馬鹿で非合理的な人間のいとおしさを描いた「MEMORIES」
1995年の大友克洋監修「MEMORIES」を観た。
このアニメは、「彼女の想いで」「最臭兵器」「大砲の街」の3話のオムニバス形式の作品。それぞれ味のある小気味のいい作品である。
まずは第一話の「彼女の想いで」だが、これは、今から約80年先の未来、宇宙空間にただよう廃棄された宇宙船やら人工衛星やらを回収する業者の話だ。
彼らがある時、キャッチした難破宇宙船からのSOS信号をたどっていくと、そこには、ある天才オペラ歌手の記憶の世界が再現された幻想空間があった。それはまるで、小泉八雲の怪談「耳なし芳一」、あるいは、妖怪・絡新婦(じょろうぐも)、雪女の伝承などをも思わせる。
そして、二人の作業員は、その空間にはまっていく。この話は、あの世の魅力に捕らえられ、迷い込んでしまった人間の話である。





さて、その天才オペラ歌手の記憶が再現した世界は、ある意味、とても居心地のいい夢の世界だ、しかし、それは同時に死に通じる世界でもあった。
「ビューティフルドリーマー」以来(もしかしたら、それ以前から)、多くのアニメはこの「居心地のいい幻想の世界」VS「厳しいがリアルな現実」の選択を視聴者に問う。
そして、その回答の多くは、後者の勝利に終わる。しかし、一方で、その勝利は本当の勝利なのかと問いもどこかに残しておく、そんな結末が多いような気がする。
例えば、80年代の傑作アニメ「ビューティフルドリーマー」において、主人公のアタルは、夢邪気という妖怪によって創造されたラムちゃんの夢の世界、そして自分自身の夢の世界を拒絶して、現実に戻ろうとするのであるが、戻ってきた現実世界にもその夢邪気が居るというオチで終わる。つまり、この現実ももしかしたら夢かもしれないという問いを残して終わるわけである。
また、90年代の代表作・「新世紀エヴァンゲリオン」1997年劇場版における最後のシンジとアスカだけになったシーンでは、最終的に二人だけが、人類補完計画という幻想の外の世界に残されたわけであるが、その結末は決して幸せな現実とはいえなかった。シンジはたった一人残った他者・アスカに「気持ち悪い」と言われてしまうのだから。
さらにいえば、ゼロ年代のヒット作・涼宮ハルヒシリーズの劇場版「涼宮ハルヒの消失」でも、キョンは長門有希が作り出した平穏無事な幻想世界を拒絶して元の世界に戻ろうとする。そこに、ハルヒに振り回される現実が待っているということを知っているにも関わらずである。
つまり、これらを見てもわかるように、多くの傑作アニメにおいて、劇中の主人公達は最終的には現実の方を選んできたわけであるが、作者によるメッセージのレベルでは、それが一方が正しい選択であったという断定はされてこなかったように思うのである。
そして、おそらく、この「彼女の想いで」もそんな系譜の上にある作品である。
最後に、幻想世界の磁場から抜け出した作業員の一人・ハインツは、宇宙空間を漂う。しかし、その現実世界は決して安堵の姿ではない。むしろ絶望的な姿ですらあるのだ。そこで彼は、周りにただよう薔薇の花びらをにフッと息を吹きかけるが、すると、花びらはヒラリと舞う。つまり、今までそのハインツが観てきた幻想空間は、もしかしたら現実だったのかもしれないということが暗示されるオチとなっているのだ。
しかも、自分が置いてきた幻想の塊である宇宙船は薔薇の形をして、宇宙空間に浮かぶ。その廃墟のなんと美しいことか。
そういえば、この作品は今敏さんが脚本を担当されている。この方も「パプリカ」「千年女優」見る限り、現実と幻想の狭間の世界を描くことに長けた監督である。





第二話の「最臭兵器」は、壮大なブラックユーモアだ。
ある謎のカプセル状の薬を、風邪薬と間違えて飲んでしまった男が、その副作用で発してしまう「臭いガス」が周囲の人間をどんどん殺していく。しかし、彼はその自覚は無い。それどころか、その薬は、製薬会社が防衛庁から依頼されて製造していた秘薬だったため、男は、その資料を上司に届けようと、工場のある山梨から必死に東京に向ってしまう。
一方、政府としては、なんとかその男を高尾あたりで阻止しないと、大惨事になってしまう、どうしようか、という話である。
ある意味、日本のサラリーマンの愚直なまでの忠誠心を描いた作品とみれなくもないが、見所は、警察、自衛隊の空軍、海軍、戦車部隊、米軍などが総力を結集して、その男一人の動きを阻止しようとするそのスペクタクルにある。
しかし、結局、男はなんだかんだと言いながら、防衛庁までたどり着いてしまうのだ。
さて、「AKIRA」もそうであるが、僕は大友克洋が描きたいものの一つに、破壊の楽しさと、破壊そのものが持っているある種の「美」があるのではないかと思っている。その意味では「MEMORIES」三部作においては、「最臭兵器」にそれが最も顕著に表現されている。
最後の第三話「大砲の街」。これは大友克洋が監督、原作、脚本、キャラクター原案、美術などこなしている。その意味で、この三部作の中でも最も大友らしい作品ということが言えるかもしれない。
大砲を撃つことだけに機能を集約したある町の一日を、その中の一家族(父親、母親、息子)を中心に描いている。特にストーリーがあるわけではない。





