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牡丹紋 -中国文化への憧れから摂関家の紋となる- 陸奥宗光、若山牧水、近衛文麿...

31 12 月 2010 No Comment


もともと中国では牡丹は百花の王と言われており、唐代の中央官僚達が、この牡丹の美しさを競ったといわれている。もちろん、そんな富貴な花は遣唐使を介して日本に伝わり、京都の貴族の観賞用の花となる。
そして、時代が下ると、この牡丹は、日本の家格では皇室に次ぐ摂家、つまり藤原氏宗家近衛家の紋。鷹司家が使用するようになるのである。
また、さらに時代が下ると、それら摂家の権威を利用しようと、どちらかといえば、辺境の雄藩である島津家、伊達家、津軽家などが、それら摂家から下賜されて使用するようになった。
また、牡丹紋は、成田山新勝寺の寺紋でもある。画像は、深川不動尊の牡丹紋。


荒木村重 。1535年 - 1586年6月20日、 戦国時代の武将。
摂津国出身。摂津池田家の家臣・荒木義村の嫡男。三好三人衆の調略に乗って池田家を裏切る。さらに、後に三好方から織田方に寝返り石山本願寺攻めなどで武功を挙げたが、さらに織田信長にも反旗を翻し徹底抗戦した。家紋は大割牡丹紋。


津軽為信 。1550年1月18日 - 1608年1月22日、 戦国武将、大名。
弘前藩の初代藩主。大浦守信の嫡男(養子)。豊臣秀吉の小田原征伐に参陣し、所領を安堵された。元関白・近衛前久の猶子となり本姓を藤原とした。家紋の津軽牡丹は、その印として近衛家から下賜された。牡丹紋の他、卍紋も使用。画像は弘前城にて。


島津斉彬 。1809年4月28日 - 1858年7月16日、 大名。
薩摩藩の第11代藩主。藩の富国強兵に成功した幕末の名君の一人。幕末の四賢侯の一人。後に西郷隆盛ら幕末で活躍する人材も育て上げた。日本の国旗である日章旗を初めに提案したという。有名な丸に十字紋と同時に、島津牡丹も使用している。


寺島宗則 。1832年6月21日- 1893年6月6日、 政治家、外交官。
薩摩国出水郡出身。郷士の家に生まれ、松木家の養嗣子となる。後に寺島と改姓。江戸に出て蘭学を学び、帰郷し薩摩藩主島津斉彬の侍医となった。外務卿時代には、諸外国との条約改正に臨むも挫折する。家紋の八つ藤に牡丹紋は華族家系大成による。


陸奥宗光 。1844年8月20日 - 1897年8月24日、 政治家、外交官。
紀伊国出身。藩士伊達宗広の六男。二男は古河市兵衛の養子。勝海舟の神戸海軍操練所に入り、後に海援隊に加わるなど、終始、坂本龍馬と行動を共にした。外務大臣(日清戦争時)として不平等条約の改正に辣腕を振るった。家紋は仙台牡丹。


白峰駿馬 。1847年6月17日 - 1909年4月1日、 武士、実業家。
長岡国出身。藩士・鵜殿瀬左衛門の三男。勝海舟の門下生となり、長岡藩を脱藩し神戸海軍操練所に参加するが操練所の解散後は坂本龍馬が結成した亀山社中・海援隊に参加。白峯造船所を経営。家紋は枝葉敷き牡丹紋。画像は青山霊園の墓所にて撮影。


曾禰荒助 。1849年2月20日 - 1910年9月13日、 政治家。
長門国出身。萩藩士宍戸潤平の三男で、曾禰家の養子。衆議院書記官長、第3次伊藤内閣司法相、第2次山縣有朋内閣農商務相、第1次桂太郎内閣蔵相、韓国統監を歴任。次男・寛治は芳川顕正の婿養子。家紋は牡丹に七曜紋。画像は青山霊園にて撮影。


鷹司煕通 。1855年4月2日 - 1918年5月17日、 軍人、侍従長。
京都出身。九条尚忠の子。嗣子のなかった鷹司輔煕の養嗣子となり、煕通と名乗る。読みは、たかつかさひろみち。陸軍少将に昇進後、後備役に編入されるが、1912年には、侍従長に任命される。勲一等に叙され旭日大綬章を賜る。家紋は鷹司牡丹紋。


若山牧水 。1885年8月24日 - 1928年9月17日、 歌人。
宮崎県東臼杵郡東郷村出身。医師・若山立蔵の長男。自然への愛、情熱的な恋、大の酒好きなどでも知られている。代表歌集は『海の声』『独り歌へる』『別離』等。家紋は杏葉牡丹。牡丹が杏葉の形状になって表現されている。画像は沼津・乗運寺にて。


春風亭柳好(3代) 。1887年4月24日 - 1956年3月14日、 落語家。
東京都台東区出身。本名は、松本亀太郎。「唄い調子」と言われる流麗な口調で多くのファンを獲得した。落語愛好家の間で「柳好」と言えば決まって「3代目」の事を指すともいわれている。得意ネタは「野ざらし」「がまの油」。家紋は敷き葉牡丹。


近衛文麿 。1891年10月12日 - 1945年12月16日、 政治家。
東京市麹町区出身。公爵・近衛篤麿の長男。細川護熙は外孫。第5代貴族院議長。第34、38、39代内閣総理大臣。首相時代に日中戦争が勃発し日独伊三国軍事同盟を締結した。家紋画像は徳川家達妻が輿入れした際に持参した椀に描かれた近衛牡丹紋。


花川戸助六 。江戸時代、 歌舞伎の演目「助六」主人公の侠客。
「助六」は、江戸の古典歌舞伎を代表する演目の一つ。を具現化した洗練された江戸文化の極致として後々まで日本文化に決定的な影響を与えた。歌舞伎宗家市川団十郎家のお家芸である歌舞伎十八番の一つ。家紋の杏葉牡丹は元々市川団十郎の替紋。

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