Articles Archive for 7 月 2009
時事ネタ »
にかほ市立象潟中学校(佐藤亨校長)の40歳代の男性教諭が15日、校内で授業中に、担任するクラスの3年生の男子生徒2人に、畳を投げつけ、暴言を吐いていたことがわかった。
佐藤校長によると、男性教諭は15日、4時間目の音楽の授業が音楽室で行われた際、合唱コンクールの曲を決めるため、音楽教諭とともに同席した。授業が始まった時、男子生徒2人の姿が見えず、ほかの生徒に聞くと「教室にいる」と答えたため、「出てこい」と呼びかけた。それでも出てこないため、男性教諭が音楽室内を探したところ、2人は室内に積み上げてあった、三味線の授業で使う畳の陰に隠れていて、「すいません」と立ち上がった。
男性教諭は腹を立て、生徒2人に畳を投げつけ、畳の上から足でけり、「明日からお前らは学校に来るな。来る必要はない」などと暴言を吐いた。教諭は生徒1人に3枚、もう1人にも3枚、計6枚の畳を投げつけたという。(後略)
(2009年7月17日 読売新聞)
世の中、たまに想像もつかないような事件が起きるものである。
三味線の授業があり、その授業で使う畳を用意している高校があるというのも、僕にとってはプチ想像超えの現実だが、いくら頭に来たからといって、生徒に畳を投げつける教師というのは想像を超えている。
畳「に」投げつけるではなく、畳「を」投げつけるというのだから、笑ってしまう。
去年は、他人の家の天窓に住んでいたおばさんがいたり、水道からドジョウがでてきたりというニュースがあったし、今年に入って、すぐには、歯の治療がうまくいかなかったと腹を立て、その腹いせに、歯科医院に対して、その玄関先にアジの干物を並べたりする嫌がらせをした男や5年間にわたって他人の表札を盗み続け、その表札と添い寝したいた男という僕好みの「男」の話題があったが、久しくそれらに続く事件がなかった。
そんな退屈な日々に、久々のスマッシュヒットニュースである。
全く関係ないが、「僕は...」と入力すると何回かに一度、「朴は...」と変換されてしまうこのPCのIMEは微妙に嫌だ。
まさむね
芸能 »
昨日、中川翔子のブログがエキサトブログからアメブロに引っ越してきた。
勿論、それ自体はどうという事もないニュースであるが、いきなりの殿堂入りである。
まるで、柔道・オリンピックゴールドメダリストの石井慧が大相撲に入っていきなり横綱っていうようなものだ。
礼儀として、とりあえずランキングから始めるべきというのは常識的すぎる見解だろうか。
逆に、このランキングにどれだけの価値、信憑性があるの?という疑問もないわけではないが、一見、公平に見せかけるところに罪深さを感じないわけにはいかない。
勿論、最近、不自然にランキングが高いタレントが目立ったりしていて、それはそれで「純粋な人たち」に世間というのはこういうものだということを教えるというぐらいの意味はあるのかもしれないが、嫌な思いをしている人たち(タレントもユーザーも)もいるに違いないと思うのだ。
しかし、有名人のブログビジネスに関して言えば、、北斗晶や辻希美など、アメブロ上位の常連は、本業におけるその全盛期の輝きが素晴らしかっただけに、その輝きにと比べると、ブログで日常を切り売りしていて公開しているその姿のテンションの低さは否めない。などというのはジジイの戯言か。
現・国会議員の神取忍とのそれぞれの所属団体、全女とLLPWを背負った抗争をしていた頃の北斗晶、ミニモニ。全盛時の辻ちゃんのあどけない可愛さは格別だったなんて思い出に浸っている程、時間はゆっくりと進んでくれないものなのかもしれない。
