Articles Archive for 1 月 2010
映画 »
土曜プレミアムで放送された「デトロイトメタルシティ」を観た。
最初は、いい加減にテレビをつけていただけだが、最後は、引きこまれてテレビの前に座ってしまった。
表面的には、ある意味、おバカムービーなのだが、そこには、「自己」というものは、「他者の役に立つこと」によって実現されるという、「自己実現」の背理に触れていた。
まぁ、感心するほどのことでもないか...
マツケンいいね。僕は渥美清の後を継げる人材が今の日本の映画界にいるとすれば、彼だと思っている。
まさむね
日常雑事 雑感 »
いままでいろんな人に話をしてきたが、全く賛同が得られなかった提言がある。
それは、通勤時になるべくカバンを持つのをやめようという提案だ。
たいていの人はカバンを家に持って帰っても、中も開けずにそのまま次の日に持ってきて、また持って帰って...の繰り返しではないのか。
実は、僕はある日、そのことに気づいて、カバンを持った通勤をやめた。
本は、文庫か新書にして、ipodと携帯と財布をポケットに入れれば、カバンなど不要だということに気づいたのだ。
しかし、逆に困ったことが起きた。自分がカバンが不要だということに気づいた途端に、他人のカバンが邪魔に思えて仕方なくなったのだ。
特に、23:00過ぎの山手線。ただでさえ、みんな着膨れしているのに、しかもカバンだ。おかげで、他人のカバンがぶつかるのが気になって、本も読めないときもある。
あげくに、リュックサックを背負っている人もいる。邪魔で仕方が無い。などということは昔はそれほど気にならなかったことが気になりだしてしまったのだ。
今日の帰りに、ためしに、どの位の人がカバンを持っているか、数えてみた。そうしたら、少なくとも、恵比寿のホームの人、山手線の中の人、高田馬場の駅の人、西武線の人、全員がカバンを持っていた。
なんでそんなにカバンが好きなのか。
もしかしたら、みんな、密かに、腕の筋力をつけようとしているのだろうか。
まさむね
テレビドラマ »
NHK大河ドラマ「龍馬伝」は今までの大河とは映像の異なる。いわゆるリアリティがある映像である。
例えば、光と陰の使い方が岩井俊二的。
勿論、これは史実に忠実でリアルだということとは全く違うことだが、今後の日本のテレビドラマの主流になっていくんだろうな。
でもそのリアリティがゆえに、肝心なところの省略が気になる。
例えば、前々回で龍馬が、人足(農民)に酒を持っていくシーン。その酒はどうやって手に入れたの?
あるいは、前回で、弥太郎が崖から龍馬に向かって叫ぶのだが、アレッ、関所で捕まって、打ち首にならなかったの?
などだ。
まぁ、以前の大河もこういった不可解なところ、あるいは一番大事なところをネグってたんだろうけど、それほど気にならならなかったのはその映像が古典的だったからかもしれない。
逆に、龍馬の博徒達との立ち回りはかっこよかった。さすが福山だ。
まさむね
いろは丸事件と陸奥陽之助 〜「龍馬伝」を見て〜(10.18)
幕末の名場面を周到に避けるのは大河ドラマの伝統か(09.07)
坂本龍馬を救った組み合い角に桔梗紋の紋付(09.06)
何故,龍馬は急に紋付を着るようになったのだろうか(07.28)
「篤姫」から「龍馬伝」に繋がる家紋ミスを深読みする(07.03)
「龍馬伝」でどのように尊王を描くのかが楽しみだ(04.05)
「龍馬伝」の”無理”が微妙に気になり出している(03.29)
龍馬と義経とタケルに共通する日本史上の英雄の典型(02.03)
リアリティがあるがゆえに、龍馬伝は細かい破綻が気になる(01.23)
社会問題 »
何かの本に書いてあったのだったか、誰が言っていたのかはわからないのだが、会社の寿命は大体30年くらいだと言われているのを聞いたことがある。会社30年ライフ・スパン説。ここでの30年とはいわゆる最盛期の時期という意味であろう。これは意外に正しい実像かなと思う。ある企業がほんとうにイキがいいのはどんなに長くてもせいぜい30年くらいがよいところだろうと思えるからだ。GMしかり、IBMしかり、マイクロソフト、アップルしかりではないか。
もちろん日本には100年企業は比較的たくさんあるし(たしか金剛組は飛鳥時代以前からだという。最近では経営破綻して高松建設に営業譲渡を行っているようだが)、絶頂期をすぎてもゾンビのようにダラダラと生き残っている企業も結構あることはあるけどね。ほんとうのしたたかな世界企業(ユダヤ金融財閥のような)はそれこそ東インド会社時代から連綿と続いていたりするわけだろうが、それは措くとして。
でもって、この30年の企業体で、これを支える年齢層といえば、理想的には、20代、30代、40代で構成されていることだろう。つまり働き盛りでフルに構成されていて、50代以上は取締役などの一部のマネジメントしかいないこと。上記3世代がフルに輪廻していき、30年一回りを回りきって会社の絶頂の寿命が尽きることが一応の理想形ではないか。こうであれば世代間格差も比較的少なく、その世代世代での良さを享受できてみんなそれなりにハッピーで終われるかもしれない。
