009 | No Comment | | ]

先週あたりから、春の連ドラがスタートしはじめているようだ。
仕事を始めたので、どれもこれもあまり見れてはいない。
ただ、丁度、帰宅した頃に妻が見ているドラマを遠くから眺めるように見ることは出来た。でも、その「眺め見」はそれはそれで、楽しいものである。
例えば、火曜日の21:00~の『アタシんちの男子』だ。
主演は堀北真希で脇に、要潤、岡田義徳、向井理、山本裕典、瀬戸康史、岡山智樹といったイケメンを揃える。さらに、元祖イケメンの草刈正雄までも出演しているのだ。ちなみに、この草刈さんって凄い。現役バリバリの10代~20代のイケメン達に比べても全く遜色ない、ていうか造形的には勝ってさえいる。そのカッコよさは、まさに奇跡だ。30歳を過ぎるといきなり劣化してしまう人も多いが、おそらく彼は本物のイケメンなのだろう。
さて、話は、ホームレスになった堀北が、何故か大金持ちのナイスミドル(草刈さん)と結婚したら、その屋敷に養子が6人いる。そして、その大金持ちが亡くなったことによっていきなりその6人の母親になってしまうという設定なのだ。まぁ、そのリアリティの無い設定をとやかくいってもしかたがないが、注目は、その屋敷で巻き起こる怒鳴り合いシーンである。
屋敷内には何故か、霧(モヤ)がかかっているのだ。そういえば、霧がかかった場所でイケメンたちが怒鳴りあうというのは最近の定番だなと思い至る。「ROOKIES」の野球部部室、「ごくせん」での教室、みんな霧がかかっていたではないか。
実際は、それらの霧は、タバコの煙っていうことになっているのだが、おそらく、それらの霧は、少年たちの心のモヤモヤとした状態を表すのだろう。鬱陶しさの象徴としての霧なのだ。(あるいは、この霧は演技の未熟さをカヴァーするという役割もあるのかもしれい。)
どなたか、このドラマにおける霧の起源、歴史、変遷、霧度No1男優は誰か?等を調べてもらえないだろうかと思う今日この頃である。
ちなみに、このドラマで堀北真希は再び、お転婆キャラに転進したようだ。「篤姫」の和宮、「イノラブ」の佳音と、ここのところ、どちらかといえば、根暗系の役が多く、それはそれでこなした彼女の上手な転進成功かと思っていたのだが、再びの逆転進に微妙にとまどう僕でした。
さて、この『アタシんちの男子』と、演技におけるリアリティという意味で、対極に思えたのが、『アイシテル~海容~』である。
このドラマは、典型的「中の上階級」の子供がヨソの家の子供を殺してしまうという衝撃的な設定だ。しかし、ドラマの視線はあくまでもリアリズムに近い。加害者、被害者のそれぞれの家庭の様子をかなり丁寧に描いている印象を受けた。
特に、主役の稲盛いずみ(加害者の母役)が、子供の殺人を知って泣き崩れるシーンは出色。さすがに年季の入ったプロの役者は違うなと感心させるものがあった。
今後、山本太郎、佐野史郎、田中美佐子などのベテラン勢の熟達した演技とのカラミが楽しみ(見られるかどうかわからないけど)である。でも、今後、10話くらい続くんだろうけど、そこまで緊張感を持続して引っ張れるほどのストーリー的ネタはあるのか?そのあたりが若干心配なような気がしないでもない。
まぁ、というわけでこれからは、微妙に引いた視線からの印象でドラマを語っていこうと思う。ちょっと寂しいけどね。
まさむね

C 型肝炎日記 »

[19 4 月 2009 | No Comment | | ]

仕事に復帰してから1週間がたった。
思ったよりも、疲れがたまっていないのは幸いだが、顔の痒みは以前よりも増した感じだ。
これは、休養中よりも外気にあたることが多くなったせいだろうか。
もともと、この痒みはインターフェロンの副作用が原因だったので、インターフェロンからネオファーゲンに替えたことにより、徐々に直っていくかと思われたのだが、まだまだ完治ではないようだ。
もっとも、全盛時期には、顔から汁が出て、真っ赤になっていたのでそれに比べればマシかもしれないが、嫌な現象が続いているのは確かである。
現在はウルソだけの投薬だけれど、やはり主治医に言って、あのラムネみたいな飲み薬(名前は失念)ももらおうか悩んでいる。以前は、そのラムネ薬(仮称)を飲み出したら、すぐに症状が改善されたからだ。
それにしても、とりあえずは無難に職場離陸できたのは、周りの人たちのおかげである。
初日にあまりにも自然に職場に入れたせいか、その日の夜に変な夢を見た。
ちょっと説明し難いのだが、その無難だった初日の映像がそのまま夢の中の夢に再現されたのだ。
次の日の朝に目が覚めて、「あ~、会社に行っている夢を見た。思ったよりも自然に溶け込めてよかった」と一瞬思ったのだ。でもよく考えてみれば、夢の中で見た会社の風景って、昨日の現実だよなってすぐに気づきなおした。
それで、あれは現実だったんだって心から安心できましたっていう話。
逆にいえば、それだけプレッシャーがあったということがそういう夢を呼び込んだのかもしれない。
当面、フルエンジンの駆動は難しいかもしれないが、出来るところまでやってみようと思う。
そうしたら、現状での限界がとりあえずわかるからね。
まさむね