まさむね
書評 »
『東京「進化」論』増田悦佐(朝日新書)はいかにも団塊の世代のオヤジが書いたような新書である。
基本的には、赤坂、六本木、新宿、秋葉原、渋谷、池袋、吉祥寺...の街の特徴を書いているのだが、そこかしこに微妙に違和感のある価値観が顔を覗かせる。
それは、僕にとっては、ちょうど椎名誠の一連のエッセイに漂う空気に感じるのと同じような違和感なのである。
友人はそんな僕に対して、「それは、お前が酒を飲まないからだ。」と言っていた。そうかもしれないとも思うし、そんなことないとも思うが、僕の中では結論は出ていない。
具体的に見ていこう。
例えばこんな一節である。増田氏は、松本哉という人の『貧乏人の逆襲!-タダで生きる方法』をこう評する。
ちなみに、ぼくのいちばん好きなエピソードは、三人でのデモ行進の許可を申請しておいて、「どうせ大勢動員するにちがいない」とにらんで目一杯過剰警備をしていじめてやろうと手ぐすね引いて待っていた警官隊に肩透かしを食わせて、本当に三人だけでデモ行進をしたという話だ。
この話のどこが面白いのだろうか。ただ、役所に税金を無駄遣いさせ、警官達に迷惑をかけたというだけの話のような気がする。
デモに関して言えば、別の箇所にも出てくる。
1960年の第一次安保闘争がピークにさしかかったころ、安保反対運動の指導者達はどこか大きな拠点駅にデモ隊を集結させようとした。候補としては東京駅と品川駅が挙がったのだが、結局品川駅に落ち着いた。理由は「東京駅は高架なので警官隊に追い詰められて落ちたり飛び降りたいすると、死者や重傷者が出やすい。その点、品川駅構内は全部地表にあるので、危険が小さい」というものだった。60年安保反対運動のころの指導者達は、なかなか人間味豊かだった。
僕はこういった表現に、「昔はよかった」「権力は悪だ」というような朝日的価値観独特の臭みを嗅ぎ取ってしまうのである。
増田氏は、また、60年安保の当事者達の「人間味」を評価する一方で、かつて、食べるものも惜しんで秋葉原で「おとな買い」をしていたオタク達を非人間的と断じ、最近、秋葉原にケバブサンドのテイクアウト店が増えてきたことをオタク達が「人間的成熟した」結果だと、上から目線で評価している。
僕などは、食べ物をも惜しんで趣味の世界に没頭するオタクこそ、ある意味、人間でしかありえない、あまりに人間的な存在だと思い、逆にそこにこそいろんな意味で可能性があると思うのだが、おそらく、著者の増田氏の持つ人間観と、僕の人間観とはだいぶ違うのだと思わざるをえない。
さらに極め付けは、練馬と板橋を語るところだ。
下町国と山の手国の違いは、所得水準や資産価値や教育程度や社会的地位の上下関係から来る「階級差」ではない。趣味、嗜好、生活習慣の差であり、まさに「国民性の違い」なのだ。だが、メディアでの取り上げ方は露骨に文化的優劣の差をにおわせるものとなってしまっている。
いった、何の話をしているのだろうか。下町と山の手を文化的優劣の差として表現したようなテレビ番組、新聞記事なんてあっただろうか。むしろ逆に、そういった差があったとしてもあたかも差が無いように、そしてむしろ、この著者が言うのとは逆に下町の優位を言い立てるのがメディアだと僕は思っていた。
僕の記憶の中には、下町の小汚い漬物屋で白菜をつかみ上げたり、屋台のオデン屋がタダで差し出すガンモドキをほおばる地井武夫やヨネスケの顔しか思い浮かばないのだが、それは僕の勘違いか?
