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「サマーウォーズ」の綺麗な理想と、その観心地の悪さ

10 8 月 2011 6 Comments

2009年夏の人気作「サマーウォーズ」を観た。
観客動員数は100万人を超え、数々の賞にも輝いた。成功作といっていいのであろう。
確かに、バーチャル世界での戦いを、実社会における親族の絆によって乗り越え、そして勝利をつかむという展開は、斬新でしかも明るい。
アニメーションも綺麗でアトラクティブだ。
しかし、このエントリーではどちらかといえば、ネガティブな話をしてしまうと思うこと、ご容赦下さい。
このアニメは、残念ながら僕にとっては、どこか観心地の悪さを感じるアニメなのである。それでは、この観心地の悪さはどこから来るのであろうか...

主人公の小磯健二は内気の高校生、しかし、数学オリンピック日本代表になれそうな位、数学の天才である。
彼は、同じクラブの先輩である美少女・夏希の田舎の信州・上田に連れて行かれ、親族(陣内家)が集まる旧家に、「恋人」として紹介されるのだ。(右画は陣内家独自の家紋の右向き結び雁金。他に変り六文銭紋も使用。陣内家は真田家をネタ元にしている。)
健二は、ドギマギしながらも、その状況になすすべもなく従い、そして、夜を迎える。
一方、健二はOZという全世界に張り巡らされたバーチャル空間(ちょっと前のセカンドライフが大成功したようなもの)の末端管理者のバイトをしており、その夜に、どこからか来た一通のメールの暗号を解読し、返信してしまうことから、事件に巻き込まれてしまうのである。実は、そのメールはスーパーバイザーのパスワードに関わる暗号だったのだ。
そして次の日、OZが何者かのハッキングによって大混乱に陥り、しかも、自分が容疑者とされていることをテレビのニュースを見て知る。
おそらく、これは近未来の話なのであろう。その時代は、そのOZというバーチャルシステムは、あらゆる管理システム(消防、銀行、自衛隊など)と連動しており、OZ上の混乱は、そのまま実社会の混乱と連動してしまうのだ。
そして、そのハッキングを起こしたAIプログラム(「ラブマシーン」)は、前の日に陣内家にひょっこりと姿を現した夏希の曾祖父の隠し子の侘助がアメリカで作成したのものだったのである。しかも、アメリカ国防省がそのプログラムを実験的にがOZに流してしまったことによって、今回の大混乱が発生していたのだ...

そこで、陣内家は総力を結集して、この「ラブマシーン」を退治するという物語展開になっていくのである。
自分の運命、あるいは彼女の運命がそのまま、世界の危機に直結してしまうような作品をとりあえず、セカイ系と呼ぶのであれば、この「サマーウォーズ」は、親族という中間項が挟まっている分、共同体的セカイ系とでも呼ぶべき作品なのかもしれない。
この作品には、バーチャルな「ラブマシーン」と対決するのに、家に戦国時代から伝わる軍略を参考にするところ、親族がそれぞれの職業を生かして協力していく様など、面白い観点がいくつか観られた。

しかし、近代以降、地縁、血縁といった共同体はどんどん空洞化し、解体され、益々個々人の絆が希薄になっている現代、室町時代から続く旧家という伝統的知恵と絆と、バーチャル世界上で全世界の人々が愛に基づいて連携するという新しい絆の連結によって、世界をAIプログラムという無人格の敵と戦うというストーリーは、図式として極めて綺麗(しかもで誰も傷つかないもの)過ぎるのではないだろうか。僕が冒頭にこのアニメに対して、「明るい」と表現したのは、この綺麗さについてである。

そして、この綺麗さにこそ、僕が、どこか観心地の悪さを感じてしまう元凶のような気もするのである。

例えば、見知らぬ他人が突然、田舎の旧家に紛れ込んだときの居心地の悪さ、そんな状況と同類の感覚は、おそらく現代人であればほぼ等しく共有される感覚だと思われる。
そして、この居心地の悪さはあるヒエラルキーに基づいた見えない抑圧が起こしているものであり、その抑圧から逃れようとする歴史こそが、近代以降、僕らが選んできた歴史であったはずである。
勿論、主人公の健二にも、ずっとその違和感が付いてまわるわけであるが、そんな違和感たっぷりの状態のまま、ハイアーテンションで自体が進行し、結局、親族愛+人類愛の中で、最終的には円満に解決をしてしまう、その強引で、ノッペリした気持ちの悪さが僕にはぬぐえないのである。例えば、最後に、健二と夏希が、キスをしろと、親族一同にはやし立てられる場面があるが、ある意味セクハラ(+善意に満ちたパワハラ)ではないのか。「てんとう虫のサンバ」じゃあるまいし。

