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日常雑事 雑感 »

[16 8 月 2010 | No Comment | | ]

夏のコミケに行ってきた。
とにかく、物凄い人だ。しかも暑すぎる。
話には聞いていたが、この3日間が1年のうちで東京ビッグサイトのジュース類の売り上げが断トツに1位というのはわかる。
僕が足を運んだのは、屋上にあるコスプレエリア。なんで、こんな暑い日差しの下、わざわざコスプレ衣装を身にまとうのか。レイヤーの方々には本当にご苦労様と言いたい。
しかし、一方でそこかしこに、疲れきって、座り込むオタク達。遠くから見ると、岩礁に休むトドの大群のようだ。もちろん、僕もその一人だが。。。
ここ1ヶ月位の間に、こうしたコスプレイベントを観て回っているが、写真を撮るカメコたち、写真を撮られるレイヤーたち、彼ら彼女らは本当に礼儀正しい。
黙々と並んで、声を掛けて、ポーズを取ってもらって、シャッターを押して...そんな光景がそこかしこに見られる。
これがもしビジネスライクなイベントだったら、みんな文句の一つも言いたくなるだろう。
でも、みんな整然として暗黙のルールを守って楽しんでいる。
同日、遠く九段下では靖国神社に参拝する人々がいる一方で、ここにはキャラになりきった人々がいる。この世ではなく、想像のもう一つの世界に触れようとするという意味では共通なものがあるのかもしれないと思った。
敢えて極論するならば、いずれにしても日本人は確固たる共通の宗教心がない分、それぞれが自分の想像の世界を持っている。それがこうしたコミケ的な世界に造っているにちがいない。まるで八百万の神々が彼らが描くそれぞれの漫画に降臨する、だからこそ、コミケはお祭りなのである。それにしても暑い...
僕が今年のコミケに足を運んだ一つはコスプレイヤーの人々と触れることだが、もう一つは、竹熊健太郎さんに会うためだ。彼は、このコミケでマヴォ5号を販売している。TシャツやDVDもそうだ。
しかし、カタログが重過ぎて探す気もうせる。現地で携帯で「たけくまメモ」を見れば出展場所がすぐにわかるだろうと考えた僕が間違っていた。携帯など、ここではつながるはずもない。一緒に現地を回っていただいたスタジオハードデラックスの方の話だと、docomo、au、SoftBankはそれぞれ中継車を出しているそうだが焼け石に水の状況だ。
さきほど述べた「トド」達が一斉にアクセスしようとしてる。つながるわけもないのだ。
しかし、僕も負けてはいられない、数十回のアクセスの末、「たけくまメモ」に到達。彼のブースをようやく知ることが出来た。
もちろん、竹熊さんは売り子としてそこにいた。暑さゆえに、相当、衰弱した感じだ。いつものパワーは無い。
「50歳の身にはコミケはつらいですよ。」
と笑っていた。
いきなり、竹熊さんのお父様が竹熊家のご先祖は景行天皇の部下の「タケノクマ」という人物ではないと言っているという話になる。
「いや、やっぱりタケクマという名前はどちらかと言えば、熊襲系じゃないんですか。」と僕も突っ込む。
旧友は挨拶そこそこで、いきなり深い話になれるところがいい。
でも、ここで深入りするのももったいなさ過ぎる話だ。
「お父様に家紋が何か聞いておいてくださいね、それでは、竹の熊さん祭りでまた。」
と言って別れた。今度、じっくりと語ってみたいテーマである。
ということで僕のオタクサマー第三段のコミケは終了。とにかく暑かった。
まさむね

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[9 8 月 2010 | No Comment | | ]