しかし、この話には面白い設定がされている。その町の人々は、誰と何のために闘っているのかを知らないのだ。しかし、個々人が大砲を撃つというただそれだけのための歯車となって動くのである。
その晩、息子は父親に尋ねる。
息子:ねぇ、お父さん、あのさ、一体お父さん達ってどこと戦争しているの?
父親:そんなことは大人になれば、わかる。寝なさい。
息子:は~い。
そして、息子は「僕は大きくなったら、砲撃手になるんだ。お父さんみたいに装填手じゃなくて」と言って、騎士の写真に最敬礼をして寝てしまう。
そこには疑問も不満も無い。その町の大人たちはただ、毎日、同じように大砲を打ちつづける、そして子供達は、大人になって大砲を撃つために勉強する、そんな日々の中のほんの一日が、ここには描かれているのである。
この「大砲の街」という寓話に、日常に埋没した人間の滑稽さを見出すことも可能かもしれない。あるいは、戦争というものの無意味さを読み取ることも出来るかもしれない。
しかし、おそらく、そんな「意味」を考えること以上に、この「大砲の街」はそのアニメーションの素晴らしさに、ただ釘付けになることだけを要求しているアニメとして観るべきなのだろう。
もちろん、微細なところまで描きこまれた大友克洋らしいスチームとメーターが満載のアナクロなメカ、東欧を思わせる重厚な街並みも素晴らしいが、そこに描かれている人間達の魅力も捨てがたい。
大勢の装填手が大きな弾を筒に込める。
準備が出来ると、彼らは走って、その場から退避する。
それを特別の装いの砲撃手が弾を撃つ。
そして、昼飯の時間となり、みんなが一斉に飯を食う...
誤解を恐れずにいえば、このようにアリのように機械的に動く人々のなんと美しいことか(逆に言えば、一人ひとりの人物はなんとも滑稽で醜いのに)。
さらに言えば、彼らの、なんといとおしいことか。
その意味で、このアニメは戦後の教育が教えてきた個性の対極にある没個性の、あるいは自由の対極にある強制の究極実現世界をポジティブに描いた作品ということが言えるのかもしれない。
それにしても、この「MEMORIES」三部作を観て改めて思ったことであるが、人間という生き物は何故、永遠などないと分かっていながら永遠を残そうとするのだろうか、せっかく作り上げたものを破壊してしまうのだろうか、そして、経済合理的には損だと分かっていながら戦争などしてしまうだろうのか。
この「MEMORIES」は、第一話の「彼女の想いで」では永遠の廃墟に、第二話の「最臭兵器」では壮大な破壊に、そして第三話の「大砲の街」では没個性的な集団の動きに、それぞれ、活発な現実、豊かな創造、自由な個性といった、いわゆる前向きな価値とは逆側にある、敢えて言えば、馬鹿な部分にこそ顕現する「美」を描こうとしているのではないかというのが僕の仮説である。
おそらく、どんなに科学が発展し、社会から不条理が排除され、人々が民主的、合理的になったとしても、そういった人間の馬鹿な部分に対する憧憬は残るに違いない。
そして、少なくとも、僕らはそういった「人間が生み出した馬鹿な部分を、たまには楽しみたいがためにアニメを観る」という面もあるということだけは確かなように思われる。
まさむね
この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。





こんばんは。ツイッターのほうから失礼します。
今回の作品チョイスはいつもに増して良いですね!
自分がMEMORISEを初めて見たのは中学一年のころでしたが、この作品を見てからアニメを”単なる娯楽”ではないと悟るようになり、同じ傾向の作品を見るようになりました。
大友氏は、過去にも「工事中止命令」というアニメにおいても痛烈な人間風刺をしていました。そう考えると、いつの時代もアニメの役割というのはこのMEMORISE内の3つのストーリーにあるものが中核となっているように思えます。
鈴木書生さんへ
一本気新聞にお越しいただきありがとうございました。
「MEMORIES」というのはいい意味でアンバランスですね。
確かに娯楽として収まりきらないものがあります。
特に3つ目の「大砲の街」は、それがチャップリン的な風刺のようにも見えますが、ただ、集団で動く人間とアナログな機械の動きの美しさを描くためだけの作品のようにも見えます。不思議な作品です。
「工事中止命令」は未見です。是非、観てみたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
こんにちは
「工事中止命令」は同じような3部作『迷宮物語』の中の一作ですが
この『MEMORIES』に入っていてもいいような作品ですね。
『迷宮物語』はあの時代では本当に衝撃的な作品でしたが、
その中の「ラビリンス*ラビリントス」は大好きです。
『MEMORIES』は大友ワールド満載という作品ですが、
それぞれスタッフが違って面白いですね。
作画を小原秀一さんが担当した「大砲の街」は大友風のキャラデザインでは
あの何とも言えない味が出なかったでしょうね。
我々日本人も何も知らない生活をして、平和を熱望していても
多分、世界のどこかで人を殺す大砲の発射に荷担はしているのでしょう。
滑稽であるけどそれが大部分の人間の普通の人生に違いありません。
どうせ大砲を撃つなら、その意味を知らない方がきっと幸せでしょう。
ただ彼等の一様に生気のない顔色こそがこの作品の主題のようにも感じます。
高澤先生へ
こんにちわ。
『迷宮物語』は、近々見たいと思います。
僕は「MEMORIES」の中では「大砲の街」が一番、印象に残った作品です。
確かに、キャラは大友っぽくないところがユニークな味をだしていますね。
「大砲の街」の淡々としたタッチは、その奥の意味を考えると面白いですね。ルーチンで大砲を撃ち続ける彼らの生気のない顔色が主題というのは卓見だと思います。
でも、一方で自分はそんな彼らの儀式的な動きに倒錯的な美しさを感じてしまいました。そこがまたやっかいなところでもあるのですが。
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