Articles Archive for 11 月 2009
歴史・家紋, 社会問題 »
現代は日本史で言えば、一体どの時代に似ているのだろうか。意外にも、平成の世=平安時代という識者が多いのに気づく。
例えば、大塚ひかりは『感情を出せない源氏の人びと』等の著書で、平安時代の貴族社会に蔓延していた宿命主義、恋愛至上主義、母権主義(社会)が現代社会の風潮と類似していることを指摘している。また、そんな環境の中、平安の人々が、光源氏のように感情を抑制することを一つの「たしなみ」としたこと、そして、その抑欝感が一方で怨霊信仰を呼び寄せたことを、現代人の多くが心の病にかかっていることとパラレルなものとして論じている。卓見である。
また、かつて、国際政治学者の高坂正堯は自衛隊に関して「自衛隊は検非違使だ」と言っていた。
つまり、正式な律令の令制に規定の無い官職という意味だ。
平安時代の初期、桓武天皇は大幅に行政改革を行い、軍隊までをも無くしてしまった。
そして、その後、嵯峨天皇の治世に治安維持のために、令外官である検非違使を置くことになった。しかし、この検非違使は決して正式な役職になることはなかった。それどころか、穢れた仕事として、一段低い地位として見られていたのだ。
高坂氏は、自衛隊に対する日本社会のスタンスを検非違使という言葉で鋭く言い当てたのであった。ちなみに、この高坂氏は、あの前原国交大臣の師匠としても知られている。
そして、僕も最近、別の文脈で平成の平安化が気になって仕方が無い。
平安時代というのは、簡単に言ってしまえば、前の時代に出来た大宝律令をはじめとする律令が形骸化していく時代である。
建前ではすべての土地は国家=天皇の所有物で、人民は口分田という国家から与えられた土地を耕し、納税するということになっていた。しかし、実質的には地方の人民は何もしてくれない政府のために税金を払うことを忌避する。そして、あの手、この手で税金逃れをしようとする。当たり前の話だ。
そんな人々の欲求と結びついたのが、中央政府の官僚、公僕であるはずの貴族の欲望だ。貴族達は、納税を忌避する人々に土地を寄進させ、その土地を公有地ではなく、荘園(自分の私的な庭園)ということにし、名義料を吸い上げた。
ようするに、法律の網をかいくぐって、私腹を肥やしたのである。
そのため、国有地はどんどん減り、政府は、財政困難に陥り、都ですら、治安は乱れに乱れた。
ちなみに、芥川龍之介の『羅生門』はその頃の都の荒廃を背景とした物語である。
時はかわって現代。政府の借金はすでに800兆円とも1000兆円とも言われている。しかし、政府はそんな状況はお構いなしに、さらに人々に金をばら撒こうとしている。「クロヨン問題」という言い方もあるが、否納税者が増加している。しかし、彼等の多くは補助金なしでは生きていけない体質にされている。
この借金を何とかしようと、一瞬でも財政を立て直そうとする者が現れても、結局、地域格差が拡大したと大騒ぎし、すぐに元に戻してしまう。その象徴が今回の郵政の実質再国有化問題である。
そして、官僚たちは、あまりにも巨額の借金の影にかくれるようにして、せっせと自分たちの私腹を肥やすシステムを半ば合法的に、しかし隠れて作り続けた。それが天下りの特殊法人だ。官僚が合法的に、破綻した国家財政を尻目に富を収奪するシステムという意味で言えば、現代における天下り特殊法人は平安時代の荘園と同じである。
そしてさらに、驚くことに、実はその全体像という実体すら、誰も把握できていないという状況なのである。今回の民主党の事業仕分けというのは、今更かという感じがしないでもない。そんなことすら出来ていなかったのか、今まで。
では、平安時代はその後、どうなったのか。
地方の武士勢力のパワーが荘園という「ズルい偽安定システム」を武力で圧倒し、検非違使は、北面の武士等に再編され消滅、そして、関東では武士が自分たちで政権を樹立する。また、宿命主義は、実力主義にとってかわっていったのである。