先日、よしむねさんの「夏の家紋主義者」というエントリーの僕のコメントに対するお返しコメントに以下のような表現があり、僕は少し気になった。
人間は本来異質なもの(分かり合えるようで分かり合えず、分かり合えないようで分かりあったりする、違和なものたちの)同士のはずです。ここに来て、ぼくらはもう一度その断層的なもの、食い違いみたいなものに目を向けて、そこから始めていくことが必要な気がします。
実は、僕は大学生の頃、つまり1980年代の前半、社会学のゼミにいたのだが、その時に教授が「最近の若者は人と人とをもともと異質なものとして捉えるようになった」というようなことを話されていたのを思い出したのだ。
その教授は、マルクス社会学に影響を受けるとともに、柳田國男や有賀喜左衛門の農村社会学の直系ともいえる研究をされていた方で、当時の僕は、おそらく、教授の言うことの十分の一も理解できていなかったのではないかと思う。
それでも、先ほどの一節もそうだが、いくつかの印象深い言葉が、今だに僕の中に残っていて、頭をもたげてくる。
さて、その「最近の若者は人と人とをもともと異質なものとして捉えるようになった」という一節だが、逆に言えば、おそらく70年代までは、「でも結局、みんな同じだよな」というオチが、80年代になって通用しなくなってきたということではないのだろうか。今、振り返ってみるとそんな感じがする。
そして、その頃にマジョリティとなった人間は本来異質だという「当たり前」は、おそらく現代までずっと力を持ち続けているのだ。これは消費社会、ポストモダンなど、いろんな言い方で説明できることなのだろうが、これは今後も当分、続きそうだ。
しかし、一人一人の意識が変ってきたが、日本人は、その社会をなかなか変えられなかった。最近でこそ、年功序列や終身雇用の弊害がマジに言われ、成果主義などが言われてきているが、僕らはその成果主義にも完全に移行できていない。
どこかで「結局、みんな同じだよな」を引きずっているし、これからもしばらく引きずり続けるのであろう。
        ★
僕は最近、日本は本気でダウンサイズのプロセスを考えるべきだと思うようになってきた。
少しの収入で、それぞれが小さな幸せを大事に、ボチボチ生きていく社会、世界中から忘れられてもいい、オリジナルな感性を大事に、ゆるやかな鎖国時代に入る。もちろん、生活水準は落ちるだろう。活気もなくなるかもしれない。そして年をとれば、自然に死んでゆく...
しかし、それでいいではないか。という気分が僕のなかのどこかにあるような気がする。
逆にいえば、競争も、移民受け入れも、社会構造改革もNGであれば、そうなるしかないであろう。
そういえば、鎌倉時代、藤原定家という貴族はこんな歌を詠んでいる。
見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ
(見渡してみると、花も咲いていないし、紅葉だってない、そこにはただ、漁民のオンボロ小屋がある。そんな秋の夕暮れだ)
藤原北家の出で、最終官位は正二位権中納言。つまり、トップクラスの人が、こんなわびしい歌を詠んでいるのだ。
おそらく、日本人はこうした貧しさ、わびしさを一つの芸術的であると解釈するような感性をずっと持って生きてきた。
世阿弥、利休、芭蕉等の感性もその延長上にあるのは言うまでもない。
こうした歴史を持つこの国だからこそ、独自の道を進む可能性を持っていると僕は思う。
まさむね

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[23 7 月 2010 | No Comment | | ]

この間、早めの夏休みをとってハワイに行ってきた。たかがハワイ、でもされどハワイで何度行っても楽しいことは変わらない。当地では泳いだり、ドライブしたり、渓谷を歩いたりとゆっくりしてきたのだが、今回改めてアメリカはつくづくDaddyとBodyの国なのだなあと思った。
ビーチでたらっとしていると子供たちが何度も「Daddy、Daddy」と呼びかけているシーンに出くわすことがある。単に言葉の問題だけではなく、アメリカでは未だに父性や父権が健在なのだと思う。つまり父親が父親として(呼ばれることが)いまだ機能している社会なのだと思う。
アメリカ人は成年に達すると親元を離れていくことが当たり前とはよくいわれる。だからせめて子供時代だけは親も目一杯、彼らの子供たちと遊ぶ。そのときの親(特に父親)としての意識と記憶。それがアメリカ文化の大きな基層をなしていることはいまもそれほど変わらないように思うのだ。もちろん部分的にはいろんな崩壊があるとしても、だ。強い父親とカッコいい父親。父親に遊んでもらった子供時代の記憶。ベースボールにおけるキャッチボール、その記憶のDNAはまた自分の子供たちに引き継がれてゆく。だからアメリカはいまだにサッカーの社会ではなくベースボールが基本の国なのだ。
ぼくは子供がいないので自ら父親となった記憶がないのだけど、翻ってわがニホンはどうかというと、もう父親不在となってずいぶん久しいように思う。日本における(父権と)母権の問題についてはたとえば江藤淳の「成熟と喪失」や古くは柳田国男の「妹の力」などいろんな考察や展開が可能だと思うのだけど、ここではそれ以上については言及しない。ただ父親よりは依然母親が生きている(機能している)ようには思うのだが、いかがだろうか。
そして語呂合わせを楽しむ意図があるわけではないのだが、アメリカはDaddyにあわせてつくづくBodyの国なのだと思う。Bodyとはまさに肉体に対する意識の意味だ。それは鍛えられた肉体、健康な肉体からマッチョな肉体、そしていつまでも若々しいアンチ・エージングな意識まで含んだもの。
ここにもカッコいい父親の延長として自ら鍛えられた肉体を有している父親像が求められることにつながってゆくことになる。ぼくが滞在していたホテルでも夜になるとホテル内のジムにやってきてトレーニングに励む父親の姿が見られた。お父さんも強い父親を演じるためには汗だくになりながら大変なわけだ。
また単に男の側の問題だけではなく、アメリカ人のジョギングをふくめた健康志向やアンチ・エージングや美容に対する意識の高さなど、男も女もつくづくBodeライクな社会だなあと思う。映画「SEX AND CITY]も一面その産物だろう。Bodyへの志向性の強さからはある意味で行き過ぎた異常な状態とも言えるかもしれない。日本でも似たような(後追い的な)風潮もないではないが、基層での先駆性ではいまだにアメリカが突出しているように思う。それがいい悪いはここでは論述するつもりはない。
今後アメリカがどこに向かってゆくのか、21世紀が世界的にどういう世の中の風潮になってゆくのか、ぼくには分からないが、アメリカにおいてDaddyとBodyがどのように変質してゆくのか、それを見てゆくこともヒントのひとつにはなるかもしれないとも思う。そして日本におけるDaddyとBodyとは何かについて、あらためて考えてみたい気もする。どなたか、ぜひご意見でもください。コメントもお待ちしています。
よしむね