いったい、増田氏はどの局の番組を見て、このような感想を述べているのだろうか。
そして、さらに練馬と板橋の話は続く。
練馬区は23区のうちでいちばん新しくできた区で、板橋区から分離独立した。たとえば、平均的な東京都民にとっては、練馬大根を除けばほとんどありとあらゆる点で、練馬区のほうが「若く、新しく、おしゃれな」イメージを喚起する区であり、板橋区のほうが「年寄りで、古くて、ダサい」イメージを喚起する区だというところにも、この「文化的優劣」の差が出てくる。つまり、実態とは違う連想なのだが、練馬区は上がり坂、板橋区は下り坂とう印象が定着してしまっているのだ。
練馬区を「おしゃれ」というのは東京に45年以上暮らしている僕にとって初耳の話だ。
練馬区の板橋区に対する文化的優劣の序列という価値観は、板橋区が冷遇され、文化的差別を受けているという物語を作るために、増田氏が頭の中で創り上げたおとぎ話としか僕は思えないのだが、どうだろうか。
敢て、増田氏にアドバイスすると、どうせ、これだけフィクショナルにするのなら、U字工事位のセンスとテンションを学んでほしいものである。
著者の増田氏は、アメリカの大学で博士課程を修了され、大学助教授、外資系証券会社でアナリストを務めらている。こういう方が、新橋のガード下や大井町の小さな飲み屋街を評価し、東京の雑多性を肯定する視線に微妙な差別意識を感じてしまうのは僕の妄想だろうか。あるいは僕の嫉妬心だろうか。
ちなみに、僕は小さなスナックで店の主人に話しかけられてもなんと答えたらいいのかわからないし、近所の小さな八百屋や乾物屋が無くなっても全く悲しくないが、コンビニがつぶれると大変不便を感じるような程度の人間的成熟しかしていない男である。理屈としては、地場コミュニティや、社会の包摂性が大事なこと、日本が目指すべきなのは、小さな政府と大きな社会であることなどはわかる。しかし、「体」と意志がついていかない虚弱な人間なのである。
さらに、築地市場(左図)跡地は、朝日新聞社員が喜ぶような「世界最大のレストラン街」ではなく、都営霊園にすべきだ「平将門と桔梗との因縁都市・東京の歴史」と主張しているが、今のところ賛同者は全くいないwww
まさむね
社会問題 »
雨宮処凛というライターがいる。彼女の『「生きる」ために反撃するぞ!』(筑摩書房)等の著書や、テレビ等の発言は、徹底して働く者の側に立つ。その活躍ぶりは「プレカリアートのマリア」(朝日新聞命名)とでもいうべき存在感である。
ご存知かとは思うが、彼女自身、かつてはリストカッター、そして右翼少女、ゴスロリファッションの小説家など、紆余曲折の人生を送っている。ちょっとした来歴だけを見てもわかる。彼女は、凄い人なのである。
しかし、僕はそんな彼女のインタビュー記事「無茶な要求に応えようと、がんばりすぎる正社員たちダメな人でも安心して働ける社会であってほしい」を読んで微妙な違和感を覚えた。
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確かに、彼女がここで言っているように、現代日本社会は、労働者にとって過酷な状況にある。サービス残業や休日出勤などによる長時間労働は、労働者の心身を徐々に蝕んでいく。しかも、労働者は、そんな状況にありながらも、社会や企業の価値観に過剰に適用しようとして、さらにスキルアップや過剰労働に身を捧げてしまうという悪循環である。
しかし、その反面、人間というものは、ある種、限界状況でこそインパクトのある生き方が出来るという困った習性があるのも事実なのである。
おそらく、雨宮氏も様々な限界的な人生経験から、現在の道をつかんだのであろう。その宿命にも似た彼女の道程を思うと、頭の下る思いがするが、一方で、彼女自身が本当に大事だと思っている自身の価値観と、彼女が世間の人々に勧めるような生き方のズレが僕には気になるのだ。
誤解を恐れずに敢て言わせていただけるのならば、彼女は、自身のインパクトのある人生のために、他の多くの労働者には凡庸な生き方を勧めているように僕には見えるのである。
そしてもうひとつ、彼女のこのインタビュー記事が掲載されているのが、求人情報サイトというのも違和感を覚えたひとつの理由である。
彼女がここで「労働状況の告発」を行うことは、読者の転職を勧めることにつながり、そうすると、多くの場合より過酷な労働条件に人々を追い込む結果に助力することになってしまうという残酷な循環に彼女はどれだけ自覚的なのだろうか、それが違和感の内実である。
