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秋場所が始まった。
最近、この時期になっても暑い年が続いていたが、今年はすっかり秋の雰囲気だ。
暑すぎず、寒すぎず、いい気候は名勝負を生み出す...そうあってほしい。
初日の注目は、朝青龍と把瑠都の対決だ。
両者とも、「つり」を得意とする力士である。というか、幕内力士で「つり」を得意技にしているのはこの二人だけだ。
「つり」好きの僕はそういう意味で、この対決における「つり」合戦が楽しみなのであった。
どんなスポーツでもそうだが、相手の得意技で倒すこと、それは相手へ与える精神的ダメージが最も大きな作戦だ。
今後の対戦を視野に入れた両者の「つり」合戦が楽しみなのは、そういった背景があるのだ。
しかし、勝負は意外に(?)あっさりと決まってしまった。動きの速さでは一枚も二枚も上の朝青龍が、把瑠都の懐にとびこみ、強引な「つり」を二回見せる。そして、把瑠都がひるんだところを突き出した。
朝青龍の完勝である。左ひじと右ひざのテーピングが少し気になるところだが、動きはよさそうだ。
今場所の復活劇を是非みたいものである。
一方、勢いあまった把瑠都は客席に吹っ飛んだという。把瑠都にとっては屈辱の瞬間だったろう。
これで、朝青龍には初顔合わせから7連敗。いつ、朝青龍に歯が立つようになるのだろうか、その日が来るのが楽しみだ。
その他、白鵬が安美錦を寄り切った一番は、さすがだ。曲者の安美錦の動きを制した完勝だった。
土俵際、一瞬、もろ差しになり、反撃か?と期待させたのもつかの間、白鵬の出足と腰の低さは、安美錦の相手ではなかった。今場所も本命はやはり、白鵬だろう。
また、琴欧洲の出足も素晴らしかった。稀勢の里とはかつてのライバルということで、好勝負が期待されたのだが、琴欧洲が立会いするどく踏み込み、一気にもろ差しへ、そのまま寄り切った。いつの間にか、この二人の力の差が歴然としてしまったということか。
琴欧洲も好きだが、日本人横綱に一番近いと思われる稀勢の里にも声援を送りたい僕の複雑な心境をよそに、一瞬で勝負が決まってしまったのであった。
初日の印象として、やはり上位陣の安定性が目立った。総じてみんな体調もいいのだろう。いやそう思いたい。
今場所、白鵬が優勝すれば、12回目ということになる。あの双葉山に並ぶのだ。
白鵬が大横綱への道をひたすら歩んでいるようにも見えるが、それにストップをかけるのは、朝青龍だろうか、先場所13勝した琴欧洲だろうか、それとも日馬富士だろうか。
予断だが、西側の花道の脇には林家ペーのピンクの衣が見えた。
彼の姿を見ると、両国に場所が帰ってきたのを実感する。それはそれで、風物詩だ。
まさむね
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鳩山政権誕生を目前にして、閣僚人事、党人事が徐々に決まって来ているようだ。
国家戦略局の担当相に菅直人、外相に岡田克也、年金担当相に長妻昭、財務相に藤井裕久というような人選らしい。
それらの顔ぶれをみると、やはり今までの実績を重視した民主党のオールスター、実力派を揃えた本格的な内閣との印象を受ける。特に左図の藤井裕久は、財務省のOB、現役の職員達の大先輩にあたる人物だ。年功序列を絶対とする官僚への重しとしてはこれ以上ない人選のようにも思える。
勿論、僕は上記の人のどなたともお会いしたことがないので、過去の新聞、テレビやネットニュースでの印象を話ているだけだ。だから、実はとんでもない話なのかもしれないが、そのあたりは、まだよくわからない。
さて、今回の人事における最大の話題はなんと言っても、小沢一郎の幹事長起用である。小沢氏が幹事長に就任したということは、彼が民主党内の実権を握るということを内外に公然と示したということらしいのである。
それは自民党の幹事長に、柳の下の幽霊のような風貌の細田氏が就任しているのとは全く違う意味合いがあるということだ。
テレビ(土曜日のテレ東の「週刊ニュース新書」やTBSの「報道特集」など)によると小沢氏が幹事長に就任したことによって、権力の二重構造が生まれるのではないかという懸念があるらしいが、それは確かに物語としてはわかりやすい。
どちらかといえば、インテリなお坊ちゃんの鳩山由紀夫氏が首相で、強面の実力者小沢氏が陰でその鳩山氏をあやつるという図は、どこか、既視感があるのだ。
