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Articles Archive for 9 月 2010

日常雑事 雑感 »

[29 9 月 2010 | 4 Comments | | ]

10月からタバコが大幅に値上げするという。喫煙者にとってはつらいことかもしれない。これを機に止めようという方もおられるだろう。かく言うぼくも去年までは結構なスモーカーだった。足かけ30年くらい吸っていたので肺は依然きれいになっていないだろうけど。
去年止めたのは骨折の怪我をして自宅療養していたときに自然に止めてしまったというのが実態に近い。自ら喫煙している整形外科の担当先生は骨の発育とタバコの有害さが医学的に証明されているわけではないので、吸いたければ許可しますよ、とおっしゃっていた。それなのに止めたのは、べつにからだの健康を考えて止めたというのではなく、単にあるときタバコがとてもまずいと感じて、そのまま止めてしまったというのが一番正確なところだ。だから苦労して止めたとか、意識的に止めていったというわけではない。
もしかしたらまた吸い始めることもありえる。最近の嫌煙をめぐる風潮についてはファシズムとの兼ね合いでモノ申す意見や、健康オタク主義への行き過ぎ、タバコの悪が本当に医学的・科学的に証明されているのか(地球温暖化説の真贋然り、自動車の排気ガスのほうがよほど肺に悪いかもしれない)などまだまだ反諸説も多いと思う。
ここではその是非について論じることはしない。ただ実際にたばこを止めて思うのは、流れてくる煙の匂いはたしかに嫌だなと感じることだ。だから吸うひとはなるべく礼儀をわきまえてまわりに注意して最低限吸ってよい場所で吸ってほしいとは思う。
でも健康という着眼点からのみたばこを断罪するという視点には今でもどうしても加担する気になれない。たばこを吸っているとき紛れもなくα波が出ているという実験を以前のTV番組で見たことがある。それに追加するわけではないが、別に人は健康のためだけに生きているわけではないだろう。悪いと知っていてもやめられないことは沢山あるにちがいない。麻薬なんかもそうかもしれない。
もしそれで死んでも構わないと思って意志的に吸っているのだとしたなら、まわりがいろんな理屈で説得しようとしてもしょうがないと思う。個人の責任と罰に帰着することで、そういう類のものについては一律の「べき論」はしたくないというのがぼくの現在の考え方で、一律のあるべき論には安易に組したくないとも思うのです。
それよりも今たばこをやめてつくづく良かったなと思うのは、逆説的だけどタバコを吸わないことでストレスから自由になれたからだ。今はとにかくタバコを吸えないことが即ストレスになることのほうが多いように思える。街のなかで吸える場所を探して彷徨ったり、レストランや喫茶店でも吸えない場所が多くなり、離席して外に吸いに行ったりと、かえってイライラの原因が増えてきているようだ。それだけたばこを吸う人は肩身が狭くなっているわけだけど。
むかし聞いた話で、本当か嘘かわからないが、夜中にたばこを切らした人が小銭がなくて自販機のたばこを買えず、寝床でモンモンとしているうちにテーブルの角かなにかに頭を打ちつけて死んでしまったという話を聞いたことがある。果たしてブラックユーモアとして笑っていいのか分からないが、とにかく斯様にいまタバコを吸うことに関してはよりストレスフルになることも覚悟しなければならないというのは一面の真実と言えるのではないか。ただでさえいろんなストレスに囲まれているなかで、ひとつでもストレスから自由になれたこと、それがタバコを止めたぼくにとっての最大の恵みかもしれないな。でもこれはあくまでもぼく個人にとってというに過ぎないが。
よしむね

書評 »

[27 9 月 2010 | 2 Comments | | ]

