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Articles Archive for 2 月 2010

日常雑事 雑感 »

[14 2 月 2010 | 2 Comments | | ]

先日、友人と建国記念日について話をしていたら、2月11日は「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」であることを教えてもらった。
しかも、そこにはこんなイワレがあるという。
Wikiから引用。
「建国記念日」の設置を定める法案は、9回の提出と廃案を繰り返すも、成立には至らなかった。結局、名称に「の」を挿入した「建国記念の日」として“建国されたという事象そのものを記念する日”であるとも解釈できるようにし、具体的な日付の決定に当たっては各界の有識者から組織される審議会に諮問するなどの修正を行い、社会党も妥協。1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案は成立した。
なるほど。ようするに、建国記念日の建国記念と日の間に「の」を入れることによって、2月11日=紀元節=戦前の軍国主義といった連想を、一応断ち切り、各方面を丸く治めたのだ。これぞ、わけがわからないが、日本人の知恵というものだ。
僕は、近年、はやっている、「Win-Winの関係」というような言葉に対して、微妙な臭み(偽善)を感じるが、それに比べると、この三方一両損的な落とし方にはなんかしっくりとくる。これは自分が日本人だからであろうか。
そうだ!これからこの「建国記念の日」は、その「の」が入った日として、日本人らしさに思い致す日にしようではないか。
それで思いついたのだが、靖国神社も、「靖国の神社」とすれば、いいのかもしてない...って、それじゃあ、中国や韓国は納得しないかっ。
まさむね
※靖国=国家を安泰にすること

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[13 2 月 2010 | No Comment | | ]

先日、馬込の湯殿神社の狛犬を見て、またぞろ狛犬に目覚めだしてきた。
そういえば、最近、ちょっと神社の狛犬が気になっているというエントリーをアップしたのがちょうど一年前の2月だったのだ。
思い返してみて、サイトを眺めてみると、さまざまにおもしろい狛犬サイトがあった。ほんの一部だが、紹介させていただく。

狛犬ネット
神社探訪・狛犬見聞録
狛犬軒
狛犬の杜
狛犬探検隊

家紋もそうだが、狛犬というのも奥が深いのである。もともと、狛犬の歴史は大陸から始まったらしいが、日本で独自に進化したようだ。
特に、神社の参道に石像が建てられるようになったのは、比較的に新しくて江戸時代とのことだ。
狛犬深度はまだ浅い僕ではあるが、見立てでは、江戸時代の狛犬は両手を地面についた、比較的に筋肉を感じさせないものが多いようだ。
まだ、「これが狛犬」といった認識が共有されていなかったためか、今見ると、ユニークでユーモラスな顔をしたのが多いのだ。画像は井の頭公園の弁財天で撮影した明和の狛犬である。
また、明治、大正時代の狛犬には、子供や鞠などの小道具が目立つようになる。顔のユニークさは残っている。ページの冒頭の画像は先日、湯殿神社で撮影した大正時代の狛犬の子供だ。
昭和に入ると、狛犬の背筋が伸び、筋肉も隆々になる。国威発揚の場としての神社の象徴という意味なのだろうか。
そして残念なことに、戦後の狛犬は、バランスもよく、美しく、芸術性は高いが、画一的にも感じる。これはこれで時代の流れなのかもしれない。
これからは、墓マイラーとしてと同時に、狛犬ウォッチャーとしても歩き回ってみようか。
まさむね

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[12 2 月 2010 | 2 Comments | | ]

昨日は建国記念日だった。
テレビや新聞を見ない生活をしているので、それらがこういったマスメディアでどのように報じられているのかは知らないが、少なくともネット上での建国記念日に関する記事は、産経新聞は別にして、お寒い限りだ。
それぞれのニュースサイトで、”建国”で検索してみた。それぞれ最近の3つの記事の見出しを引いてみたが、下記のように、建国と言った場合、建国記念当日の検索ですら、現在の日本人の関心が「日本の建国」よりも、建国60周年を迎えた中国は云々といったの記事のほうが目立つのだ。
少なくとも、僕の子供の頃は、建国記念日を反対するにしても、その日を意識していたのは確かだ。そして、テレビでも、そのことが議論になっていたと記憶している。
しかし、現代ではそことすら、どうでもいいことになってしまっている。
勿論、この曖昧なままに、なんとなく、という雰囲気、原理原則にこだわらないという姿勢が日本的だとも言えるのだが...
個人的に最近、気になっているのは、なぜ、天照大神から、やっと五代目で神武天皇を生み出したのかという、その間の意味だ。
簡単に書くと、こんな系図になる。若干でもわかりやすくなるように男を青、女を赤で表した。
天照大神>アメノオシホミミ×高木神の娘・栲幡千千姫命>ニニギノミコト×大山祇神の娘・木花之開耶姫>山幸彦×海神の娘・豊玉姫>ウガヤフキアエズ×海神の娘・玉依姫>神武天皇
この中で、一応、長男は、アメノオシホミミとウガヤフキアエズ。ニニギは次男、山幸彦は三男、神武天皇は四男である。当時は末っ子相続だったのだろうか。このあたり、南方系の匂いがする。また、后の系列を見ると、栲幡千千姫命=創造の神の娘、木花之開耶姫=山の神の娘、豊玉姫=海の神の娘、玉依姫=海の神の娘というように、いわゆる異種族との婚姻が重ねられている。これは、それらの種族と婚姻を重ねることによって、ようやく天皇家が日本を統一する正当性を得たということなのであろう。
最近は、外国人をどのように受け入れるのかということは日本にとって一つの大きなテーマとなっているが、こうした「記紀」を見ると、そのあたりが比較的スムーズに平和裏に行われているところに、僕などは日本人の叡智を感じるのだ。
少なくとも一年に一度の建国記念日位、こういったことを頭の片隅で考えてもいいのではないかと思うが、いかがだろうか。
◎朝日新聞

