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Articles Archive for 5 月 2009

ビートルズ, J-POP »

[25 5 月 2009 | No Comment | | ]

5月13日発売のw-inds.の「Rain is fallin’/HYBRID DREAM」。
先週のミュージックステーション、ジャパンカウントダウンでNo.1をゲットしたが、オリコン、CDTVのランキングでは、モーニング娘。の「しょうがない 夢追い人」の後塵を拝した。
自分としては、両グループとも思い入れがあるので、とりあえず、互角の成績に半分、満足、そして半分は残念だった(「w-inds.とモーニング娘。どちらが勝っても嬉しいし悔しい僕」)。
さて、このw-inds.、僕は中でも緒方龍一の音楽性に注目している(w-inds.のストイックさに明日の可能性がある)が、先月、ある早朝番組で、このw-inds.が自分達の「ハマ♪song」(ハマッている楽曲)を披露していた。
リーダーの千葉涼平は、マイケル・ジャクソンを、リードボーカルの橘慶太がブリトニー・スピアーズというアメリカのダンス系大物ミュージシャンを上げたのに対して、緒方龍一は、1965年のビートルズ「RUBBER SOUL」から「In My Life」をあげていた。
確かに、龍一の父親は札幌でキャバーン倶楽部というビートルズ系ライブハウスを経営している。龍一がそういった父親の影響を受けているというのは想像に難くないが、彼は本当にビートルズが好きなのであろう。彼の髪型、ファッションも意識的にか、無意識的にか、ジョンレノンに酷似しているのである。
このビートルズ溺愛体験を、是非、今後の彼のさらなる飛躍の糧としてほしいと思うのは僕だけではないだろう。
      ★
さて、日本の音楽シーンを俯瞰してみると、確かにビートルズの影響はあまりにも大きい。
井上陽水、吉田拓郎、チューリップ、アリス、RCサクセッション、YMO、サザンオールスターズ、奥田民生といった70年~90年代を代表するそうそうたるミュージシャンがビートルズ好きを公言。近年ではブリグリ、LOVE PSYCHEDELICO、ゆず、椎名林檎、絢香、そしてYUIもビートルズの影響下にあると言っていいだろう。
彼らはそれぞれ、ビートルズの音楽のみならず、ビートルズをビートルズたらしめたチャレンジ精神、反骨精神、そして人間に対する優しさを受け継いでいるようにも思える。
彼らは本当に素晴らしいミュージシャン達だ。
     ★
勿論、w-inds.と一位を争った「しょうがない夢追い人」(モーニング娘。)のプロデューサつんく♂もビートルズ大好きミュージシャンの一人である。ビートルズの完全コピーのアルバムも出しているし、「今にきっと IN MY LIFE」(後藤真希)という歌すら作っているのである。
今週はw-inds.が勝ってもモーニング娘。が勝っても嬉しいというのは、この両者が、ともに、テレビ的に不遇にあるということ、華やかさの陰に努力を惜しまないことに加えて、その音楽性の隠し味にビートルズの存在を感じさせるということがあったのだ、と今、気づいた。
まさむね
2009.12.06 日常生活の中で思わずつぶやくw-inds.のあのフレーズ
2009.10.29 本当の「歌の力」は、w-inds.の新曲「New World」にある
2009.11.26 w-inds.、最後に残るのは慶太、龍一、涼平、3人の声だ
2009.09.03 w-inds.ライブ、その隠れキリシタン的恍惚は特権的だ
2009.07.27 w-inds.のステージはマイケルが乗り移った甘美な夢だ
2009.07.12 名字と出身地から家紋がわかるか ~w-inds.の家紋~
2009.07.04 w-inds.のライブツアー特別待受けに見える龍一の想い
2009.05.25 w-inds.の龍一とジョンレノンが似ている件
2009.05.18 w-inds.とモーニング娘。どちらが勝っても嬉しいし悔しい僕
2009.05.08 w-inds.のストイックさに明日の可能性がある

相撲/プロレス/格闘技 »

[24 5 月 2009 | No Comment | | ]