しかし、現代日本人に、平安時代の武士達のようなパワーはあるのだろうか。それすらないとしたら、ただ滅亡に向けてズルズル後退していくだけなのだろうか。
次の時代はまだ見えない。
まさむね
歴史・家紋 »
有名人の家紋を調べていくと、少しずつではあるが、その家紋を持つ人々の特徴らしきものが見えてきて面白い。
勿論、これは僕の個人的なイメージの話であって、客観的に、「ある家紋を持つ人がどういったタイプであるとかないとか」という話ではない。
以前のエントリー「家紋占いというものは成立するのだろうか」でも書いたが、「家紋占い」というようなものは現時点では難しいと言わざるを得ない。
それでも、僕のイメージの与太話として、以下、読んでいただければと思う。
木瓜紋
木瓜紋の木瓜(もっこう)とは何だ?そもそもそれすらもわかっていないところがこの紋の面白いところだ。詳細は、このエントリーをお読みいただくとして、僕はひそかに”女陰”説を支持している。
僕がいささかスケベだからかもしれない。しかし、そう思ってこの紋を眺めてみると、そう見えないことも無いから不思議だ。で、そこからの連想だが、この木瓜紋を持つ女性の有名人が目立つような気がしている。例えば、樋口一葉、平塚雷鳥、平林たい子、岡田嘉子、樋口恵子、広末涼子、そして三船美佳。いずれ劣らぬ、女傑ではないか。左の画像は、樋口一葉の木瓜紋である。
茗荷紋
丹羽基二先生は、「家紋と家系」事典で、この茗荷紋について「霊力の強い点から、芸能界で成功する人も少なくない」というようなことを書いている。確かにそんな気もする。
この茗荷紋の茗荷は、摩多羅神というちょっとわけのわからない神様のシンボルだ。
木瓜(もっこう)もそうだが、実は、摩多羅神というのもどういった神様なのか、はっきりしないのだ。このいい加減さが日本文化のいいところでも悪いところでもある。憤怒の神、性の神、食人の神などといろいろな説があるらしい。いずれにしてもどこかディオニソス的=魔的な匂いのする紋だ。三島由紀夫、角川春樹、そして北野武...言われてみれば、どこか心の奥に悪魔が潜んでいそうな面々がこの茗荷紋を持っている。左の画像は、三島由紀夫の茗荷紋である。
柏紋
柏紋は海に関係する人々の信仰を形にしたものではないだろうか。宗像神社、恵比寿神社の神紋が柏紋だからだ。
日本という国は元々、北から南から海を渡ってきた人々が作った国である。
僕は日本人の中には海洋民族独特の冒険心の強いDNAが潜んでいるのではないかと思っている。そして、柏紋を持つ人々は、冒険心の強い起業家が多いような印象がある。
高田屋嘉兵衛、渋沢栄一、御木本幸吉(ミキモト創業)、小菅丹治(伊勢丹創業)、森永太一郎(森永製菓創業)、大谷米太郎(ニューオータニ創業)...左の画像は、渋沢栄一の柏紋である。
竹笹紋
竹というのは、不思議な植物だと子供の頃から思っていた。百年に一度、花が咲くという「伝説」も面白い。何よりも、茎と葉と竹の子、一つの植物からの派生物とは思えない。
他に似たものが無い、まったくユニークな植物だ。
横溝正史、竹山道雄、藤沢周平、大藪春彦等、芸術性の高い作家というより、個性的な文学者に多いような気がする。そういえば、宮沢賢治や谷川俊太郎も竹笹紋者だ。左の画像は、横溝正史の竹笹紋である。
桔梗紋
桔梗紋は悲劇の紋。これは、よく言われる話だ。
太田道灌、明智光秀、坂本龍馬、大村益次郎、野呂栄太郎、桔梗を紋所にしている有名人の多くが非業の死を遂げているからだ。
僕もこの桔梗紋の悲劇性については、その神秘性に惹かれて「平将門と桔梗との因縁都市・東京の歴史」「靖国問題は将門の桔梗への怨念が起しているの(かも)」というようなエントリーを書いてしまった。左の画像は、野呂栄太郎の桔梗紋である。
桜紋
桜という花は美しいと同時にどこか死を感じさせる花である。