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しかし、上記の事をとりあえげて彼女を攻めるのも酷だろう。それが資本主義社会を生きる僕たちの宿命なのだから。
小泉改革を批判しながら、反面で自分の癌をネタに、新自由主義の尖兵である外資系生保会社のCMに出続ける鳥越俊太郎氏を許すのと同様に、僕は彼女もギリギリ許したいと思う。
まさむね
政治, 相撲/プロレス/格闘技 »
政治とプロレスは似ていると昔から思っていた。
政治家になるにも、プロレスラーになるにもライセンスは必要ない。みんなが政治家と認めれば政治家、あるいはプロレスラーになれる。いや、実は自分が政治家だ、あるいはプロレスラーだ、と言い張ってしまえばなれるのである。
また、政治もプロレスも実力の世界であるようでいて、その実力の実態というのが不明なのである。政治家ならば相手を論破できれば、それで実力があるといえるのだろうか。また、プロレスラーならば、相手よりも強ければ実力があるといえるのだろうか。
両方とも違うのである。そこには、「実力」の他にも、人気、人柄、さらには家柄、弟子筋までもが重要になってくる世界なのだ。
そして、そこで彼らに必要なのは、リアリティと説得力なのである。
さらに言えば、プロレス団体と政党にも類似性が多い。それは一見そう見えたとしても民主的=平等主義の組織ではない。メインイベンター(=党首)とは全く別に陰のフィクサーが実は院政を強いたりして、幅を利かせている。主義=ポリシーが大事であるようでいて、実はあまり関係がない。仲間割れをして離脱したメンバーがいつの間にか、許して、抱え込んでいる。そこには、仁義があり、裏切りがあり、嫉妬があり、友情がある。
日本人が作る組織なのだから、同じようになるという説もあるが、それにしても似ている。歴史的に見てもそうだ。
70年代~80年代前半、プロレス界は新日本プロレスと全日本プロレスがお互いいがみ合いながら並存していた。それは、自民党と社会党がイデオロギーで角を突き合わせていた政界とパラレルな状態であった。
80年代後半~00年代、最大与党の新日本プロレスが分裂して、UWF、ジャパンプロレス等様々な団体が発生。野党の全日本プロレスからもSWS、FMW等の分離、独立運動が起きた。政界でも、自民党が分裂して新生党、日本新党が出来る。社会党からの流れと合流して民主党が出来る。
そして、そうこうしているうち現在、プロレス界は、世間からの信頼=関心を失った存在となってしまった。
一方、政治に対する信頼も地に堕ちた感がある。誰が首相になっても、党首になっても庶民は心からは支持できない。相対的にマシというスタンスでとりあえず支持しているだけ、誰がなっても同じという意見が大勢を占めてしまっている。
これでいいとは誰も思っていないが、逆に独裁者に出てこられても困るみたいと感じている。なんとも八方塞な状態なのである。
最近、東国原知事が「自分を総裁候補にしてくれるのならば、自民党から立候補してもいい」というような発言をしたということで世間を騒がせた。
ついに、お笑い芸人が首相になるような時代になろうとしているのか。
僕は彼の発言を聞いて、長州小力と長州力の関係を思い出した。
長州力と長州小力。いろんな意見があるだろうが、ある視点から言えば、本質的には、違うようでいて同じなのだ。
それは、普通の人(=芸人)と政治家が違うようでいて同じということと違いはない。
そして、それがみんながわかってしまったのが現代という時代なのである。
ある種の幻想が破られてしまった後、すなわち、みんなで一線を越えてしまった後に残るのは、面白くもない平等主義社会、薄暗い嫉妬の渦巻く世界、宮台先生が言うところの「田吾作村」なのかもしれない。
麻生首相が解散、総選挙を口にした。それに反発するグループの動きも活発化しているようだ。古賀選挙対策委員長も辞意を表明した。
これから先、どうなっていくのだろうか。興味深いと同時に憂鬱でもある。
まさむね
テクノロジー・ビジネス, 日常雑事 雑感 »
今は、それぞれがひとつづつのPCで作業し、それらのPCをLANで繋ぐような開発環境が当たり前になってしまったが、その昔は、ひとつの大きなマシン(汎用機あるいはミニコン)にダム端末をいくつも繋げての開発が主流だった。それでも、端末の数が足りないと昼夜の交替で開発が進められた。
