最近、営業を始めた僕はまだまだ「丘」営業マンである
チリで起きた大地震の影響で、日本各地で津波の被害が出ているようだ。
自然災害とはいえ、被害にあわれた方は本当に気の毒に思う。
しかし、その一方で、不謹慎を承知で言わせてもらえば、テレビで常に流されている津波情報を見ていると、日本に大きな波がだんだん近づいてくるというそのイメージに、微妙にロマンチックな感覚を持ってしまった。というのも正直なところだ。
1990年にサザンの桑田圭祐が監督をした「稲村ジェーン」を思い出した。この映画、いつか来るかもしれない波をひたすら待っている3人の若者の話であるが、それが青春の甘酸っぱい記憶と重なり、桑田さんの音楽の美しさもあって、良質の映画に仕上がっていた...と思う。
確かに、映画監督して処女作だったということもあって、各場面のリアリティ深度にムラがあり、トータルでは微妙なところも無かったわけではないが、僕の中では、好きな映画の部類に入る。
リアリティ深度のムラというのは、今、ここで僕が勝手に作った造語であるが、例えば、ヤクザ映画と怪獣映画と小津の映画と、ハリウッド映画では、それらが異なる。
しかし、「稲村ジェーン」ではそれらがごっちゃになっている感がしたということである。
たしか、その作品を北野武が批判して、「あの夏一番、静かな海」というサーフィン映画をつくったのである。
あれはバブルの頃、サーファーというのはカッコいい男の代名詞みたいな時代があったな。だから、カッコだけサーファーのようにしている人のことを丘サーファーとも言ったっけ。
でも最近、恵比寿あたりでは丘サーファーを見かけなくなったな。それに対して、最近耳にするのが、使いこなせていないのに、アイフォンを片手に持って歩く、丘アイフォン。飲みに行った時、なにげなく、机の上にアイフォンをおき、それをファッション化しようとするのだが、微妙に「着こなせて」いない人々のことだ。
最近、営業をはじめたけど、なんだか浮いている僕はさしずめ、丘営業か。
といっても、ここまでくると、「丘」っていうのがもともとなんだったのかわからなくなるか(笑)。
まさむね





ホラー映画の監督・脚本家の三宅隆太という方が、「リアリティ深度」とたぶん近い意味で「フィクションライン」という言葉を使っていましたよ。
TBSラジオ「ウィークエンドシャッフル」で去年の8月に放送された『サタデーナイトラボ「真夏の現代ホラー映画講座」【前編】』という特集でのことです。
http://www.tbsradio.jp/utamaru/2009/08/post_501.html
映画にはそれぞれ現実感のラインが設定されていて、たとえば言葉をしゃべるトカゲが出てきたらおかしい映画もあるし全然違和感がない映画もありうるというような話です。
SFやファンタジーとちがって、ホラーはそのフィクションラインの塩梅が勝負らしいです。
「リアリティ深度」は「被写界深度」を連想して、リアリティの焦点の広さやボケ具合もイメージされるので面白いですね。
じつにさんへ
今度、機会があったら、「稲村ジェーン」をビデオで見返されることをお勧めしますね。
波子が突然消えて、空に鳶が飛ぶシーン(記憶で書いているので違うかもしれないけど)の深度が一番好きです。
その他、真夏の畑の中を、「希望の轍」をバックにミゼットが走るPV的シーン、青春ドラマみたいな浅いシーン、くだらないギャグ、インディジョーンズ的なアクションシーン、最後は龍のCG...
本当にいろんな深度の違う世界がごっちゃになっています。ただ、それが戦略的に見えないのが欠点かな。
映画興行としてはヒットしたんだけど、いまだにDVDにならないのは、そのあたりの「失敗」感が桑田さんにあって、出せないんじゃないかというのが僕の推測です。
加瀬さんの大麻問題もあったけどさ...
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