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[7 4 月 2009 | 5 Comments | | ]

「RUBBER SOUL」で新しい世界に踏み出したビートルズが、さらにその別の世界にのめりこんでいったのが次の「REVOLVER」である。
このアルバムは、とあるイギリスの音楽誌が2000年に行った評論家による人気投票で史上最高のアルバムを獲得した。
発売から34年後の快挙である。
では、何故、「REVOLVER」は、そんな後世にまで評価されるようなアルバム足りえたのだろうか。
逆説的に言えば、それは、このアルバムが未完成であるからである。
おそらく、アルバムの完成度という点からすれば、翌年の「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」、あるいは解散直前の名作「ABBEY ROAD」を上げる人が多いだろう。あるいは、前作「RUBBER SOUL」も統一感という意味では完成度が高いと言いうるかもしれない。
しかし、この「REVOLVER」に満ち溢れている挑戦精神、そして自由への意志は、聴く者をいつまでもワクワクさせる。
未完成だからこその可能性が「REVOLVER」の魅力なのである。
まずはこのアルバムを覆うジャケット。当時、世界最高のアイドルグループだったビートルズがその「可愛さ」を封印したジャケット。ハンブルグ時代の友人・クラウス・フォアマンが製作。不気味ですらある。
そして新奇な楽曲の数々。それまでの基本的にはエレキギターを中心としたバンドサウンドが大きく変化した。
「Eleanor Rigby」における管弦楽、「Love You To」におけるシタール、「For No One」におけるフレンチホルンとクラビコード、「Got To Get You Into My Life」におけるブラス等、外部ミュージシャンを躊躇無く活用するプロデュース感覚や、「I’m Only Sleeping」「Tomorrow Never Knows」の実験的なサウンドコラージュなど、それまでのビートルズには(あまり)見られなかったものがこのアルバムには、見事に詰まっている。
さらに、歌詞には、色濃くドラッグカルチャーの影がさしている。「She Said She Said」「Good Day Sunshine」「Doctor Robert」「Got To Get You Into My Life」等、解釈によっては、ある意味、露骨だ。
最近は、ちょっと大麻を所持していたとかで極悪人扱いするような世の中になってしまったが、60年代は違った。
確かに法律では禁止されてはいたが、ドラッグは、カウンターカルチャーの一翼をになっていた。
それは、日本においてですら、おおらかさと憧れを持って見られていたのだ。
また、それまでのビートルズが基本的に男と女のラブソングを歌っていたのだが、この「REVOLVER」ではそのタイプの楽曲は大きく減っている。
例えば、「RUBBER SOUL」との比較で見ると、「RUBBER SOUL」のラブソング比率は14曲中12曲であるのに対して、「REVOLVER」では14曲中6曲に減っている。
(※最下段の一覧を参照の事。おそらく、ラブソングかどうかに関しては人によって様々な解釈があると思いますので、ご興味のある方は、各人で、数えてみてください)
特に、ジョンの曲では一曲もラブソングが見当たらないのが目をひく。
さらに、上記の変化とも連動しているのだが、「RUBBER SOUL」と「REVOLVER」の間にあるもっと大きな挑戦は、ビートルズが、そのターゲットユーザーをスィッチしたことである。
(この件に関しては、前エントリーのJohn Beatle Lennonさんのコメントから示唆をいただきました)
勿論、その背景として、前年に起こった、ジョンのキリスト発言問題、ツアーの過密スケジュール問題などが重なっていたのは確かである。しかし、それにしても、よく考えればこれは凄いことである。
例を上げれば、SMAPがいきなり船頭小唄を歌い、五木ひろしがHIP-HOPを叫び、今までのファンを捨てて、新しいファン層をつかむようなものなのである。違うか!?
とにかく、このアルバムにおいて、ビートルズは中産階級の少女のアイドルから、いわゆる男子も含めた「若者」層にターゲットを替えたのである。
誤解を恐れず敢えて極論するならば、「若者」というのは60年代に生れたのだ。それまでは、子供が元服(通過儀礼)によって、大人になった。「若者」は存在しなかった。
それが、第二次世界大戦後の社会構造の変化によって、先進諸国では、大人になる前に、各人が何になるかを考える時間(=自由な時間)を持たせる必要が出てきた。
そして、その「若者」は独自の価値観を持つようになった。
ビートルズの音楽はそんな「若者」をターゲットユーザーにしようとしたのである。
いや、ビートルズがそれまでのアイドルファンのためではなく、自分達のために作った音楽に「若者」が共鳴したというほうが正確かもしれない。
これは私見だが、「REVOLVER」で最も、その頃の雰囲気を歌詞で表現していたのが、「Love You To」だと思う。
A lifetime is so short
A new one can’t be bought
And what you’ve got means such a lot to me
人生はあまりにも短い
新しいのを買うわけにもいかない
だけど 君さえいればそれで十分だ

