Articles Archive for 6 2 月 2010
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朝青龍の引退は誠に残念だった。
真相究明をすべきという声、力士を教育システムが壊れているのではないかという声、引退では甘い!解雇すべしという声、大相撲はスキャンダルが多すぎという声、それらはそれぞれ正しいのだろう。
しかし、一人の偉大な横綱の相撲がもう見れなくなるという「残念」に比べればどうでもいいような話に感じられる。
もともと、大相撲という興行は、人並み以上に体が大きく、野望に満ちた田舎の暴れん坊達を江戸という大都市に集めて、見世物として闘わせることから始まっている。そんなに行儀のいいものではなかったはずだ。例えば、歌舞伎「め組の喧嘩」を思い出しても、そのことは明らかだ。ご存知の通り、「め組の喧嘩」は、文化文政時代に起きた、江戸火消しと力士との大喧嘩だ。火事と喧嘩は江戸の華という言葉もあるが、当時、江戸の庶民が夢中になった面白い事件だったのだろう。
その意味で、朝青龍だけが突然変異のように、ひとり、粗暴だったわけであるはずはない。
大相撲という興行が一攫千金の夢の実現の場であったり、喧嘩やスキャンダルで成り立ってきたという隠しテーマも含め、朝青龍は、いろんな意味で、大相撲の伝統を受け継いでいるのだ。僕はむしろ、大相撲という組織が、江戸以来の伝統に盾に、世間の価値観を押し返せなかった点が残念でならない。もっとも、内舘牧子が言うように、大相撲というものは常に体制や時代の価値観と添い寝している存在という一面もあるのだが...
いずれにしても、あの朝青龍のヤンチャな表情、豪放磊落な立ち振る舞い、苦境から何度も立ち直ってきた精神力、ここ一番で見せた集中力、そしてどんな時でも相手を攻めるその姿勢はすばらしかった。現在の日本人が失ってしまった、彼のヤマっ気を僕らは決して忘れることがないだろう。
今後、本場所中の朝の5時に六本木で泥酔してしかも優勝してしまうような横綱は、もう出ないかもしれない。
まさむね



