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カワイソウな物語は資本社会の究極兵器になるのか

15 8 月 2010 4 Comments

「美丘」というテレビドラマを偶然に見た。
不治の病で半年後に死ななくてはならない女の子の恋と友情の親子愛の話である。
見始めて1分でわかるそのストーリーの強さは典型と呼ぶのにふさわしい。「セカチュウ」「恋空」のカテゴリーだ。
おそらく、死を宣告された美丘という美少女は「カワイソウ」なのだろう。
しかし、この話をぼんやりと観ていた僕は「カワイソウ」ということの合意すら、ままならない現代という時代を考えてしまった。正直な話、頭では分っているのだが、僕にはこの美丘がそれほど「カワイソウ」とは思えなかったのだ。
世の中には、僕にとって琴線に触れる「カワイソウ」なものはたくさんある。それに比べて、彼女はむしろ幸せのようにも感じられた。あと半年とはいえ、理解のある父母がいて、恋人がいて、友達がいて...

しかし、それ以上に僕が気になったのは、ドラマの最後の方で、恋人の男の子が「だからこそ、僕らは今を一生懸命に生きなければならない」というようなことを口に出していた。そのセリフだ。
今、多くの若者が将来に希望を持つことが出来ず、今、この瞬間よりも老後のことを考えて貯金をするようになっているという。ようするに、消費をしなくなっているのだ。そして、それが日本の経済に大きな負の影響を与えている。マクロでみたらそれは困ることなのだ。
そういえば、このドラマの提供はある自動車メーカーだった。
ここからは、ドラマの中の話だ。引越しを終えたばかりの6人の若者。死を宣告された女の子が突然に海に行こうと言い出す。死のことを知っている恋人は彼女の身体のことを考えて、一瞬躊躇するが、「今をこそ生きようとする」彼女の気持ちに負けて、「行こう、行こう」と言い出す。そして、男女6人は、即、自動車で海に行くのであった。
そして、海でなんだかんだあって、共に生きる意味を確認する。

そんなシーンの後、CMになり、自動車メーカーが「今なら、エコ減税、補助金も...」と言って、今、こそ自動車を買うのがお買い得という。
正直な話、国の税金を投入して商品を買わせようとする業界自体、もう終わりも近いとは思うが、それはともかく、消費しない若者に対して、この「カワイソウな物語」は資本社会の究極の兵器になりうるのだろうか。
なんでもありだなと思った。

まさむね

4 Comments »

  • ようこ said:

    こんばんわ、まさむねさん!

    「美丘」は1話からずっと観ていて、毎回ボロ泣きで観ています。
    個人的に「美丘」というドラマは従来の(私の知っている限りの)映像作品の中で良く見られる「お涙ちょうだい」的な要素があまりないように思えて、主演の吉高由里子ちゃんの演技も含めとても好意的です(昨日のラストの下りは残念でしたけど。なんか、大衆的?というか、おもいっきりムリヤリ的な理想って感じで。女友達の演技力等にも問題があるからかもしれませんが)。
    たぶんそれは、美丘と言うキャラクターが、言い方が少し悪いですが今までの「病気キャラ」とはちょっとかけ離れているからだとも思います。
    しおらしく、愁いを帯びた目で今ある現実を受け止め生きるよりも、正直、美丘のような子の行き方の方が観ていてスカッとするし、応援したくもなるし、第一疲れないので。
    某実話をもとにした、遺族のエゴイズム丸出しの難病ドラマなんかより断然いいです。

    そして私も正宗さん同様、「かわいそう」と思ったことが見事一回もありません。
    それはやはり、彼女の環境が恵まれているのもあると思うのですが、私はやっぱり、美丘の性格にもあると思います。日本人には好まれない性格でしょうが、私はあーいう子、好きです。
    「かわいそう」と思わないのは他の映像作品でも同じだと思いますが。

    私は「病気したからかわいそう」とか「障害があるからかわいそう」という言い方があまり好きではありません。あと、そういう人たちを支えたり、愛したりする人を「えらい」と言ってみたり思ってみたりして、とても凄いことをしているようにするのも好きではないです。
    完璧、「今は健康な人間」の他人事の意見ですよね。もしくは、うっすらした優越感からか。どちらもでしょうけど。
    私からしたら「眠たいことを言うてんな」って思いますね。
    自分に不足が出来てわかる幸せもありますからね。
    理想はそうなる前に自覚したいものですけど、なかなか難しいですよね。
    そう考えると、ある意味健康体の人の方が不健康にも思えます。

    消費しなくなったのも問題でしょうが、今の若い人って、まぁ、私も今の若い人なんですけども(笑)、感動レベルがすごく低い気がします。テレビとかでも、別にそんな感動するほどのことでもない話で感動する、しまいにゃ泣く人結構観かけますので。
    むしろ私はそっちの方が残念な気がします。
    そういう人を見て「いい人やな」っていう人にも残念です。

    最後になり申し訳ありませんが、先日コメント返しと再びブログ記事で話題にして下さりありがとうございます!

    長々と失礼しました。

  • ようこ said:

    すみません。
    なぜか「まさむね」さんの名前が勝手に漢字変換されてました。
    ちゃんとひらがなで打ったはずなのですが・・・。

    失礼いたしました。

  • ようこ said:

    またまた失礼します!

    先ほどのコメントの後半部分(感動のことについての部分)、かなり偉そうな書き方になってしまいすみませんでした!!

    気分悪くされましたら申し訳ありません!

    以後気をつけます!

  • masamune (author) said:

    ようこさんへ
    一本気新聞にお越しいただきありがとうございます。また、コメントもありがとうございました。
    全然、偉そうではないです。ご遠慮なく書いてください。「美丘」に関していえば、たまたま観たということでこちらこそ、知ったかぶりしてしまったかもしれません。
    さて、ようこさんのコメントで面白かったのは、最近の若者の感動レベルが低いのでは?というご指摘です。自分は柳田國男という民俗学者が好きで、暇があると本をひっくり返しているんですが、先日、彼の本の中に昔の人は、語彙が少ないので泣くことによって自己表現をしていたというようなことが書かれていたのとシンクロしました。もしかしたら、最近の日本人は昔の日本人に戻りつつあるのかもしれませんね。
    あるいは、明治から戦争を経て、戦後まで作ってきた文化の形みたいなものが、急速に壊れ、新しいものが生まれつつある、あるいはさらに古い日本人の姿が出てきているのかもと感じます。
    「下校拒否」が衝撃的なのはそういった変化をどこかで捕えているからかも知れませんね。
    それでは、また。

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