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[29 11 月 2011 | 6 Comments | | ]

今日、Yahoo!トピックに「稀勢の里、32勝での昇進に異様な空気」という記事が出ていました。
普通ならお祝いムード一色だが、短時間で会見を切り上げるなどピリピリムード。29日に予定されていた使者待ち会見も急きょ中止に。後援会関係者も32勝での昇進に戸惑いを見せるなど異様な空気が漂った。
僕としてはなんだか複雑な心境ですね。個人的には、今場所の勝ち星数、相撲内容からいえば、大関は無理だと思っていたところ、琴奨菊との一番を前にして早々と大関昇進の速報が流れたのですから、「アレッ」という感じを抱きました。
それだったら、白鵬に勝ち、12勝を上げた先場所に琴奨菊と同時昇進させておけばよかったのに、と思ってしまったのです。
おそらく、そういった空気は日本中の相撲ファンの多くが共有していたことでしょう。そして、その空気こそ、冒頭の空気とどこかで通底しているものだと推察されます。
もう、この空気を払拭するには、来場所以降、稀勢の里が大活躍するしかないですね。そして、そのことを最もよく判っているのが稀勢の里だと僕は思っています。
それにしても、千秋楽の琴奨菊との一番は微妙でしたね。元々、苦手とはいえ、琴奨菊の一気の出足に後退を続ける稀勢の里。土俵際で、捨て身の突き落としを見せたのはいいのですが、明らかに先に土俵を割ってしまいました。
それに対して、正面の貴乃花審判部長が物言いをつけ、土俵上で協議、結局は、「確認の意味での協議で、軍配通り、琴奨菊の勝ち」ということになりましたが、その物言い自体が、なんとなく不透明な印象すら与えてしまったのは失敗でしたね。
敢えて、言うならば、「稀勢の里の負けをより惜しい負けに見せるための演出」に見えてしまったということです。
しかも、貴乃花審判部長の説明があまりにも淡白という印象を、普段はあまり相撲を見ない人(土日にしかチャンネルを合わせない人)に与えてしまったような気がします。
例えば、産経ニュースの「稀勢の里の大関昇進、どうも釈然としない」というコラムでは、以下のように指摘されています。
物言いの際の場内説明では、なぜ物言いがつき、どういう協議内容だったかの説明がない。
毎日、大相撲を見ている人には常識になっているのですが、実は、貴乃花審判部長の場内説明は、この一番に限らず、説明がとても淡白なのです。僕はそんなところにも貴乃花審判部長の現状を改善しようとする意欲のカケラを見るのですが、長年、大相撲を見てきた多くの人々にとっては、微妙な違和感を与えているのではないかと思います。事実、今場所も、13日目あたりだったと思うのですが、貴乃花審判部長独特の簡潔協議説明に対して、イナセな解説者として知られる北の富士さんに「ずいぶんと、簡単な説明だねぇ。」と言われていました。
僕らに染込んでいる、場内説明とは例えばこんな感じです。(あくまでも例です)
ただ今の協議について説明いたします。行司軍配は、西方××の寄りが有利と見て、××に軍配を上げましたが、向う正面審判の△△から、東方◎◎の左足が先に出ていたのではないかと物言いが付き、協議の結果、軍配通り、西方××の勝ちといたします。
ところが、こういった、日本人の誰でも(というのは大げさか?)が真似のできるような定型フォーマットの口上を、貴乃花審判部長は、こんな風に簡単に説明してしまうのです。
協議の結果、軍配通り、西方××の勝ちといたします。
思えば、大相撲というのは、日本人にとって、慣習と様式の塊のようなところがあります。例えば、中島みゆきの「蕎麦屋」という歌に、こんな一節が出てきます。
風はノレンをバタバタなかせて、ラジオは知ったかぶりの大相撲中継♪
