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七宝紋 -仏教の加護の願いをこの紋に込める -大岡忠相、上田秋成、野村万作...

22 12 月 2011 No Comment


七宝とは、仏教でいうところの七つの宝。仏教の加護の願いをこの紋に込める。
宇多源氏佐々木氏族に多い。
島根県、滋賀県、鳥取県、福井県、石川県、愛媛県、高知県などで比較的多く見られる。

使用している有名人は以下。

七宝紋と同系統の輪違い紋の有名人にご興味のある方はコチラをご覧下さい。


小堀遠州 。1579年 - 1647年3月12日、 茶人、建築家、作庭家。
小堀正次(近江国坂田郡小堀村の土豪)の長男。豊臣秀吉徳川家康に仕えて、出世し、備中松山藩2代藩主、のち近江小室藩初代藩主となる。茶は古田織部に学び、三大茶人の一人として数えられるようになる。茶道遠州流の祖。家紋は輪違いに花菱紋。


大岡忠相 。1677年 - 1752年2月3日、 幕臣・大名。
旗本(1700石)・大岡忠高の四男。母は北条氏重の娘。大岡忠世家の当主で西大平藩初代藩主。 徳川吉宗が進めた享保改革を町奉行として支える。『大岡政談』では名奉行として名高い。家紋は大岡七宝紋。画像は谷中・瑞輪寺の大岡家の墓所にて撮影。


上田秋成 。1734年7月25日 - 1809年8月8日、 読本作者。
大坂曾根崎に、松尾ヲサキの私生児として生まれる。父は確かでない。紙油商嶋屋、上田茂助の養子となり、仙次郎と呼ばれた。賀茂真淵一門の国学者、加藤宇万伎に師事した。怪異小説「雨月物語」の作者として特に知られる。家紋は七宝に花菱紋。


梁川星巌 。1789年7月10日 - 1858年10月8日、 漢詩人。
美濃国安八郡出身。郷士の子。読みは、やながわせいがん。妻・紅蘭とともに全国を周遊し、梅田雲浜頼三樹三郎吉田松陰橋本左内らと交流を持ったため、安政の大獄の捕縛対象者となるも直前に亡くなる。家紋の七宝に花菱紋は霊山墓地にて撮影。


石川七財 。1828年4月8日 - 1882年7月30日、 実業家。
土佐藩出身。読みは、いしかわしちざい。下級武士の子。藩の下横目となり岩崎弥太郎の内偵を命じられるが、維新後、九十九商会入社、その後三菱汽船管事となり三菱の海運部門を指揮。後に日銀総裁も務める。家紋は七宝に花菱。画像は谷中霊園にて撮影。


前原一誠 。1834年4月28日 - 1876年12月3日、 志士。
長門国土原村出身。長州藩士・佐世彦七の長男。松下村塾に入門。長州征伐/戊辰戦争で活躍。維新後、徴兵令に反対し木戸孝允等と対立。帰郷して萩の乱を起こすが鎮圧される。家紋の中陰七宝四方花菱紋。前原一誠所用陣笠より参照。


宮城浩蔵 。1852年6月2日 - 1893年2月13日、 刑法学者。
出羽国出身。天童藩士の子。読みは、みやぎこうぞう。上京し、箕作麟祥の共学社に入る。仏刑法理論の新古典派・折衷主義を日本に紹介。岸本辰雄矢代操と共に明治法律学校(明治大学)を創設した。家紋は花輪違い。画像は谷中霊園にて撮影。


石渡敏一 。1859年10月 - 1937年11月18日、 官僚、政治家。
江戸出身。読みは、いしわたりびんいち。政治家・石渡荘太郎の父。大審院検事、民事局長、司法次官を経て第一次西園寺公望内閣の内閣書記官長を務めた。学校法人日本大学第一学園の創立の功労者。家紋の七宝に蔦紋は多磨霊園の墓所にて撮影。


新渡戸稲造 。1862年9月1日 - 1933年10月15日、 教育者。
岩手県盛岡市出身。盛岡藩士 新渡戸十次郎の三男。 国際連盟事務次長。著書『武士道』は日本紹介の書として広く海外で読まれた。旧五千円札の肖像となる。家紋は真向き月に星紋(定紋)と持ち合い四つ菱形七宝紋。画像は多磨霊園の墓所にて撮影。


添田寿一 。1864年9月15日 - 1929年7月4日、 財政家・経済学者。
筑前国遠賀郡広渡村出身。職人の子。読みは、そえだじゅいち。近代日本における財政確立の功労者の一人であるとともに経済学の教育・普及に尽力。日本法律学校(現日本大学)の設立に加わった。家紋は七宝に花菱紋。画像は青山霊園の墓所にて撮影。