Make love all day long
Make love singing songs
1日中愛し合おう
歌いながら愛し合おう
これは、当時、カリフォルニアあたりで流行ったヒッピーのライフコンセプトに通じる愛と平和の思想そのものである。あらゆる世間的なしがらみから解放されて自由に生きようというある意味、安易な享楽的思想。この自由のイデオロギー運動は、その後、反戦運動、反体制運動と発展していくが、現実世界では60年代が終わるとともに、挫折してしまう。
しかし、このいわゆるカリフォルニアン・イデオロギーは、エコロジー運動、ヨガブーム、自己啓発セミナー、ベジタリアン等に形を替え、その後も生き残る。また、場所をシリコン・ヴァレーに移して、後のIT文化の思想として結実していくのである。
アップル創立者のスティーブン・ジョブスがビートルズの大ファンで、ビートルズのアップルをパクって同名のアップル社を設立し、当時のドラッグイリュージョンをパソコンで実現しようとしたのが、マッキントッシュだったというのはあまりにも有名な話である。ちなみに、マックの立ち上げの時の「ジャ~ン」はA Hard day’s nightの冒頭の「ジャ~ン」だという説は根強い。
また、技術とアイディアだけが勝者の条件となるインターネット空間は、世間的な権威が全く通用しないという意味で、カリフォルニアン・イデオロギーが実現した空間であるとも言われた。
さらに、アメリカの新自由主義の一つの原点として捉える見方もあるようだ。しかし、この自由と解放の究極点にあるのは、最大多数の幸福だったのかという問題は、現代の課題としてまだ残されたままである。
話を戻そう。
いずれにしても、ビートルズにおける「REVOLVER」という名の賭けはビジネス的にも成功をおさめた。
勿論、この「RUBBER SOUL」から「REVOLVER」への変化は、日本においても受容されたのである。
その証拠に、それまで頻繁につけられていた日本語タイトルがほぼ消えた。
そういえば、「嘘つき女」とか、「君はいずこへ」とか、「浮気娘」とかのタイトルってなんだか演歌みたいだった。
最後に、この「REVOLVER」というタイトル名であるが、一般的には、既にマスターが仕上がっている状態で1966年の夏にアジアツアーに出かけたビートルズの面々が日本公演の際に、そのあまりにも厳重な警備に驚き、警官達が所持していたリボルバー(REVOLVER=回転式拳銃)をヒントにして、このタイトルをつけたとされている。
しかし、僕は、REVOLVERとはRE-EVOLVE-ER(再び進化する人)という意味の造語だと思う。
おそらく、ビートルズの一つ目の進化が、不良のロックンロールから、中産階級の子女向けのスタイルを作り出すことに成功したデビュー当時。
そして、二つ目の進化が、このアルバムで示した若者のためのロックの創造ということになるのであろう。
また、このREVOLVERという単語は、REVOLVE(熟考する)という自動詞から、REVOLVER(=哲学者)という意味にもとれる。これも捨てがたい観点ではないだろうか。
以上、かなりあやふやな事も書いてしまった。正直なところ、この「REVOLVER」が発表された1966年、僕はまだ小学校1年生だったのだ。しかし、逆に言えば、そんな僕に対してでも、しかも今もなお、挑発し続けるこの作品の魂は生き続けているということなのである。
まさむね
★「RUBBER SOUL」一覧
ドライヴ・マイ・カー・・・・ラブソング
ノルウェーの森・・・・・・・ラブソング
ユーウォントシーミー・・・・ラブソング
ひとりぼっちのあいつ
嘘つき女・・・・・・・・・・ラブソング
愛のことば
ミッシェル・・・・・・・・・ラブソング
消えた恋・・・・・・・・・・ラブソング
ガール・・・・・・・・・・・ラブソング
君はいずこへ・・・・・・・・ラブソング
イン・マイ・ライフ・・・・・ラブソング
ウェイト・・・・・・・・・・ラブソング
恋をするなら・・・・・・・・ラブソング
浮気娘・・・・・・・・・・・ラブソング
★「REVOLVER」一覧
タックスマン
エリナーリグビー
アイムオンリースリーピング
ラヴユートゥ・・・・・・・・・・・・・・・ラブソング
ヒアゼアアンドエヴリホエア・・・・・・・・ラブソング
イエローサブマリン
シーセッドシーセッド
グッドデイサンシャイン・・・・・・・・・・ラブソング
アンドユアバードキャンシング
フォーノーワン・・・・・・・・・・・・・・ラブソング
ドクターロバート
アイウォントトゥテルユー・・・・・・・・・ラブソング
ゴットトゥゲットユーイントゥマイライフ・・ラブソング
トゥモローネバーノウズ