大相撲の中継というのが、何も変らない日常のBGMとして聞こえているという、その感覚が凄くよくわかる、僕は大好きな一節です。
話がズレましたが、そういった大相撲というものが身にまとった慣習と様式に違和感を与えるような貴乃花審判部長の協議説明が、今回、最悪のタイミングで、勘繰られるように解釈されてしまったというのはちょっと残念だったですね。
また、勘繰りネタという意味では、以下の言葉はいかがでしょうか。
相撲で場所前、師匠(元横綱隆の里)が亡くなるという不遇に見舞われたにもかかわらず、ここまでよく10勝した。
これは、稀勢の里昇進に関して、貴乃花がインタビューに答えた言葉の一部です。
確かに、心情的には非常によく理解できるのですが、昇進理由に人情物語を介入させることは、受け取り方によっては、その昇進審査の客観性が疑われかねない、「危うい言葉」ではないでしょうか...誠に残念なことに。
おそらく、こういった「勘繰り」や先に述べた「異様な空気」というものは、大相撲を今まで、曖昧なまま、成り立たせてきた日本的村社会の常識自体が、微妙に揺るぎだし、それに連れて、今までは問題にもならなかったようなことが、段々、問題視されてきているという事象の一つなのかもしれません。
社会の様々な動きに呼応して、大相撲も、現代的に変貌していくべきなのか、それとも、伝統(慣習)は伝統として、守り続けていくべきなのか。それは、合理主義とノスタルジーの葛藤ということなのでしょうが、答えは簡単ではないように思えますね。
まさむね
2011年九州場所関連エントリー
2011.11.25:21回目の優勝を飾った白鵬について改めて考えてみた
2011.11.22:期待の大相撲・阪神四天王(豪栄道、栃の若、妙義龍、勢)
2011.11.21:大相撲で頑張る白人達の話
2011.11.20:九州場所の注目の二人・琴奨菊と稀勢の里について

歴史・家紋, 相撲/プロレス/格闘技 »

[25 11 月 2011 | 4 Comments | | ]

大相撲九州場所で、白鵬が13日目にして早くも21回目の優勝を飾りました。
ほとんどの人が場所前に白鵬の優勝を予想していたと思いますが、その予想を裏切らないのブッチぎりの優勝。圧倒的な強さと言う外無いでしょう。
これで貴乃花の持つ22回優勝の記録にあと1回となりました。北の湖(24回)や、朝青龍(25回)の記録を破るのも時間の問題でしょう。さらに、千代の富士(31回)、大鵬(32回)の記録を超える日も来るかもしれません。本当に、凄い横綱です。
おそらく、大鵬の記録を破れないケースがあるとしたら、北の湖や貴乃花のように、負傷によって休場が重なり、引退を迫られるような場合だけではないでしょうか。
ただ、現在の体調を考えるとそんなケースもあまり考えられないようにも思えます。
というのも、晩年の北の湖や貴乃花はその体重によって、動きが鈍くなったという点があったように思うのですが、現在の白鵬は理想的な体躯をキープしているからです。
今にして思えば、ちょうど貴乃花の全盛期は、曙や武蔵丸といった大型突進系の力士の全盛期と重なっており、それに対抗するため、無理に体重を増やさざるを得なかったという巡りあわせがあったように思います。それを考えると、貴乃花は、時代が悪かったのではないかと僕は思っています。
さて、白鵬ですが、その強さに関して、昨年、NHKで白鵬を科学的に分析する番組がありました。
それによると、彼の反射神経は、あのオリンピック100m走優勝者のウサイン・ボルトと遜色ないという驚異的な記録をだしていました。また、白鵬は一つ一つの動きを始める瞬間、他の力士は、反動をつけるモーションをつけないと動けないのに対して、そういったモーションをほとんどつけなくても、次の動作に入れる運動神経を持っているというような実験もなされていました。
おそらく、そのあたりが、立会いの踏み込みの良さ、巻き替えの速さといった具体的な動きとなって相撲に生きているのでしょう。
