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茗荷紋 -謎の神・摩多羅神のシンボル- 三島由紀夫、水木しげる、北野武...

23 12 月 2011 3 Comments


茗荷は摩多羅神という神のシンボルである。

それでは、この摩多羅神とはどういった神なのか?
最澄が唐から帰って来た時に、勝手に守護神としてついてきた神と言われている。憤怒の神、性の神、食人の神などといろいろな説があるが、実はよくわかっていない。
ただ、不道徳と混沌の匂いがする事は確かだ。
それなのに、出雲大社、比叡山・延暦寺、日光東照宮など、名立たる日本の寺社で祭られている。

まったく不思議な存在である。
茗荷を食べると物忘れが激しくなるというが、日本人全部が、この茗荷のシンボル・摩多羅神のことを忘れてしまったということなのか。

茗荷を家紋にしている人々は心のどこかに忘れてしまった神、摩多羅神を宿しているのかもしれない。

全国では12位。岡山県と鹿児島県では5位、富山県、兵庫県では6位。一番少ない山梨県、山形県でも17位。

茗荷紋の有名人は以下。


稲垣長茂 。1539年 - 1612年11月14日、 武将・大名。
稲垣重宗の長男。上野伊勢崎藩初代藩主。志摩鳥羽藩稲垣家初代。戦国大名今川氏に属して、松平氏(徳川氏)を圧迫し、桶狭間の戦い後も今川氏のため徳川家康軍と交戦したが、やがて家康に恭順し武功をあげる。家紋は稲垣茗荷紋。


堀尾吉晴 。1544年 - 1611年7月26日、 武将・大名。
尾張国上四郡の守護代・織田信安に仕えた堀尾泰晴の嫡男。豊臣政権三中老の一人。関ヶ原の戦いでは東軍に与し出雲富田24万石に加増移封された。出雲松江藩の初代藩主。松江城を建造した。家紋は抱き茗荷。墓には六つ目結紋、分銅紋がある。


山本常朝 。1659年7月30日 - 1719年11月21日、 佐賀藩士。
佐賀藩士・山本神右衛門重澄の次男として生まれる。通称・神右衛門。江戸時代の武士、『葉隠』の口述者として知られる。墓所は佐賀市の八戸龍雲寺。常朝近くの山本家の家紋が抱き茗荷紋だったため、暫定的に山本家の家紋も茗荷紋と判断。


喜多川歌麿 。1753年 - 1806年10月31日、 浮世絵師。
出生地は江戸市中、あるいは京、大坂、栃木、川越と諸説がある。版元の蔦屋重三郎の援助を得て「当時全盛美人揃」「娘日時計」「北国五色墨」「三美人図」「更衣美人図」など優れた大首半身物の美人画を刊行。家紋は丸に抱き茗荷紋。


松方正義 。1835年3月23日 - 1924年7月2日、 薩摩藩士、政治家。
薩摩国出身。第4代、6代内閣総理大臣。大蔵卿時、緊縮財政を行い深刻なデフレ(松方デフレ)を招く。私生活では26子を儲け、長與專齋岩崎家、山本権兵衛森村市左衛門等と婚姻関係を結ぶ。家紋は抱き菊の葉に抱き茗荷紋(青山霊園)の茗荷部分。


桐野利秋 。1838年12月 - 1877年9月24日、 薩摩藩士。
鹿児島郡吉野村字実方で城下士の中村与右衛門の第三子として出生。小松帯刀ら藩の重臣から重用され、薩長両藩の親和のために奔走。明治六年の政変で西郷隆盛が下野するや辞表を提出して帰郷。西南戦争にて戦死。家紋は抱き茗荷に桔梗。


稲垣千頴 。1845年 - 1913年2月9日、 作詞家。
武蔵国の士族の家に出生。読みは、いながきちかい。東京師範学校教員の傍ら、手がけた訳詞・作詞には「ちょうちょ(2番)」「君が代(2番)」「蛍の光」「美しき」「見わたせば」等がある。家紋は大割り抱き茗荷紋。画像は谷中霊園の墓所にて撮影。


