せめて「恋恋風塵」のお爺さんのように年がとれたらいい
7 5 月 2010
2 Comments
幼い恋の終わりをこれほど、寡黙にしかも豊かに描いた作品はあっただろうか。
人は生まれて、恋をして、失恋して、子供を生んで、そして死んでいく。
その繰り返しが何代も何代も続く。その人々の想いが自然の中に溶け込んでいく。
おそらく、センシティブ(感度が高い)というのは自然に対して、こうした悠久の流れ、すなわち山の霊を感じ取れることだと思う。
けっしてアップル社の新製品に飛びつく器用さではない...自信はないがそんな気がする。
この映画を観た当時は、僕はあの少年と少女に近いところにいた。
遠く離れた恋人に何通も何通も手紙を書くというのは今ではありえない昭和の話だ。
もう時代はもとにはもどらないだろう。しかたがない。
僕自身、あの子達とはかなり距離が出来てしまったような気がする。
かといって、あのお爺さんのようにもなれてはいない。
ただ、まだ時間はある。
今から何とかしてあのお爺さんのようになれるように努力しよう。人生はこれからだ。
まさむね





「恋恋風塵」。なんて美しい言葉でしょう。
侯孝賢の映画が公開される度にわくわくして映画館(シャンテ・シネとか)に足を運んだ頃を思い出すと、胸が締め付けられるような気がします。
台湾の映画にしてもイランの映画にしても、人の営みを誠実に写した映像には心が動かされますよね。
じつにさんへ
おはようございます。
確かに「人の営みを誠実に写した映像」は素晴らしい。
多分、最近の日本映画は企画(ネタ or キャラ)優先だから、結局は深みが無いのかもと思いました。
確か英語では、「Dust in the wind」って言うんですよね。この響きも好きです。
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