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ミスチルはマルクスの被害者だというグダグダな話

8 7 月 2010 No Comment

この6月にマルクスの「経済学・哲学草稿」の新訳が光文社古典新訳文庫から出たようだ。
残念ながら、今さら手にとって見るだけの根性も好奇心も無いが、僕は学生時代に、岩波文庫版だったら何度も読んだ。読んだというといかにも前向きに聞こえるかもしれないが、ようするに、何度読んでもわからなかったのだ。

この書物には何が書かれていたのだろうか、自分なりに思い出してみたいと思う。結局、僕らは仕事をして、その成果物を手にすることによって自己実現をするしかない。しかし、社会が複雑になり作業が分業化されてくると、自分が作り上げたものが、まるで自分が作ったのではないもののように見えてしまう。これはつらい。「俺は一体、何なのだ、何のために生きてるんだ」って思うようになる。この心情をようするに疎外と言ったのだ、マルクスは。

四捨五入して言えば、マルクスとは労働をすることによって全ての人が生きがいを持って生きられる社会を模索したのである。そして、彼なりの答えが、人を疎外している元凶である資本主義を打倒し、搾取を無くし、みんなが自分の作ったものが自分のものであると感じられるような社会を作るために、革命が必要だとしたのである。

これでいいでしょうか、大渕先生(大学の時の指導教授の名前)!?

さて、この「生きがい」至上主義者であるマルクスは、いわゆるプロレタリアート革命という対策を抜きにしても、その問題意識だけは今でもビビットであると僕は思っている。
ていうか、現代の僕らは、マルクスの歴史的問題提起、ていうか、この「生きがい至上主義」に、まだまだ絡めとられ続けているのである。
一方、城繁幸さんがご自身の「Joe’s Labo」で書かれているが、現在の日本共産党は、日本一の貧困ビジネスに成り下がっている。つまり、生きがいを見つけなければいけないというマルクスの志を完全に忘れて、生きがいが無くても生きていけるような人々を作り出そうとしている。マルクスは草葉の陰で泣いているよ、多分。

僕は拙著「家紋主義宣言」で、現代人の自分探し志向、つまり旅人生観をミスターチルドレンの歌のヒットの一因だと書いたが、彼らが歌い求めているのも結局、「生きがい=自分探し」のような気もする。例えば...

いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅
(終わりなき旅 1998)

なのである。この悩みは、実は結構深刻だ。誰だ!生きがい=本当の自分を探せといったのは...マルクスだ。

というわけで、今日のお話は、ミスチルはマルクスの被害者だという話でした。なんとなく、眠くなった。

まさむね

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