ところが今の日本では、この年齢構成が、30代、40代、50代で限定構成されていて30年サイクルさえ回りきらずに終わっているのが実態ではないだろうか。従ってまずそこから年齢的に真っ先に弾き飛ばされているのが、いわゆる20代の若者たちだ。いつまでも彼らの多くがフリーターや派遣社員でいなければならない理由の一つと思われる。上の3世代もそれが分かっていても自分も苦しくてどこにも逃げ場がないので、そこから出ていこうとしない。この目詰まり・悪循環が続いているのが今の日本の硬直した労働市場ではないだろうか。
このあいだ年の初めということで、ある経済セミナーに参加したのだが、そこの大ホールにいた中堅以上の人たち(アラフィー世代?)、世にいう部長さん室長さん課長さんクラスのなんと多いこと! 結局新年早々こんな所に来ている彼らは暇人であり、ほんとうはやらなくても良い仕事に貼りついているだけで、彼らでなくてはできない仕事など実はもうなくなっているのかもしれない(かくいうぼくもその世代に属するのだが)。
でも仕方ないのだ。彼ら・ぼくらにはまだまだ住宅ローンも残っているし、学生の子供もいる、というわけで働かなければならない、まだ必死なのさ!ということになるのだろう。だから、しばしば言われるようにフリーターや派遣の問題とはいっぽうの若者にだけフォーカスした問題として取り上げてもあまり意味がないとぼくは思う。たしかに労働需要の広がり、長い目でみて就職の機会市場を作ることも大事であるが。
むしろ肝心なのは、若者の雇用と表裏一体となっている、いわゆる雇用の流動性を高めること、そのためには、具体的にいえば早く辞めるべき人(たとえば50代の人たち)が辞めやすい社会、早くリタイアしてもそれなりになんとか生きて行ける社会をいかにちゃんと作れるかにかかっていると思うし、その視点が抜け落ちては、いつまで立っても何も解決していかないかもしれない。特に人口も減少していく成熟社会になればなおさらのことだ。
大雑把に言えば、20代から働き始めたらほぼ30年経過して50代になった時点で、まずローン関連はほぼ誰でもが完遂できており多くのクビキから脱していること、後は中高年の多くがボランティアなどの社会参加などをしながらそれなりに自由に生きていけること、そういった多様な選択の下地ができている社会になっていることが理想だろう。
けれどそのためには日本は何よりもまだまだハウジング関連のコストが高すぎるし、ローンを返済したと思ったら、今度は中古マンションがただ同然の売却価値しかないと来ているわけだ(いつまでもフローだけの社会、ストックが効かない社会! その悪しきサイクルから抜け出せないのかな)。こうしたところから根本的にグランドデザインを書き直す必要があるだろうし、それを避けては通れないと思う。これからはいくら叫んでも有名無実の成長戦略に頼ることはできなくなるだろうから。
そういえば武家・貴族社会時代からの隠居という方法は後進に道を譲りやすくするという一面を持つ大人の知恵でもあったと思う。相撲社会では年寄りの制度もあったね。これらは畢竟広い意味でリタイアを含めての処世術だろう。やっぱり世の中を回していくという意味で社会システムをめぐる昔からの知恵は凄かったなと思う。先物取引にしても、今風のエコだってとうに江戸時代からやっていたわけだし。
今の日本がほんとうに考えなければならないのはいかにリタイアしていくか、坂の上の雲ならぬ、いかに坂を下っていくかを上手に考えていくことに尽きるとも思うのだ。成長ではない、坂の転がり方だ。そう、もうそろそろ「頑張らなくてもいいんです」(吉田拓郎)を本当に考えていかないと。
よしむね
TV番組 マスメディア »
原口総務大臣が、検察リーク情報をもとにした報道に対して、以下のように批判したみたいだ。
http://www.videonews.com
「『関係者』という報道は、検察、被疑者どちらの関係者か分からない。少なくともそこを明確にしなければ、電波という公共のものを使ってやるにしては不適だ」
また、民主党は、「捜査情報の漏洩(ろうえい)問題対策チーム」というのを立ち上げたみたいだ。遅い。
(小沢幹事長も、すぐに検察の事情聴取に応じればいいのに。去年の党首辞任の遅れもそうだけど、本当に、先読めないよね、この人、あるいはこの人の周りの人。)
それに対して、例えば、産経新聞は、民主主義の根幹を揺るがしかねないと批判。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100120/stt1001200258000-n1.htm
(前略)検察の捜査や民主党に批判的な報道を牽制(けんせい)する狙いがあるようだが、本末転倒だ。言論・報道の自由を侵害し、検閲する意図すらあると指摘せざるを得ない。民主主義の根幹を揺るがしかねず、とうてい容認できない。(中略)検察側の強制捜査に対し、産経新聞社とFNNの合同世論調査では「適切」が75%に上っている。そうした世論に耳を貸さず、「政治とカネ」をめぐる重大な政治不信について、検察とマスコミの問題にすり替えようとすることは許されない。(後略)
マスコミは自分達でさんざんあおって、その結果の世論調査を根拠に正しさを主張。その神経、大丈夫?
とにかく、マスコミ&検察 VS 民主党
面白い。
まさむね