大相撲・五月場所は日馬富士の初優勝で幕を閉じた。
優勝決定戦は、常に先手で攻めた日馬富士が、白鵬を強引に投げきった。
本割りでも琴欧洲を首投げで仕留めている。勝負師としての勘が冴え渡った一日だった。
一方、白鵬は日馬富士に敗れて狐につままれたような顔をしていた。もともと、彼は負けた瞬間にこそ、いつも人間らしい表情を見せるタイプでるが、本割りで朝青龍を完璧に負かしていただけあって、日馬富士との一戦のあっけなさは会場全体も唖然という感じであった。
解説の北の富士さんも言われていたが、もはや、白鵬のライバルは完全に朝青龍から日馬富士に移った。
優勝決定戦前の控え室で、日馬富士に耳打ちする朝青龍の姿は、彼の人間的な暖かさと同時に、時代の流れをも感じさせる、やや複雑な光景であった。
しかし、だからこそ、これからの朝青龍の反骨精神に期待したい。
彼なら奇跡は起こせると思わせる底知れなさを秘めた力士、それが朝青龍だ。
一方、初優勝の日馬富士、仕切りの際の極端な低姿勢、塩を捲くさいのピョンピョンなど、オリジナルの様式美を身に付けつつある。勝負は来場所である。
幕内最軽量でありながらの今の地位は、相撲は体だけじゃないということを図らずも示してくれている。
もしかしたら、日馬富士の台頭は、鶴竜の成長とともに、体の時代から技の時代への移行の象徴になるかもしれない。
       ★
さて、今場所、気になることが一つあった。
力士達の怪我があまりにも多かったことだ。
魁皇、千代大海の満身創痍は仕方が無いにしても、初日の把瑠都、五日目の安美錦、豪栄道、そして14日目の朝青龍と上位陣は軒並み怪我に泣いた。それに、加えて立会いの待ったの多さも気になった。
千秋楽もそうだった。幕入り一番目の翔天狼と若荒雄の立会いから、既にそんな雰囲気がただよっていた。
どこかいつもと違った今場所、いい意味でも悪い意味でも、土俵の空気が微妙に乱れていたのではないだろうか。
その現場に居合わせたわけではないので、確信的なことは勿論、言えないのだが、テレビを通して見る限りで、その空気の乱れを感じ取ることが出来た。
       ★
何年かに一度、何場所かに一度、土俵が乱れることがある。
しかし、大相撲が秩序と格式を重んじるのは逆にその「稀な乱れ」に対するタメのある演出ではないかと思わせるくらい、その乱れは魅力的な一瞬でもある。
土俵の下に潜んでいるという神々のいたずらとでも言うべき、この一瞬。
特に14日目。白鵬が琴欧洲に転がされ、朝青龍が日馬富士に倒されて、土俵にうずくまった。
それは、様式美を重んじる大相撲では誠にめずらしい光景であった。
勿論、朝青龍のその態度を責める気にはならないが、その光景の異常さは印象に残った事だけは確かである。大相撲はスポーツであって、スポーツではない。我々の目の前の朝青龍の姿はおそらく、スポーツとしてはアリの風景だが、大相撲としてはアリの所作なのだろうか...
他のプロスポーツでは一番の見せ場である感情表現を大相撲が取り入れていくのか、それとも、美学にこだわって拒絶し続けるのか...
       ★
この朝青龍の所作が、長年、見慣れてきた大相撲に生じた微妙な変化(進化)なのか、それとも、容易に忘れ去られるような一瞬の出来事なのか。
それは今後も、大相撲を見守らなければわからないことではあるが、国技館、開館100年目にあたるという今場所は、そういう意味でも記憶に残る場所になる可能性があるように感じたのは僕だけであろうか。
まさむね

ビートルズ »

[21 5 月 2009 | 2 Comments | | ]