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[1 4 月 2009 | 6 Comments | | ]
ビートルズの本質を表す「ラバーソウル」というタイトル

ビートルズが1965年に発表した「Rubber Soul」のタイトル名に関して有名なエピソードがある。
アメリカのブルースマンが、ローリングストーンズの音楽をプラスティックソウル(偽りの黒人音楽、あるいは偽りの魂)と揶揄したのを聞いて、ポールが、じゃあ僕たちはラバーソウルだと言って面白がってつけたというのだ。
ラバーというのは、ゴムのこと、そして、ゴムはどんな形状にも変化する素材。
僕はこの「Rubber Soul」というタイトル名は、ビートルズというものの本質を言い当てている絶妙なタイトルだと思う。
このアルバム以降、ビートルズは、様々なジャンルの音楽を作ろうとした。
そして、彼等4人は、自分達の固定的なスタイルを、常に変化させ続け、あたかもゴムのごとく、様々なスタイルに変わって見せた。
逆にいえば、ビートルズは、「これがビートルズの音楽である」という定義を、常に壊し続けたのだ。
おそらく、その壊し続けようとした精神こそがビートルズの本質なのである。
だから、この「Rubber Soul」は自分達は、これからは、どんなスタイルにでもこなしますよ、どんな曲もつくりますよということの前向きな宣言なのである。
しかし一方では、そのタイトルにはビートルズの黒人音楽に対する複雑な想いを読み取ることも可能ではないだろうか。このタイトルには、自分達が黒人っぽい音楽をすることによって逆に黒人達のアイデンティティを脅かしかねないという遠慮、やはり本物のソウルには敬意を表したいという愛情、一方ではその本物さにはかなわないというコンプレックス等々、複雑な心理も見え隠れしているのだ。(画像はリトルリチャードと記念撮影するビートルズのメンバー)
実はこの頃、ポールはこんな過激な発言も残しているのだ。
「そのうち、きっと黒人がこの国を支配するようになると思いますよ。そうなれば、彼等は自分達が迫害されたように白人を迫害しますよ。残酷に聞こえるかもしれないけど、それが当然の成り行きでしょう」
「Rubber Soul」のっけの「Drive My Car」。モータウンサウンドばりのイントロにビートルズ、特にポールが意識していたこの頃の時代状況が表現されているといったら言いすぎだろうか。
50年代、黒人による黒人のための音楽だったロックンロール、それをいち早くイギリスの地で取り入れて60年代に、白人による白人のためのロックンロールをアメリカに逆輸出したビートルズ。
このアルバムが発売された1965年頃は、ジョンの「ビートルズはキリストよりも有名」発言によって、アメリカの保守的な中南部、いわゆるバイブルベルトにおいて、ビートルズの排斥運動が起きている。
おそらく、その背景に、黒人風音楽を奏でる異国の白人のボーイズというビートルズの「鵺」的怪しさに対する拒絶感情があったのかもしれない。
そういえば、アメリカにおけるロックンロール=黒人音楽という図式とパラレルに存在した、イギリスにおけるロックンロール=労働者階級の不良の音楽という図式を破ったのもビートルズだった。
ビートルズはそのデビューに際して、リーゼントをマッシュルームに替え、皮ジャンを襟無しのハイスクールジャケットに替え、ステージ上での行儀の悪いパフォーマンスを深々としたお辞儀に替えることによって、中産階級の女の子達、すなわち「She’s Leaving Home」で歌われているような娘達のアイドルになったのである。
いい意味で、自分達の固定的な居場所を持たなかったビートルズ。複数の文化圏、階級をクロスオーバーさせて憚らない、彼等独自の自由な感性。
常に変り続けること、自由であり続けることをアイデンティティとした彼等の思想を育んだ原点は、労働者階級として生れながら、中流から上流への志向性が強かったミミおばさんの家で育てられたビートルズのリーダー、ジョンの特殊な生育環境にあったのかもしれない。
しかし、「Rubber Soul」の中の秀曲「Nowhere man」=「どこにもいない男」はそんなビートルズの”自由”を表していると同時に、居所の無い”孤独”をも表しているように思えるのである。
ビートルズと孤独というテーマに関しては、また改めて考えてみたいと思う。
まさむね
関連エントリー
THE BEATLES 全曲レビュー
兄貴分・ポールに対する弟・ジョージの複雑な反抗心
ビートルズにおける猥歌合戦 ~ポールVSジョン~
ジョンレノンは労働者階級の歌が作れなかった
暴力的なジョンだからこそ、愛と平和を語ったのだ
愛こそはすべての 2面性
20世紀の奇跡、ビートルズ!

