橋下市長と山口教授との論戦に思う ~日本的民主主義から普通の民主主義へ~

今週の日曜日の昼間に放送された報道ステーションサンデーというニュースショーで行われた橋下徹大阪市長と山口二郎北大大学院教授との対談が話題になっているようだ。
僕は生では見ていないのだが、YOUTUBEなどで確認した。内容は、Twitterや2chなどで多くの人々が指摘されているように、橋下市長の圧勝だったといわざるを得なかった。山口氏の反論をことごとく、論破する橋下市長。これだけ一方的な論戦というのを僕は始めてみたような気がする。(『橋下市長と山口教授がテレビ直接対決 終始劣勢山口氏は「難儀なことでした」』参照)
僕には、橋本市長が主張する、二重行政の無駄排除、チェック機能が効かない教育委員会制度の改正、区長の権限の明確化など、全て正論のように思われた。それに対して、新自由主義的政策に対する教科書的な空理空論的批判を橋下市長にぶつけ、その度に具体的知識の無さを露呈する山口教授は哀れでもあった。
さて、具体的な政策論争はさておき、論戦の中で、僕が特に興味を抱いたのが橋下市長の以下の発言であった。これは明らかに、日本的民主主義(戦後民主主義)を否定する言葉であったからである。
僕は民主主義の考え方を変えないといけないと思うんですよ。
少数の意見に配慮をする、少数の意見に耳を傾ける、これは当たり前です。これは言うとカッコいいからねぇ、インテリぶった人はみんな言うんですよ。
しかし、民主主義の根幹は、多数の意見を尊重するっていう事なんですよ。
日本人はそこを勇気を持っていえなかった。
元々、日本人には、話し合い絶対主義という信仰にも似た思想がある。
それは、「古事記」における大国主命によるニニギノミコトへの話し合いによる国譲りや、聖徳太子の時代の十七条の憲法の「和をもって尊しとなす」という第一章にも見られるくらい長い歴史があるのだが、とにかく大事なのは「話し合い」であり、話合いを重ねていけば、自ずと正しい解決策が見つかるはずだ!というものである。
逆に、力ずくで相手の意見を押さえつけるというのは、「悪」であり、現代社会における力とは言うまでも無く、「数」であるがゆえに、話し合いで決着をつけずに、多数決で物事を決めるというのは、日本的な価値観で言えば「悪」になってしまうのだ。
そして、それに対して話し合いで決着がつかない場合には、お互いの意見をすり合わせて中庸な意見を採用し、最終的に全員がとりあえず納得する形で物事を決めるというのが「善」なのである。
だから、他国の民主主義では当たり前に採用される採決が、日本では、何故か「強行採決」という「悪」い言葉になってしまうのだ。
しかし、よく考えてみれば、人の意見は多様だ。それを前提とすれば、多くの主張を多数決という形で一つにまとめるという発想は、決して強引でも、ましてやファシズムでもない、それは普通の民主主義なのである。
それに対して、日本人は、今まで、相手の気持ちを察して、相手が怒らないように(相手の怨念が残らないように)話をまとめることを(本来の)民主主義と勘違いしてきたのではないだろうか。そして、その相手の気持ちを察するということ(=空気を読むということ)が行き過ぎると、極端な話、責任者が不在のまま、誰もが反対だと思っていることがいつの間にか決まってしまい、後で聞いてみると、誰一人として賛成していなかったというようなことが起きるのである。
それこそが、かつて政治学者の丸山昌男氏が言っていた「戦争が起きたメカニズム」なのであり、そして、これこそが、山本七平氏が言ったところの「日本教」の弊害なのである。
勿論、こうしたメンタリティに日本人特有の優しさや、日本人らしさを感じて、シミジミするような瞬間が無いわけではないが、現代の状況は、橋下市長が言うように、それほど甘い状況ではないのかもしれない。
そして、橋下市長が提示した危機を乗り越える武器こそが、日本的民主主義ではない普通の民主主義ということである。
国と地方の財政はどんどん悪化して借金がかさみ、しかも誰も責任を取らない。誰からもチェックされない(出来ない)蛸壺のような無数の組織がいつの間にか隠然たる既得権と権力を持ち、社会の財産を食い潰している。臆病な現状維持政策で多くの貧困を生み出している。そして、自分だけがよければいいという発想で、税金を食い潰すことが権利であるかのような人々を大量に生み出している。そんな社会になってしまっているではないか。
そこで出てきた橋下市長的多数決の論理によって、国も地方も、その硬直したシステムを、強引に変えなければならない時期なのではないだろうか。
敢えて言うならば、少なくとも、この2012年の今現在、それらの改革は、「日本の良き伝統を維持すること」よりも優先度の高い喫緊の課題なのではないかと、僕は思ったりもする。残念ながら、日本的民主主義(談合主義、利益調整主義)による漸進的改善では、現状に対してあまりにも無力ではないのか。