本当に、彼の天才は、ミクロの身体能力によって支えられているのです。
今日の相撲もそうでした。一時は琴欧洲が得意の右四つになったのですが、一瞬攻めあぐねている隙に、もろ差しの体勢に持ち込み、次の瞬間、頭を琴欧洲の脇の下に入れて、まるで俵返しのような下手投げで、大きな大関を転がしてしまいました。こんな芸当が出来るのも、白鵬だけではないでしょうか。
これは僕のイメージなのですが、白鵬は、相手と組んだり、突き合っている時に、相手の身体のバランスの弱点を察知し、そこを一気に攻める、そんな芸当を0コンマ何秒かで自然にやってしまっているのではないでしょうか。
例えば、七日目の豊ノ島戦だったと思うのですが、あの重心の低い豊ノ島を一発の突きで、土俵の外に出してしまいました。それは、無理矢理に力で相手を突いたというのではなく、素人の僕には、自然の摂理に従って、相手の最弱点を見切り、ソコをちょっと押したという気孔のようにも見えました。
そういえば、以前、白鵬は、アナウンサー氏の「どのような相撲をとりたいか」というインタビューに答えて、「勝たないような相撲」と答えていました。アナウンサー氏は、聞き間違えた、あるいはネイティブではない白鵬が日本語を間違えたのかと勘違いしたのか、怪訝な顔をしていましたが、まさにそれは白鵬の相撲感を正しく表現している言葉だったのだと僕は思っています。
つまり、それは無理矢理、相手をねじ伏せて勝とうとするのではなく、相手がいつの間にか負けるように持って行く相撲をとりたい、という意味だったのではなかったでしょうか。
さて、そんな白鵬ですが、今後、誰が彼に対抗するような力士になっていくのでしょうか。現時点では全くわかりません。
個人的には、白鵬とは対極の体格と力で相手をつぶすような相撲をとる把瑠都に期待をしたいのですが、どうも、いい時と悪い時の差があっていけません。
今場所も、阿覧戦、鶴竜戦で豪快な吊りや、琴奨菊戦や稀勢の里戦で力にまかせた寄りを見せた一方で、昨日の日馬富士戦では、何も出来ずに土俵を割ってしまっていました。
また、現時点で白鵬が最も苦手としている稀勢の里はどうでしょうか。
今場所は、大関捕りがかかっているためでしょうか、前半の安定した取り口が、中日の琴欧洲戦あたりからガタガタに崩れてしまいました。まだまだ精神面に課題があるのでしょうか。残念ながら、今場所は11勝しても大関は難しいかもしれません。最低10勝を残して、来場所に期待したいと思います。
さらに、数年先になるかもしれませんが、現在、平幕の栃の若や妙義龍といった新興勢力に期待するしかないのかもしれません。
まぁ勝手なことを書かせていただきました。
月並みな言い方になりますが、先ほど書いたことを繰り返させていただきます。現時点では、白鵬の最大の敵は体調ということになると思います。
ようするに、それほど凄い横綱だということですね。
最後に、白鵬の家紋についての話です。
彼は優勝パレードの時に着る紋付には必ず丸に三つ鱗の家紋(左図)をつけています。
そして、この三つ鱗紋は、鎌倉幕府執権の北条家の家紋として知られています。実際は、北条家の紋は、丸は無く、若干ひしゃげた北条鱗という紋(右図)ですが、それでも白鵬と同系統の紋であることには変りありません。
僕は以前より、白鵬がこの三つ鱗紋を付けていることに謎を見ていました。
ご存知の通り、北条家というのは、元寇を追い払った武家の紋、つまりモンゴル民族にとっては宿敵の紋だからです。
そして、一般的には、外国人力士は親方の紋を付けるのが通例のようです。例えば、把瑠都は三保ヶ関親方(元大関・増位山)の丸に違い丁子紋、日馬富士は伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)の丸に抱き茗荷紋、琴欧洲は先代・佐渡ケ獄親方の琴桜の丸に蔦紋というようにです。また、ちなみに、白鵬の親方の宮城野親方(竹葉山)、宮城野部屋創設者の吉葉山はともに、丸に三つ柏紋です。