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[14 3 月 2009 | 4 Comments | | ]
兄貴分・ポールに対する弟・ジョージの複雑な反抗心

ビートルズ研究家の香月利一氏は「週に8日はビートルズ」という本の中でこんな指摘をしている。
 ポールとジョージの仲の悪さが解散の大きな原因ではないだろうか。
さらにこう続ける。
 ビートルズメンバーはジョンとポール、ジョンとジョージ、ジョージとリンゴ
 といった組み合わせでホリデーツアーを何度も行っているが、
 ポールとジョージの二人一緒の旅行は一度もなかった点にも、それをうかがい知る事ができる。
元々、ジョージはポールの引きでビートルズに加入した。まだ子供の頃の話だ。
それ以降、ジョージにとって、ポールは常に兄貴分として存在していた。
そして、ビートルズの初期の頃、ジョージは、ジョンとポール、あるいはエプスタインやジョージマーチンから、末っ子(奥手の子)としてのキャラ付けをされるのである。
例えば、この頃、ジョージが担当したいくつかの楽曲の詞を見てみよう。
1)Do You Want Know A Secret?
 Listen
 聞いて。
 Do you want to know a secret. Do you promise not to tell, whoa oh, oh
 僕の秘密知りたい?誰にも言わないって約束する?
 Closer
 じゃあそばに来て。
 Let me whisper in your ear.Say the words you long to hear.I’m in love with you
 耳元でささやいてあげる。 君が待ちわびている言葉さ。実は君が好きなんだ。
まるで中学生の告白のようなウブなやりとりがかわいい。
2)Devil In Her Heart
 She’s got the devil in her heart
 彼女の心の中には悪魔がいるんだぜ(ジョンとポール)
 Oh, no, no, no, this I can’t believe
 ちがうよ。ちがうよ。そんなの信じないよ(ジョージ)
 She’s gonna tear your heart apart
 お前の心を傷つけようとしてるんだぜ(ジョンとポール)
 No no way will she deceive
 ちがうよ。ちがうよ。騙されないぞ(ジョージ)
意地悪な先輩が後輩をからかっているようなやりとりだ。
3)I’m Happy Just To Dance With You
 I don’t need to hug or hold you tight
 キスしたいとも手を握りたいとも思わない
 ’cause I’m happy just to dance with you
 君と踊っていれば幸せなんだ
収録アルバム「A hard day’s night」のジョンの他の歌「家に帰れば」「You …

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[6 3 月 2009 | 2 Comments | | ]
ビートルズにおける猥歌合戦 ~ポールVSジョン~