もっとも、僕らは日本人の良さとをどのように残したらいいのかという事、あるいは、日本人の良さとは何かという事すら、よく考えてこなかったのかもしれない。雇用慣行や中央集権主義に代表されるような、たかだか戦後(あるいは明治以降)の慣習を日本人の伝統だと思い込み、それを墨守しようとしてきたといことだってあるのではないだろうか。
おそらく、良いと思われるものは、一時的に、衰退しても、未来の日本人が再発見し、時代にあった形で新たに成長させるだろうし、不要と思った慣習は消えていくに違いない。今、僕らが下す判断が間違っていたとしたら、それは未来の日本人が修正してくれるに違いない。僕らに必要なのは、まずは、そんな未来の日本人を信じて、とりあえず、目の前の課題から逃げずに前に進むことである。
橋下市長の「悪」さに僕は期待したい。僕は今、そんな気分である。
まさむね





おっしゃるとおりで、原発以後の最近の政府・官僚のあいも変わらないなし崩し的な対応(無責任さ)をみても依然として空気にながされてゆくような風潮がありますよね。それはどこかで、まあいいじゃないか、みたいな暗黙の理解を前提としようとするような動きにも通じる感じがしますね。きっと太平洋戦争もこんな流れで突入していったのかなと思ったりもします。とても危険な感じですね。いったん原子炉の廃炉40年と決めたのに、またぞろ例外規定で60年に延ばそうとしてみたり、いったいこういう事なかれ主義の残骸とは何なのでしょうか。むしろ是々非々を問い、多数決で決めたことは守るというようなしくみにちゃんと変えて実行してゆくことが大事だと思います。それが正しい悪=民主主義ではないでしょうか。同感です。
よしむねさんへ
こんばんわ。
コメントありがとうございました。
橋下市長の主張は「ルールと責任と権限を明確にしましょう」ということに尽きるように思いました。これは単純な話で、そのように言われると誰もが反対出来ないことですよね。
でも、日本ではそういった単純な話が通らない。不思議な国です。
僕は、今まで、そんな日本の不思議さは、メリットもあるし、デメリットもあるけど、基本的には守りたいというようにも思っていました。
ただ、現代のような危機的な状況では優先度を逆にすべきだと考えたのです。
「悪」ということで言えば、小沢一郎氏もよく「悪人」と言われますが、僕は橋下市長と似ているところがあると思っています。かれも日本を普通の国にすべきという論を持っていて、数の論理で物事を決めるような仕組みを作りたいと考えている政治家ですから。
しかし、それゆえかどうかわかりませんが、小沢氏は、「よくわからない力」によって失脚されかけています。
橋下市長もそうならないとは限りませんが、一般の人々が彼を支持している限りは大丈夫だと思います。勿論、彼のスタイルが危険を孕んでいるかもしれないという疑いを常に持ちつつですが、僕は支持していきたいと思っています。
原発事故に関しては、暮の野田首相の「収束宣言」のデタラメさを各メディアは報じたのでしょうか。批判したのでしょうか?僕は、「収束宣言」納得の過程にも言霊信仰の残滓が見られたように感じています。
西村先生、こんばんは。
「話し合い」、コミュニケーションは大事ですよね。
共同体が崩壊した今の日本は、「話し合い」に対して希薄で、家族や友人や恋人の絆の尊さを、今一度この「話し合い」を持って確認する必要があるのではないでしょうか。
そして、それが都合の良い部分だけでなく、都合の悪いところも含めて、真正面から向き合うべき過渡期に差し掛かっているのだと思います。
橋下市長ですが、私もその「悪」さに期待しているのでしょうか。
モヤモヤしてた部分が明確になった気がします。
橋下市長の弁舌は、今いる代議士以上のカリスマ性を感じます。
それだけに頭の何処かに怖さを感じているのでしょうか。
しかし、それは恐怖ではなく畏怖なのかもしれません。
少なくとも橋下市長が独裁(権力を支配している)ようには見えませんし、ファシストにも見えません。
なにより、民主主義に明らかに反することがあれば、橋下市長は時代の流れと共に衰退していくでしょうからね。
個人的に石原都知事もファシストには見えなくて、性格的な「悪」さや首肯出来ない点があるとは言え、国旗国歌皇室に対しても慎重な意見も持っていましたし、民主主義の根幹部分は、尊重しているのだと、関心したこともありました。
だからこそ、支持する方が未だに多くいるのだと言えます。
今の日本は全体として理念を持たず、また漠然とした優しさに包まれている嫌いがありますが、戦後のマルクスの唯物史観の悪い部分が加わることで、更に民主主義が可笑しくなっているのではないかと、推察致します。
よし、私もしっかり自分と向き合います。
では。
ラナンさんへ
一本気新聞へお越しいただきありがとうございました。
また、コメントありがとうございます。
「話し合いが大事」とのご指摘、もっともです。