最近、アルバム『HELP!』をよく聴いている。
人は変わろうとする時に、直線的に変われるわけではない。迷いながら、現実のしがらみに絡めとられながら、昔の自分の愛着からも離れられず、プライドも捨てきれず、ジグザグに変わっていくものである。
それは、僕らだって、ビートルズだってそうだ。
『HELP!』を聴くということは、ビートルズのそんな人間的な面に触れるということだと思う。
もともとこの『HELP!』は、映画『4人はアイドル』のサントラ盤として企画された。A面はまさに映画の中の曲で埋められている。しかし、B面はエアポケットのような空いた場所だった。そこに入ってきたのが、自然に変わりつつあるジョージとポールの才能の萌芽、そして、一番、変わりたいという想いが強かったジョンのやるせない叫びである。
これが僕が『HELP!』のB面に持っているイメージだ。
ジョンはこの面で2曲を提供している。1曲目はジョンが後に嫌悪したという「It’s Only Love」だ。嫌悪の理由は、歌詞が他愛もなさすぎたというのが彼の口から発せられた理由である。確かに、ジョンレノンミュージアムで閲覧できる「It’s Only Love」の作詞草稿には、「…ight」っていう語尾の単語が沢山書かれていて、歌詞を内容というよりも、語呂で描こうとしていたっていう形跡が見える。
しかし、僕はこの歌詞に対してジョンが嫌悪しているのには別の理由があると見ている。
それはこの箇所だ。
Is it right that you and I should fight every night?
毎日喧嘩するなんてこんなことでいいんだろうか。
この部分の[fight every night]ってのが、ジョンにとってあまりにもリアルな感じがするのが嫌悪の理由ではないのだろうか。
実は、この曲以外、ジョンが「嫌い」と公言していた曲がいくつかある。それらを並べてみると、歌詞の中で醜い嫉妬心、あるいは女性に対する暴力が表現されているという点で一致しているように思うのだ。
例えば、『A hard day’s night』に収録されている「You Can’t Do That」、『Rubber Soul』に収録されている「浮気娘」などである。
-You Can’t Do That-
If I catch you talking to that boy again,I’m gonna let you down
今度、お前があいつと口をきいているを見つけたらコテンパンにしてやるからな
-浮気娘-
Catch you with another man.That’s the end’a little girl
浮気現場を抑えたらお前を生かしちゃおかないぜ
ここには、まるで中学生のように幼稚な暴力性がある。おそらくジョンはこういった自分の中にあるどうしようもない部分に対して、人一倍嫌悪感を抱いていた。しかし、それからなかなか離れられなかった。しかし、このあたりの苦悩が歌に現れてしまうのがジョンの魅力でもあるのだ。
       ★
『HELP!』B面に話を戻そう。上記の「It’s Only Love」の後、ジョージの曲(「You Like Me Too Much」)が来た後に、ポールの流した感じの曲(「Tell Me What You See」)が来て、そして、ポールの天才的な2曲に続くのである。(ここで気づいたんだけど、もしかしたら、A面、B面って言ってもCD世代、ましてやダウンロード世代の人にはあまりピンと来ないかもしれないんだよね。まぁ、ここまで来たので強引に話を進めさせてもらうが、失礼!)
まさしく神がポールに降りたかのような名曲の「夢の人」「Yesterday」。
特に「Yesterday」は、ポールが寝て起きた時に出来ていたという、これ以上ないような神業である。
僕は、この話を聞いたジョンの神への微妙な不審、あるいは嫉妬が、あの「ビートルズはキリストよりも有名」発言の遠い伏線ではないかと勝手に考えている。
       ★
そしてその稀代の名曲「Yesterday」が終わると、アルバム最後の曲「Dizzy Mizz Lizzy」が始まる。
中山康樹氏は、「これがビートルズだ」でこう述べている。
つまりビートルズは≪ツイスト・アンド・シャウト≫や≪マネー≫から遠くへきたということだ。わずか二年だが、ビートルズの”二年”は一般の10年、20年、いやもっと長い年月に相当する。もはや一九六五年のジョンに、ビートルズに≪ディジー・ミス・リジー≫を歌う動機も、歌わなければならない音楽的必然性もない。もはや『キャバーン・クラブ』の時代には戻れない、戻ることもない。この曲に漂う静けさや、空虚な空気は、時計の針をむりやり巻き戻そうとしたことによる。
確かに、この曲には、ジョンの孤独の叫びようなものが感じられる。
しかし、人は時として、戻れない「あの頃」をまだ現実に存在しているものだと思い続けたいものなのである。
ジョンはこのアルバムの表題曲「HELP」で「俺が若い頃、誰の助けも必要としなかった」と歌う。
そして「あの頃の独立心はどこかへ消えちゃった」と続ける。
勿論、中山氏の言うように時計の針はもう捲き戻せない。
しかし、そんなジョンの心の葛藤をこの「Dizzy Mizz Lizzy」が音として見事に表現しているとすれば、それはそれでまたひとつのビートルズマジックなのかもしれないと思う。そういった意味で、僕は、この頃のジョンが置かれた状況にシンパシィを感じるとき、この曲にいとおしさすら感じざるを得ない。僕が最近『HELP!』が気になるのは「Dizzy Mizz Lizzy」の痛さのおかげなのである。
       ★
さて、この『HELP!』発売の4年後の1969年、ジョンはビートルズ脱退を決意して、ヨーコと一緒に「Live Peace in Toronto」のステージに立つ。そして、この「Dizzy Mizz Lizzy」を演奏する。
その演奏は、僕には『HELP!』時の「Dizzy Mizz Lizzy」の屈辱的な空虚さをはらすための復讐のようにも聴こえる。
そして、勿論、この時の「Dizzy Mizz Lizzy」も好きだ。
同じ曲なのに、その時々の状況で表現し分けるジョン=レノンは、やはり、正直者、あるいは天才である。
まさむね