あるいは、その他、PCを入力しているとき、他の人たちが多数で覗いているという状況に対する無神経さや、陣内家の家長である夏希の曾祖母・栄の封建的な特権や、完全無欠な性格(を描いてしまうということ)に対する恥じらいの無さが、残念ながら、僕の観心地の悪さを脇から補強していたようにも思えるのである。
おそらく、一方で、目に見える共同体の絆の再構築、そして他方では、バーチャル世界による民族、人種を超えた新しい絆の構築の必要性ということは、日本だけでなく、多くの先進国で共通の理想であることは確かである。
そして、この「サマーウォーズ」では、そういった理想を、前向きな具体例として、提示しようとしているということ評価は出来るのかもしれない。しかし、現実的に、家制度(=地域の既得権益集団的絆)によるスッキリとした問題解決劇はどれだけ、現代人に受け入れられるものなのであろうか。
特に、311以降の現実は、僕らに何事も簡単に片付く問題は無いということ、そして、全ての問題の解決には時間がかかるということ、更に言えば、その間、僕らはダラダラと鈍痛に耐えていかなればならないということなどを僕らに突きつけているのが現代なのだ。

この鈍痛の共有がなければ、残念ながら、今後、どんな作品も綺麗ごとに見えざるを得ない、僕らは、既に、そんな時代に突入してしまったである。
それが、たとえ、子供向けの「ひと夏のファンタジー」であったとしても、である。

まさむね

この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

6 Comments »

  • しんゆう said:

    私もサマーウォーズは見たことがあります。
    最初は特に深く考えず普通に観賞していたのですが、2回目以降から「なんか変だなぁ」と度々思うようになってしまいました。面白い作品ではあるのですが、どこか納得できないといいますか、共感できません。
    それは、まさむねさんがご指摘されるとおりのことで、現代において「家」という意識が薄れているのに、これほど団結した一族風景は、もはや希少としか申せませんし、健二のことにしても仰るとおりだと思います。なので、あまり自分は共感ができませんでした。
    家紋を扱った、という点では素晴らしいと思います。既存の家紋にアレンジを加えてオリジナル感を出し、作中にも度々登場させたのも悪くはありませんでした。
    そこで、たとえば六文銭の由来とかが話されたら、より家紋に興味を抱く人が増えたかも?しれません。

    今は本当に大変な時期です。山積みの課題だらけで、世の中の空気も決してよくありません。
    まさむねさんの影響で自分もアニメを少しずつ見るようになりましたが、今後見たい作品があるとすれば、現実逃避しすぎたものより、先の震災を体験したアニメ作家やスタッフが作った、あるいは題材とした、意味の深い作品を見たいです。

  • よしむね said:

    まさむねさんへ

    「サマーウォーズ」はぼくは二年前に劇場で観ました。「居心地の悪さ」とはさすが言い得て妙ですね。当時ぼくがなんとなく感じていたのは、大家族や村落共同体的なものが登場してきたことに対する違和感のようなものでした。それはぼくにとって経験してきたことではなかったし、そのような先祖返りのような発想やシチュエーションはおよそ逼迫したものとは思えなかったからです。
    バーチャルとリアルが混在するような高揚感を伴った仮想戦闘のシーンなどが受けたのかもしれませんが、当時の鳩山首相も見たというその評判の度合いが今ひとつピンとこなかったことも事実です。おそらく絆や家族愛や共同体のひとまずは勝利!のようなシンプルな図式が受けたのかもしれません。
    いまも一部では「がんばろう東北」「つながろう日本」とか言われていますね。その意味ではある面の日本の今日を予見していたアニメだったとも言えるのかもしれません。すぐれて先駆的だったのかも。特に震災や原発以後、土地や故郷・郷土に対する思いいれが強く浮上してくると予見される今。
    しかし、今後はむしろだらだらとすっきりしない状況が続くというご意見にぼくもまったく同感です。がんばろうではなく、いかにがんばらずにしかし諦めないでやってゆくかこそがこれからはよりリアルになるのではないかと思っています。そういう作品こそがより今日的になってゆくように思えます。

  • masamune (author) said:

    しんゆうさんへ

    こんにちわ。コメントありがとうございました。

    家紋は右向き結び雁金紋のほかにも、変り六文銭紋が登場しますよね。それは鎧にも描かれていますが、家の中の戸にも同様の文様が彫られています。このあたりの細かいところはこのアニメのいいところだと僕は評価しています。アニメは実写に比べると自由度が高いので、書き込もうと思えばそれなりに、描ける世界です。それゆえに、こういったディテイルの積み重ねはそのアニメのクォリティを高めてくれると思いました。

    また、確かに、六文銭の由来とか、あれば、物語により深みが出ますね。おっしゃる通りです。あと、欲を言えば、鳩山首相の家紋は三つ尻合わせ結び雁金(左画)なので、その繋がりで、おばあちゃんが鳩山由紀夫さん(らしき人)に電話するとかの家紋マニアにとってだけわかるようなネタが欲しかったですwwこれは贅沢というものですが。