時事ネタ, J-POP »

[12 4 月 2009 | No Comment | | ]

4月から、日本レコード協会(RIA)調べの着うたフル(R)のダウンロードチャートが発表されるようになった。
10日にその第一回目のランキングが発表された。
期間は、4月1日~4月7日、集計に参加しているのは、上位の総合ダウンロードサイトを経営している右記の会社である。(株式会社エムティーアイ、株式会社ドワンゴ 、ミュゥモ、 株式会社レコチョク 、株式会社レーベルゲート)
左図は、記念すべき、第一回チャートで1位にかがやいた「It’s all Love! 」 (倖田來未×misono)。
さて、結果(とりあえずベスト20)を見てみよう。
1 - It’s all Love! (倖田來未×misono)
2 - ひまわり(遊助)
3 - ワンルーム・ディスコ (Perfume)
4 - 刹那 (GReeeeN)
5 - WILD (安室奈美恵)
6 - 1sec. (10-FEET)
7 - やさしさで溢れるように (JUJU)
8 - faraway (倖田來未)
9 - 親友よ(湘南乃風)
10 - キセキ (GReeeeN)
11 - さくら~あなたに出会えてよかった~ (RSP)
12 - Journey through (the Decade Gackt)
13 - SAKURA -ハルヲウタワネバダ- (矢島美容室)
14 - Dr. (安室奈美恵)
15 - Sakura (レミオロメン)
16 - Shangri-La (angela)
17 - どうして君を好きになってしまったんだろう? (東方神起)
18 - 桜 (FUNKY MONKEY BABYS)
19 - For You (lecca)
20 - 遠くても (feat.WISE 西野カナ)
ついでに、今までの音楽ランキングとして最も権威であったオリコンの4月1日~4月7日の集計も見てみよう。
1 - It’s all Love! (倖田來未×misono)
2 - チューしようぜ! (AKBアイドリング!!!)
3 - …

ビートルズ »

[11 4 月 2009 | 9 Comments | | ]

ホワイトアルバムに収録されている「Revoluion 9」ほど、ビートルズファンを悩ます曲はないだろう。
中山康樹氏は、「これがビートルズだ (講談社現代新書)」でこう述べている。

ガラクタ中のガラクタであり、前衛でもアートでもなんでもない。
もしこれが許せるという人間がいまもいるとしたら、それはヨーコ本人、そしてジョンの、ビートルズのほんとうの偉大さに気づいていない人間だけだ。
たんなるガラクタに曲も演奏もない。ただ意味のなさすぎる会話やサウンドがつながれているだけだ。ビートルズ史上最長の八分ニ十一秒にして最大の無駄。