「EC首脳会議では“無い袖は振れぬ”のが実際」【ドットコモディティ】 2010-02-10
asahi.com(朝日新聞社):フォトギャラリー一覧 2010-02-08
なぜ中国は「不機嫌」か プロデューサー・張氏に聞く 2010-02-02

3つのうち、二つが中国の建国記念にからむ話だ。一つ目は、ドットコモディティ社の社長のエッセイ、「ではまた明日。おっと明後日ですな。明日は建国記念日。」というところで出てくるだけだった。
◎読売新聞

ハイチ大地震支援策、新国家建設も議論…AU会議 2010.02.01
鳩山演説「労働なき富」にヤジ、「それはあんた…  2010.0131
読売新聞連載小説「草原の風」 宮城谷昌光さん… 2010.01.26

読売新聞では2月11日の建国記念日に関しては一切、検索できなかった。
ハイチでは地震を受けて、新しい国家を作らなければならないという話と、鳩山首相の演説で「インドの建国の父、ガンジー」が出てくる話と、新聞小説の作家のインタビューで「前漢の建国者、劉邦」というのが出てくるのがひっかかっただけである。
◎毎日新聞

英語クイズ:今日は建国記念の日。「建国記念の日」を英語で?2010.2.11
建国記念の日:きょう、佐伯大分で集会 /大分 2010.2.11
訪ねたい:銀幕有情 ラストエンペラー(中国故宮) 2010.2.10

毎日新聞は、まだまし。建国記念日のことを少しは意識している。それでも、3つ目の記事は中国の建国60周年の話である。
◎産経新聞

【主張】建国記念の日 神話が生きる国誇りたい 2010.2.11
【正論】文芸批評家 都留文科大学教授・新保祐司 2010.2.11
古代カルタゴとローマ展、11日開幕 京都文化博物館 2010.2.10

産経新聞はさすが「右寄り」といわれるだけであって、「国民の「建国」や「国の始まり」に対する意識は希薄化してしまうだろう。今後は、政府が率先して記念式典などを開催することを望みたい。」との主張を書いている。
◎日経新聞

連載企画:「日本サッカー世界への挑戦」・大住良之 2010.2.11
中国、元最高裁副長官に汚職で無期懲役 2010.1.19
中国のテレビ局にも市場化の波 動き出した「制作と放送」分離 2009.11.26

朝日新聞同様、3つの記事のうち二つが、中国の建国記念がらみの話。一つは、サッカーのエッセイの中で、「1981年2月11日。春を思わせる穏やかな陽光に恵まれた建国記念日だった。」と回想している箇所。悲惨だ。
まさむね

社会問題 »

[11 2 月 2010 | No Comment | | ]