塚本勝嘉 。1847年12月27日 - 1912年1月15日、 陸軍軍人。
大垣藩士・井道住右衛門の三男。同藩士・塚本勝茂の養子となる。読みは、つかもとかつよし。戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争に出征。男爵を叙爵し華族となる。最終階級は陸軍中将。家紋の抱き茗荷紋は、「華族家系大成」による。


大浦兼武 。1850年6月15日 - 1918年9月30日、 武士、政治家。
薩摩藩主島津家の分家・宮之城島津家家臣の家柄。読みは、おおうらかねたけ。戊辰戦争では薩摩軍に所属し奥羽方面に出征。内閣の農商務大臣・内務大臣、大隈内閣の農商務大臣・内務大臣を歴任。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は青山霊園にて撮影。


石本新六 。1854年2月17日 - 1912年4月2日、 陸軍軍人。
姫路藩士・石本勝左衛門為延の六男。読みは、いしもとしんろく。日露戦争時には陸軍次官として寺内正毅陸相を支えた。薩長閥以外で初めての陸軍大臣に就任(第2次西園寺公望内閣)。最終階級は陸軍中将。家紋は抱き茗荷紋。画像は天王寺墓地にて。


三須宗太郎 。1855年9月16日 - 1921年12月24日、 海軍軍人。
彦根藩士・三須熊次郎の長男。読みは、みすさんたろう。日露戦争時は東郷平八郎率いる連合艦隊の一員として対馬沖にロシアのバルチック艦隊を迎え撃ちT字戦法を敢行。軍令部次長。舞鶴鎮守府長官を経て海軍大将となる。画像は青山霊園の墓所にて撮影。


牧野富太郎 。1862年5月22日 - 1957年1月18日、 植物学者。
土佐国佐川村の裕福な商家に出生。命名した植物は2500種以上、自らの新種発見も600種余りとされる。25歳で、津村順天堂の協力を得て『植物研究雑誌』を創刊。誕生日は「植物学の日」に制定された。家紋は抱き茗荷紋。画像は天王寺墓地にて撮影。


伊藤左千夫 。1864年9月18日 - 1913年7月30日、 歌人、小説家。
上総国武射郡殿台村の農家出身。本名は幸次郎。正岡子規に師事。子規の没後、根岸短歌会系歌人をまとめ、短歌雑誌『アララギ』の中心となって斉藤茂吉平福百穂等を育成。代表作は『野菊の墓』『隣の嫁』等。画像は亀戸・普門院の墓所にて撮影。


河合操 。1864年10月26日 - 1941年10月11日、 陸軍軍人。
豊後国出身。杵築藩士の二男。台湾総督府参謀、陸大教官、ドイツ駐在、大本営参謀を歴任した後、日露戦争では、満洲軍参謀として出征した。最終階級は陸軍大将。除隊後、枢密顧問官を務めた。家紋は抱き茗荷紋。画像は青山霊園の墓所にて撮影。


横川省三 。1865年4月28日 - 1904年4月21日、 新聞記者。
南部盛岡藩の出身。若い頃は自由民権運動に携わり、加波山事件では投獄される。朝日新聞記者として千島列島探検隊の特派員となったり、日清戦争の従軍記者として取材、報道を行う。家紋は抱き茗荷紋。画像は青山霊園の墓所にて撮影。


町田経宇 。1865年10月22日 - 1939年1月10日、 陸軍軍人。
薩摩国日置郡出身。井尻家に生まれ領事・町田実一の養嗣子となる。読みは、まちだけいう。日露戦争時は第4軍参謀。その後、歩兵旅団長、支那公使館付武官、参謀本部部長を歴任。最終階級は陸軍大将。家紋は抱き茗荷紋。画像は青山霊園にて撮影。


岡田啓介 。1868年2月13日 - 1952年10月17日、 海軍軍人。
福井藩士・岡田喜藤太の長男。読みは、おかだけいすけ。第31代内閣総理大臣時に二・二六事件で襲撃を受けるが女中部屋の押入に隠れ難を免れるも、直後、内閣を総辞職。最終階級は海軍大将。家紋は大割り抱き茗荷。多磨霊園の墓所にて撮影。