古くは90年代、新進党結党会見で臨席した初代幹事長の小沢一郎に核心の質問が集中し思わず「党首は私なんですから質問の順序が逆じゃないんですか。」と海部俊樹が切れた、あの場面を思いおこさせるのである。
そういう意味で言えば、日本の政治システムは変わっていないのか、小沢一郎が変わっていないのか、あるいは政治記者のセンスが変わっていないのか、さらに言えば、それを楽しむ一般市民の楽しみのツボが変わっていないのか、おそらく、それら全部なのだろうが、とにかく進歩がないように感じる。
個人的には、かつてのプロレス界を思い出させる。鶴田と天龍が素晴らしい死闘を繰り広げていた90年代前半、しかし、試合後には、その二人ではなく、記者が囲むのは決まって馬場さんであった。
おそらく、記者も本能的に、その場の空気を支配している本当の実力者が誰なのかというのがわかっていたのであろう。
まさしく、日本的な話なのであるが、これが「現実」なのである。
藤原不比等、後白河法皇、徳川家康、そして田中角栄、一線を退いたと見せかけながらしかし、強大な権力を持ついわゆる「院政」の歴史が日本には脈々とある。それが、ある時は日本人のリスクヘッジであり、外部から見たら攻め難さでもあった。
好き嫌いで言えば、僕はこういった老獪な制度は嫌いではない。
おそらく、顔の無い権力システム・霞ヶ関と院政・民主党政権との権力闘争が始まるのであろう。
そういえば、民主党の目玉政策の一つに今までの記者クラブとの馴れ合いの排除というのがあった。
そうなるとマスコミは潜在的に民主党の敵にならざるを得ない。となると当然、マスコミが、官僚のリーク情報をもとに発信するニュースも、そのうち反民主のバイアスがかかってくる可能性があるということだ。
といういことは、一つ一つの記事の裏を読むセンスが僕たちにも求められてくるということか。
そして、そのセンスとは、かつて、東スポの記事を読みながら、その裏を読んでいたプロレス者の感性に近いのではないだろうか。
もし、そうだとすれば、それはそれで、面白くなってきた。ここは一つ、朝日新聞でも取ろうかな。
まさむね
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かつて、プロレスジャーナリストの斉藤文彦さんが「すべてのことはプロレスから学んだ」と語っていたが、僕もプロレスから学んだことは沢山ある。
最近、時々、こんな話を思い出す。
ターザン山本氏のコラムだったと思うが、往年の名レスラー、ニック・ボックウィンクルが子供の頃、父親に反抗して家出をしたときの話だ。
父親は家を出ようとするニック少年に言ったという。
「そこの部屋の隅にあるエンプティボックス(目に見えない空の箱)を持って行きなさい。」
その時、ニック少年はそれが何のことかわからなかった。
部屋の隅にはそんな箱など、どこにもなかったからだ。
親父、何を言ってるんだ、変なことをいうな、くらいに思ってそのまま家を出たという。
しかし、ニックの心の中には、ずっとそのエンプティボックスは残り続けた、謎として...
そして少年は歳を経て、やがて大人になり、いつしか、自分も子供を持つような年齢になる。
そうして、ようやく、父親が少年だった自分に持っていけと言ったそのエンプティボックスとは何だったのかがわかるようになったというのだ。
コラムはここで終わっていた、と思う。
手元にその本がないので細かいところは違っているかもしれないけど、確かそんな感じの話だった。
サンテクジュベリの「星の王子様」ではないが、大人になると見えなくなるものは沢山ある。
しかし、逆に大人にしか見えないものもあるのだ。
僕はここ数年、そのことが少しずつわかってきた。
40代後半になって、そして50歳を目前にして、僕もようやく大人になりかけたということだろうか。
会社という組織にいると、会社を辞める人、入ってくる人、沢山の人に出会い、そしてまた別れるということを繰り返す。
さすがに、恥ずかしくて口には出さないが、会社を辞めたいという若者を前にして、僕もニックの親父さんと同じように「辞めるのはかまわないけど、そこのエンプティボックスを持っていきな。」と心の中でつぶやく。
心の中でつぶやくだけだから、当然、相手には伝わらないが、僕は夢想するのだ、若者の中にそのエンプティボックスが何らかの形で残り続けることを、そして、彼が歳をとって、僕と同じような立場になった時に、また次世代の若者にエンプティボックスを持っていかせることを...