よしむねさんの「管総理再選に思う、「何もしないことの歓び」について」というエントリーを読んで、イタリアという国に興味を持った。そこで、イタリアといえば塩野七生さんというわけで、彼女の書いた「日本人へ 国家と歴史篇」という新書を読んでみた。
よしむねさんが言われるようにイタリアという国は2000年前に全盛時をむかえ、その後はゆるやかに衰退しつづけている国である。しかし、一度は天下を取った余裕とでもいうべきか、彼らに悲壮感はない。現代でもイタリア料理やファッションといった付加価値の高いブランド力を維持し、経済力や軍事力といった数字に表されるような指標では決して上位ではないにしろ、国の存在感という意味では今でも無くてはならないポジションを占めているように思える。
まさしく、よしむねさんが文の末尾に書き添えた以下は正解である。
イタリア人がこの世にいなかったら、世界の中のどれだけがつまらない、味気ないものになっていたことか。素敵なファッションや車のデザインもなく、パスタもオペラもない社会。何もしないイタリア人はたいしたものだね。
それにしても、「日本人へ 国家と歴史篇」を読んで思ったのは、その国の歴史と現代を生きる国民との関係という意味で、日本はもっともっとイタリアに学ぶべきではないかということだ。ようするに、自国の歴史物語を一人一人が自分の財産として心の中に持っていれば、少々貧しくとも、国民はプライドを持って生きていけるにちがいないのだ。
僕は日本人一人一人が歴史へ目を向けるためのきっかけの一つとして家紋というものに注目すべきだと思っている。実に幸福なことに現在の日本人のほとんどが先祖伝来の家紋というものを持っている。ご先祖の墓に行けば家紋が刻まれているのだ。例えば、先日作った「【特別企画】日本近代文学者の家紋一覧」の一覧表も見ていただければご自身の家紋と同じ文学者が見つかるのではないだろうか。そしてそこから、日本民族、そして日本の歴史に対して想像力を広げていくことも出来るのではないだろうかと思うのである。
さて、塩野さんの本を読んでいて気になるところがあった。彼女がイタリアのブランド品について書いているところだ。イタリアのブランド品はもともと、伝統的なイタリアの職人の創意工夫、いうなれば魂の結晶として作られたものだ。それはただたんに高価なわけではない。そこには様々な歴史や物語があるというのだ。
しかし、その伝統的なイタリアの職人層が、不法就労の中国人達の侵入によって価格破壊にさらされ、壊滅的打撃を受けているというのである。しかも、市場原理主義(グローバルスタンダード)の嵐の中、高価な品物がさらに売れなくなってきているらしいのだ。
そこで、彼女はこう述べている。
高い品と安い品のちがいは、買い手の想像力を刺激するかしないかにもあるのではないかと思っている。一千円のユニクロのセーターは、セーターにすぎない。だが二十万円のアルマーニのスーツは、私を幸福な気分にするだけではなく、これをいつどのように使うかにも考えをめぐらせることで私の想像力が高まり、めぐりめぐったとしてもその成果は、一冊の歴史物語にもなりかねないのである。
ここには最近僕が考えていることと通底しているものが含まれていると思った。
素晴らしい作品がそれを受け取った人の想像力を喚起し、その人がさらに別の表現行為をする、そしてその連鎖は、さらに上質のものの創造に向う...これは、先日、僕がコスプレ論で書いたことにも通じているのである。
確かにそうだ。問題は、「なにか」を受け取った人がそれを「贈り物」と思える能力=感性こそ、重要なのではないだろうか。
僕が敬愛する内田樹先生も「街場のメディア論」の中でこう述べている
ですから端的に言えば、何かを見たとき、根拠もなしに、「これは私宛ての贈り物だ」と宣言できる能力のことを「人間性」と呼んでもいいと僕は思います。

世界を意味で満たし、世界に新たな人間的価値を創出するのは、人間にのみ備わった、このどのようなものをも自分宛ての贈り物だと勘違いできる能力ではないのか。
内田先生の言葉の前では、塩野さんが「高価」というものが想像力を高める力になるという言い方は若干、「甘い」あるいは「生ぬるい」というべきかもしれない。残念ながら塩野さんは価格という価値、あるいはおばさんの常識論から抜けていないからである。
正直なところ、僕はブランドのよさはわからない。もちろん、ワインの味もわからない。しかしだからこそ、今後とも自分のプライドに賭けて「勘違い力」だけは磨いていきたいと思う。
具体的に言えば僕にとっての青山霊園(入園無料)は、都内で随一の贈り物の宝庫でありつづけてほしいと願うのである。
まさむね

政治, 歴史・家紋 »

[26 9 月 2010 | No Comment | | ]