秋山真之 。1868年4月12日 - 1918年2月4日、 海軍軍人。
松山城下出身。父は旧松山藩下級武士の秋山久敬。日露戦争では連合艦隊司令長官東郷平八郎の下で作戦参謀として日本海海戦の勝利に貢献。最終階級は海軍中将。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』の主人公としても有名。家紋は抱き茗荷紋。


志賀潔 。1871年2月7日 - 1957年1月25日、 医学者・細菌学者。
仙台藩・陸前国宮城郡仙台に、仙台藩士の子として出生。姓は佐藤。母親の実家・志賀家の養子となり、名も潔と改めた。志賀家は、仙台藩の藩医の家柄。北里柴三郎に師事し赤痢菌を発見。家紋は環に花茗荷紋。画像は仙台輪王寺にて撮影。


出口王仁三郎 。1871年8月27日 - 1948年1月19日、 宗教家。
京都府亀岡市出身。読みは、でぐちおにさぶろう。大本教の教祖の一人。尊称は「聖師」。生家は農家の上田家。出口家の入り婿となり名前を出口王仁三郎とする。出口家の家紋は抱き茗荷。上田家の家紋は丸に十字。大本教の神紋は十曜紋。


木見金治郎 。1878年6月24日 - 1951年1月7日、 将棋棋士。
岡山県児島郡出身。読みは、きみきんじろう。関根金次郎十三世名人門下としてプロ棋士となる。坂田三吉のライバル。関西棋界の大御所として人望を集めた。弟子には、升田幸三大山康晴などがいる。家紋は丸に抱き茗荷紋。墓所写真にて確認。


森田草平 。1881年3月19日 - 1949年12月14日、 作家・翻訳家。
岐阜県方県郡鷺山村出身。本名森田米松。夏目漱石の門下生だったが私生活での不祥事が多かったという。代表作は『吉良家の人々』『細川ガラシヤ夫人』。翻訳は『カラマゾフ兄弟』『アンナ・カレニナ』等。家紋は抱き茗荷。画像は多磨霊園にて撮影。


倉橋惣三 。1882年12月28日 - 1955年4月21日、 児童心理学者。
静岡県鷹匠町出身。小学校以降は東京で育つ。形式化した明治以来のフレーベル主義を改革、幼児教育の発展に尽くした。戦後、教育刷新委員会委員を経て、保育学会を創設した。家紋は丸に三つ並び茗荷紋。画像は多磨霊園の墓所にて撮影。


松村謙三 。1883年1月24日 - 1971年8月21日、 政治家。
富山県福光町出身。読みは、まつむらけんぞう。幣原内閣の農相として農地改革を提案推進したが、この時、松村自身の土地も没収されている。環日本海における産業発展の観点から日中友好、日中国交回復に尽力した。画像は護国寺の墓所にて撮影。


中里介山 。1885年4月4日 - 1944年4月28日、 小説家。
神奈川県西多摩郡羽村出身。実家は精米業者。本名は中里弥之助。幸徳秋水内村鑑三らと親交を結ぶ。代表作『大菩薩峠』は『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』『讀賣新聞』などに連載された。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は羽村市禅林寺にて撮影。


本間雅晴 。1887年11月27日 - 1946年4月3日、 陸軍軍人。
新潟県佐渡島出身。太平洋戦争においてフィリピン攻略時、司令官として第14軍を指揮した。バターンでは米比軍の頑強な攻撃を受け多数の死者を出し作戦に失敗する。最終階級は陸軍中将。マニラ軍事裁判において法務死。画像は春秋苑にて撮影。


村山槐多 。1896年9月15日 - 1919年2月20日、 洋画家。
横浜市出身。小学校教師村山谷助の長男。デカダン的な生活により22歳の若さで夭折。代表作は「乞食と女」(絵画)、「槐多の歌へる」(詩集)等。絵画は『開運!なんでも鑑定団』で3,000万円の評価額が付けられた。画像は雑司ヶ谷霊園の墓所にて撮影。