まさむね
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枕草子の第百六段『無徳なるもの』(現代語訳=ぶざまなもの)の中にこんな一行がある。
「相撲に負けて入るうしろ手。」(現代語訳=相撲取りが負けて引っ込む後ろ姿)
今から千年も前から、負けて花道を下がる力士はこのように観られていたのだ。
おそらく、この「無徳さ」を現代に引き継ぎ、さらに、見世物にまで昇華しえたのが高見盛である。
勿論、勝って胸を張って花道を去る高見盛を観たいのは言うまでもないが、一方で、彼の「無徳さ」にも心弾かれる。
千両役者というのは彼のような関取のことをいうのだろう。
今場所は負け越してしまったが、来場所も、僕たちを楽しませてほしい。そして、いつまでも土俵に上がり続けて欲しい。
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今場所ある意味で、最も進歩したのが把瑠都であった。
四日目の栃の心戦、十三日目の翔天狼戦、千秋楽の琴奨菊戦と11勝のうち3勝を「つり出し」で勝っているのだ。
相手の肩越しにつかんだマワシをクレーンのように持ち上げ、そのまま相手を土俵の外に運ぶ。
把瑠都にしか出来ない大技だ。
オリジナルの型を持つ力士は強い。
横綱、大関との対戦成績が悪いのが気になるが、その紙一重の壁さえ破れれば、把瑠都に大関の声がかかるのもそう遠くはないに違いない。
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成績という意味では、安美錦の11勝4敗は立派だった。技能賞というのも納得できる。
僕の中のイメージで言えば、安美錦は『浮世雲(はぐれぐも)』の主人公・雲だ。いつもは飄々とした色男。ところが、一たび太刀を抜けば名人の腕前。安美錦の相撲と瓜二つではないか。
来場所は、また三役に復帰するだろう。そこでまた「欲のない強さ」を見せてもらいたい。
そういえば、先に触れた高見盛もこの安美錦も青森出身だ。青森という土地は、大相撲という見世物にとってある意味大事な個性という「花」の名産地である。
上記二人の関取に加え、演劇評論家で早稲田大学客員教授の宮沢章夫氏が提唱する演劇的な「くたびれた肉体」を最も体現する武州山も青森出身だ。
さらに、その他でも、顔面絶壁男・岩木山、反骨の塩撒き王・将司、眉毛横綱・海鵬等、個性的な面構えが並ぶ青森県出身力士。
全体的に高齢なのが気になるが、これからも土俵に「花」を添え続けてくれるだろう。
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そして最後に、やはり触れなくてはならないのが白鵬だろう。なんだかんだと言いながら、優勝をさらった。安定性という意味で言うなら、おそらく大鵬、千代の富士、貴乃花のそれぞれ全盛時にもひけを取らない。
特に十四日目の日馬富士戦では、日馬富士の最高の立会いを受け止め、すぐに両差し。相手を後ろ向きにさせ、電光石火のごとく送り出した相撲は、まさに横綱相撲と呼ぶにふさわしい内容であった。
魁皇と千代大海の土俵際人生、琴欧洲と稀勢の里の明日への希望、朝青龍と日馬富士の捲土重来...
