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「迷宮物語」 よくわからないものを魅せる余裕と観る懐の深さ

11 9 月 2011 4 Comments

1987年に公開された「迷宮物語」を観た。
これは、「ラビリンス*ラビリントス」、「走る男」、「工事中止命令」という三話のオムニバス形式のアニメであるが、第二話の「走る男」と第三話の「浩二中止命令」が、第一話の「ラビリンス*ラビリントス」の中で上映されるという、いわば劇中劇の構成をしている。

実は、僕はこのアニメを観た夜、久しぶりに何かに追い立てられる嫌な夢を観た。最近は、毎日のようにアニメを観ているのだが、こういった悪夢と出会うことはなかった。
それだけ、この「迷宮物語」は視聴者の無意識に働きかける「何か」が強いということだろうか。確定的なことが言えるわけではないが、朝起きて、そんなことを考えた。

この「迷宮物語」が怖いのは、第一話の「ラビリンス*ラビリントス」(りんたろう監督j)の構成(それと絵)ではないかと僕は考えた。以下、簡単な流れである。

最初、どこか東南アジアのヒンドゥー遺跡を思わせる大きな口の中に入っていく。
次にサーカス小屋に入っていく。
そこは、台所で、母親が夕食の支度をしているところに少女が居る。
その少女は猫とかくれんぼをしていて、猫を大きな時計の中に見つける...


そんな展開で始まる、この「ラビリンス*ラビリントス」。どこからが現実でどこからが虚構なのかが全くわからない。それがまず怖い。そして...

ある部屋に入る。そこには古い玩具がたくさんある。
部屋の中の鏡の中に入る。
その世界にはピエロが居て、ある所に誘導する。
昭和30年代を思わせる、木の塀に囲まれた細い路地をどんどん曲がりながら進んでいく。
缶蹴りの缶がどこからか転がってくる。
幽霊のような人々が沢山いる。
そして、ピエロがサーカス小屋に誘導する。
そこで、幕が開き、第二話の「走る男」と第三話の「工事中止命令」が上映される。
最後、それが終わると、サーカスは花火に包まれ、祭りのような雰囲気になる。
再び、ピエロに誘導され、何かわからない人々、動物達と一緒に隊列を組んで進む。
そして、最それらの光景が、猫と一緒に観ていた画面の中の出来事だということがわかるが、猫と画面と一緒に宇宙を飛んでいる。
最後、最初に出てきた遺跡の大きな口が閉じる...

何が怖いって、次々と「入っていく場所」がどこかよくわからないこと、そしてそこに起きる現象の脈略がないことだ。

いくら怖い物体(幽霊やモンスター等)が出てきたとしても、それが、なんらかの理由で登場するのであれば、僕はそれほど怖くは無い。
しかし、唐突に理屈も無く、場面が変り、予想もしなかった事態になるというのは怖いものだ。
しかも、結局、戻って来くる場所、つまり視聴者がとりあえず安心できる場所には帰らぬままに終わってしまう。
その宙吊り状態にされることが怖かったに違いない。

そういえば、かつては、子供が夜遅くまで遊んでいると、「サーカスやチンドン屋に連れて行かれる」から家に入りなさいと言われたものだ。
サーカスというのは、楽しい一方でどこか、子供達の不安を掻き立てる暗い部分を持っている。それはプロレスだってそうだ。自分達の知らない異界からやって来て、またどこかへ去っていく異形の人々。平地の民である僕らは、そんな異形に対して、言い知れぬ恐怖を持っているのだ。

もしかしたら、「ラビリンス*ラビリントス」は、そんな、僕の心の奥にあった恐怖心を呼び覚す作品だったのかもしれない。まるで、寺山修司の世界だ。あ~怖かった。

さて、劇中劇である「第二話」の「走る男」は、カーレースにどうしても勝ちたい男がプレッシャーの中で、マシンと一体になって、ひたすら壊れるまで走り続けるという話である。究極の欲望が人間を機械にしてしまうという話という話として僕は観た。