    アニメは今までもそうですが、今後、日本を代表する文化輸出品になるべき商品という一面もあります。なので、日本人として、時間のあるうちになるべくアニメを沢山観ておこうと思っています。そうすると、逆に「現在の日本人」が分かるのではないかと思っています。
    また、若者が沢山見て、その影響力も大きいので、是非、いろんなことを考えさせてくれるような深い作品を望みます。
    その意味で、しんゆうさんが言われているように、先の震災を体験したアニメーターによる新しい感性のアニメを僕も心から期待しています。

  • masamune (author) said:

    よしむねさんへ

    このアニメは鳩山さんもご覧になったのですね。地域愛や博愛というのが一つのテーマになっていたので、その意味でお似合いなアニメです。
    OZの守り神にジョンとヨーコという鯨が出てくるところなどちょっとクスッとさせられました。

    確かに、震災後、地域の人々の絆というのが大事だということがよく言われます。その通りですね。ただ、僕は地域の旧家の絆を再強化するというよりも、すでにそういった絆とは無縁になってしまった人々の新しい絆は可能かという問題のほうが切迫しているように思っています。
    その意味で、今年の4月から放映された「あの日見た花の名前は誰も知らない。」というアニメでは、小学校の時の同級生達が、失われた絆を、再び取り戻すという話で、コチラのほうが、楽しく見れました。機会があったら、是非、ご覧になってください。

  • 高澤 said:

    サマーウォーズはその絵の美しさで引きこまれる人は多いでしょう。
    たぶん内容的にも我々の世代はターゲット範囲外だろうと思える作品ですね。
    ですから私は、ほとんど内容的に云々するほど気を配って観ていないというのが正直なところです。
    前作の「時をかける少女」も、私はどうということもなかった作品ですが、娘は中学生の時に観て、高校生になった今でもNo.1作品と云っていますから、サマーウォーズも「私の方を向いていない作品」という偏見を持って観てしまったかも知れません。

    私は日本全国を平等に見渡して、このサマーウォーズ的な地縁・血縁(まぁだいぶ誇張された表現で描かれてはいますが)は、まだ大きな存在として残っていると思うし、全国を歩けばそれを感じます。
    都会の中ではとっくに失われてしまっていますが、現代でも青少年は、やはり祭りや、消防団、先輩後輩で繋がった部分は明確に残っていますね。
    ですからここに描かれる関係性は全国的に広く見れば違和感ない人が多いのかなと思います。
    まぁ自分はそう言う世界で生きていなかったので、人と接してそう感じただけで、自分で「われわれ」と一言で言ってしまえない世界がまだたくさんあるなぁと思うだけのことなんですが(^^;

    細田監督は前作でもそうですが、おそらく大林監督の影響を強く受けているでしょうね。
    自由に作れる作品では主人公に同じ世代ばかりを描くことから、彼がその主人公達と同じ世代のころに置いてきた思いがかなり濃密なのであろうということも想像できます。
    私の中で細田監督の評価はまだ定まっていないのですが、大きな可能性を持った人とは思います。
    ただし今までの2作品と違う世界観(少なくとも、現代、日本、世代のどれかは変えて)を描くことが必須であり、今の彼に足りないものは舞台を変えても「細田」である普遍的な視線と奥行きだろうと思います。

  • masamune (author) said:

    高澤先生へ

    コメントありがとうございました。
    自分は細田監督の作品はこの「サマーウォーズ」が初めてでした。「時をかける少女」も近々、見たいと思います。アニメを作家性という視点から見るというのは面白そうですね。宮崎アニメすらろくに観れていないで、それはこれから、徐々に観ていくうちに身につけていきたいと思っています。

    アニメだとどうしても、高校生くらいの男子、あるいは中学生くらいの女子というのが主人公になりがちですよね。それをはずしているという意味で、現クールで放送されている「うさぎドロップ」にちょっと期待しています。

    日本の共同体に関しては、確かに、地方に行けば、まだまだ強いのかもしれないですね。僕は常に外部からの他者なので、その共同体の強さに対して、嫉妬半分、反感半分なのかもしれません。これは大いなる矛盾なのですが、自分は家紋に興味があるというようなことをいいながら、そういった旧来の家制度には現実的につきあうのはしんどい感じです。
    今でも放送されているかどうか知らないのですが、ヨネスケの「隣の晩御飯」というコーナーでは、ヨネスケさんが、土地の顔役みたいな家に最初訪れ、そこからいくつか親類、兄弟の家を回って、その地方の一族の豪華な食卓にお邪魔します。でも、僕は、彼が絶対に行きそうもない、地域社会からこぼれそうな人々(一人暮らしの老人や学生)のほうにどちらかといえば、シンパサイズしてしまいますね。

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