今回、ニューヨークで尖閣諸島に不法侵入した中国人の釈放問題に関する記者会見をした菅直人首相が使用した日本政府の演台にはいつもの通り五七桐紋が輝いていた。
拙著「家紋主義宣言」にも書かせていただいたのだが、僕にはこの桐紋という紋は、日本とシナとの間の埋めがたい誤解、あるいは溝の象徴のように思えるのだ。
というのも、もともと桐の木が珍重されたのは、「古来、シナの伝説によると、聖天子が出現するときには、その予兆として、伝説の鳥・鳳凰がこの世に現れる。そして、その鳳凰は、梧桐(アオギリ)の木にだけ留まる。」といわれていたのであるが、この伝説が日本に伝わった後、いつのまにか、鳳凰が留まるのは、梧桐(アオギリ)ではなく、ゴマノハグサ科の桐(いわゆる白桐)に留まるという話になってしまい、その白桐を元にデザインされた桐紋が、様々な経緯を経て、日本の聖天子=首相(あるいは日本政府)の象徴として演台に飾られているからである。
僕が、桐紋という紋がシナと日本の間の勘違いの象徴というのはそういうことだ。
       ★
さて、今回の中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事件に話を移そう。
おそらく、今回の事件の顛末は、日本政府が中共の出方を全く読めていなかったということに尽きるだろう。最初は、法に基づいて粛々と対応すると言っていたのだから、最後までそうすべきだったのに、水面下でいかなる方向からどのような圧力が加わったのかは知る由もないが、報道を見る限り、民主党政府が、中共の圧力に屈したとしか見えない。
僕はリアルな外交の現場というものがどのように行われるのかはわからないが、この程度の事件のシュミレーションというのは普段からしているものではないのか。少なくとも今年の9月に尖閣諸島に漁船を装った工作船がやってくることなど予想されてのではないか。そして、来年の7月には中共誕生60周年をむかえる。そのタイミングで一体、何が起こるのであろうか。
       ★
僕は日本人が過去に忘れてしまったものの一つとして、シナ人に対する敬意があると常々思っている。古きよき日本人は、シナに対して、多大なる憧憬と尊敬をもって接していた。それは家紋にも現れている。先ほど書いた桐紋もそうだが、天皇家を表す菊紋も、藤原家を表す牡丹紋ももともと、中国への憧れから紋化したものである。しかし、その一方で聖徳太子や菅原道真のような知性的な人々はシナとの距離を常に考えていた。そのバランス感覚が日本の伝統なのである。
しかし、現在、中国大陸でビジネスをする日本人の多くはそういった敬意を抱くというよりは、仕方が無く付き合うというスタンスに堕しているのではないか。例えば、現中国大使、伊藤忠商事相談役の丹羽宇一郎氏は、今回の事件で中国政府に何度も呼び出され、早くも岡田前外相に辞意をほのめかしているという。もともとこの人に愛国心のカケラはあったのだろうか。おそらく、彼だけではない。多くの日本人は、シナ大陸を13億人の市場としてしか見ていない。これは僕の実感である。
出来れば、日本はかつての日本人がそうしたように、一定の距離を置き、過度に依存することなく、しかも敬意をもって接するべきだと僕は思う。理想論ではあるが、シナと絶交しても生きていけるようにすべきなのだ。
僕にはどうしても、べったり依存しながら心の中で軽蔑しているような関係が上手く行くとは思えないのである。
       ★
さて、冒頭の桐紋であるが、聖天子の象徴である桐紋であるにもかかわらず、僕の知る限り、桐紋者の総理大臣はいないというはどういうことであろうか。偽りの桐には鳳凰は現れないということなのだろうか。
付け加えておくならば、小沢一郎氏は桐紋者であった。
ところで、昨年作成した家紋別首相一覧であるが、菅首相が誕生後、更新していなかったので、以下、更新しておきたいと思う。また、この間、橋本龍太郎氏が七曜紋であることも判明したので加えておきたい。これは、豆知識であるが七曜紋は田沼意次と同じである。

人数
家紋
総理大臣

4人
雁金紋
犬養毅(第29代)、芦田均(第47代)、鳩山一郎(第52代、第53代、第54代)、鳩山由紀夫(第93代)

3人
鷹の羽紋
石橋湛山(第55代)、羽田孜(第80代)、小泉純一郎(第87・88・89代)

3人
団扇紋
加藤高明(第24代)、福田赳夫(第67代)、福田康夫(第91代)

3人
藤紋
伊藤博文(初代、第5代、第7代、第10代)、黒田清隆(第2代)、中曽根康弘(第71代、第73代)

3人
片喰紋
斎藤実(第30代)、田中角栄(第64代、第65代)、海部俊樹(第76代、第77代)

3人
月星紋
若槻礼次郎(第28代)、細川護煕(第79代)、橋本龍太郎(第82代、第83代)

3人
梅紋
幣原喜重郎(第44代)、池田隼人(第58代、第59代、第60代)、菅直人(第94代)

2人
菱紋
大隈重信(第8代、第17代)、桂太郎(第11代、第13代、第15代)

2人
桜紋
原敬(第19代)、吉田茂(第45代、第48代、第49代、第50代、第51代)

2人
蔦紋
田中義一(第26代)、竹下登(第74代)

2人
梶紋
山本権兵衛(第16代、第22代)、安倍晋三(第90代)

2人
菊紋
松方正義(第4代、第6代)、 東久邇宮稔彦王(第43代)

1人
柏紋
林銑十郎(第33代)