これは僕の持論だ。また、明治以降この桜は国家主義の象徴のように扱われた。「桜(1)その国家主義的象徴」参照の事。
桜紋を持つ有名人としては、「君死にたもうことなかれ」と詠った与謝野晶子、暗殺された原敬、難解な大長篇小説『死靈(しれい)』を書いた埴谷雄高がいる。
どこか死の匂いというのもあながち的外れではないと思うがいかがだろうか。一方、桜の持つ美を代表するのが吉永小百合だ。ちなみに左の画像は、埴谷雄高の桜紋である。
梅紋
梅は天神様の象徴。天神様はご存知の通り、菅原道真の怨霊調伏のための神社である。だからかもしれないが、この梅紋を持っている人は、学問、芸術の香りのする面々がそろっている。
大名としても、加賀の前田家、筒井順慶、金森長近と文化人武将が並ぶ。
また、近代以降の文化人としては、倉田百三、梶井基次郎、岡本太郎、中上健治、山下清、筒井康隆達が梅紋を家紋にしている。
梅紋者としての自覚がそうさせるのだろうか。左の画像は、山下清画伯の梅紋である。
目結紋
コウケチという染めかたの事を目結染といった。そこから目結紋が生まれたといわれている。
一族の結束の固さをこの目結紋で象徴しようとしたのだ。
しかし、僕のイメージだと、そんな結束も時々、ほころぶような滑稽さを持っているような...
貴乃花と和泉元彌の紋だからだろうか。伝統を背負う一家にしては、あまりにもバタバタした印象なのだ。左の画像は、貴乃花の目結紋である。
橘紋
桜が死の象徴だとすれば、この橘は生の象徴だ。その昔、平安京の内裏にある紫宸殿正面の階段から見て右には橘の樹、左には桜の樹があった。それは、この桜と橘の対比をよく表している。日蓮、山中鹿之助、井伊直弼、勝新太郎、江川卓、小和田家、北島康介...これが橘紋を持つ人々だ。僕はどことなく、元気で、そして意志の強い人々の系譜を感じさせるが、どうだろうか。左の画像は、勝新太郎の橘紋である。
雁金紋
雁(がん)は、空を揃って飛んでいく。それは、一族の結束と、自由を表していた。また、あの世への使いとしての雁というイメージもあった。
鳩山首相は雁金紋を持っている。勿論、おじいさんの鳩山一郎元首相も雁金紋だ。
その他、芦田均首相、犬飼毅首相も雁金紋。数は少ないが、4人の総理大臣を輩出しているというのは素晴らしい紋ということだろうか。僕が知っている限り雁紋者が一番だ(「雁金紋の鳩山由紀夫首相誕生記念、家紋別首相一覧」)。左の画像は、鳩山家の雁金紋である。
五瓜紋
最後に五瓜紋だ。
この紋を持つ面々はどこか天才肌、孤高といったイメージがある。
織田信長、吉田松陰、乃木希典、そして木村拓哉。
なんかカッコいい人が多いような気がする。そういえば、無頼派を気取った織田作之助も五瓜紋だ。左の画像は、乃木希典の五瓜紋である。
以上、僕の偏見も含めた家紋とそれを持つ人々のイメージである。
「有名人の家紋」の調査は、まだまだ続く。現在、家紋が判明した800名を超えた。目標は1000名だ。
まさむね
ビートルズ »
正直、ここで告白しなければならない。
実は、ここ数日、通勤時間のBGMはビートルズではなく、w-inds.だった。
ビートルズに関して言えば、9月9日にリマスター版が発売されて、自分自身もその「お祭り」に向けて、通常よりもかなり入れ込んでしまった反動か、10月の中旬以降、心の隙間が出来てしまい、ビートルズから離れてしまっていたのは事実であった。
w-inds.は音楽的に言えば、ビートルズからの直接的な影響はそれほど見られない。
メンバーの緒方龍一が、札幌のキャバーン倶楽部のマスターをする程のビートルズマニアである父親の影響か、ビートルズファンを自認しているが、彼等が作り出す音楽は、むしろ80年代のダンスチューンの流れの延長にあると思う。
しかし、彼等の音楽の中にも、例えば、「Rain is fallin’」の突然の転調や、「Love is the greatest thing」のこもった音からのフェードインなどの実験的な精神にビートルズの影響があるのでは?と、僕は個人的に思っている。