秋山雅之介 。1866年1月23日 - 1937年4月11日、 官僚。
安芸出身。外務省、陸軍省、法制局などの参事官を歴任。ワシントンの万国赤十字社総会などに政府委員として出席。青島(チンタオ)守備軍民政長官。退官後、法政大学学長をつとめた。著作に「国際公法」。家紋は七宝に花菱紋。画像は青山霊園にて撮影。


福来友吉 。1869年12月5日 - 1952年3月13日、 心理学者。
岐阜県高山市出身。商家の子。読みは、ふくらいともきち。催眠心理学を研究し、「催眠術の心理学的研究」で文学博士号を授与される。御船千鶴子に対して、千里眼実験を行う。晩年はオカルト的精神研究を行なった。家紋の七宝紋は墓所写真にて確認。


戸川秋骨 。1871年2月7日 - 1939年7月9日、 評論家、文学者。
肥後国玉名郡岩崎村に生まれた。父は熊本藩の支藩高瀬藩の藩士。読みは、とがわしゅうこつ。『文学界』の同人となり寄稿。日本野鳥の会発足の発起人を務める。代表作は『エマスン論文集』。家紋は七宝に花菱紋。画像は多磨霊園の墓所にて撮影。


中村吉蔵 。1877年5月15日 - 1941年12月24日、 劇作家。
島根県生まれ。イプセンの影響を受け春雨と号して新社会劇団を主宰の後、藝術座の島村抱月に招かれて戯曲「剃刀」などを書く。1920年に「井伊大老の死」を歌舞伎座で上演。歴史劇を書くようになる。家紋は七宝に井桁紋。画像は豪徳寺にて撮影。


山村暮鳥 。1884年1月10日 - 1924年12月8日、 詩人。
群馬県西群馬郡出身。読みは、やまむらぼちょう。本名は、土田八九十。萩原朔太郎、室生犀星と、詩、宗教、音楽の研究を目的とする「にんぎょ詩社」を設立。代表詩集は「雲」。家紋の七宝に花菱紋は、水戸の江林寺墓地内の墓所写真にて確認。


佐々紅華 。1886年7月15日 - 1961年1月18日、 作曲家。
東京都台東区出生。本名は佐々一郎。読みは、さっさこうか。妻は元・浅草オペラの歌手・高井ルビー。日本ビクターや日本コロムビアで作曲活動を行う。代表作は『笑い薬』『君恋し』等。家紋は七宝に隅立て四つ目結紋。画像は谷中・妙雲寺にて撮影。


犬丸徹三 。1887年6月8日 - 1981年4月9日、 実業家。
石川県能美郡根上村出身。犬丸六右衛門の長男。上海、ロンドン、ニューヨークのホテル勤務を経て、帝国ホテル入社。副支配人、常務、代表取締役、専務等を経て、社長となる。バイキングを考案する。家紋は七宝紋。画像は青山霊園の墓所にて撮影。


江戸川乱歩 。1894年10月21日 - 1965年7月28日、 推理作家。
三重県名賀郡出身。本名は平井太郎。読みは、えどがわらんぽ。祖先は伊豆伊東の郷士。祖父の代まで津藩士。代表作は『怪人二十面相』『人間椅子』『黄金仮面』など。日本推理作家協会初代理事長。家紋は七宝に二つ算木紋。画像は多磨霊園にて撮影。


愛知揆一 。1907年10月10日 - 1973年11月23日、 政治家。
宮城県仙台市出身。祖父・信元は徳川慶喜の小姓であった。法務大臣、文部大臣及び科学技術庁長官、内閣官房長官、外務大臣、大蔵大臣を歴任。環境庁長官、防衛庁長官の愛知和男は女婿で後継者。家紋は七宝に蔦紋。画像は雑司ヶ谷霊園の墓所にて撮影。


大山倍達 。1923年7月27日 - 1994年4月26日、 武道家・空手家。
本名は同じ。旧名は崔永宜。韓国全羅北道出身。国際空手道連盟総裁・極真会館館長。劇画『空手バカ一代』でも主人公として取り上げられた。極真会館のシンボル、観空マークは創作紋だが広い意味で輪違い紋と解釈。画像は護国寺の墓所にて撮影。


野村万作 。1931年6月22日 - 、 狂言師。
六世野村万蔵(人間国宝)の次男、3歳で初舞台を踏む。芸術祭大賞、日本芸術院賞、紫綬褒章を受賞。人間国宝。昭和40年代、ネスカフェの「違いの分かる男」のCMでお茶の間に認知された。家紋は上り藤に七宝に花角紋。青山霊園の野村家墓所にて撮影。


堀ちえみ 。1967年2月15日 - 、 タレント。
大阪府堺市東区出身。本名は、尼子智栄美。ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝をきっかけとして芸能界入り。1980年代の大映ドラマ『スチュワーデス物語』『スタア誕生』『花嫁衣裳は誰が着る』等に主演。家紋の丸に花輪違い紋は、自身のブログ記事より。

有名人の家紋索引(あ行~さ行) (た行~わ行)
まさむね

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