特に300人を超えるような大きなプロジェクトでは、複数の下請け会社の社員達も開発に参加するため、顔も名前も知らないようなスタッフと同じマシンにプログラムファイルを書き込むことになるのだ。
これからお話するのは、そんな時代のちょっとした怪奇談である。
そのプロジェクトは金融関係の大きな、しかし絶対に不具合が許されないようなシステム構築だった。当時の僕は一プログラマとしてそのプロジェクトに参加していた。当然、システムの全体が見えているわけでもなく、与えられた仕様書に従い、指定されたインプットデータに正しいアプトプットデータを出力するというだけのプログラムを日夜書いていた。
どのプロジェクトもそうだが、納期が迫ってくると当然、スタッフの目が殺気立ってくる。そうなってくると一月100時間の残業は当たり前、それでもまだ時間が足りないといった状況に追い込まれる、それが当然のような時代であった。
そして、プロジェクトは遂に、大詰め、最後のテストの段階をむかえた。
しかし、問題はここから起こった。
何万件というデータを投入して、計算してテスト結果を出そうとするのだが、どうしても残金が合わないのだ。
「これじゃ、納品に間に合わないぞ」
先輩SEの悲痛な叫びが聞こえる。
勿論、スタッフ全員でもう一度、プログラムの見直し作業が行なわれる。
しかし、何度やっても、不具合な箇所は見つからない。それでも何度も何度も繰り返し、デバッグとテストは繰り返された。
そして、5000本以上もあるサブルーチン毎のしらみつぶしのデバッグは進み、ついにあるプログラムの怪しい箇所が特定できるところまで作業は進んできた。
しかし、その部分を作ったプログラマは下請け会社の、さらに女性派遣プログラマだった。
僕は何度か彼女が端末に向かっているのを見かけたことがあったが、勿論、話をしたこともない。
確か、色白で髪の長い女性だったように記憶している。
しかし、彼女は突然、会社に来なくなって、何処に行ったかわからないという。
そして、その時点になってようやく、彼女とまともに話をした事のある者は、誰もいないということに、みんな気がついたのだった。その女性プログラマは極端に無口だったからだ。
「どうしよう。」
「いや、どうもこうない...」
とにかく、彼女の書いたコーディングを追っていった。
彼女は几帳面らしく、コーディング自体は整然と書かれていた。どこにも不具合が無いように見えた。
しかし、彼女のプログラムを見ていたベテランプログラマのKさんが、突然、声をあげた。
「なんだ、この変数名は!」
通常変数名は、他のスタッフが理解できるような名前で書かれている。
当時は日本語入力が出来ないのでみんな半角のローマ字で書かれていたのだが...
KOROSU
その変数名は「殺す」という名前だったのだ。
Kさんはその変数を適当に別な普通の名前に修正した。ただ、それだけの修正だった。
そしてコンパイル、リンクして、システムを再度テストしてみた。
すると、なんとシステムは正常に動き出したのだ。
ほっと胸をなでおろす一同。そして、システムはなんとか納品にこぎつけることが出来たのだった。
数日後、僕は、Kさんに聞いてみた。
「なんで、あの変数を修正したんですか」
「あの変数、なんとなく、気持ち悪かっただろ。長年の勘っていうやつかな。」
Kさんは笑ってそう答えた。
しかし、僕の中には釈然としないものが残った。あれは何だったのだろうか。
勿論、その後、あの無口で色白で髪の長い女性を見た者も、彼女の噂を聞いた者も誰もいない。
まさむね
歴史・家紋, J-POP »
名字や出身地から家紋がわかるのかという質問をよく受ける。
勿論、100%わかるというようなことはありえないが、ある程度の確度で想像は出来る。
家紋の面白さはそういった想像を許容してくれることだ。家紋という法律とはあまり関係なく、先祖の願望や人間関係や、家柄を表現したマークを日本人は代々受け継いできた。
その事自体、ある意味、奇跡的なことである。世界の国々の中で庶民にまで、まんべんなく紋章が広まっている国は日本だけ、その事実がこの奇跡性を物語っているではないか。
今回のエントリーでは、w-inds.を例にして名字、出身地から、彼等の家紋を想像してみよう。
w-inds.というのは、下記の3人のメンバーからなる男性ダンス&ボーカルユニットである。