「第三話」の「工事中止命令」は、大友克洋っぽい作画。熱帯雨林でロボットだけが働くプラントを中止させるために乗り込んだ日本人の本社・商社マンがそこに出向くが、日に日にロボット達が狂っていくという話である。
毎日の朝食が段々壊れていくところが秀逸だ。
「MEMORIS」の第二話「最臭兵器」と近い一ネタが肥大していくという展開は、単純で面白い。

それにしても、「走る男」「工事中止命令」と比較してみても、「ラビリンス*ラビリントス」は、よくわからないが、凄いし、怖い。

おそらく、まだ1987年には、「よくわからない」ものを視聴者に魅せる余裕があったのだ。
そして、あの時代、視聴者にも「よくわからない」ものを鑑賞するだけの懐の深さがあったのかもしれない。
よくわからないが。

まさむね

この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。

4 Comments »

  • ARK said:

    上映された当時観ましたが、特に『工事中止命令』が大好きです。
    今思うと手塚臭がするな、とは思いますが、先日改めてDVDを購入して観たのですが、やはり『大友作品』であることに間違いはなかったです。
    でも、大友氏がやはり手塚氏に大きく影響され、また尊敬しているのだな、と思わせる作品だと思いました。

  • masamune (author) said:

    ARKさんへ

    こんばんわ。
    手塚さんに関しては、自分は手塚さんで育ったと言っても過言ではないくらい好きだったです。

    「工事中止命令」は、絵が本当に凄いですね。ジャングルの蒸し暑さと、彼のイライラが手をとるようにが伝わってきます。
    老人Zと同じように日本人の元気があったバブル時代の作品っぽくて、好きな反面、ちょっと反省もさせられるところもありますね。

  • 高澤 said:

    こんにちは。

    そういえば手塚先生も逆に大友克洋に大いに影響を受けてますね。
    手塚氏はやはり子供文化の中で育まれた方でしたので、はじめから大人向けでスタートした大友氏とは、マンガ&アニメ文化が発達してゆく上で色々な面で影響し合ったでしょう。

    この作品ではやはり第一話の「ラビリンス*ラビリントス」が秀逸です。
    大人になって、こんなに深層心理に入り込んでくる創作物は初体験でした。
    不安で、恐ろしく、しかも懐かしさや優しさまで感じてしまう。
    絵画で云えばキリコの「通りの神秘の憂鬱」や「不安なミューズ」のようです。

    りんたろう氏はあの伝説の『白蛇伝』からアニメに携わっているアニメ界の大老ですが、手塚と大友の才能を直に体現している方ですので、お二人の比較論を聞いてみたいですね。

    私は創作物を見る時にまず一番大切にしているのは、まず理屈抜きで入っていけるかというところなんですが、「ラビリンス*ラビリントス」は入るどころではなく、自分の中を覗かされてる感覚になりました。

    最初に入り込めないものは論理的に考えても、きっと納得はしないし無駄なこと、と思ってしまいます。
    でもたまに、こうして理屈抜きにすごい作品に出会うと、それ以上はもったいなくて考えたくないなと思ってしまいます。
    受け取り方が間違っていたり、酷い時には登場する電車を車と勘違いするようなことがあっても、もう最初のインパクトのまま残してしまった方が良いと考えています。

    第二話、第三話とも良い作品と思いますが、やっぱり導入する「ラビリンス*ラビリントス」がすべてを包み込んでしまっている(そういう構成ですけど)と感じます。

  • masamune (author) said:

    高澤先生へ

    こんにちわ。
    「ラビリンス*ラビリントス」は、どこからあんな発想が出てくるのかという感じの凄い作品ですね。仰る通り、理屈抜きに凄い。

    僕は個人的にあの木の塀で囲まれた迷路のような通りをピエロが誘導するシーンが怖くもあり、懐かしくもあります。裸電球とか郵便ポストとかあったりして。

    もう晩年に近い頃になってしまいますが、手塚さんは大友さんの出現が大変ショックだったようですね。
    手塚さんは大家になっても、大家らしくなく若手に嫉妬したり、競走心を持ったりするところが面白いですね。

    そんな話を聞いたことがあります。

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