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『復興期の精神』と同様にユニークな花田清輝の家紋

19 10 月 2009 No Comment

先日、八柱霊園の花田清輝の墓に行ってきた。

花田清輝は、戦後に活躍した評論家だ。彼が戦争中に書き、そして終戦直後に発表した『復興期の精神』というエッセイ集は、僕も大学の頃、好きだった本の一つだ。
今はもう、手元にない。いつの間にかどこかへ行ってしまった本だ。
何が書かれていたのか、詳細は、忘れてしまった。
ただ、そこには、ヨーロッパの復興期(ルネッサンス)に生きた芸術家達の「人間」という枠に収めきれないエネルギーのようなものが書かれていたことだけは覚えている。

そこには、フランソワ・ヴィヨンという詩人のことも書かれていた。ヴィヨンというは、とんでもない人だったらしい。Wikipediaからの引用する。

ギヨームの援助もあってパリ大学に入学して同学を卒業したものの、在学時より売春婦やならず者といった輩と行動を共にするようになった。1455年に乱闘騒ぎで司祭を殺してしまい、パリから逃亡してアンジュー近郊の窃盗団に加わる。その後再び罪を得て1461年にオルレアンのマン・シュール・ロワール(Meung-sur-Loire)の牢獄に投獄されたが、恩赦により出獄。
1462年、淫売宿で強盗・傷害事件を起こして投獄され、一時は絞首刑宣告を受けたが、10年間の追放刑に減刑されて1463年にパリを追放された。その後のヴィヨンの消息に関する記録は一切無い。

確かに、なんだかメチャクチャな人だったようだ。
ヴィジョンが現代の日本に生きていたらどうなっていたのだろう。
彼にとって、日本は住みやすい国だろうか。
そんなはずないよな。と思う。

現代でもいろんなことを考える人がいるが、あの時代(終戦直後)にもいろんなことを考える人がいた。そして、いろんな未来を思い描く人々がいた。花田清輝も、そんな果たせなかった「可能性としての未来」を思い描いた思想家の一人である。
彼は中国共産党を、そしてその共産党が行った文化大革命を賞賛したことでも知られている。そんな思想家を現代の僕たちが、その書かれた内容だけで、古いと談じるのはおそらくナンセンスだと思う。
花田清輝の精神に久々に触れてみたいと思った。

さて、花田清輝の家紋(左図)は、彼の思想同様、ユニークだ。
まずは、鹿の角を家紋にする人自体がユニークだ。
自分が知っている限り、有名人では、あの自殺したヒロくんこと、沖田浩之の紋(右図)だけだ。
さらに、この鹿の角が生え替わる前の袋角の家紋もユニークである。
そして、その袋角紋といえば、六つ袋角(左下図)が少し知られているが二本の「抱き」形というはユニークだ。
極めつけは、花田清輝の紋は、その「抱き袋角紋」が上下逆、敢えて言えば、「丸に下がり抱き袋角紋」になっている。つまり、角の先が下に向いているため、角の意味すら無化されているのである。
しかし、デザインとしては、すっきりしている。
さすが、戦後を代表する思想家だ、なんて関心するのも変だが、家紋というものはそういった想像をもかき立てる力を持っている。

まさむね

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