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「魔法少女 まどか☆マギカ」における虚しい承認欲求の果てに見た悟り

1 5 月 2011 13 Comments

「魔法少女 まどか☆マギカ」のテーマの一つはディスコミュニケーションの残酷さ、そしてその残酷さを乗り越えることは可能なのかということである。
今更、言うまでもないが、ディスコミュニケーションとは、想いはなかなか他人には伝わらないということ、他人と同じ状況にならないと本当の分かち合いは難しいのではないかということである。

たとえば、密かに想いを寄せる幼馴染の怪我を治してもらうことを条件にして魔法少女となったSAYAKAだが、結局はその想いを彼に伝えることを躊躇した。
魔法少女となることは実は人間ではなくなるということを知ったから、つまり、彼とは違う状況になってしまった私では、彼から愛してもらうことはあり得ないと悟ったからだ。

そして、MADOKAは、そんなSAYAKAを慰めようとするが、「闘わないあなたに私の気持ちがわからない!」と逆に怒鳴られる。
それに対して言い返す言葉を持たないMADOKA。
しかも、魔女(遣い魔)との連戦によって、ソウルジェムが穢れて、魔女と化してしまうSAYAKAに対して、それでもMADOKAは自分の気持ちを伝えようとするが、既に魔女と化したSAYAKAは聞く耳を持たなかった。その時のMADOKAの圧倒的な絶望感は、このアニメの一つの大きなテーマの一つである。
また、その場面で、魔女となってしまったSAYAKAをなんとか、元に戻そうと必死に戦い続けるもう一人の魔法少女であるKYOKOも、かつて、父親のために、よかれと思ってやったことが逆に、家族を崩壊させてしまうというディスコミュニケーションのパラドクスに陥った経験を持つアダルトチルドレンなのであった。

さらに、一方でMADOKAを救おうと、同じ時間を何度も行き来して、「ワルプルギスの夜」という強大な魔女と戦い続けるHOMURAのの想いは主観的にはMADOKAの救済だが、実は、それは逆にMADOKAの因果を増幅させるという結果をもたらしてしまう。
つまり、ここでは、他者のためにつくせばつくすほど、それは他者を不幸にしてしまうという逆説を表現している。それは先ほど少し述べたKYOKOが陥ったパラドクスとも同じだ。
そして、その事実を知ったHOMURAは、この想いと現実の断層に打ちひしがれる。

しかし、このディスコミュニケーションの残酷さを乗り越える方法が、最終回で提示される。
それは、己の存在を過去から未来永遠に消し去る事を覚悟の上で、「魔女」の出現を食い止めようとするMADOKAの覚悟によってだ。彼女は永遠に誰からも賞賛されず、承認すらされない「概念」となることによって、この世界に貢献し続けることを喜んで引き受けるのである。
つまり、ディスコミュニケーションの残酷さを究極のところで乗り越えるのは、承認を求める欲求に蓋をして、他者のために何事かをなすのは、他者のためはない、自分のためですらない、それは、ただ運命に従うことだという悟りに達するということなのである。
そして、それがこのアニメの一つの主題だとしたら、その一方で、そんなMADOKAの必死の戦闘とは別次元の世界で、僕らが出来ること、それは彼女のような存在を時々、想像し、感謝してみることでしかないというのがこのアニメが僕らに語りかけてくるもう反面のささやかな真実である。

僕らが住んでいるこの社会、毎日、普通に電車に乗って会社(学校)に行き、仕事(勉強)をして、帰宅する、そんな平凡な毎日の繰り返しが実は、MADOKAのように誰にも感謝されずに闘っている「誰か」のおかげだと想像すること、コミュニケーションが本質的に不可能な僕らが抱く、そんな一瞬のロマンチックな非日常的空想へのいざないが、このアニメのもう一つの主題なのではないだろうか。

まさむね

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この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

13 Comments »

  • 眞愛 said:

    こんにちは。
    最近の「アニメ」は、本当に秀逸な先品が多いです。
    眞愛も、子育てを卒業しても、ついつい見入ってしまいます。(笑)
    更年期に入ると、精神年齢は、若返っていくようですね。(笑)

    「桔梗紋」ですが、眞愛が興味を持ったきっかけは パスポートには、
    「菊紋・桐紋・桔梗紋」が印刷されている事象に興味を持ったからです。
    「桔梗紋」は、「神部物部」を秘密にせよの如く、
    「暦」を守っていたのかもしれませんね。

  • masamune (author) said:

    眞愛さんへ

    パスポートに桔梗紋というのは凄く興味があり確認してみたのですが、桜紋のようにも見えますね。

    桔梗紋が暦を守ったとすれば、信長は本能寺の変の前日、三京暦を島暦にしたいと公家衆に圧力をかけたという話もあり、本能寺の変で光秀(桔梗紋者)が信長を討ったという事実に符合して面白いですね。

  • ところざわ said:

    今、十話まで見た

    この世の中にはまだまだ凄いモノがあるもんだ

    たいしたモノだ

  • 眞愛 said:

    こんにちは。
    いつもありがとう御座位ます。

    桜紋でしたか。
    昔のパスポートしか手許になく、弟に確認しただけですので
    裏表紙に「五弁の赤紫の花」が印刷されているとのことでしたので
    眞愛の勘違いですね。ごめんなさい。

    「暦」は、古代から重要だったようです。
    「元寇」の原因の一つも、「暦」だったようです。

    それで、恐縮ですが、もう一つ甘えても宜しいですか?
    今年の始め頃、「真向き兎紋」について調べていました。
    この紋は、岡山県真庭市のある村でよく見られた家紋ということでしたが
    どういう氏族が使っていたのか、今ひとつ分かりませんでした。
    ご存知でしたら、教えて頂けると嬉しいです。
    (大阪の陣の屏風絵に、「真向き兎紋」の旗が描かれているようです)
    俵藤太の系統が、兎紋だったようですが。
    図々しいお願いで申し訳ありません。

    全ての家に「紋」があるというのは、日本だけのようですね。
    英国のケイトさん家には、紋章がないということで、結婚式直前に作っていましたもの。
    きっと、家紋には、「呪符」のような、単なる「意匠」ではない
    特別なものが託されていたのでしょうね。

  • masamune (author) said:

    ところざわさんへ

    こんばんわ。ところざわさんもハマりましたか。面白すぎますよね。マギカ!!

    眞愛さんへ

    自分も桔梗紋だとすると物凄く興味深かったんですが...
    でも本能寺の変の後、反逆者の印象が着いてしまった桔梗紋を桜紋に変えた武将がいたという話ですから、桜紋は隠れ桔梗紋ということもいえるかもしれませんね。

    僕が見たことがある真向き兎は、三菱関連の重役だった三橋家のもので、青山霊園の8区にあったかな?おそらくおっしゃる通り、秀郷流だったと思います。高澤先生の「家紋の事典」によると本貫は豊川市三谷原町のようですね。
    http://www.ippongi.com/wp-content/uploads/2011/05/usagi.jpg

    家紋に関しては、呪符という意味合いもあると思いますね。違い棒とか柊とか、実際に魔除けが家紋になっているケースが多いですから。このあたりは、またまとめて書きたいと思います。

  • ところざわ said:

    よかった

    最大級に面白かった

    映画「ダークナイト」を思いだした

    正義のヒーローの映画で「正義」ゆえに暗転するように

    魔女もので「少女の希望」ゆえに暗転する様のギャップはダークナイト以上だね

    秋元康が、ダークナイトが制作されヒットするアメリカのエンターテイメント業界の

    凄さを言っていたけど、何のことはない日本の方が先ってるね

  • masamune (author) said:

    ところざわさんへ

    まどか☆マギカ、最高ですよね。
    でも、アニメファンの方とツィッター上で話をすると「ゼロ年代アニメの総決算」「よく出来てはいる」「でも、エヴァは超えられない」というどちらかといえば評価はするけど、冷めた反応が多いように思いました。アニメ史を軸にした視点だとそうなるのかな。
    人気順でいえば、Kyoko、Homraが人気みたいですね。アニメファンの気質がなんとなくわかるような気がします。下記、観ました?
    http://nicomoba.jp/watch/sm14355121

  • ところざわ said:

    にこモバは携帯からなのかな?

    さっきの秋元康の言ってたダークナイトの件、akbでそれやればギャップは映画以上だよね

    確かAVに行っちゃった娘が居たけど、メンバーの離合集散で意味持たせて、主人公の彼女のその行動には何か深い意味持たせてね
    日本のエンタメに太古からの性へのおおらかさとか、源氏、浮世絵と時代時代のエンタメには奔放な性が裏打ちされていて昨今のエロへの規制に立ち向かうとかね、それじゃもの足りないから、実は、逆に規制させて実はさらなるヘンタイへ昇華させりために仕組まれたとかね

    大昔の一本気で小柳ルミ子とオオスミケンヤの離婚と慰謝料だっけ、それに恩讐の彼方になような深読み妄想してたのおもいだしたよ

    夜中のコメントは妄想しがちだね

  • masamune (author) said:

    ところざわさんへ

    ニコ動は携帯のアドレス貼ってしまいましたね。

    タブーというの欲望の裏返しだし、維持させたり、作るという面もありますからね。都条令もそういった文脈での評価というのもありえるかもしれませんね。

    小柳ルミ子ネタというのあったね、あれから何年経ったんでしょうか。懐かしいね。

  • もと said:

    まどかがもし運命に従っただけなら彼女も魔女になり全ての世界を吸い尽くす存在として地球を滅ぼしていただろう。問題は彼女の決意がこれまでの運命(魔女になること)とどう違っているのかということになる。

    90年代、みんなのママであるセーラームーンや全ての人類を子宮の中に回収してしまう人類保管計画を描いたエヴァンゲリオンがあったがそれにまどかがどう解答したかが一つのポイントかと思える

  • masamune (author) said:

    もとさんへ

    一本気新聞にお越しいただきありがとうございます。
    また、コメントありがとうございました。

    まどかは、最終回前まで魔法少女になるという運命から逃げ続けていたのですが、最終回にようやく自分の宿命=役割に気づいて、自分の存在をこの世から消してでも、この世を救ったのだと僕は思いました。なので、この世から魔女を消滅させるというのが彼女の高次元の運命であるというのが僕の解釈でした。

    エヴァの人類補完計画に対する回答は、まどかというよりも、ほむらの生き方にあったように思いました。予測不能の悪(=魔獣など)に対して、比ゆ的に言えば、完全解決策を提示して、それでメデタシメデタシというのではなく、この混沌とした現世で、闘い続けるという決心にそれを感じました。

    申し訳ないのですが、あの作品を観てから、かなり時間が経ってしまっているので、考察はブレているかもしれません。

    「ナウシカ」はいつかは観ようと思っています。ご助言ありがとうございました。

  • ひふみー said:

    はじめまして
    最近、アニヲタ「ではない」人々の間で、燎原の火が広がるがごとくに
    “まどか”の人気が広がっていくのをひしひしと感じております
    「アニメ」というメディア的“ジャンル”の壁を越える、ひとつの作品としての
    “物語るチカラ”の持つ凄さとでもいうのでしょうか

    >そんな平凡な毎日の繰り返しが実は、MADOKAのように誰にも感謝されずに
    >闘っている「誰か」のおかげだと想像すること、
    >コミュニケーションが本質的に不可能な僕らが抱く、そんな一瞬のロマンチックな
    >非日常的空想へのいざないが、このアニメのもう一つの主題なのではないだろうか。

    これは、物語の最終盤(第12話“Cパート”、主題歌の後のエピローグ部分)で
    表示される、“You are not alone”という、あの英文ですね
    「いまもどこかで誰かが、あなたの為に戦っている。
           だから、あなたはひとりぼっちなんかじゃない」

    ・・・・ちなみに最近ひょんなきっかけから激しく本作にハマってしまい
    その様子を自身のラジオ番組で延々と赤裸々に語ってしまった為に
    大変な話題(ついに聴取率調査週間の特別編成番組を本作のパロディ物に丸ごと変えてしまった!!)になっていた、お笑い芸人おぎやはぎの矢作氏曰く

    「一個言えるのは俺たちがこうやってぇ、あのまあ幸せに?
       平和に暮らしてられるのはぁ、やっぱ全部まどかのおかげなんだよ」

    ・・・との事でw

  • masamune (author) said:

    ひふみーさんへ

    一本気新聞へお越しいただきありがとうございました。
    また、コメントありがとうございます。

    “You are not alone”という歌、矢作さんの発言に関しては全く意識していませんでした。
    ご教授ありがとうございます。

    矢作さんの、「一個言えるのは俺たちがこうやってぇ、あのまあ幸せに?  平和に暮らしてられるのはぁ、やっぱ全部まどかのおかげなんだよ」というセリフですが、この「まどか」を「ご先祖様」に置き換えると、まるで一昔前の日本人が口にしそうな言葉ですね。

    最終話に、まどかの母親が、ほむらの赤いリボンを意識するシーンがありますね。現世に現れた現象の奥には、なにか得体の知れない別世界からの因縁があるというような考え方に惹かれます。
    そう考えると、僕たちが好きなもの、嫌いなものが決して、偶然ではないのではないかというような観念に襲われます。

    一般的に、「まどか☆マギカ」はドイツ文学などの影響下にあるというような論評を多く見かけるのですが、上記のような考えが根底にある、この作品に関して、僕はむしろ、和風な作品ではないかと考えています。

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