Articles Archive for 3 月 2010
日常雑事 雑感 »
これはとても残念な話。ここ20年以上、友人たちとテニスをやってきたのだが、その施設が例の、うわさの厚生年金関連の施設だったため、世田谷区に払い下げになってしまい、実質使えなくなってしまった。そこは料金も比較的安くかつ交通のアクセスをふくめて東京近郊のいろんな所に住んでいる友人にとっても集まりやすい場所だったのだが。
こういうところにも例の事業仕分けの余波みたいなものが出ているんだろうか。もっとも事業仕分け以前から上記関連施設の扱いについては巷で問題になっていたのだけれど、それが加速したということなのかな。
事業仕分けの意味とその是非はおいて(採算がとれていたかどうか、民間でできないのか等々)、一利用者として極めてよく利用していた者からすると、今回の件はとても残念至極である。昨年ぼくは骨折の怪我にあって半年以上この施設を利用していなかったので、あらためて電話で予約しようと思って事の経緯を知った次第。
結果同施設は、世田谷区の住民以外は原則使えなくなってしまったようである。でもこれって、そもそも利用者エリアを限定することで、利用者数がより減ることにならないのでしょうか。世田谷区内の近隣住民は相対的にわりと金持ちだからいいのかな。頻繁に利用してくれるということか。でももともと厚生年金の施設で、ある程度誰に対しても開かれた施設だったのに、住民のエリア限定になってしまうというのは(公共施設の特定の者だけの利用権への委譲ということ)、なんとなく腑に落ちないなぁ。世田谷区が引き取ったから仕方ないのか。そういうものなのか。
とにかく時代は変わる! ボブ・ディランじゃないけど。ライク・ア・ローリング・ストーンズさ。最近、ボブ・ディランがまた本国で復活してきているらしいが。
いずれにしてもぼくらは漂流するテニス・プレーヤーになった。しばらくは抽選の申し込みをして、どこかで当たるのを待つしかない身。転々と、転戦してゆくしかない。
よしむね
政治 »
鳩山邦夫氏がまたやってくれた。
自民党を離党し、新党を結成するというのだ。
読売新聞によると、「与謝野(馨・元財務相)さん、舛添(要一・前厚生労働相)さん、みなが一緒になれるよう、私は坂本龍馬をやりたい」と言ったという。
そういえば、この人、総務大臣を辞職するときに、確か、「自分は西郷隆盛になる」と言っていたのではなかったのか。
あのときは、確か、征韓論論争で破れ、下野した西郷と、郵政問題で自分の意見が聞き入れられなくなり、(議員身分はそのままに)そそくさと選挙区に帰った自分をなぞった発言だったと記憶している。
それにしも節操がないというのはこのことだろう。
しかし、それに対して、民主党の兄・鳩山由紀夫首相も、先に裸一貫で自民党を離党したみんなの党の渡辺代表も連携は無いと明言した。
当たり前の話だろう。民主党にとって、この人が一人来ても、なんのメリットもない。それどころか、邦夫氏にしても母親からお子様手当てをもらっているのだ。ただ、「小物」ゆえにそれほど責められていないだけの話なのである。
一方、渡辺氏にしても、もともと、公務員改革をつぶそうとした御仁といまさら組めるわけがない。
一体、邦夫氏は何を考えているのだろうか。
「ポピュリズム(大衆迎合)政治では、景気、財政は悪化する。」と述べたようだが、この人の場合、ポピュリズムにすらなれないでいる。完全に大衆の空気を読めていないのだ。
勿論、こういったドンキホーテ(大衆の笑いもの)的な方も政治には必要だ。邦夫氏が、そういった捨石的な意味で行動を起こし、トリックスター的なポジションを敢えて死守するための今回の行動だとしたら、それはそれで遠謀深慮というべきかもしれない。..が何故、今なのだろうか。
まさむね
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日常雑事 雑感 »
会社に困ったパソコン(WindowsXP)がある。システムを入れ替えても、ネットワーク・アダプターを認識してくれないのだ。
コントロールパネルのシステムから、デバイスマネージャーで確認しても、一応、ドライバーは正常だ表示される。しかし、ネットワーク接続から、プロパってもそのパソコンは、IPが割り付けられない。お手上げだ。幸い余っているマシンなので事無きをえているのだが気になるのは、確かだ。
そして、修復ボタンを押してみる。すると、「システム管理者に問い合わせてください」とのたまう。よーするに、近くのパソコンオタクに聞いてなんとかしろ!ということか。
こんなエラーメッセージ誰が考えたんだろう。教えて!ビル・ゲイツ!!