小栗虫太郎 。1901年3月14日 - 1946年2月10日、 推理作家。
東京都千代田区外神田出身。本名は小栗栄次郎。衒学趣味的作風で有名。代表作『黒死館殺人事件』は『ドグラマグラ』(夢野久作)『虚無への供物』(中井英夫)とともに推理小説三大奇書の一つ。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は源覚寺にて撮影。


保利茂 。1901年12月20日 - 1979年3月4日、 政治家。
生家は佐賀県東松浦郡鬼塚村の零細農家。佐藤栄作政権において田中角栄福田赳夫と並ぶ三本柱として内閣官房長官、自民党幹事長を務めた。三木武夫内閣当時三木おろしを画策。現自民党衆議院議員の保利耕輔は息子。画像は春秋苑にて撮影。


中田俊一 。1902年 - 1968年10月9日、 実業家。
島根県鹿足郡出身。 中屋万年筆を岡山で創業。その後、東京上野に拠点を移しプラチナ万年筆に改名。カタログを使った通信販売で成功を収めた。プラチナをペン先に用いた万年筆は人気商品。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は寛永寺第一霊園の墓所にて撮影。


水谷八重子(初代) 。1905年8月1日 - 1979年10月1日、 女優。
東京牛込区神楽坂の時計店の娘。本名は松野八重子。読みは、みずたにやえこ。新派劇と新劇の融合を目指した演劇の上演で注目された。日本芸術院賞、紫綬褒章、文化功労者などを受賞。家紋は一つ茗荷巴。画像は本願寺和田堀廟所にて撮影。


原民喜 。1905年11月15日 - 1951年3月13日、 小説家、詩人。
広島県広島市幟町出身。父は陸海軍・官庁用達の縫製業を営む。『夏の花』が、第一回水上滝太郎賞を受賞。徹底して人間の苦しみに連帯し、死者の嘆きに貫かれて祈り描いた『鎮魂歌』など一連の作品を残す。画像は、文学者掃苔録図書館より。


稲垣浩 。1905年12月30日 - 1980年5月21日、 映画監督。
東京本郷区出身。芝居小屋の俳優の息子。山中貞雄らとシナリオ執筆集団「鳴滝組」を結成。三船敏郎主演の『無法松の一生』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。代表作は『宮本武蔵』『風林火山』『日本誕生』。画像は谷中霊園の墓所にて撮影。


人生幸朗 。1907年11月2日 - 1982年3月4日、 漫才師。
大阪府東大阪市出身。本名は、比田孝三郎。読みは、じんせいこうろ。生恵幸子とコンビを組みボケを担当。ボヤキ漫才で一世を風靡した。歌詞・世相などにイチャモンを付け、「責任者出てこい」を決めゼリフとする芸風は有名。家紋は丸に抱き茗荷紋。


今井堅 。1908年10月17日 - 1997年12月3日、 実業家。
東京都出身。「明々社」を創業。後に少年画報社と改名。黄金バット(加太こうじ)をヒットさせる。後に『週刊少年キング』を創刊し『サイボーグ009』(石ノ森章太郎)『銀河鉄道999』(松本零士)等を連載。画像は谷中・了ごん寺墓地にて撮影。


原ひさ子 。1909年8月6日 - 2005年12月4日、 俳優。
静岡県静岡市葵区出身。本名は石島久。名脇役として長年活躍し芸団協芸能功労者賞を受賞。芸歴は70年以上といわれる。代表出演作は「人情紙風船」「わが青春に悔なし」「黒い雨」等。家紋は抱き茗荷紋。画像は谷中・金嶺寺の墓所にて撮影。


小沢不二夫 。1912年6月13日 - 1966年5月15日、 作詞家。
東京都出身。本名は小澤不二雄。読みは、おざわふじお。戦前は大都映画でチャンバラ映画の脚本を量産。日本演劇協会設立に参加。同協会の理事となる。美空ひばりの大ヒット曲『リンゴ追分』の作詞者として知られる。画像は池袋・祥雲寺にて撮影。