ということは、白鵬が三つ鱗紋を付けているというのはある「意図」に基づいていると考えるべきだと思ったのです。そして、私には、その「意図」が、非常に気になったというわけです。
実は、それに関して、以前、大相撲協会に問い合わせてみたのですが、全くラチがあきませんでした。また、機会を見て確認してみたいと思います。
まさむね
2011年九州場所関連エントリー
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[22 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

大相撲が面白いですね。
やっぱり、何事も一生懸命に見ないとその面白さはわからないとつくづく思います。
本日、十日目。ついに、全勝の大関・琴奨菊に土が付きました。相手は、一昨日、昨日と必殺の「吊り技」で相手を根こそぎ持ち上げて土俵の外に運んだバルチック・クレーンこと、怪力の把瑠都です。
この把瑠都、とにかく胸を合わせて相手の上手を引いてしまい、上からのしかかるような体勢になれば、大抵の相手はもう身動きが取れません。
今日の琴奨菊もそうでした。吊られはしなかったものの、そのまま寄り切られてしまいました。
先輩・大関の意地という言い方も出来るかもしれませんが、明らかに体格負けでしょう。仕方がありません。明日からまた頑張って欲しいですね。
さて、本日は、今場所気になった新鋭力士について語ってみたいと思います。
豊ノ島、栃煌山、隠岐の海といった幕内上位の常連の次に位置する力士達についてです。
誰もが、今最も旬な若手といえば、栃の若の名前を上げざるを得ないでしょう。7日目の日馬富士戦では、なんと初対決で白星を上げてしまいました。さらに、昨日の白鵬戦、今日の琴欧洲戦、ともに敗れはしたものの、ファンの大きなインパクトを残しました。
192cmの長身、そして懐の深さは、かつての横綱・双羽黒(北尾)を彷彿させます。顔もなんとなく似ているんですね。
これはどんなスポーツでもそうなのですが、将来、伸びる選手は、必ず若いときにキラリの光るものを見せます。
ただでは土俵を割らないという意地のようなものを感じさせます。この負けず嫌いのところが凄いいいんですね。
 「男子三日会わざれば刮目して見よ。」と言いますが、まさに来場所以降が楽しみな力士です。
次に僕が注目なのは、ていうか、誰でもが注目せざるを得ないのが、妙義龍でしょう。彼は豪栄道と高校の同級生です。一方の豪栄道は高校卒業を待たずして角界入門を果たしたのに対して、この妙義龍は大学に行ったため、ようやく幕内入りした段階ですが、その将来性はもしかしたら豪栄道よりも上かもしれません。
で、どこが良いって言えば、その体つきですね。身長は186cmとそれほど低くは無いのですが、足が短いせいか重心がとても低い。しかも肩の筋肉が発達しています。
どちらかといえば、相撲取りというよりもプロレスラーの体型に近いんですね。
あえて、言えば、90年代に全日本プロレスの常連だったダグ・ファーナスのようなたたずまいがあると僕は思っています。
そして、その体型ゆえにでしょうか、運動神経が物凄くいいのが一目でわかりますね。あんまり、力士に対して、運動神経やあるいは身体能力といった言い方はしないものですが、この妙義龍にだけは、そんなスポーツ用語を使いたくなります。
みなさんも是非注目してみてください。
そして、豪栄道の同僚という意味で、同様に僕が注目したいのが、今場所、初の十両昇進を果たした勢(いきおい)です。
彼は小学校の時、豪栄道と同じ相撲道場に通っていました。わんぱく相撲全国大会で準優勝もしたことがあったんですね。そんな彼は、中学卒業後、高校進学をせずに、3年間、フリーター生活をしていたというのですから、十分、変り種です。