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[21 7 月 2010 | 2 Comments | | ]

以前どこかで、坂本龍一が「自分は時間が出来ると、周期的に、柳田國男を読み返す。」というようなことを書いていた。一瞬、坂本龍一の音楽と柳田國男の民俗学の接点は何だろうと想い迷うが、多分、そんなことは深く考える必要は無いのだろう。
人は誰にでも、日常生活の雑事にまみれて、フッと自分に返ったときに読み返したくなる本というのは確かにあるものだ。しかも、それは日常の活動とは関係なければ関係ないほど、逆に意味があるのかもしれないのだ。
自分にとってそれは誰だろうと考えてみた。小林秀雄か?鈴木大拙か?
そういえば、先日、鎌倉の東慶寺の鈴木大拙の墓に参った。
この寺は、苔むした山の斜面に渋い墓が並んでいる。岩波茂雄、高見順、西田幾太郎、和辻哲郎、谷川徹三、野上弥生子、そして小林秀雄や鈴木大拙の墓がある。ほとんどの墓には僕が確認したかった家紋は無い(例外的に谷川徹三の墓にだけ丸に九枚笹が彫られている)。
しかも自然石の墓である。いわゆる鎌倉文化人独特の美意識がこんな墓の形状にも表れているのだ。
さて、先ほどの問いに戻る。僕が自分に返ったときに読み返したくなる本、おそらくそれは山本七平かもしれない。
山本七平といえば、70年代の本多勝一との論争が有名だ。あれは、プロレス的にいえば本多の頭突きを山本が受けるという闘いだった。
さて、彼の「日本人とは何か?」は名著である。冒頭近辺に、韓国や中国と対比した日本のオリジナリティは何かという友人との会話が出てくる。
それによると、女帝、かな、日本料理、そして紋章...これらがいわゆる日本オリジナルなものではないかという。ちょっとした話の導入だが、日本のオリジナルなものに紋章(家紋)が出てくるのはことの他うれしい。(それなのに彼の小平霊園の墓には家紋がない。)
日本とは何かを考えるとき、それは同時に「何故、日本にだけ家紋というものがあるのか」という問いに滑らせて考えてもいいのではないかと個人的に思っている。これは僕の個人的なテーマだ。
朝の通勤前の文章なのでご勘弁いただきたいのだが、僕はいつも、こういう文章を書くときに、ちゃんと引用元の文章を書けばいいのだけれど、いつもいい加減に記憶で書いてしまう。ご興味があるかたは原著にあたっていただければと思います。
まさむね

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[8 7 月 2010 | No Comment | | ]