千葉涼平 1984年11月18日生、北海道出身(左)
橘慶太 1985年12月16日生、福岡県出身(中)
緒方龍一 1985年12月17日生、北海道出身(右)
まずはリーダーの千葉涼平。千葉という名前から想像できるのは、平氏の名族・千葉氏である。
平氏と言えば、元々桓武天皇の流れを汲む。そのひ孫の高望王が平氏を賜り、皇族を離れ、関東に根を張った。
その子孫の中でも千葉氏は有力な豪族として鎌倉、室町まで生き延び、家名は江戸を通して現代にも残っているのである。
そして、千葉氏の多くは東北地方に勢力を伸ばした。その中には国分氏もあるから、TOKIOの国分太一は、もしからしたら千葉氏の流れを汲んでいるかもしれない。
そんな歴史的な経緯から見ると、千葉氏を姓に持つ千葉涼平は、正統な桓武平氏、そして家紋は、星に三日月を持つ可能性が高い。この月星紋の有名人は多いが、代表的なのは、あの剣豪・千葉周作と、前の五千円札の新渡戸稲造だろうか。
次に橘慶太。福岡県出身ということもあり、おそらくは、橘氏族の出である可能性が高い。
橘氏は、奈良時代に、藤原不比等の後妻となり、光明皇后を生んだ県犬飼三千代が、その功績により橘姓を賜ったことが始まりだ。女性が氏の始祖となるケースは珍しい。勿論、この時代、女帝も多く輩出されている事から考えて、女性上位の気風の時代だったのかもしれないが、一方ではそれほど、彼女の功績は大きかったということもいえると思う。
しかし、この橘氏は平安時代に入ると、藤原氏の風下に立たされることが多く、中央政界ではうだつが上がらなくなる。
おそらく、慶太の祖先は、そんな橘氏の中でも藤原純友の鎮圧のために大宰権帥として九州へ下向した参議橘公頼の子孫かもしれない。
この橘氏はその後、筑後(現在の福岡県)に広く勢力を拡大する。その後、松田聖子やZARDの坂井泉を輩出した蒲池氏も、この橘氏の流れを汲んでいるのである。
ちなみに、藤原純友の乱の際に、橘氏と並んで、純友を成敗した伊予(現在の愛媛)の豪族に越智氏がいた。
現在、橘慶太は、VISION CAST(携帯のみ)というサイトで『冠慶太』という番組をおちまさと(本名:越智真人)と一緒にやっているが、これも遠い昔の因縁だろうか。
家紋は勿論、橘紋かと思われる。福岡の橘氏はほとんどこの紋を使用しているからだ。
ちなみに、橘紋を使用する有名人には、例えば、日蓮、山中鹿之助、井伊直弼、勝新太郎、江川卓、小和田雅子、北島康介...なんとなく、強い意志を感じさせる人物が多い。
そして、最後が、緒方龍一だ。彼自身は北海道出身だが、この緒方という姓は、元々九州・熊本に多い姓である。
日本にはある程度、県単位で特に多い名字というのがある。宮崎県には黒木姓が多いし、愛媛県には越智姓、長野県には百瀬姓、香川県には大西姓が多い。また青森県に工藤姓が多いことも有名だ。
そういった姓と県の結びつきで言えば、緒方姓と熊本というのも結びつきが深いのだ。昔、巨人軍にいた緒方選手も確か、熊本出身であった。
この緒方氏は元々は、大神氏という大国主系の氏族で、平安時代に九州に土着するのである。
氏族の中では、平重盛の家人だったが、源平の合戦で源氏方に付き、その後、義経側についたため、不遇な扱いを受けた緒方惟榮が有名である。
しかし、残念ながら緒方氏には、これといった決まった家紋がないようだ。あえて言えば、江戸末期に適塾という蘭学の私塾を立ち上げた緒方洪庵の杉紋が有名である。
こう見ると、千葉涼平は月星紋、橘慶太は橘紋、そして緒方龍一が杉紋というのが僕の想像だ。
w-inds.という名前は、北(涼平・龍一の出身が北海道)と南(慶太の出身が福岡県)の風(wind)が一つになって世界中に届くようにと名づけられたというが、このように歴史の流れを見ていくと、慶太の橘氏と龍一の緒方氏は元々九州の大族という共通点が、さらに、その橘氏と千葉氏の祖である平氏は天皇系の氏族という点で似ているのだ。
涼平・龍一は北海道出身
慶太・龍一は九州の大族出身
涼平・慶太は、天皇系氏族出身
それぞれの組み合わせでつながりがあるではないか。
もしかしたら、w-inds.の三人のチームワークのよさにはこんな因縁が隠されているのかもしれない。
まさむね
2009.12.06 日常生活の中で思わずつぶやくw-inds.のあのフレーズ
2009.10.29 本当の「歌の力」は、w-inds.の新曲「New World」にある