まさむね
社会問題 »
ずっとずっと昔、「岸辺のアルバム」というTVドラマがあった。若い人はまったく知らないと思うのだけれど。アラ筋はいわゆる新興住宅街(番組では多摩川沿い、田園都市沿線エリア)を舞台に崩壊してゆく家族の物語だった。ドラマのエンディングはたしか多摩川の決壊で、岸辺(川の土手)にたたずむ家族たちのシーンだったように記憶している。これはこれでその後の風潮や時代性(中流階級幻想とその崩壊?)を先取りするような良いドラマ(脚本は山田太一)だったと思う。岸辺ということでたまたま思い出して書いたままで、本題とはまったく関連のない導入になってしまったようです。ご免なさい。(最初から横道にそれてしまいました。)
実は今回はちょっと「デジタル」ということについて改めて書いてみたいと思っています。製品を作る側からとその需要を探し出す=マーケティングからみての、二通りの視点で捉えた場合のデジタル時代の難しさ、タフさについて。作るという立場からみた場合、アナログとデジタル製品の最大の違いは何か。よく言われていることで、あえて今更確認するまでもないかもしれないが、ひとことで言えば、デジタル製品になればなるほどアナログよりも差別化しにくくなる、ということに尽きるだろう。
デジタル(言うまでもなく0か1の世界)はどこまでいっても金太郎飴みたいなもので、それを寄せ集めても他の製品との違いを出すことが難しいということ。だからデジタル化のことをテクノロジーの農産物化と呼ぶ人もいるようだ。つまりそれだけ作りやすくなったという意味(実際の農作物が作りやすいかは別にして)。デジタルはアナログ表現のような諧調表現(グラデーションの世界、諧調やゾーン(幅)でしか示せない?)とは基本異なる。極端な言い方をすればそこでは日本企業が得意としてきた微妙な調整(ファイン・チューニング)みたいなものがほとんどいらず、デジタル対応の部品をつないでただ製品にすればよいという話になる。
したがって製造の観点でいえば、垂直統合(何から何まで自社で抱えて生産する)ではなく、水平分業(私=設計する人、あなた=作る人というように分けて行う生産の徹底)がより適しているというわけだ。それだけ大量に作り、規模のメリットを享受する必要性も高まることになる。このパターンは米国(ファブレス、設計に特化)と台湾を中心としたアジア勢(生産)が得意としている分業の領域で、この世界の競争では日本は完全に遅れつつある。というよりも、垂直統合にも未だこだわりを捨てきれず、どっちつかずの中途半端な状態と言えようか。いかにも日本らしいが。
さてではマーケティングはどうか。正直根拠があるわけではないけれど、なんとなく直感的に思えるのは、ひとことで言えばこれも経験則に基づいたようなマーケティングがあまり成り立たず、いかに先読みするか、イチかバチか的な当たり外れに賭けるような色彩がより際立つことになる、と言えそうな気がする。
こうしたマーケティングではかえって過去の成功体験は目を曇らせることになりがちで、むしろ過去にとらわれない発想がより求められるかもしれない。製品の性能さがあまりないため、いかに安いか、そのときの需要にフィットしているか、ブランド名が浸透しているか、大量に出回っているか、それが皆に急速に広がりつつあるか、などなどのムーブメント次第の構図がより強まる、ともいえようか。どちらにせよ、たぶん年功者や成功体験者の経験知などはあまり必要とされず、かつてのストックによる知見が効かない。ある意味では場当たり的、その場をしのぐフローが肝要。薄型テレビの展開じゃないけど、ますますフラット化して奥行きのいらない社会が要請されてゆくことになるのだろうか。欲望の先読みが過大視され、経験が希薄化してゆくような社会の到来。
こうした動きが金融をまきこんである面だけ先行加速していったのがそれこそリーマンショック前の一部の趨勢だったようにも思う。そしてリーマンショック以後を見ると、さすがにフロー一辺倒のような動きにも多少見直しが入りつつあるようにも思える。だが一度加速した動きがほんとうに巻き戻されるかどうか。人は昔とった杵柄がなかなか忘れられないものだ。