石田波郷 。1913年3月18日 - 1969年11月21日、 俳人。
愛媛県温泉郡垣生村出身。本名は石田哲大。読みは、いしだはきょう。久保田万太郎を慕って句作に専念する。代表句集『鶴の眼』『酒中花』。人間諷詠の道を辿り中村草田男加藤楸邨とともに人間探求派と呼ばれた。家紋は五瓜に抱き茗荷紋。


上原げんと 。1914年12月28日 - 1965年8月13日、 作曲家。
青森県西津軽郡出身。本名は上原治左衛門。岡晴夫の黄金期を支える作曲家として数々の曲を作曲する。戦後は、美空ひばり島倉千代子などに曲を提供する。代表作は『港町十三番地』。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は東京霊園にて撮影。


岩佐直治 。1915年5月6日 - 1941年12月8日、 海軍軍人。
群馬県前橋市天川原出身。真珠湾攻撃にて、米海軍艦艇への攻撃を企図したが戦死。九軍神の一人となり、「軍神岩佐中佐」として全国的に有名になる。最終階級は海軍中佐。家紋の丸に抱き茗荷紋は、前橋市・松竹院の岩佐一族墓所にて撮影。


鶴岡一人 。1916年7月27日 - 2000年3月7日、 プロ野球監督。
広島県呉市出身。法政大学では初の連覇に貢献するなど花形スター・主将として活躍。南海ホークスの黄金時代を築いた名監督で、日本プロ野球史を代表する指導者の一人。史上最多勝監督。家紋の丸に抱き茗荷紋は西本願寺堺別院にて撮影。


升田幸三 。1918年3月21日 - 1991年4月5日、 将棋棋士。
広島県双三郡出身。実力制第4代名人。三冠独占などの戦績、独創的な指し手、キャラクター、数々の逸話は将棋界の歴史を語る上で欠かすことができない。終生のライバルは大山康晴。「将棋は創作だ」等の名言がある。画像は烏山・常栄寺にて撮影。


高村倉太郎 。1921年 - 2005年11月21日、 撮影監督。
東京都中央区出身。映画撮影監督。日本映画撮影監督協会名誉会長。「俺は待ってるぜ」「幕末太陽傳」「ギターを持った渡り鳥」「一杯のかけそば」など娯楽作品を中心に計約140本を撮影した。家紋の丸に抱き茗荷紋は亀戸の東覚寺にて撮影。


水木しげる 。1922年3月8日 - 2015年11月30日、 漫画家。
鳥取県境港市出身。本名は武良茂。世界妖怪協会会長。妖怪漫画の第一人者として活躍。代表作は『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』『のんのんばあとオレ』等。家紋は隅立角に抱き茗荷紋。画像は調布市の覚證寺の墓所にて撮影。


田中六助 。1923年1月23日 - 1985年1月31日、 政治家。
福岡県田川郡上野村に布団屋の三男。侠客めいた気性で知られる典型的な”川筋者”として育ったという。鈴木内閣成立の裏の立役者。自民党政務調査会長、通商産業大臣、自民党幹事長を歴任。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は春秋苑にて撮影。


鏡里喜代治 。1923年4月30日 - 2004年2月29日、 大相撲力士。
青森県三戸郡斗川村出身。本名は奥山喜世治。時津風部屋所属。第42代横綱。幕内成績:360勝163敗28休 勝率.688。幕内最高優勝は4回。引退後は立田川部屋を興し独立した。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は青葉園霊園の墓所にて撮影。


鶴田浩二 。1924年12月6日 - 1987年6月16日、 俳優、歌手。
静岡県浜松市出身。本名は小野榮一。昭和を代表する映画スターとして数多くの映画やドラマに主演。代表出演作『人生劇場 飛車角』『人生劇場シリーズ』『博徒シリーズ』等。代表ヒット曲『傷だらけの人生』『同期の桜』。画像は鎌倉霊園にて撮影。