さて、w-inds.はともかく、毎月末のビートルズベスト10だ。
今月は、「ワルツ」特集にしよう。
一曲まるまるワルツではなくても、部分的ワルツという、いわゆる「変な曲」というのもビートルズのお家芸である。
厳密に言えば、三拍子ではなく、6/8拍子とかなのかもしれないが、素人なのでそのあたりは許してね。
さて、特に後期のジョン・レノンは意識的にリズムを「いじった」。
これは有名なエピソードであるが、1968年2月、ジョンは「Hey Bulldog」のレコーディングの際に、ヨーコがスタジオに遊びに来ていて、彼女の前でストレートなリズムのこの曲を演奏するのが気まずかったという回想をしている。
つまり、後期のジョンの楽曲に目立つ変則リズムはヨーコからの視線を意識しての前衛的な意匠だったとも言えるのではないだろうか。
話が逸れてしまったが、以下が、ビートルズのワルツベスト10である。
1.ノルウェイの森
2.Happiness Is A Warm Gun
3.悲しみをぶっ飛ばせ
4.I Me Mine
5.Lucy in the Sky with Diamonds
6.Baby’s in Black
7.She is Leaving Home
8.Being For The Benefit of Mr Kite
9.I Want You
10.Good Night
1位の「ノルウェイの森」は僕的には文句なくナンバーワンだ。村上春樹の同名小説の来年の映画化も楽しみだ。
2位の「Happiness Is A Warm Gun」は、以下の部分がワルツだ。
I need a fix ’cause I’m going down
Down to the bits that I left uptown
I need a fix cause I’m going down
Mother Superior jumped the gun
Mother Superior jumped the gun
しかし、その次のフェーズで突然また四拍子に戻る。ジョンレノンの転調ロックの頂点というべき名曲だ。
しかし、中山康樹氏は「これはビートルズ」でこう語る。
いまでは曲のタイトルさえ笑いを誘う。それはジョークが効いていることによる”笑い”ではなく、あまりのバカらしさゆえにだ。かつてはそうではなかったが、これぞ風化がもたらした残酷な現実だ。だが最大の原因は曲の弱さにある。もともと異なる三曲をつないで一曲にしたらしいが、背景はどうあれ、今日の耳にはあまりに稚拙に響く。
この人は一体、何を言っているのだろうか。
さて、3位の「悲しみをぶっ飛ばせ」はビートルズが始めて外注のミュージシャン(フルート奏者)を使った曲として歴史に残っている。映画の中でのシーンも印象深い。
映画といえば、4位の「I Me Mine」の「Let It Be」でのシーンも有名だ。ジョンとヨーコがこの曲で踊るのだ。ただ、作者のジョージにとっては複雑な想いがあったかもしれない。演奏にはジョンは参加していないからだ。
5位の「Lucy in the Sky with Diamonds」もAメロはワルツだ。
6位の「Baby’s in Black」は日本公演でも演奏。ポールが曲紹介の時に確かに「ワルツ」って言っていた。その時の演奏はともかく、絵的に「ヘフナーの座りが悪かった」印象だ。
7位は、ポールとしてはめずらしいワルツである。デコレイティブなハープ、アッパーミドルクラス(中の上流階級)の不自由というテーマにはワルツはお似合いか。
8位の「Being For The Benefit of Mr Kite」は、「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」のアルバム上、偶然、7位の「She is Leaving …