人は経験によって学ぶとはよく言われたきたことだ。だが、経験によって学ぶことができなくなったらどうなるか。当たり前のことだがいつも未知のことばかりに追われることになる。これはとても疲れるし、疲弊する。経験とはその意味で人の防波堤になってくれるありがたい面もあるわけだ。だが時代はやっぱりそうした経験というものを離れて、ますます漂流しつつある、ようにも思える、おそらく。
デジタルの岸辺ではこれからもたぶん既存の多くのものが毀れ、従来の勝者をふくめて崩壊してゆく。それはそれでいい。岸辺のアルバムじゃないけど、壊れるものはやがて壊れるのだ。そしてそんなデジタル時代をむかえて、世界の中での日本の立ち位置はますます難しいものになってゆくだろう。
そういう流れのなかで個人的にはアナログへのノスタルジーはあるとしても、アナログそのものの復権を叫びたいとは思わない。ただ時代遅れの周回遅れとして、ぼくはまだ無駄な奥行きと配置にはこだわりたいと思っている。ちょうどいろんな神社でみた奥行きみたいなものに。元々生まれてきたこと自体がアナログだし。
そんなことを書いていたら、携帯が鳴った。
「もしもし、もしもし・・・・誰ですか?」
その声には聞き覚えがあった。それを思い出した。その独特の抑揚、調子、等々。
人の声と思い出すという営みはまぎれもなくアナログだった。
「いやぁー、久し振りだねぇ・・・・どう元気?」
よしむね
社会問題 »
陳舜臣の「蘭に思う」の中に「南京の雑踏で考えた日本人と中国人」というエッセイがある。
この本は、1970年代の前半に書かれたもので、このエッセイは1973年のものだ。
その中のこんな記述に目が留まった。
中国のまちの雑踏には、日本の雑踏にあるおなじみのものがない。その欠落が、スカみたいなかんじを生むらしい。(中略)
そのなじみのにおいがない。それが何であるか、旅行の半ばになって、やっとわかった。それは生存競争のにおいなのだ。
いろんな意味でも競争を戦わねば生きて行けない。そのために日本の群衆には、一種の緊張感がある。中国の雑踏に抜けているのはそれであった。
仲間を押しのけてでも前に出ようとする気迫が、対人関係の中に生まれにくいのが、中国の現状である。
今から40年前の中国の様子である。
しかし、おそらく現代の中国は、これとは全く違う様相なのだろうと反射的に思った。そして逆に、今の日本がこの状態に近いのかもしれないとも思った。
日本はいつの間にか、競争というものを忌避するような風潮になってきたようにも思えるのである。
40年かかって、中国は共産主義から資本主義へ、日本は資本主義から社会主義へといつの間にか、その立ち位置を入れ替えてしかったのかもしれない。
僕はこれからの日本の進む道は大きく二つあると思っていた。一つは、規制緩和=小さな政府=他国との競争の道。そしてもう一つは、高福祉=安心安定社会=しかし停滞の道である。
民主党が問題なのは、実際は二つ目の道を行こうとしているのに、口では一つ目の道を主張しているところである。どちらかにしてほしい。
子供手当てにしても農業補償にしても、競争しなくても生きていけるような社会への道に通じている。排出ガス規制も、事実上、産業の発展の足を引っ張るのは目に見えている。
一方で、生活保護世帯も130万を超えたというニュースもあったし、若者が消費しないという話もよく聞く。
おそらく、多くの国民も、どちらに行けばいいのか、その判断に迷っているのではないだろうか。しかし、多分、どちらに行くにしてもイヤなのだ。そして、出来れば考えたくない問題なのだ。
それは、ストレス社会にするのか、貧しい社会にするのか、といったような負同士の選択のように感じてしまうからだ。
僕にしても、少し前までは、日本は世界に伍して行くべきだと当然のように思っていたが、最近は、二つ目の道でもいいのかぁと思うこともある。
半分鎖国して、人口も減って、エレベータとかエスカレータもなくなって、自動車に乗る人も少なくなって、夏のクーラーが昔話になる。昔のように寿司は一年に一度の贅沢品となる。つまり、物質的価値から一線を引くこと。
特に、雨の日なんかにはそんなことを夢想する。冬は家で蒲団に入っていればいいかと思ってしまうのである。
まさむね