今まで、中卒、高卒、大卒といった、それぞれのタイプの力士がいたのですが、フリーター力士というは、僕の記憶では初めてですね。その意味でも極めて現代的な力士といえるかもしれません。
しかも、顔がなかなかイケメンです。新十両のくせに、今場所は既に9勝をあげており(しかも唯一の負けが相手の髷に指が入ってしまっての反則負け)、もしも優勝してしまえば、入幕もすぐそこです。まさに勢いのある存在ではないでしょうか。
そして、その妙義龍、勢との幼馴染で、一歩先を言っている豪栄道も、今場所なかなか、頑張っています。勝ち星は、4勝(5敗)とそれほど伸びてはいないのですが、稀勢の里、把瑠都、日馬富士といったところを倒しています。そして、今日の隠岐の海戦も取り直し後の一番で圧倒していました。今までは、攻めの遅さが指摘されがちではありましたが、ゴツゴツとして体躯は魅力的で、朝青龍の後継者になりうる逸材だと僕は思います。
さて、今日取り上げた栃の若、妙義龍、勢、豪栄道の共通点ですが、実は三人とも大阪・兵庫といった阪神地区出身の力士なんですね。
そして、この阪神地区というのは、人口の多さに比べて、力士の出身地としてはこれまではそれほど恵まれていませんでした。もしかしたら、力士という泥臭い職業には合わない土地柄かとさえ思っていました。歴史をさかのぼれば、何人も大物はいるのかもしれないですが、僕の印象に残っている人では大関の増位山くらいでしょうか。
それよりも、北海道や青森、そして高知、九州といったところの方が、たくさんの力士を輩出していますから。
というわけで、豪栄道、栃の若、妙義龍、勢という阪神四天王(勝手に名づけさせていただきました)にはこれからも頑張って欲しいですね。
まさむね
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[21 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

今日も昨日に引き続き、大相撲の話題をしたいと思います。
今日のテーマは白人力士です。
現在、幕内以上の白人力士は、碧山(ブルガリア)、魁聖(ブラジル)、阿覧(ロシア)、黒海(グルジア)、臥牙丸(グルジア)、栃の心(グルジア)、琴欧洲(ブルガリア)、把瑠都(エストニア)の8名がいます。いつの間にか沢山になりましたね。
10年ほど前までは、いわゆる小錦、曙、武蔵丸といった超大型ハワイ系の力士がいて、彼らにひきづられるようにして、力士の体格がどんどん大きくなりました。ただ、一方で動きが鈍くなり、すぐに前に落ちる相撲が目立ったり、怪我が増えたというマイナス面もありました。
でも、僕は、褐色の超大型力士が好きでした。そのおおらかなたたずまいと独特の明るさがあったからです。
そんなハワイ系力士の明るさを、一番引き継いでいるのが大関・把瑠都だと僕は思います。今日の相撲も、鶴竜に中に入られ、もろ差しを許しながら、肩越しに両上手を引き、強引に吊り出してしまいました。こんなことが出来るのは、把瑠都だけです。
僕は子供の頃から、若浪や陸奥嵐といった吊り技系の力士が好きでしたね。ただ、近年、朝青龍がたまに見せるくらいで、吊りを得意とする人が減ってきて凄く残念でした。
そんな朝青龍引退後、唯一残った吊り技力士がこの把瑠都です。ただ、往年の吊り技系力士がいわゆるソップ型が多かったのに対して、把瑠都は巨漢、しかもその吊りは強引そのものです。僕は個人的にそんな把瑠都の吊りをバルチッククレーンと呼んでいます。
昨日の阿覧戦、今日の鶴竜戦と続けて彼が見せてくれた吊りは本当に豪快で、ほとんど彼の一人芸ですね。僕は勝敗論は別にして、そういった把瑠都のユニークさをもっともっと磨いて欲しいと思っています。