今年に入って若干景気が回復して来ているようだ。
勿論、まだまだ往年の勢いはない。おそらく、微妙な上がり下がりはあるものの、このままの状態が続いていくような気がする。
管財務大臣の話によると、民主党は第三の道という経済政策を行なおうとしているらしい。
第一の道というのは、90年代に自民党が行って失敗した、財政出動=公共事業の道だ。これは、カンフル剤のようなもので、その時は、土建屋に金が回り、仕事が創出され、一時は景気が回復したように見えるが、後に残るには、財政赤字と、ハコモノだ。
第二の道というは、00年代に小泉政権で行った規制緩和の道だ。これは、民主党の、そして最近の自民党の言い分によると格差を生み出したという。僕は、格差というのは、戦後ずっと拡大していたのだが、先に述べたいわゆる第一の道によって隠されてきただけだと思っているので、規制緩和が悪いとは思っていないが、自民党を倒して政権をとった今の民主党にとっては、このようなイデオロギーがどうしても捨てることが出来ないのだろう。その昔、岡田さんが代表の時には、自民党の規制緩和、いわゆる「改革」が生ゆるいと言っていたような気がするが、あれは何だったのだろう。
そして、管大臣は、上記の2つの道の失敗を踏まえて、第三の道を提唱する。それが、直接、一般庶民にお金をばら撒いて需要を喚起するという道だ。子供手当てとか、農家への個別補償、住宅減税、高速道路の無料化とかの政策ということなのだろうが、都会に住んでいる一人暮らしのサラリーマンなどには何のメリットも感じない政策に思える。やっぱり、民主党も、自民党同様に、都会のオタクよりも田舎のヤンキーに目が向いているのだろう。
さて、このいわゆる第三の道は、大局的に見て、成功するのだろうか。子供服産業やパチンコ業界などの一部の産業は潤うだろうが、それはマイナーな潤いにすぎないような気がする。多くのバラマキ金は貯金されるだろうからだ。当たり前の話だ。
僕らが現在、消費をあまりせずに、経済的に不況なのは、第一に将来が不安で金を使っている場合ではないと思っているから、そして第二に欲しいものがないと思っているからである。
おそらく、そのために政府がすべきなのは財政赤字をどうやって減らしていくのかという道筋をたてて、国民を安心させることだ。そのためには、消費税アップは避けられないだろうし、老人福祉、健康医療も見直さなければならないだろう。これも、当たり前の話だ。
そして、次には成長戦略だ。一時、構造改革と言って、規制緩和が進みかけた時期があったが、結局はその流れはホリエモンや村上ファンドへのバッシングで消えてしまい、既得権益者がしぶとく生き延びる結果となってしまった。郵政の民営化も逆に官営に逆戻りしようとしている。
政府がすべきなのは、人々にとって魅力的な商品を作れるような環境を作ることであって、これから成長してほしい産業に金をつぎ込むことではない。環境方面への支援を考えているようだが、政府が、金銭的援助をすることによって、産業というのは本当に育成できるのだろうか。ただ、補助金をもらいたい輩が集まってくるだけではないのか。それよりも、衰退していく産業から、成長していく産業へと人材がスムーズに移動出来るような社会政策をとるべきなのではないだろうか。
昨年末、自民党は苦し紛れとはいえ、「よけいなことをしない政府」というコンセプトを出したが、それは、それで正しいのだ。雇用調整金などを出して、税金で社内失業を支援していてどうなるのだろうか。やはり、雇用の流動性を高めるしか、日本の産業を再生する道はないのだ。
しかし、僕ら中年にとって最大の問題点は、理屈ではこのように考えながら、実際には既得権益者となってしまっている我が身である。新しい産業に移って、新しいことなど、どのようにしたらいいのだろうか。残念ながら僕らには、経済力も発想力も、勇気もないのが現状である。
日本のためを考えるのなら、あるところで僕らの世代は大きな諦念をすべきなのかもしれない。そして、その時期は今なのかもしれない。
まさむね

散歩 »

[8 2 月 2010 | No Comment | | ]

先日、馬込に足を運んだ。
この辺りは、大正から昭和にかけて、馬込文士村といって、たくさんの文学者が住んでいたという。
尾崎士郎、宇野千代、山本周五郎、室生犀星、三島由紀夫、和辻哲郎、稲垣足穂などだ。
残念ながら、現在は跡形もない。三島由紀夫の白い洋館が残されているだけである。
街のいたるところには、地元の教育委員会が立てた案内板のようなものはあって、往年をしのばせるが、それはあくまで案内板であって、当時の雰囲気を残すものではなかった。
西馬込の駅近くには、JAがあったので、おそらく、ここは比較的最近まで田園地帯だったのだろう。それがおそらく、戦後、住宅街になったということが想像できる。
僕は初めての土地に行くと、そこの神社にも行ってみるようにしているのだが、この街にも湯殿神社という古そうな神社があった。
ちょっとした小山の上にある神社だ。狛犬を見ると、製作年が大正時代だという。狛犬は昭和に入ると軍国主義の影響もあって、筋肉隆々で勇ましい感じになるのだが、この時代の狛犬にはまだ、どこかユーモラスなところが残っている。
また、普通、都内の神社にはその由来などを示す看板などが立っているのだが、ここの神社にはそういったものは無かった。
湯殿という名前から想像するに、出羽三山の湯殿山から勧進されたものだろうか。おそらく、祭神は、大国主命=大己貴神といったところだろう。
その雰囲気はいかにも、古い神社という感じ、僕の好みだ。それにしてもここの銀杏は大きいな。
最近は、セキュリティの関係上、夜にはると、あるいは昼間でも部外者立ち入り禁止の場所が増えたが、神社の多くはいつでも誰でもが入れる場所として残されているのは嬉しい。
東京都内にもまだまだ、こういう古風な場所が残っている。それも住宅街の中にエアポケットのようにして。
近所の子供達は、たまにはここで遊ぶのだろうか。もし、この神社の境内で居眠りでもしたら、「千と千尋の神隠し」ライクな夢でも見そうだ、なんてことを想像してしまった。
まさむね