馬にまで気配りをした鎌倉武士・北条重時は真の武人だ
僕は臆病者が好きだ。
というか、僕自身が真性の臆病者なのである。
例えば、電車の中で喧嘩などがあると、かなり場所が離れていてもドキドキしてしまう。
そんな臆病者の僕は以前に、織田信長と宮本武蔵とG馬場、その狡猾なまでの慎重さというエントリーを書いた。
歴史上の人物、あるいは有名人で誰がもっとも臆病か=慎重かというネタだ。
最近、それに関連して、新たなる臆病者を発見したのでここに記しておきたい。
まずは、僕の敬愛する内田樹先生の「態度が悪くてすみません」における東郷平八郎(蔦紋)の話だ。
東郷には徒歩で通行しているとき、前方に馬がいたので、道の反対側にまわってそれを避けたという逸話もある。これを見た人が「武人のくせに、荷馬ごときを恐れるとは」と笑ったそうであるが、東郷は「どんなおとなしい馬でも、何かのはずみで狂奔して人を傷つけることがあるやもしれない。道を迂回すれば、そのわずかな機会に遭遇しても無事を保てる。荷馬に蹴られてつとめに支障が出ることこそ武人の恥である」とすましていたそうである。
これはいいことを聞いた。これから僕も道を歩いていて、先方から恐い人や猛犬が来たら、これを言い訳に、道を曲がるとしよう。これこそ、武人のたしなみである。ちなみに、僕が内田先生を敬愛するのは、その著作の素晴らしさもさることながら、Twitterで先生の家紋を尋ねたところ、快く、横木瓜だと教えていただいたからである。さすが武人である。余裕がおありになる。
また、もう一つ気になったのは、これも私が尊敬する山本七平の「日本人とは何か。」に紹介されている鎌倉幕府・二代目執権の北条義時の三男、北条重時(北条三つ鱗)の家訓である。(一部抜粋)
・・・たとえば、葬式の近くで笑うな、道は相手がだれであれ自分からゆずれ、酒の肴や菓子は人に多くとらせろ、料理は人より多くとるな、旅のとき人夫や馬に重いものを持たすな、百姓が垣内に植えた木の果実などを所望するな・・・
山本七平も感心しているが、なんという気くばりだろうか。いや、僕にいわせればなんという臆病さだろうか、馬にまで気をつかっているではないか!!
「龍馬伝」では土佐藩の上士と下士が道であったときには、下士が道をゆずらなくて、折檻を受けるシーンが出てきたが、もともとの鎌倉武士はこんなに臆病だったということは僕の興味をそそる。
おそらく、この臆病さこそ、人間の本性に根ざした振る舞いであり、真の武人の証といえるのではないだろうか、と臆病者の僕は勝手に思うのであった。
まさむね





無益な争いを慎重に避け、難事に備える・・・
いたずらに体力を消耗せずに温存し、相手が体力を消耗したところで、蜂の一刺しをした、モハメド・アリに通じる部分があるような・・・(笑)
ジョンさん こんにちは。
まさしく、勝負の基本はまずは相手が最も嫌がる状況にもっていくこと。口でいうのは簡単ですが...
あの白鵬は「どんな相撲を取りたいか」との質問に、「勝たない相撲」と答えていました。はじめは日本語の間違いかとも思いましたが、彼が言わんとしたのは、自分が勝とうとするのではなく、気づいたら相手が負けているような相撲を取りたいということらしいことがわかりました。
達人というのは共通点がありますね。
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