2009.11.26 w-inds.、最後に残るのは慶太、龍一、涼平、3人の声だ
2009.09.03 w-inds.ライブ、その隠れキリシタン的恍惚は特権的だ
2009.07.27 w-inds.のステージはマイケルが乗り移った甘美な夢だ
2009.07.12 名字と出身地から家紋がわかるか ~w-inds.の家紋~
2009.07.04 w-inds.のライブツアー特別待受けに見える龍一の想い
2009.05.25 w-inds.の龍一とジョンレノンが似ている件
2009.05.18 w-inds.とモーニング娘。どちらが勝っても嬉しいし悔しい僕
2009.05.08 w-inds.のストイックさに明日の可能性がある
テクノロジー・ビジネス »
Google アドセンスが選び出す広告のセンスにはたまに笑わされる。
これは携帯で本サイトを見ていただくとわかるのだが、エントリーのタイトル、内容、キーワードから、Googleが選び出してくる広告は意外だが、しかしどこかに説得力があるのだ。
例えば、こんな感じだ。
UNIX=eunuchs(宦官達)の思想が「種」を残すという皮肉
というエントリーに対して、
しこりがあります・・・
という腫瘍のQ&Aサイトの対応ページが表示される。たしかに宦官という言葉を使っているし、「種」という単語をタイトルに使用しているが、別に病気の話をしているわけではないのにである。
また、
鳩山邦夫の墓前での柏手に見る鳩山家の底の浅さ
というエントリーに対して、
体重160kgの患者専用の...
という痩薬の広告が表示される。確かに、一部ネットでは鳩山氏はメタボ・鳩山と呼ばれているのは知っている。それにしても、この広告は露骨だろうと笑わされるのだ。
確かに、現時点では、読者に対してピッタリの広告を提示できているとは言いがたいだろう。
ただ、そこには「人工無能」をも想像されるロボットの愛嬌がみられるではないか。
僕は、たまに、暇なときに、どんな広告が出るのかだけをリロードして楽しむ事もあるくらいだ。
テクノロジーは時に予想外のエンターテイメントを生み出すものである。
まさむね
日常雑事 雑感 »
益若つばさという娘がいる。
カリスマファッションモデルで、かつ若い女性向けの美容関連商品のプロデュースも手掛けている。
wikiによると、2007年12月現在の彼女の経済効果は100億円を上回るとされているという。
彼女がブログで紹介したネイルやヘアが、あっという間に人気スタイルになってしまうという。
最近は、息子を出産、旦那のこれまたファッションモデルの梅田直樹氏とともに、そのライフスタイルを開示。カリスマという名に恥じない活躍ぶりである。
その益若つばさが、ローリングストーンズとのコラボでTシャツを発売している。
あの、ストーンズのベロマークを彼女独特のアレンジを加えたTシャツである。
個人的な話であるが、僕は高校の頃、ベロマークのTシャツが欲しくて、原宿、渋谷を探し回ったことを思い出した。
その時は、結局見つからず、すごすごと帰ってきたのを覚えている。あれから、30年以上経った。
ご存知の通り、このベロマークはストーンズの反体制のシンボルとして採用されたマークだ。ミックジャガーの口を想像させるそのデザインはだからこそ、反抗的な若者の生き方の象徴でもあったのだ。
当時、ストーンズと言えば、手の届かないスーパースターだった。あの沢田研二がロンドンのEMIスタジオでミックジャガーに会いたくて、何時間も出待ちをしていて、やっと会えてサインをもらったという逸話が残っている。沢田研二だって、当時の日本では大スターだ。その彼がやっとあえるミックジャガー。僕のローリングストーンズの幻想は膨らみに膨らんだものである。そういえば、この沢田研二が主演した『太陽を盗んだ男』という1979年の映画の主人公は、原爆を作って世間を脅迫するのであるが、その時の犯行要求が「ストーンズ来日公演」だった。
ところが、現代、一人の女の子が、「これはローリングストーンズとコラボしたTシャツで~す」と紹介するような時代になった。彼女の目に、ストーンズという存在はどのように映っているのだろうか。
それが、いいことなのか悪い事なのか、よくわからないが、ある種の感慨を抱かざるを得ないのは事実である。
しかし、もしかしたら、彼女のようなコギャルこそ、ストーンズの反逆性を受け継いるのかもしれない。僕のような体制的になってしまったオヤジをこれだけ挑発するのだから...