現在、僕たちは日常の絆を再構築するために、言葉によるコミュニケーションを意識的に大事にしないといけないでしょうね。
おそらく、橋下市長も、コミュニケーションの重要性は十分にわかっているに違いありません。
ただ、それとは別に、議会における話し合い至上主義は、得てして、利益配分の妥協に落ち着きがちです。パイが大きく、みんなに利益を配分できる時代であれば、従来の話し合い至上主義は十分機能していて、とりあえず、誰もが納得できる落しどころが見つけられていたのでしょうが、現代の危機的状況の中、その手法の限界があるのではないかというのが、橋下市長の主張のように思われます。
少数意見の尊重という理念は大事ですが、それによってある種の利権が温存されて、批判にさらされることもなく放置されてきたというのが大阪の現状だと僕は理解しています。坂本龍馬ではないですが、一度、掃除する必要があるのではないでしょうか。
そして、そのための武器が「悪」い民主主義ということです。
ラナンさんのご指摘とは全く別の問題ですが、僕は石原知事に関しては、様々な失政(東京オリンピック誘致失敗、東京都銀行による公金の流出など)が十分に反省されずに、ずるずると継続してしまっているという印象を僕は持っています。
勿論、私個人も、ある側面では既得権益者です。そこは謙虚に見つめないといけないと思いました。
現在の大阪こそ日本で初めて民主主義が機能している状態なのではないでしょうか。
公約を提示しそれを有権者の多数が支持し、当選した首長は矢継ぎ早に政策実行している。
当たり前のことが当たり前に行われているのですが、これが国政レベルから各地方公共団体
のレベルに至るまで、’一貫して’行われたことがなかった、と言う’日本型民主主義’。
リーダーシップの欠如や’調整’と言う名の談合でなんでもかんでも時間ばかりかかり、
かつ実現もしない、と言うのを’民主主義の宿命’とうそぶき、それを打開しようとする
ものをワイマール下の選挙で生み出されたヒトラーに擬える既得権益の我利我利亡者達。
大阪府民のみならず、今日本人全体が民主主義とはどういうものなのか、改めて体験して
いると言う風に思えます。やっと戦後を終わらせてくれている、ともいえると思います。
話しがずれますが、民主主義のあり方、大阪のあり方などの橋下市長の政策にはそれほど疑問はありませんが、しかし教育委員会憎しからくるのであろう、愛国(国旗国家)のあり方には疑問があります。決またことだから国旗国家を敬い国を愛せ、と教育の場ですすめるのは卑屈な奉公人を作っても、自発的に動く愛国者は作れないのは先の戦争で歴史が証明しているのでは?橋下市長、石原知事などアンチ戦後左翼(リベハル)の政治家の教育の場での国旗国家の対応は三島などが目指した先の大戦の反省に根差した愛国のあり方には有害なのでは。自発的な愛国意外の愛国ではない、御上から教えられる愛国など現在中国の現状への不満の捌け口に愛国無罪を主張して暴徒化する反日愛国教育を受けた中国の若者のフーリガンや、テロ以降不安心理をあおられブッシュ政権の戦争拡大に賛成しない者は愛国者ではない、との風潮に抗えないレッドネック的思考停止者を大量生産するだけのような危険があると思います。対教育委員会のために教育の場においての国旗国家愛国のあり方をダシに利用するのは政治家橋下市長最大のあやゆさ、そして彼が危険視(現実的に危険だと私は感じています。)される理由だと思います。長文失礼しました。
tanuさんへ
一本気新聞へお越しいただきありがとうございます。
コメントありがとうございました。
今回の橋下市長が提起した新しい民主主義論は、是非、多くの議論を巻き起こして欲しいものです。ただ、戦後体制を支えてきたマスメディアが、橋下市長のこの議論に乗るかどうかは微妙です。
ただ、といいながら、マスメディアが、本当の意味での少数意見や弱者の意見を尊重しているかどうかも疑問ですね。既成概念に囚われた「少数」「弱者」を無難ということで擁護しているだけのようにも思えますね。
戦後をいかに終わらすかということは大事なテーマだと思います。
じゅうきさんへ
一本気新聞へお越しいただきありがとうございます。
コメントありがとうございました。
教育委員会制度自体が、疲弊しているのは確かで、それをチェックされ、有効に機能するようなシステムにするというのは賛成ですが、仰る通り、それが上からの押し付け愛国主義育成のために利用されることに関して、注意しなければならないとのご指摘はその通りかと思いました。
「自発的に動く愛国者」を作るということは確かに大事ですね。
ただ、橋下氏自身、システムを変更したら次のステップを狙っているようなので、そのシステムを生かすも、殺すも、おそらく今後、そのシステムを運営する後進にかかってくるだろうと思います。
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