9月には、また、楽しみ満載の秋場所が待っている。
まさむね
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朝青龍が千代大海の引き落としにばったりと落ちた。
立会いから千代大海の突き押しに後退し、土俵際まで追い詰められ、体が完全に伸びきったところを引き落とされてしまったのだ。
一緒にテレビを見ていた妻は仕切っている時から、朝青龍の肌つやの悪さ、オーラの無さを指摘していたが、結果は案の定。
女の勘はいつも鋭い。
それにしても、ここ数場所、一度、緊張感の切れた朝青龍のその後の取り組みはあまりにも脆い。
人並みはずれた気迫と集中力でここまで綱を張ってきた横綱だけに、今後が気になる。
白鵬や日馬富士等、モンゴル勢の成長、琴欧洲、把瑠都等巨漢の欧州勢の台頭の陰で朝青龍の存在感の薄さは寂しい。
このまま、ジリジリと引退の道を歩んでしまうのだろうか。それはあまりにも悲しすぎるではないか。
かつて、憎らしいくらいに強いと評され、ヤンチャで豪放磊落な横綱として、一世を風靡した男の意地を見せるのはこれからだ。
人間誰だって、上り坂の時もあれば、下り坂の時もある。しかし、人間の価値は、その下り坂の時にどれだけ踏ん張れるのかにあるのではないか。
今が正念場の朝青龍、彼の本当の物語はこれから始まるのだ。
その他、今場所で輝いている関取について語ってみたい。
朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜に続く、モンゴル勢の雄が翔天狼だ。その優しい表情からも想像できるが、彼は本当に親孝行らしい。彼が勝てば、故郷のお父さん、お母さんも喜ぶと思えば、応援しないわけにはいかない。そんな雰囲気を持った彼はスターの素質十分だ。
花がある力士といえば、やはり山本山を外すわけにはいかないだろう。猛虎浪との一戦は、ギリギリの取り直し、極端に体力が無いのか体が重すぎるのか、二番目は見るからに疲労していた。それはそれで見世物としては面白いのだが、大丈夫かと思わず肩を叩きたくなる。
あまりの疲労のため、控え室に下ったのは勝った猛虎浪よりも後だったという冗談みたいな逸話を残してくれた。
今場所は、把瑠都の明るさがヤケに目立つ。元々、陽性の力士ではあるのだが、対戦を終えて花道を下るときのニコニコ顔は憎めない。体の大きさは精神のおおらかさをも内包しているのか、白人とはいえ、久々に「お相撲さん」といったたたずまいが素晴らしい。
今場所好調なのが琴欧洲である。体の大きさの割りに、相撲の小ささ、気の弱さが指摘される大関だが、今場所は逆にその気の弱さを慎重さに替え、巨漢力士にありがちな大雑把な相撲ではなく、理にかなった動きで、昨日の魁皇戦も上手く乗り切った。白鵬という大きな壁があるにしても、久々にやってきた優勝のチャンスを是非ものにしてほしい。
また、ご当地の琴光喜も好調のようだ。ここのところ、分の悪かった日馬富士に対して、彼を上回る動きの速さで1敗を守った。熱烈なファンでしられる愛子様も大喜びだろう。最近は、プロ野球にもご興味をお持ちだという愛子様だが、今日の琴光喜を見て、再び大相撲を見直してくれたに違いない。
好調と言えば、稀勢の里を忘れてはいけないだろう。その武骨な表情はかつての北の湖をも髣髴させる。花という意味では残念ながら琴欧洲や日馬富士に一歩譲るかもしれないが、内に秘めた気迫は並ではない。日本人として横綱に最も近い男、攻めて攻めて攻めまくれば、栄冠も近いに違いない。
一方、頑張って欲しいのが阿覧だ。初めての上位挑戦で星が苦しくなるのは仕方が無い。しかし、いつもの力まかせのバチバチファイトが見られないのが寂しい。確かに、彼の課題は、相撲のセオリーを学ぶことだという意見もわからなくもないが、彼の個性である格闘技的な気迫、ファイトを期待したい。おそらく彼にしか出来ないパワーファイトがあるに違いないのだ。
まだまだ語りたい力士は沢山いるのだが、今日はこのへんで...
それにしても、やっぱり相撲は楽しい。様式美の中に人間の生の気持ちが現れる一瞬が見る人の感情の襞に触れるのだ。
日本人の発明したもののなかで最高の一品が大相撲だと思うのは僕だけだろうか。
まさむね