その他、僕のビートルズ論集
「REVOLUTION9」をどう聴くか?それが問題だ!
「REVOLVER」は今でも可能性の中心である
ビートルズの本質を表す「ラバーソウル」というタイトル
兄貴分・ポールに対する弟・ジョージの複雑な反抗心
ビートルズにおける猥歌合戦 ~ポールVSジョン~
ジョンレノンは労働者階級の歌が作れなかった
暴力的なジョンだからこそ、愛と平和を語ったのだ
愛こそはすべての 2面性
20世紀の奇跡、ビートルズ!
THE BEATLES 全曲レビュー

散歩, 歴史・家紋 »

[20 5 月 2009 | 2 Comments | | ]

烏山の寺町は東京の中でも特異な場所である。
関東大震災によって浅草をはじめとした江戸の寺院が震災にあって、この地に移ってきたという。
浄土真宗、浄土宗、日蓮宗など、様々な宗派の寺々が集まっている独特の雰囲気があるのだ。(写真は高源寺の鴨池)
勿論、それぞれの寺には、有名人が眠っている。
高源院には漫画家の園山俊二氏、幸龍寺には漫才師の内海好江師匠、専光寺には浮世絵師の喜多川歌麿、永隆寺には五代目と六代目の三遊亭圓生師匠、常栄寺には将棋名人の升田幸三、妙高寺には天保の改革で有名な老中・水野忠邦といった具合だ。
それらの墓を一巡りするだけでもちょっとした歴史散策と健康のためのウォーキング、一石二鳥のお得コースである。
       ★
僕は、それらの墓と同時に寺紋にも興味を持ってみて歩いたのだが、一つ気になることがあったのでこれを機会に記してみたいと思う。
それは、茗荷紋と杏葉紋のことである。
杏葉紋は、もともと、九州戦国大名の雄・大友家の家紋であったのだが、戦乱の中、その紋に憧れる多くの他家の紋となって九州全般に広まっていった。特に、大友氏が耳川の戦いで島津氏に敗れると、それを機に乗じた龍造寺家が、大友氏を圧倒し、同時にこの杏葉紋も奪ったというのは有名な話である。
しかし、この杏葉紋は、一見すると茗荷紋に似ているのだ。よく見ると、杏葉紋には、茗荷にあるような葉脈が描かれていない等の違いはあるのだが、特に注意していないと混乱するのも無理は無い。実際、杏葉紋の本家、大友氏自身が自家の紋を茗荷紋と記している書物もあるらしい。それほど、似ているのだ。
尤も、逆に言えば、多くの人にとっては家紋というものはそれほどこだわるものではなかったという事かもしれないのだ。
僕は上記の杏葉紋と茗荷紋の混乱の話は、家紋関連の本で読んで、知識としては知っていたのであるが、烏山の専光寺で、はじめてこの目で確認することが出来た。
専光寺は、浄土宗の寺院である。浄土宗の開祖である法然が大友氏の出ということで、浄土宗系の寺院ではこの杏葉紋がシンボルとして飾られている事がよくある。伊能忠敬が眠る上野の源空寺でもそうだった。
確かに、烏山の専光寺の門には、立派な杏葉紋が付けれらていた(左上図)。
しかし、寺の境内に入ってみると、火除け水鉢には、杏葉紋ではなく、立派な茗荷紋があるではないか(左下図)。
勿論、僕はここでそれをあげつらいたいわけではない。
それどころか、細かいところにこだわらない日本人のおおらかな精神を尊重したいのである。
もしかしたら、火除け水鉢を受注した職人さんが茗荷紋にしてしまったのにたいして、住職さんは笑顔でありがとうと言って、その職人さんのミスをかばったのかもしれない。そんな物語すら逆に想像してしまうのであった。
       ★
僕は家紋が好きで、いろんな墓を巡っているが、時に、家紋帳にある規則とは違った家紋に対するご先達のおおらかな態度に出会うことがある。
そしてそんな時、何故だかわからないが、必ずといっていいほど、「いい加減だなぁ」と感じるよりも、「おおらかだなぁ」とほほえましく、暖かい心持にさせられる。
最近、何かと他者に、特に、その失敗に対して、厳しい風潮があるが、そういう態度は決して日本人らしくないのではないかと、杏葉紋と茗荷紋との混同を見て思う烏山での休日であった。
まさむね