1人
巴紋
西園寺公望(第12代、第14代)

1人
沢瀉紋
高橋是清(第20代)

1人
茗荷紋
岡田啓介(第31代)

1人
蝶紋
平沼騏一郎(第35代)

1人
引両紋
浜口雄幸(第27代)

1人
鱗紋
山県有朋(第3代、第9代)

1人
釘抜紋
麻生太郎(第92代)

1人
車紋
佐藤栄作(第61代、第62代、第63代)

1人
撫子紋
東条英機(第40代)

1人
蛇の目紋
加藤友三郎(第21代)

1人
牡丹紋
近衛文麿(第34代、第38代、第39代)

※上記の紋はカテゴリーを示す。例えば、鳩山由紀夫は「尻合わせ三つ雁金」で犬養毅は「嘴合わせ三つ雁金」、芦田均は「桜輪に結び雁金」でそれぞれ微妙に異なるが、大きなカテゴリとして雁金紋とした。詳細の紋はリンク先ページ参照の事。
※細川護煕首相は、山桜紋も使用するが、定紋の月星紋として掲載。
※牡丹紋は、その中に含まれている「その他紋」にリンクされている。
まさむね

書評 »

[25 9 月 2010 | No Comment | | ]

会社の近くにある恵比寿の「有鱗堂」で思わず「知らなきゃ恥ずかしい日本文化」(白幡洋三郎著)という新書を手にしてしまった。
僕はどうしても平積みの新書に弱い。
ハードカバーの本は通勤電車の中では読みにくいが新書ならば、ズホンの後ろポケットに入るし、いざとなれば片手でも読める。いつもなにげなく買ってしまうのだ。
しかも、この本の表紙裏にはこう書かれてあるではないか。
日本文化の良さを知らないのは、日本人だけかもしれない...「歌舞伎」「すし」「武士道」あなたはこれらの起源や歴史を外国人に説明できますか?
そういった日本系の雑学に興味はあるが、説明しろと言われると自信が無い僕は、この本をレジに運んでしまった。
レジでカヴァーをつけてもらい、歩きながらパラパラとめくってみる。こういう、短い章がたくさん集まっている本は、まずは自分の興味のあるところから、ランダムに読めるからいい。
家紋に興味がある僕はその項目を探すがみつからない。
「歌舞伎」「盆栽」「天皇」「インスタントラーメン」「くじら」...面白そうな項目が並んでいる。そして、みつけたのが「苗字」だ。
しかし、この項目を読んでみて僕は思わず眉をひそめた。
小見出しには、”「苗字」の種類は14万~15万もあって世界トップクラス”とあるのに、中身を読むと、”日本にはニ九一、一ニ九の苗字があるとしている”と「日本苗字大辞典」を引用している。どっちが正しいのか...いきなり、いい加減なのだ。(ちなみに、僕は他人に聞かれると一応、約30万と言うことにしている)
しかも目を疑ったのは、それに続く文章だ。致命的に間違っているではないか。
...天皇家から分家して一家をなすとき新しい苗字を授かった。源氏と平家で知られる「源」「平」などがそれである。
ちょっと待ってほしい。ここでは詳しくは触れないが、「源」「平」は苗字ではない。”氏”である。たしかに、古代の氏、姓、そして名字、苗字の関係はややっこしい。しかし、そのややっこしいところを上手に解説してこそ、「知らなきゃ恥ずかしい日本文化」ではないのか。
そして、この項の最後にほんの少し、家紋について触れてあった。
苗字と同じく一族を象徴する印である家紋の起源には諸説あるが、江戸時代には庶民にも広まった。
これだけである。完全に間違いとは思われないが、寂しすぎる一行である。しかも、僕は様々な家紋の本を手にしたが、基本的に家紋の起源としては平安時代の公家が牛車の印に使用したというのが定説だと思っている。
手元にある「家紋事典」「家紋散策」「家紋の事典」などみなそのように記されている。ちなみに拙著「家紋主義宣言」もそうした先達の本を元にそのように書かせていただいた。
諸説があるのであれば、白幡先生には、その諸説とやらを是非おうかがいしてみたいところである。
さて、このように、自分の最も興味のある項目でこのような書き方をされたのでは、他の項目もさぞいい加減に違いないという嫌な視線でこの本を読んでしまった僕。
我ながら心が狭いが、その中でいくつかの問題点が見つかったのでここに指摘させていただく。
慶応義塾は一八九〇年大学部を設けるなど私立大学の草分けとして成長し、後には幼稚舎を併設し、幼児教育から大学教育まで一貫した学校をつくりあげ...(51塾)
自分も慶応で学んでいたので何度か、幼稚舎=幼稚園という勘違いをされる人に会ったことがある。しかし、今更言うまでもなく幼稚舎は小学校である。したがって、慶応は幼児教育はしていない。
ヨーロッパや中近東でも空手は人気が出た。その際の売り物はやはり何といっても、柔よく剛を制す、小が大を投げ飛ばす、神秘的な技とさらに神秘的な儀礼や作法...(69空手)
確かに一部、空手の流派に投げ技が無いわけではないが、基本的に空手というのは打撃系の格闘技ではないのか。おそらく、柔術と混同されているように思われる。
大黒天、毘沙門天、弁財天、恵比寿などインド系の神は商業や海運の神で...(95七福神)
僕の理解だと、~天とつく神様がインド系ではなかったか。恵比寿様は「古事記」にも登場するれっきとしたイザナギとイザナミの息子、つまり日本の神様である。
まぁ、どんな本にも間違いはある。だから、この本だけをどうのこうの言うのも大人気ないのだが、「知らなきゃ恥ずかしい日本文化」と銘打っているのだから、このようにツッ込まれても受けても仕方ないのではないだろうか。
まさむね

