Articles Archive for 14 12 月 2009
ビートルズ »
今さら、僕が言うのもなんなのだが、ビートルズというグループほど、斬新なグループはない。
その存在は、全世界が熱を帯びた青春時代とも言うべき1960年代をトップランナーとして突っ走った。
今年9月に発売されたリマスターCDの爆発的ヒットを見るまでもなく、いまだにその光は世界中を包み込んでいる。とにかく凄いバンドなのである。
そんなビートルズの中で、リーダー的存在のジョン・レノン、そして、メロディメーカーとして天才の名をほしいままにしたポール・マッカートニーの陰に隠れて今ひとつ地味な印象だったのが、最年少のリードギタリスト、ジョージ・ハリソンだ。
しかし、今、冷静に振り返ってみると、ジョージ・ハリソンこそ、最も斬新な存在だったのではないかというが本エントリーでの仮説だ。そして、暴論を覚悟で、むしろジョンとポールこそが、ジョージのフォロアーだったのではないかという話をここでしてみたいのである。
まずは、ファッションの話。ビートルズのファッションと言えば、マッシュルームカットである。この髪型に関して言えば、彼らがメジャーデビュー以前のハンブルグでアスリット・キルヒヘアという女性カメラマンから教わったということになっている。
そして、その髪型を最初に試したのが、ジョンでもポールでもなく、ジョージだったのである。勿論、アスリットの恋人だったスチュワート・サトクリフがマッシュルームカットの第一号ということにはなっているのだが、僕は今までスチュワートのマッシュルームカットの写真というのを見たことがない。確かに、脱リーゼントの髪型は確認できるのだが、これってマッシュルームというにはカッコよすぎる。
そういう意味で、あのちょっぴりダサいマッシュルーム髪型を完成させたのはジョージではないかというのは僕の勘なのである。そして、それをポールとジョンが順々に真似たのではないか。
もしも、ビートルズがマッシュルームカットを採用せず、リーゼントのままだったとしたら...もしかしたら、その後の彼らは無かったかもしれない。イギリスの中流階級の子女達にとって、リーゼントは拒絶すべき不良の髪型だったからだ。そういう意味で、ジョージのちょっとしたセンスは歴史を変えた...かもしれないのだ。
ちなみに、その後も、ビートルズにおいて、ファッションを最も気にしていたのもジョージだった。
ここでは、最初にジョージ・マーチンに会ったその瞬間のあまりにも有名な会話を紹介しておこう。
マーチン・・・僕のことで、何か気に入らないことがあるか?
ハリソン・・・あなたの、そのネクタイが気に入らないね
さて、次にジョージの存在感を示すエピソードは、ビートルズの音楽に対する彼の斬新性である。
ビートルズの後期、特にジョン・レノンの音楽のリズムの変容は彼らの音楽の特徴の一つだ。
「Yer Blues」「Happiness Is A Warm Gun」「All You Need is Love」「Being For The Benefit Of Mr. Kite」「Lucy In The Sky With Diamonds」「Don’t Let Me Down」「Everybody’s Got Something To Hide Except Me And My Monkey」「I Want You」…
ざっとあげただけでも、一曲の中に複数のリズム、特にワルツが紛れ込んでいる曲はあまりにも多い。
そして、これら、後期ビートルズのポリリズムのアイディアの端緒こそ、ジョージのアイディアだったのである。
それが「恋を抱きしめよう」 (”We Can Work It Out”)でのワルツ挿入だ。
この曲は、ある意味、ビートルズの面々の個性が最も見事に融合した曲として知られている。
メロディアスで楽天的なポールが作るAメロ。
We can work it out, we can work it out
僕らならきっとうまく行く うまく行くさ
抽象的で、悲観的なジョンが作ったサビ。
Life is very short and there’s no time
人生はひどく短い 時間が無いんだ
そして、この曲にどうオチを着けるのか、メンバーは悩んだと言う。
そこで出てきたのが、ジョージによる必殺”ワルツ落し”だったのである。
さらに、ジョージはリズムだけではない。歌詞の面でも先駆的なのだ。
これは、ジョージの隠れた名詞「Within You Without You」の一節だ。
Try to realize it’s all within yourself
No-one else can make you change
すべては己れの内にあることを認識せよ
誰も他人を変えることはできない
そして、ジョンの代表的名曲「Across the Universe」のこの一節も見て欲しい。
Nothing’s gonna change my world
何ものも僕の世界を変えることはできない
もとはと言えば、確かに東洋哲学からと言ってしまえばそうなのだが、インドへの接近を最初に試みたのは勿論、ジョージだ。そして、その哲学をビートルズに流し込み、その後のジョンの哲学に多大な影響を与えたのもジョージだと言えなくは無い。
さらに言えば、哲学的な側面だけではなく、政治的な言葉をビートルズに導入した先駆的存在もジョージなのである。
I’ve got a word or two
To say about the things that you do
You’re telling all …