政治, 社会問題, TV番組 マスメディア »

[19 5 月 2009 | No Comment | | ]

民主党の新しい代表が決まった。鳩山由紀夫である。
実質的には小沢一郎の傀儡とも言われているが、どうなのだろうか。
基本的な政策路線は継承するようだから、とりあえずヨシとして、見守りたい。
しかし、僕は以前から、民主党の反官僚姿勢は評価するが、ヤンキーに対するばら撒きはいかがなものかと思ってきた。
もしも民主党が時期衆議院選挙で勝てば、子供一人に付き月額2万6千円の支援という政策は実現されるということである。
そうすると、それによって、一つ微妙な問題が発生する。
あの大家族モノのテレビ番組はどうなってしまうのだろうか。という問題だ。
たとえば、テレビ朝日の名物番組「ビッグダディ」は4男、4女&三つ子&赤ん坊の12人兄弟は、その生活の苦しさゆえにお話として成立しているのだが、それが毎月、12人×26,000円=312,000円が無条件に、毎月この家に支給されるのである。
おそらく現在の親父の収入よりも多い金額が、ポンポン毎月入ってくることになるのだ。
こんな状態になったらこの番組は、番組として成立するのであろうか。
確か、4月に放送したときの番組のキャッチフレーズは「ビッグダディの家族に100年に一度の大不況が吹き荒れる」とかであった。
しかし、これまでは一つのアンパンの奪い合いがドラマを生んだのだが、民主党が政権をとった暁には、子供たちは、「今日は焼肉にするか、刺身にするか」でもめるようになるのであろうか。
そういった家族を見ながら、はたして我々は楽しめるのであろうか。
僕は、今から心配してしまうのであった。
       ★
話は変わるが、以前、こんな注意文書が栃木県の 地域安全情報の配信(下野警察署)という。

2008年11月11日(火)午後4時か午後4時30分ころ、下野市石橋地内の路上において、歩きの男が女子小学生に対し「おはよう」等と声をかける事案が発生。男は、30〜40歳、身長170センチ位、やせ型、髪短め、黒色タートルネック、灰色ベスト、クリーム色ズボン、黒色手提げバッグ所持。〔ワンポイントアドバイス〕知らない
人に声をかけられても相手にせず逃げる、防犯ブザーを鳴らす、すぐに警察に通報する等、ご家庭でもお子さんにご指導願います。(下野警察署)
他人の子供に話しかけたら通報されかねない世の中で、その他所の子供のために黙って税金だけは払えっていうのは、やはり何かおかしい。
まさむね