まぁ、中山さんがそう言われるのであれば、おそらく僕はビートルズのほんとうの偉大さに気づいていないのだと思う。
実は、僕はこの曲をたまに無性に聴きたくなるのだ。
何故かわからないが、この曲には、心の奥に眠っている「何か」を刺激する「何か」があるにちがいない。
            ★
ジョンはこの曲に関して「革命を絵にしたもの」と言っているが、おそらく、彼にとって、革命とは自分の心を変えることである。つまり、いわゆるマルクス主義革命のような、暴力によって政権を奪取することではなく、個々人の心を変革すること、それが革命だと思っていたようである。
彼は、元々この曲とつながっていたという「REVOLUTION 1」でこう言っている。
change your head
君の頭を変えろ
だから、固定観念を疑え!...と。そうだっ、まずは「ビートルズの曲とはこうあるべきだ」というイメージを壊せ...と...いうことなのだろう。
おそらく、ジョンが革命というものに向き合い、自分の立場で、それを実践したのがこの曲だと僕は解釈する。
ジョンはジョンで1968年という熱い時代に正直であろうとしたのだ。
例えば、この曲がレコーディングされたのは、1968年5月30日、6月6日、10日、11日、20日、21日と言われているがその頃、世界はどのように動いていたのかを見てみよう。
4月04日 - マーティン・ルーサー・キング暗殺。
5月11日 - ドイツのボンで50,000人の反戦抗議集会
5月18日 - イタリアのローマでの大規模ストライキ
5月19日 - ジョンがヨーコと最初の夜を過ごす。
5月21日 - フランスで、五月革命勃発。(1000万人デモ)
5月30日 - REVOLUTIONのレコーディング始まる。
6月05日 - ロバート・F・ケネディ暗殺。
7月14日 - プラハの春。
7月23日 - パレスチナ解放人民戦線がハイジャック。
8月20日 - ソ連軍がチェコスロヴァキアに軍事介入(チェコ事件)。
まぁ、凄い時代だった。ジョン、そしてヨーコの頭の中で、いろんなものが煮えたぎっていたのは想像に難くない。あの時代の、あの瞬間を音にした、それが「REVOLUTION 9」だったのである。
自分はその時代、小学生だったから、当時の「空気」を感じたとは言えない。でも、その後、いろんな人の話を聞くと、凄かったんだろうなと想像する。例えば、今では、カナダの田舎町で寿司職人をしているある人は、新宿騒乱(1968年10月21日)の夜、明日にでも革命が起きるって本当に信じてたって言ってた。今考えると笑っちゃうような話だけど、そういう「空気」があったことは確かなんだと思う。
            ★
さて、話を戻そう。
そして、ジョンはこの曲をビートルズの自主レーベル・アップルの最初のホワイトアルバムに入れることを強く主張した。
ポールとリンゴは強く(リンゴがどれくらい強かったのかは疑問だが)反対したらしいが、結局、ジョンはそれを押し切って、ホワイトアルバムに収録する事となった。
ジョンは、この曲をホワイトアルバムに入れることによって、最大限のアバンギャルド効果を上げたかったのだろう。それは、こういった前衛音楽は、それがどういった文脈に置かれるのかってことが重要だからだ。例えば、マルセル・ジュシャンが便器を展覧会に出展して「泉」と名付けたように、ジョンは、この曲を、ビートルズのアルバムという文脈に入れる事で完璧なコンセプチュアルアートにしようとしたわけである。
だから、「Two Virgins」のような別作品では意味がなかったんだと思う。
            ★
おそらく、この曲の最大のクライマックスは曲の最後の方でヨーコがつぶやくこの言葉だ。
You became naked
あなたは裸になったのよ
ようするに、ジョンはここで「全ての曝け出し宣言」をした(させられた)のである。
そして、この後、とにかく彼は自分に正直でありつづけようとした。
何も隠さない前人未到の表現道を進むのだ。
おそらく、この作品の延長線上に、「ジョンの魂」があり、「イマジン」がある。
そういう意味でも、この作品はジョン史上、重要なポジションにあると思う。
P.S.なんだか、最も「REVOLUTION 9」的でない普通の結論になってしまってスマソ。
まさむね

映画, 社会問題 »

[10 4 月 2009 | 2 Comments | | ]