三島由紀夫 。1925年1月14日 - 1970年11月25日、 小説家。
東京市四谷区出身。本名は平岡公威。代表作は、『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』『豊饒の海』など。楯の会会長として自衛隊にクーデターを促すが、失敗し、割腹自殺(三島事件)。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は多磨霊園の墓所にて撮影。


奥野健男 。1926年7月25日 - 1997年11月26日、 文芸評論家。
東京に生まれる。読みは、おくのたけお。父は最高裁判事の奥野健一。次女の奥野美果は工芸作家。代表作は『“間”の構造』『坂口安吾』『文学における原風景』『三島由紀夫伝説』など。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は多磨霊園の墓所にて撮影。


向田邦子 。1929年11月28日 - 1981年8月22日、 脚本家。
東京府荏原郡世田ヶ谷町若林生まれ。父親が転勤族であるため日本各地で育つ。代表作は、ドラマ脚本では『時間ですよ』『阿修羅のごとく』、小説では『あ・うん』『だいこんの花』等。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は多磨霊園の墓所にて撮影。


實吉達郎 。1929年11月29日 - 、 動物学者・作家。
広島県呉市出身。読みは、さねよしたつお。祖父は、子爵の實吉安純。数多くのテレビ番組に出演。未確認動物UMAの命名者として知られる。シャーロック・ホームズの研究家でもある。家紋は抱き茗荷紋。青山霊園の祖父の實吉安純の墓所にて撮影。


三宅久之 。1930年1月10日 - 2012年11月15日、 政治評論家。
東京府豊多摩郡杉並町出身。毎日新聞社で記者を経て、フリーランスの政治評論家となる。「ビートたけしのTVタックル」「たかじんのそこまで言って委員会」などに出演。家紋は丸に抱き茗荷紋と丸に五三桐紋。画像は八柱霊園の墓所にて撮影。


ハナ肇 。1930年2月9日 - 1993年9月10日、 ドラマー、コメディアン。
東京府北豊島郡長崎町出身。本名は野々山定夫。コミックバンド「ハナ肇とクレージーキャッツ」のリーダーであり、同バンドのドラマでもあった。「アッと驚く為五郎」というギャグは一世を風靡した。家紋の抱き茗荷紋は、總泉寺の墓所にて撮影。


海老一染太郎 。1932年2月1日 - 2002年2月2日、 曲芸師。
東京都新宿区出身。本名は村井正秀。落語家の三遊亭圓駒を父に持つ。和傘の上で毬を回す芸が有名。実の弟・染之助とコンビを組み、正月のテレビ番組には欠かせない存在となっていた。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は、新宿区の常敬寺の墓所にて撮影。


平田弘史 。1932年2月9日 - 、 漫画家。
東京都板橋区出身。『魔像』の看板漫画家として時代劇を中心に、骨太な劇画を書き続ける。1965年に「愛」で『ガロ』に初登場。2013年、全業績により日本漫画家協会賞文部科学大臣賞受賞。家紋の丸に抱き茗荷紋は、竹熊健太郎氏のTwitter投稿写真にて確認。


平岩弓枝 。1932年3月15日 - 、 脚本家、小説家。
東京・代々木にある代々木八幡宮の一人娘として生まれた。『鏨師』が第41回直木賞を受賞。代表作は『御宿かわせみ』シリーズ、テレビドラマ『ありがとう』等。元々、平岩一族の家紋は平岩弓紋だが、龍福寺にある墓所には丸に抱き茗荷紋がある。


太刀川恒夫 。1937年2月12日 -、 実業家、フィクサー。
戦後日本の黒幕・児玉誉士夫の元秘書。ロッキード事件の際に、殖産住宅の東郷民安会長を辞任に追い込んだ疑いで逮捕されている。現在は東京スポーツ新聞社会長となっている。家紋は丸に抱き茗荷紋。画像は池上本門寺の太刀川家墓所にて撮影。