相撲の定石からしたら、「もっと基礎を覚えろ」的な言葉が彼には投げかけられるべきなのでしょうが、僕のような素人は、素人なりの楽しみ方をしたいと思います。
さて、把瑠都以外の白人力士についても語ってみましょう。残念なところ、今場所は、新入幕の碧山以外は星が上がっていないですね。特にグルジア三トリオと阿覧は今場所は大きく負け越してしまうでしょう。臥牙丸などは、まだまだ、いわゆる”家賃が高い”のでしょうが、阿覧と栃の心と黒海の不調は残念です。
阿覧に関して言えば、相撲をまだあんまり覚えていなかった十両の頃の阿覧は荒々しくて好きでしたね。個人的にはバチバチ系と呼んでいました。張り手とか凄かったですから。ただ、幕の内上位に定着し、相撲を覚えてくるにしたがって残念ながら個性も薄れてきてしまったように思います。負けてもいいけど、かつての荒々しさを戻してほしいような気がします。
例えば、高安とか嘉風とか、向こう気の強い力士との対戦などで、かつてのバチバチ相撲を思い出して欲しいと思ったりもします。
栃の心の魅力はその腕力の強さですね。幕内下位にいたときは、上手を引いたときのその腕力だけでどうにかなったような気がするのですが、上位になると、残念ながら通用しないのでしょうか。大物喰いが出来ないですね。横綱、大関にとっては安パイ的な存在になってしまっているように思えます。
相撲以前には、サンボと柔道をやっていたということですが、そういった格闘技経験をなんとか自分の中で、相撲技として生かすような工夫は出来ないのでしょうか。
古い話ですが、かつて栃赤城という柔道出身の力士がいました。彼は「サーカス相撲」と揶揄されながらも、決してそのスタイルを崩そうとしなかった、大関にはなれなかったのですが、柔道という格闘技のバックボーンを十分に相撲に生かしてくれた力士として、僕らの記憶に残っています。
栃の心には、そういった異種格闘技的相撲スタイルを期待したいのですが...ちょっと今からは難しいでしょうね。
また黒海は叩きや引きといった、どちらかといえばネガティブな技のプロフェッショナルとして頑張って欲しいと思いますね。勿論、頭からぶつかっていく相撲というのは見ていて楽しいのですが、黒海にはそれとは別の相撲をさらに磨いて欲しいですね。彼の手の長さという日本人には無い特徴を生かして欲しいところです。
ブルガリアの二人(琴欧洲と碧山)は、早く二人の対戦が見たいところです。確か、琴欧洲の紹介で大相撲入りした碧山ですが、琴欧洲を目標にして頑張ってきたと聞いたことがあります。そういう、因縁のある二人が、お互い辛苦を超えて対戦するという物語は、多くの人にも感動を与えると思います。
今場所の碧山を見ていると、近い将来、そういったことは実現しそうですね。
いずれにしても、モンゴル人力士もそうですが、遠く故郷を離れて頑張っている外国人力士は、日本人力士とは違って、ハングリー精神が凄いように感じます。物価水準はよく知りませんが、彼らの月給は、故国にいたとしたら決して手に出来るような金額ではないはずです。
日本という国で、夢をつかもうとして頑張る異国人の純粋さに僕は魅力を感じます。
そして、これからの大相撲は、全世界の青年に夢を与えるようなスペクタクル格闘技になって欲しいと思いますね。
まさむね
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[20 11 月 2011 | 3 Comments | | ]

今日は久しぶりに大相撲についての話です。
今年前半のいわゆる不祥事の影響か、九州場所でのお客さんの入りは今一つのようです。
もともと、九州場所は、両国に比べると空席が目立つことが多いのですが、それでも8日目まで、まだ満員御礼が出ていないのはちょっと寂しいですね。
ただ、ここまで観てきて、やっぱり、琴奨菊と稀勢の里という注目を集める二人の活躍は素晴らしい。