この6月にマルクスの「経済学・哲学草稿」の新訳が光文社古典新訳文庫から出たようだ。
残念ながら、今さら手にとって見るだけの根性も好奇心も無いが、僕は学生時代に、岩波文庫版だったら何度も読んだ。読んだというといかにも前向きに聞こえるかもしれないが、ようするに、何度読んでもわからなかったのだ。
この書物には何が書かれていたのだろうか、自分なりに思い出してみたいと思う。結局、僕らは仕事をして、その成果物を手にすることによって自己実現をするしかない。しかし、社会が複雑になり作業が分業化されてくると、自分が作り上げたものが、まるで自分が作ったのではないもののように見えてしまう。これはつらい。「俺は一体、何なのだ、何のために生きてるんだ」って思うようになる。この心情をようするに疎外と言ったのだ、マルクスは。
四捨五入して言えば、マルクスとは労働をすることによって全ての人が生きがいを持って生きられる社会を模索したのである。そして、彼なりの答えが、人を疎外している元凶である資本主義を打倒し、搾取を無くし、みんなが自分の作ったものが自分のものであると感じられるような社会を作るために、革命が必要だとしたのである。
これでいいでしょうか、大渕先生(大学の時の指導教授の名前)!?
さて、この「生きがい」至上主義者であるマルクスは、いわゆるプロレタリアート革命という対策を抜きにしても、その問題意識だけは今でもビビットであると僕は思っている。
ていうか、現代の僕らは、マルクスの歴史的問題提起、ていうか、この「生きがい至上主義」に、まだまだ絡めとられ続けているのである。
一方、城繁幸さんがご自身の「Joe’s Labo」で書かれているが、現在の日本共産党は、日本一の貧困ビジネスに成り下がっている。つまり、生きがいを見つけなければいけないというマルクスの志を完全に忘れて、生きがいが無くても生きていけるような人々を作り出そうとしている。マルクスは草葉の陰で泣いているよ、多分。
僕は拙著「家紋主義宣言」で、現代人の自分探し志向、つまり旅人生観をミスターチルドレンの歌のヒットの一因だと書いたが、彼らが歌い求めているのも結局、「生きがい=自分探し」のような気もする。例えば...
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅
(終わりなき旅 1998)
なのである。この悩みは、実は結構深刻だ。誰だ!生きがい=本当の自分を探せといったのは...マルクスだ。
というわけで、今日のお話は、ミスチルはマルクスの被害者だという話でした。なんとなく、眠くなった。
まさむね

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[6 7 月 2010 | No Comment | | ]

先週の土曜日に、他の友人二人と一緒に、竹熊健太郎君と会って飯を食った。(写真は「家紋主義宣言」を掲げる竹熊君と僕。)
彼は今では京都精華大学のマンガ学部、マンガプロデュース学科の教授であり、学科長だという。
会うなり、すぐに、彼が現在打ち込んでいる「マヴォ」の話になった。彼はiPadを操作しながら本当に丁寧に説明してくれた。
「マヴォ」というのは彼が責任編集で出している漫画雑誌だ。
若き漫画家の卵達に作品発表の場を提供しているという意味で大変意義深い仕事である。彼の説明を聞くと、彼がいかに漫画というものに、そして若き才能達に愛情を持っているのかがわかる。
首都大学の宮台真司氏がどこかで書いていたが、献身的に他人ために打ち込む姿は、周りの人を感動させるし、同時に感染させる。(彼はそれをミメーシスと呼んでいる。)
竹熊君は一時、脳梗塞で生死の境をさまよい、車椅子生活を余儀なくされたという。その時、自分が出来ること、自分の好きな事をやるにはもう時間がないと思ったという。今すぐにしなきゃダメなんだ。彼の目は、僕にもそう訴えかけていた。
そして僕もなにか、「世のためになること」をしたくなった。僕は竹熊君からなにかを感染したのかもしれない。
さらに彼はこうも言っていた。
この年になると、いつの間にか、僕らは一巡したのか、若い頃に打ち込んだことをもう一度やるもんですね。僕は「摩天楼」というミニコミのようなことをしているし、西村さんは一本気新聞をやってますからね。
確かにそうだ。ブログを続けている僕の中には、若かりし日と同じ自分がいるのだ。なんだか分らなかったがとにかく、何か表現したかった自分だ。
最近の僕は体調がそれほどよくないが、それでも頑張ろうと思った。
友達というのはいつになってもいいものだ。
まさむね

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[22 6 月 2010 | One Comment | | ]