歴史・家紋 »

[24 9 月 2010 | 3 Comments | | ]

内藤鳴雪

小泉八雲

武田仰天子

下田歌子

黒岩涙香

森鴎外

伊藤左千夫

村上鬼城

正岡子規

夏目漱石

幸田露伴

北村透谷

徳富蘆花

尾崎紅葉

斎藤緑雨

山田美妙

馬場孤蝶

川上眉山

土井晩翠

国木田独歩

岡本綺堂

田山花袋

徳田秋声

島崎藤村

樋口一葉

佐佐木信綱

泉鏡花

河東碧梧桐

高浜虚子

蒲原有明

尾上柴舟

岡麓

中村吉蔵

窪田空穂

与謝野晶子

横瀬夜雨

有島武郎

長谷川時雨

永井荷風

正宗白鳥

長塚節

森田草平

小山内薫

種田山頭火

斉藤茂吉

志賀直哉

高村光太郎

前田夕暮

下村湖人

長谷川伸

荻原井泉水

竹久夢二

尾崎放哉

北原白秋

飯田蛇笏

中里介山

武者小路実篤

中勘助

木下杢太郎

若山牧水

吉井勇

萩原朔太郎

平塚雷鳥

石川啄木

谷崎潤一郎

葛西善蔵

菊池寛

水野仙子

加藤武雄

里見とん

久保田万太郎

内田百閒

三木露風

白井喬二

広津和郎

倉田百三

宇野浩二

恩地孝四郎

堀口大學

子母澤寛

芥川龍之介

佐藤春夫

吉川英治

浜田広介

獅子文六

江戸川乱歩

金子光晴

大下宇陀児

佐々木味津三

宮沢賢治

大佛次郎

宇野千代

井伏鱒二

今東光

清水かつら

徳永直

山手樹一郎

川端康成

石坂洋次郎

中村汀女

西東三鬼

秋元不死男

海音寺潮五郎

村山知義

梶井基次郎

小栗虫太郎

青山二郎

河上徹太郎

横溝正史

小林多喜二

林芙美子

草野心平

林房雄

竹山道雄

正岡容

舟橋聖一

富田常雄

永井龍男

武田麟太郎

香山滋

新田潤

円地文子

平林たい子

伊藤整

加藤楸邨

坂口安吾

伊藤静雄

藤枝静男

山岡荘八

火野葦平

高見順

中原中也

井上靖

矢田津世子

菊田一夫

植草甚一

埴谷雄高

松本清張

樋口清之

花田清輝

大岡昇平

中島敦

太宰治

飯沢匡

竹内好

中村光夫

澤野久雄

森敦

武田泰淳

源氏鶏太

新田次郎

織田作之助

田中英光

荒正人

深沢七郎

立原道造

串田孫一

戸板康二

島尾敏雄

加太こうじ

福永武彦

吉岡実

高木彬光

五味康祐

三浦綾子

中井英夫

池波正太郎

田村隆一

吉行淳之介

相田みつを

三島由紀夫

永井路子

胡桃沢耕史

辻邦生

山口瞳

立原正秋

宮尾登美子

茨木のり子

星新一

藤沢周平

田久保英夫

花登筺

向田邦子

阿佐田哲也

塚本哲也

山川方夫

谷川俊太郎

有吉佐和子

江藤淳

平岩弓枝

青島幸男

渡辺淳一

筒井康隆

寺山修司

大藪春彦

村松友視

中上健次

見沢知廉

野沢尚

平田オリザ

まさむね

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