今日はその二人について語ってみたいと思います。
先ほど、客入りがいまひとつという話をしましたが、それでも、今場所は福岡県柳川市出身の新大関の琴奨菊が好調なので土俵の盛り上がりは、いつも以上に感じられます。
この琴奨菊に関してですが、自分の印象だと、大関になる以前は、豪栄道、稀勢の里、鶴竜、栃煌山、豊ノ島等と比べて、それほど突出した感じはしていなかったのですが、先場所位から、急に別格的な存在になってきましたね。
琴奨菊のいいところは、土俵下で次の対戦を待つときの集中力の高め方、そして塩の撒き方、このあたりの個性的な所作は僕の好みです。
白鵬をはじめ、土俵下では、極めて無表情な力士が多い中、琴奨菊は両肘を締めて顔を覆う仕草をします。まさに、これから勝負へ向う男の緊迫感が漂っています。
また、塩の撒き方ですが、琴奨菊は、朝青龍以来の上位の左利き力士ですね。しかも、塩を撒く方向が前ではなく横。こういったちょっとした違いが僕には好ましく感じられます。
ある意味、力士が積み重ねてきた歴史がそういった一つ一つの所作として現れているのだと僕は感じます。多分、今までの勝敗の縁起の積み重ねなのでしょう。
勿論、今場所の琴奨菊の相撲内容は素晴らしい、今日の鶴竜戦など、既に二人の間に厳然と存在する「格」の違いを見せ付けてくれました。やはり、番付が力士を作るという面もあるのだということを改めて知りました。
しかし、それにしても福岡国際センターの琴奨菊コールは凄いですね。地元福岡、柳川からの応援団という話ですが、子供達が一生懸命に応援している姿というのは、全く関係のないテレビのこちら側の視聴者をも励ましてくれているようです。
僕は、柳川という街に一度、足を運んだことがあるんですが、本当に綺麗な街ですね。数学者の藤原正彦が「国家の品格」の中で、美しい風土が偉人を生むというなことを書いていましたが、確かに、柳川という街は、人口の割りには多くの有名人を輩出しています。琴奨菊を始めとして、北原白秋(詩人)、壇一雄(小説家)、廣松渉(哲学者)などの文化人や、妻夫木聡(俳優)、徳永英明(歌手)といった芸能人もそうですね。
さて、話は変りますが、今場所、大関昇進を賭けて闘う稀勢の里の闘志もいいですね。
今日の相撲は、琴欧洲の一気の出足に、危ない場面もあり、徳俵に足をかけての辛勝でしたが、それでも勝ちは勝ちです。一場所15番あるうち、こういった相撲も数番はあるもので、それをいかに乗り切るかというのが大関昇進のカギになります。その意味で今日の一勝は大きかったように思います。
稀勢の里を見ていて感じるのは、その堂々とした態度が、往年の北の湖に似ているということ。土俵下での、その表情は、悪く言えば無愛想にも受け取られがちかと思うのですが、それでも、あのマブタを激しく開閉して紅潮した顔面は、琴奨菊とは別の意味で、常に緊張感を感じさせます。
そして、稀勢の里といえば、もう一つ、付け加えなければならないのは、本場所直前に亡くなった元横綱隆の里の鳴戸親方のこと。テレビニュースでは、涙を見せながらその悲しみを語っていた稀勢の里ですが、大関昇進こそが一番の供養になるということでしょう。
鳴戸部屋の力士は、稀勢の里もそうですが、高安、十両の隆の山など、多くが茶色のマワシをつけて土俵に上がっています。勿論、これは亡き親方・隆の里のマワシの色と同じ。
先場所まではそれほど、気にしていなかったのですが、親方が亡くなった今場所は特にその色が現役時代の親方を思い出させ、往年の相撲ファンの心の奥の記憶を刺激しますね。
これも大相撲という長い歴史のある芸能スポーツだからこその、味わい方だと僕は思います。
琴奨菊と稀勢の里。今場所、残り7日ですが、優勝を目指して頑張って欲しいと思います。
まさむね
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