ジョンとポール。
作詞者としての二人を比べる、その個性のコントラストに改めて驚かされる。
例えば、二人の作品がシングルのA面とB面でわかれたケースにそれは顕著だ。
Can’t buy me love と You can’t do that におけるポールのロマンとジョンの暴力性。
Paperback Writer と Rain におけるポールの物語志向とジョンの哲学。
Strawberry Fields Forever と Penny Lane におけるジョンの内面性とポールの明るさ。
Hello Goodbye と I Am The Walrus におけるポールの解りやすさとジョンの難解。
Hey Jude と Revolution におけるポールの優しさとジョンの社会性。
簡単に言ってしまえば、二人は正反対の個性を持っている。
そして、だからこそビートルズの宇宙はあれほど、豊かなのである。
勿論、ジョージとリンゴの存在も忘れてはいけないが、本稿では話の流れ上、横に置かせていただく。
     ◆
さて、ここではその対比の中でも、二人の”卑猥さ”に注目して論を進めてみたいと思う。
最近では桑田佳祐さんの曲ぐらいでしか聴かなくなった卑猥フレーズ(ここでは、猥歌と表記)だが、ちょっと前のフォークやロックには猥歌がたくさんあった。
勿論、ビートルズも例外ではない。
それどころか、僕の解釈だとビートルズこそ、優れた猥歌メーカーなのである。
     ◆
まず、ビートルズの曲の中で猥歌として最も有名なのがHappiness is a warm gun。
White Albumに収録されている3部構成のジョンの曲だ。
まずは1部。
The man in the crowd with the multicoloured mirrors on his hobnail boots 
Lying with his eyes while his hands are busy working overtime
人ごみの中にいるあの男 鋲を打ったブーツにつけた極彩色の鏡が光る
彼の目は嘘をつき 手は超過勤務で忙しく働いている
ここは普通に訳しても、あやしげな感じだ。
さらに、もっと意訳すると、靴に鏡を備え付け、何食わぬ顔をしてその鏡に映した女の子のパンツを眺めながら、手でオナニーをしているというとんでもない歌詞なのである。
そして2部。
Mother Superior jump the gun
修道院の層尼長がgun(おちんちん)に飛びつく
ちなみに、Mother Superiorは、ヨーコの隠語という解釈も成り立つ。
このさらに3部。
Happiness is a warm gun mama
発射直後の銃にこそ幸福がある ママ~
勿論、この歌詞は別解釈がある。
特に、3部のwarm gunは「射精直後の温かいペニス」という猥歌的解釈の他、「打ったばかりのヘロイン注射」というドラッグ的解釈と「撃ったばかりの銃の銃口」という暴力的解釈が可能だ。
Happiness is a warm gunは一曲丸々猥歌であるが、その他の曲では、その一部が猥歌である。
      ◆
例えば、Glass onionの以下の箇所。
Fixing a hole in the ocean Trying to make a dove-tail joint
海にある穴を埋めながら、鳩の尾っぽ型の蟻継を作ろうとしながら
ここでいうFixing a hole in the ocean(=海にある穴)のoceanはヨーコのことと読み替えれば、ヨーコとセックスするって事になる。また、「鳩の尾っぽ型の蟻継を作ろうと」というのは、ペニスを勃起させながらということ。
そう思って蟻継を見てみると確かに卑猥に見えてくるから不思議だ。
その他、ジョンの猥歌にはCome together、Dig a pony等がある。
具体的に見てみよう。
Come together は以下のところだ。
he got …

ビートルズ, 書評 »

[9 2 月 2009 | One Comment | | ]

リリーフランキー&福岡耕造の「ビートルズへの旅」を入手。
リバプールとロンドン、ビートルズが生れて育った街の写真の数々と、フランキーさんの文章のコラボだ。
何度見ても飽きない、素晴らしい写真集である。
    ★
フランキーさんも「豊かではないけれど、その土地に漂う品格というものが漂う。」と書いているが、ビートルズ等の生家、学校、教会、町並み、バー、ライブハウス、あらゆる所に、当時の歴史を感じさせる雰囲気が残っている。
そこには、すでに彼等の姿は無いが、この写真集は、確実に影を写しているのだ。
写真の多くはなんとも重い曇り空の下にある。
これがなんともイングランドらしくていい。
そういえば、I Am The Walrus、Strawberry Fields Forever等の憂鬱なタイプのジョンの名曲の背景に感じる重い空気と通じている。
具体的に、この中で一番興味深かったのは、ジョンとポールが出会ったセントピーターズ教会の庭の写真だ。
全てが始まった場所、そこは、ただの庭ではない。
そこは墓場なのである。
想像力たくましくするならば、リバプールの土地の霊が、ジョンとポールを引き合わせたのかもしれない。
そんな事をも感じさせる奥深い写真であった。
    ★
なにか手に届かないはずだった伝説のひとつひとつを実際に確かめて、ビートルズ対する尊敬が愛しさに変っていく。
と、フランキーさんもこの本の中で述べているが、凄くよくわかる。
実は、僕も今から15年位前に、ケンブリッジに1ヶ月滞在した時に、空気の重さを大いに感じた。
イングランドには幽霊が住むと言われるのがわかるような気がしたものだ。
偶然、そこの劇場でデニーロ主演の「タクシードライバー」を観たのを思い出す。
そして、益々、憂鬱に...
Can you take me back where I came from.
Can you take me back.
僕を、元居た場所へ連れ戻してくれるかい。僕を元居た場所に...
Cry baby cryのエンディングのメランコリックなフェードアウトが頭から離れない。
いつになるかわからないけど、再びまた、死ぬまでにイギリスに行ってみたい。
まさむね