木更津という土地はかわいそうな土地である。
アクアラインで川崎とつながったはいいが、逆に廃れてしまった。
観光客が来るかと思ったら、多くの住民がそのアクアラインを通って、神奈川、東京の方へ買物に出るようになってしまった。
それに伴って、それまで市の中心地にあったそごうや西友が撤退し、空洞化してしまったのである。
おそらく、多くの伝統的商店街は活気を失った状態なのだろう。
今日、放送された映画「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」(2006年作品)はそんな木更津を舞台にした青春ドラマである。
        ★
テレビドラマシリーズ(2002年1月18日~2002年3月15日)においてぶっさん(岡田准一)が死んでから、早くも3年が経っている。それまで、まったりと退屈な時間を過ごしていた仲間は、既にバラバラになっている。
マスター(佐藤隆太)は、木更津の飲み屋をたたみ、大阪で屋台のたこ焼屋を、アニ(塚本高史)は秋葉原でIT関連(?)の仕事をし、ウッチー(岡田義徳)はどこかへいなくなっている。
一人、バンビ(櫻井翔)だけが木更津に残り、市役所の役人となっているのだ。
そして時は市長選挙の真っ只中。バンビは現市長(高田純次)の側近としてこき使われている。
その市長が木更津市内の空き地(森と草原)にショッピングモールを作ることを公約としているのだが、バンビは何故か気乗りがしない。
そんな時に、バンビは突然、天の声を聞くのであった。
「If you build it, he will come(それを作れば彼がやって来る)」
それはぶっさんの声(?)だった。バンビは一念発起し、マスターとアニを木更津に連れ戻し、なんとか「それ」を作り、死んだぶっさんを呼び戻そうとするのであった。
そして、ぶっさんがいう「それ」が野球場だということに気付いた3人は、市長がショッピングセンターにしようとしていた空き地に必死に野球場を作る。
そして、遂にぶっさんをこの世に復活させ、その野球場で(女子野球チームと)試合をするのである。
まぁ、他にもキャッツアイ独特のゴチャゴチャした話は沢山あるのだが、はしょって言えばこんな感じで試合が進み、試合は延長10回表、バッターボックスには強打者の杉本文子(栗山千明)が立っている。
そして、マウンドに集まるメンバー達...
そこでぶっさんと他のメンバーとの意見が割れる。
みんなは「普通」に考えて敬遠をしろという。
ぶっさんは絶対に勝負だという。
ここでみんながフッと気付く。
ぶっさんはもうこの世の人間ではないのだ。
自分達はぶっさんの意見に振り回されないで、自分自身の生き方をしなければならないということを。
そして、アニはついに、ぶっさんに「もう帰ってくれ」と言ってしまう。ある意味、この映画のクライマックスシーンである。
確かに、ぶっさんが生きていた時代は、みんなが一番楽しかった時代、みんなが一番輝いていた時代だ。
でも、もう、その時代は過ぎた。まだ「何にもなっていない」ジモティ仲間の馴れ合いのまったりとした時間はもう戻らないのだ。
そりゃあ、ぶっさんは死んでしまったから(逆に)いいゼ。
でも、俺達は、最高の時代が終わった後でも、現実的で「普通の」時間を「普通に」生きていかなくてはならない。彼等は一斉にその事に気付くのだ。
そして、試合は終わった。杉本文子の打ったホームラン性の打球を追って、ぶっさんはまた森へ帰っていってしまったのだ。
後で、ぶっさんを追って森に入っていった面々は、森の中で「ばいばい」と書いたボールを握りしめているキャッチャーミットを発見して呆然とするのであった。
過ぎ去った青春時代を思い出す時に、どこからともなく吹いてくる、あのさわやかで、しかも切ない風を感じる一瞬。
これがこの「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」の第一のテーマである。
        ★
そして、二つ目のテーマは...
ぶっさんは木更津という土地に帰ってしまった。それはまさしく、土地の守護霊のように。
その守護霊は、木更津という土地をあくまで、そこに住む人々のための土地であってほしいと願う。そして、いつまでも自分の事を忘れないでと願う。
もっと言えば、ここで、ぶっさんは、いや、地霊は、空いた土地だからといって、目先の利益を追って、ショッピングセンターにしようとする浅はかな資本主義を批判しているのだ。
木更津の土地を木更津の人々のために使うこと。いつまでもここが何処でもない、木更津だってことを忘れないでほしいと願うこと。
だからこそ、ぶっさんの霊は、大阪や東京に行ってしまったマスターやアニを見守り、結局は、彼等を再び木更津の土地に呼び戻したのだ。
逆にいえば、彼等は、ぶっさん(土地の霊)のおかげでまた戻ることが出来たのである。
        ★
実は実際、木更津市では、イオン木更津ショッピングセンターの建設が頓挫しているのである。
まさしく、この「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」で描いた状況が現実に起こってしまっているのだ。
当初は2007年か2008年に、木更津市郊外の新日本製鉄の所有地(埋立地帯遊休地60h)に開店するはずだったショッピングセンターが、いまだ建たない。
wikiによると、「現段階(2009年2月現在)では建築許可でさえ取得されていないため、明確な開業時期は明らかにされていない。」とのことなのである。
詳しい事情はわからないが、この映画を見た後では、ぶっさん(土地の霊)が建てさせないのでは?との錯覚さえ覚える。
まさに、シンクロニシティである。
確かに、イオンショッピングセンターが出来れば、市は活気付くかもしれない。しかし、それは、木更津がまた一歩、木更津ではなくなってしまうことも意味する。
日本中、どこにでもある凡庸な土地になることを意味している。
そんな結論は目に見えているのだ。
この映画は、そんな木更津の凡庸化に対して土地の霊が待ったをかける物語ではないのだろうか。
ところが、この映画番組の提供はイオンだった。こんな皮肉はあるだろうか。
        ★
また、もう一つ加えれば、この映画はディズニーリゾートも提供に名を連ねていた。(ちなみに、ぶっさんがミッキーマウスのトレーナーを着ていた。)
全世界の誰でもが楽しめるグローバルスタンダードな遊戯施設、それがディズニーランドだ。
若干の悪意を込めていえば、千葉県にある東京ディズニーランドは、千葉という土地を千葉らしくなくしている象徴たる場所である。
もしも、千葉の地の霊というものがいれば、最も忌み嫌ってしかるべき場所なのである。
木更津から木更津臭を排除しようとしているイオンと、千葉を最も千葉らしくなくそうとしているディズニーが、「千葉、そして木更津の土地の霊の叫びを主題とする映画」のスポンサーをしているという皮肉。
おそらく、そのネジレこそが、今日の「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」の最大のテーマではなかっただろうか。
まさむね