やはり時代は転がる石(Rolling Stones)のようなものということだろうか。
まさむね
ビートルズ »
ビートルズのリマスターCDボックスが発売されるという。
結構なことだ。これを機会に、多くの若者がビートルズを耳にする。そしてビートルズがさらに聴き継がれていく。
そして、それによって、ビートルズが持つ触発力が若い人々に伝播し、あたらしい音楽が生み出されていくのだとしたら、それは、音楽界にとっても、素晴らしいことではないか。
しかし、個人的には、実はあまり関心がないというのが正直なところだ。
おそらく、僕は買わないだろう。実際は、お金がなくて買えないという面もあるのだが、「While My Guitar Gently Weeps」のエンディングが長くなるとか、「Across the Universe」の新しいバージョンが聴けるとか、「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」のモノラル版が出るとか、それはそれで一度は聴いてみたいとは思うが、最近流行の突っ込みで言えば、「ソコかよ」という感じは否めないのだ。
また、モノラルBOXを持っていれば後々高く売れるという人もいる。こういう意見に対して、微妙に興味はそそられはするものの、自分がすることじゃないなと思ったりもするのだ。
やっぱり、僕はオタクなんだと思う。オタクというのは、作品に対して妄想的にイメージを膨らませる人種である。
その対象が何であろうと、例えば、アニメであろうと、プロレスであろうと、政治であろうと、アイドルであろうと、アートであろうと...それは二の次だ。おそらく、対象に対する関わり方こそが、オタクの本質なのである。
例えば、ビートルズの名盤・「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」に関して言えば、その音がステレオか、モノラルかというところではなく、「Whthin You Whithout You」のジョージの視線と「Fix a Hole」におけるポールの観点の対立物語とか、「Good Morning Good Morning」に母校を登場させるジョンの気持ちが「Strawberry Fields Forever」とどう繋がっているのかというような、考えてもどうしようないことが気になって仕方がないのがオタクなのである。
それに対して、マニアという方々がいる。ビートルズに関しても、各国のレコードを集めたり、貴重な資料を持っていたりという方向に行く人々だ。別名、コレクターともいう。「真実のビートルズ・サウンド」の著者・川瀬泰雄氏なんかは典型的なマニアなのだと思う。なにしろ、一つの部屋が全部、ビートルズグッズというのだからたいしたものだ。
また、オタクでもなければ、マニアでもない、それでもビートルズが大好きといういわゆるファンという方々もいる。数で言えば、おそらくこのファンに属する人々の人数が一番多いだろう。実際に、その対象となるジャンルをささえているのはこのファン層だと思う。
ビートルズを聴いても、妄想に悩まされることも無く、収集したいという衝動に突き動かされる事もない。ある意味、正しいビートルズファン達。今秋のビートルズリマスターCD発売時には、こういったファンを増やしてくれるようなマーケッティングを期待したいし、多分、そうしてくれることだろう。
東芝EMIが、9月9日に向けて、どういったマーケッティング戦略をとるのか、それも一興である...なんて言っていって、そっちのビジネス面での妄想をつのらせる僕は、やっぱり悲しいオタクだ。
まさむね



