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ニュー・シネマ・パラダイスの20年

25 12 月 2009 No Comment

この間、ラジオを「ながら」で聞いていたとき、今年2009年が映画「ニュー・シネマ・パラダイス」(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)が公開されてからちょうど20年めだということを改めて知った。これは別に大事件でもなんでもないのだが、公開年である1989年というその区切りの年号といい、ぼくにとってはなにか極めて感慨深いものがあった。もちろん当時ぼくはリアルタイムでこの映画を観た。

20年といえば成人に代表されるように人が生まれていっぱしの大人になる年数だし、経済用語でいえばキチンの波(40ヶ月)、ジュグラーの波(10年)と来てクズネッツの波(20年)を迎えるわけで、世の中の建築需要などが大きく動く年単位に相当すると言われる。
20年ではないが、「澁澤流30年長期投資のすすめ」(澁澤健著、角川SSC新書)などに見られるように長期の運用哲学が花開くことをおっしゃる方もいる。因みにこの方は明治時代の日本経済(資本主義)の礎をつくった渋沢栄一さんの5代目ご子孫だ。つまり20年という単位はなにかが大きく変わってもおかしくない単位の一つであるということ。それだけの年数を自分もすでに生きてしまったわけで、それに対する感慨がなかったといえば嘘になる。

そして1989年という記念すべき年。この年は世界史的にはベルリンの壁崩壊があり、日本がバブル崩壊する直前の年(言わずと知れた大納会のときに付けた日経平均38,915円が歴史的ピークで、年明け以降はこれが急降下してゆくことになる)で、いわば国内海外をふくめた世の中全般が大きく変動してゆく前年にあたっている。
ニュー・シネマ・パラダイスはわざわざ説明するまでもないくらい人口に膾炙している映画で、映画史上では名作中の名作と呼ばれる類の作品。何がしかのランキング投票を行えば必ずベスト10位入りすることは間違いないだろう。あまりにも有名なエンニオ・モリコーネのサウンドトラック(旋律)もどこかで必ず聴いているはずだ。

ぼくが最初この映画に感動したのは、これもまたあまりにも有名なラストの古い映画のキスシーンの数珠つながりのシーンだ。洗礼の水でも浴びるようなフィルムの切れはしたちの映像の連鎖。検閲にひっかからないようにフィリップ・ノワレ演じる映写技師アルフレードがそれらのフィルムを切り刻んでいたわけだが、その「記念品(形見)」を主人公が上映してながめるシーン。ここには過ぎた時への回想とともに、トルナトーレ監督自身による古き映画への紛れもないオマージュもあったはずだ。
映画は生き物であり、おそらくその時々によって何に感動するのか、その印象も確実に変わってゆく。ぼくにとってのニュー・シネマ・パラダイスもその意味では変化し続ける作品なのかもしれないが、今もあらためて惹かれている部分があるとしたら、それはたぶんこの映画がノスタルジーに貫かれた追想の視点で描かれていることだ。主人公の幼年時代への、町をとりまく環境への、高校時代の恋人への、その別れへの、親しい友人への、なによりも大好きだった映画館への、そうした失われたものたちへの、追想のオマージュ。    
そして映画の最後のほうで、アルフレードの死の知らせをうけて故郷へ帰る決心をした主人公はなにかと和解し(過去と現在に連なる時間と?)、その葬式参列の日にかつての知人たちの多くの顔に出会う。そこに見いだされるのは、時が確実に刻みつけた人々の顔の変化であり、それと同じだけ主人公も年を重ねたという事実、そしてそれらがある懐かしさをともなって現れてくるのだ。ちょうどプルーストが「失われた時を求めて」における最終巻の「見出された時」の仮装パーティーで「時」の交差と出会ったかのように?・・・・。

1989年のバブル崩壊のあとの、日本の20年。失われた10年とも20年とも言われる、その長いだらだら坂の低迷。この間の最初の10年でみても、単に経済情勢の激しい変化だけではなく、オウム事件や阪神大震災に代表される大きな社会的な事件や天変地異があった。次の10年でみても不景気なのに異常なくらいのラッシュとなった都市の大規模再開発(六本木、汐留、丸の内)など、とても変化の激しいDecadeだったと言える。そのあまりにも振幅が大きいために誰も正確に語れないような時代。そして今、ぼくたちはニュー・シネマ・パラダイスの主人公と同じように、その日本の周辺のあちこちに、それこそ制度疲労のためかすっかり「老いた」日本の多くの顔たちとその残像に出会っている。

21世紀を前にしてその最後の10年の手前で公開されたニュー・シネマ・パラダイスは、そう思えば予見的な映画だったのかもしれない。それは華やかな未来よりもどこか追憶の過去にひきよせられ、新しさよりも追憶のさざ波に揺れているような映画だからだが、それこそまさに現代の風景そのものにも思える。現代において新しいものはまだあるのか? あるのは追憶だけなのか? 失われた過去への記憶だけなのか? 果たして、ぼくらはこの老いた日本の再生の果てに、ニュー・パラダイスを見ることができるだろうか? 
                                
よしむね

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