平尾昌晃 。1937年12月24日 - 2017年7月21日、 作曲家、歌手。
東京都牛込生まれ。「ロカビリー三人男」として大人気を博す。代表曲は「ミヨちゃん」「カナダからの手紙」など。また「うそ」「瀬戸の花嫁」などを作曲。家紋は三つ追い蔓茗荷紋。画像は谷中霊園の曽祖父・平尾賛平の墓所にて撮影。


角川春樹 。1942年1月8日 - 、 実業家、プロデューサー。
富山県中新川郡水橋町出身。角川家は富裕な米穀問屋。父は角川書店創業者の角川源義。角川映画で一世を風靡。メディアミックスによるエンターテイメント中心の文庫戦略は業界に変革をもたらした。画像は小平霊園にある父・源義の墓所にて撮影。


山口二矢 。1943年2月22日 - 1960年11月2日、 右翼活動家。
東京都生まれ。東北帝国大学出身で陸上自衛官の厳格な父を持つ。16歳で赤尾敏率いる大日本愛国党に入党し玉川学園高等部を退学。日本社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺し、少年鑑別所で自殺。家紋は丸に抱き茗荷紋。梅窓院の墓所にて撮影。


うつみ宮土理 。1943年10月1日 -、 タレント、女優。
東京都世田谷区出身、本名:内海三重子。愛称は「ケロンパ」。代表出演ドラマ「おくさまは18歳」「なんたって18歳!」。夫は、「キンキン」こと愛川欽也。出演バラエティ「ロンパールーム」「さんまのSUPERからくりTV」「情報ライブ ミヤネ屋」等。


玉の海正洋 。1944年2月5日 - 1971年10月11日、 大相撲力士。
愛知県宝飯郡蒲郡町出身。本名は、谷口正夫。第51代横綱。幕内優勝6回、幕内戦歴 469勝221敗。ライバルは北の富士。全勝優勝を飾った場所前後に虫垂炎に罹患し急性肝不全で死亡した。家紋は丸に抱き茗荷紋は蒲郡市の天桂院にて撮影。


大杉勝男 。1945年3月5日 - 1992年4月30日、 プロ野球選手。
岡山県勝田郡奈義町出身。東映の入団テストに失格するが藤村富美男に見出され、水原茂の英断によって入団。2年連続本塁打王、2度の打点王。前人未踏の両リーグ1000本安打を達成。1997年に野球殿堂入りした。画像は鎌倉霊園の墓所にて撮影。


北野武 。1947年1月18日 - 、 お笑いタレント、映画監督。
東京都足立区島根町にてペンキ職人の四男として出生。「ツービート」でブレイク。「平成教育委員会」「TVタックル」等主演番組多数。映画監督としては『HANA-BI』でベネチア国際映画祭金獅子賞受賞。画像は北野家の菩提寺・蓮昌寺にて撮影。


西郷輝彦 。1947年2月5日 - 、 歌謡歌手、俳優。
鹿児島県鹿児島郡谷山町出身。橋幸夫・舟木一夫と共に、「御三家」と呼ばれた。代表ヒット曲は『星のフラメンコ』等多数。代表出演ドラマ『どてらい男』等。家紋は抱き茗荷紋。木宮神社境内茶屋の結婚式の紋付姿の写真より抱き茗荷紋と判断。


越中詩郎 。1958年9月4日 - 、 プロレスラー。
東京都江東区出身。高校卒業後、全日本プロレスに入門。その後、新日本プロレスを経由して、現在はフリーランス。高田伸彦との抗争、平成維震軍結成などでマット界を盛り上げる。家紋の抱き茗荷紋は、菩提寺である福勝寺の墓石にて確認。


高田みづえ 。1960年6月23日 -、 元歌手・元タレント。
鹿児島県揖宿郡。本名は、日高みづえ(旧姓:高田)。「硝子坂」で歌手としてデビュー。高田家の家紋の抱き茗荷紋は、1980年頃の雑誌記事「これがアイドルスターの家紋だ!!」による。夫の松ヶ根親方(元大関・若嶋津)の家紋は丸に違い鷹の羽紋。


旭富士正也 。1960年7月6日 - 、 大相撲力士。
青森県西津軽郡木造町出身で大島部屋所属。本名は杉野森正也。近畿大学中退後、大島部屋に入門。第63代横綱。通算成績:575勝324敗35休 勝率.640、幕内最高優勝:4回。現在は、年寄・9代伊勢ヶ浜親方。日馬富士、安美錦、照ノ国などを育てる。


黒田アーサー 。1961年2月1日 -、 俳優。
アメリカ合衆国・サンフランシスコ出身。国籍はアメリカ合衆国。名前は名付け親が外国人だったからで、外国の血は入っていない。代表出演作品は『ハチ公物語』『坂の上の雲』『徳川慶喜』等多数。家紋の抱き茗荷紋は自身のブログ記事にて確認。


荒井昌一 。1965年12月19日 - 2002年5月16日、 プロレス団体社長。
東京都足立区出身。大仁田厚が設立した直後のFMWに入社。リングアナウンサーを務める。1995年から2002年まで、プロレス団体「FMW」の社長を務めていたが、不渡りを出し、倒産。負債を苦にして自殺した。家紋の丸に抱き茗荷紋は墓所写真にて確認。


佐々木健介 。1966年8月4日 - 、 プロレスラー。
福岡県福岡市南区出身。妻は北斗晶。ジャパンプロレスに入門し、新日本に移籍。IWGPタッグ王座、IWGPヘビー級王座を奪取。その後、健介オフィスを立上げ、全日本、NOAHなどの団体に登場。家紋の丸に抱き茗荷紋は佐々木健介ブログにて確認。


的場浩司 。1969年3月28日 - 、 俳優。
埼玉県上尾市出身。代表出演作『稲村ジェーン』『ADブギ』『予備校ブギ』等。スイーツマニアとしても知られている。家紋は抱き茗荷紋。2012年8月31日放映の『やりすぎコージー都市伝説特集』(テレビ東京)にて自身の家紋について語る。


鈴木杏樹 。1969年9月23日 - 、 女優、司会者。
大阪府箕面市出身。本名は、山形香公子。代表出演作品は『あすなろ白書』『相棒』『ソムリエ』など。また、司会者としては『ミュージックフェア』の司会を長年つとめる。家紋の丸に抱き茗荷紋は、夫で医師の山形基夫氏の葬儀時の紋付写真にて判断。


釈由美子 。1978年6月12日 - 、 タレント、女優。
東京都清瀬市出身。「釈」の姓については、戦国武将・蜂須賀正勝の末裔が出家して四国に渡った際に「釈」に改名したという。映画 『ゴジラ×メカゴジラ』、テレビドラマ 『スカイハイ』等で主演を演じる。家紋の抱き茗荷紋はブログの墓所写真より判断。


美元 。1979年6月29日 - 、 モデル、女優。
東京都出身。本名は芦澤裕子。読みは、みをん。ミスユニバースジャパン大会で「準ミスユニバースジャパン」に選出され、モデルとして活躍。高嶋政伸との離婚騒動が世間を騒がせる。自身のブログに掲載した写真により家紋は丸に抱き茗荷紋と判断。


日馬富士公平 。1984年4月14日 - 、 大相撲力士。
モンゴル・ウランバートル出身。伊勢ヶ浜部屋所属。本名は、ダワーニャム・ビャンバドルジ。2012年9月場所で二場所連続全勝優勝し、第70代横綱となる。幕内最軽量(2012年11月時点)。尊敬する力士は初代貴ノ花。家紋は親方と同じ丸に茗荷紋。

有名人の家紋索引(あ行~さ行) (た行~わ行)
まさむね

3 Comments »

  • 匿名 said:

    日刊ゲンダイ2009年1月20日号に、祖父とされる元代議士が松村謙三であるとの趣旨の記事が掲載されたが、その後2009年2月9日号に「親戚との確認は得られませんでした」とする訂正記事が掲載されている。

  • masamune (author) said:

    匿名様

    情報ありがとうございました。その箇所削除させていただきました。

  • Clark said:

    Awfully illuminating thanks, I do think your current visitors may perhaps want a whole lot more content such as this continue the wonderful effort.

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