僕は毎日、恵比寿に通っている。
会社は西口から歩いて数分のところだ。
恵比寿の西口、ちょうどみずほ銀行のATMが入っているビル(だったと思う)の屋上には大きな看板がある。
しかし、今現在、その看板は真っ白だ。
山手線からもばっちり見えるこの看板がここしばらく空白なのは誠にもったいない話だ。もしかしたら、こんなところにも、現在の不況が反映しているのかもしれない。
僕は学生の頃、よく山手線でこのあたりを通った。僕の記憶だとその頃、この看板はカルピスの黒人マークだった。
カルピスは恵比寿の地元産業なのだ。
しかし、その看板はいつの間にか、そこから消えた。黒人差別ではないかとのクレームがついたためという話だが、詳しい経緯はわからない。とにかく、いつの間にか消えたのだ。
そして、カルピス自体もいつの間にか、味の素の傘下に入った。
しばらくして、この看板は、駅前留学で有名な英会話のNOVAの水色桔梗に代わった。微妙に色は違うのを承知であえて言えば、この水色桔梗はあの明智光秀の家紋だ。明智光秀が織田信長を倒したが三日天下で最期は土民の竹槍の餌食になったというのはあまりにも有名な話である。
僕はひそかに、NOVAの倒産と明智光秀の没落を頭の中で重ね合わせてこのブログにも書いていた(2009年1月14日)。
こう思い出してみると、ここの看板はなにかと因縁があるのかもしれない。
次にここに看板を出す企業はどこだろうか。
それは、僕が恵比寿に通う楽しみの一つになっている。
まさむね

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[20 6 月 2010 | 4 Comments | | ]

自分には子供がいない。
だから、最近の若い人々が何を考え、何を思い、何をしているのか想像でしかわからない。
このたび「家紋主義宣言」を出版させていただいた。
一応、観念的には若い人に読んでもらいたいなどと考えていたが、実際のところ、どのような人がどのような思いでこの本を手にとってくれるのかなどは想像はしていなかった。
ところが、6月15日にアップした『「家紋主義宣言」が発売になりました!!』というエントリーに中学生のしんゆうさんから以下のようなコメントをいただいた。
はじめまして、数日前にこの本を購入いたしました。
とても素晴らしい内容に、思わず涙が出るかと思いました(ウソではありません)。
家紋のみならず、社会風刺、日本文化、アニメやマンガなど、多気に渡ってのご執筆、真に圧巻です。
僕はまだ10代の若蔵ですが、本作の内容に大変共感できました。
長文は避けたいので、ここまでと致します。
いつも「一本気新聞」、拝見させていただいております。
今後のご活動、心より応援しています。
このコメントを書いてくれたのは、は海老名に住んでいる中学3年生の青年、しんゆうさんである。彼は「家紋中学生」というブログを主宰されている。
このブログのすべてのエントリーには、家紋、歴史、日本、そしてご家族、愛犬などに対する愛情が込められいている。
素晴らしい。
しかも、将来の自分の夢を明確に語っているではないか。
僕は思わず、自分の中学3年の頃を思い出さざるを得なかった...
中学3年の6月、そういえばこの時、僕はある意味、人生で最初の挫折の時期を向かえていた。
それまでは、軟式テニスに夢中になっていたスポーツ少年だった僕は体育の授業の時に走り高跳びの着地に失敗して、肩を複雑骨折し、入院をしたのであった。
入院は1ヶ月にも及んだ。しかし、落ち込んだ自分を励ましてくれたのは、6人部屋で同部屋だった人々だった。
それらの方々の名前はもう覚えていない。顔もあいまいだ。だけど、その時にみんなに励ましてもらった言葉だけは今でも覚えている。
「君の笑顔は最高だ。多分、なにかあってもその笑顔で乗り切っていけるよ」
隣のお兄さんにそういわれた。すごくうれしかった。
お兄さんにとっては何気ない一言だったのかもしれないが、その言葉は僕の心に刻まれたのだ。
34歳の時、僕はプー太郎をしていた。前の会社を辞めて、演劇の真似事などをしていたのだ。
とりあえず、就職しようと思い、ギャガコミュニケーションズという映画会社に面接に行った。
そして、なんと、その会社に就職することが出来たのだ。
後で聞いた話だが、その時に多くの取締役は僕の入社に反対したそうである。そりゃそうだ。すでに34歳、しかもプー太郎を就職させることなど常識では考えら得ない。
しかし、その時、社長の藤村さんだけが、こういって僕を入社させてくれたという。
「人間、誰にでも一つはいいところがある。あいつの笑顔はいい」
38歳の時、僕は今の妻と結婚した。自分としてはそれまで結婚ということは考えたことはなかった。ずっと独身として一生を終えるつもりでいたのだ。しかし、現在の妻とであった。そして結婚しようと決意した。
妻のお父さんに会いに行った。最初、お父さんは13歳も年上の僕に娘を嫁がせるのにあたり、いろいろと質問しようと考えていたらしい。
ところが、僕の顔を見てその気もうせてこう呟いたという。
「あの笑顔にやられた」
それにしても、人生というのはわけがわからないものだ。
一昨年、C型肝炎の治療のため、1ヵ年位、会社を休まざるを得なくなった。その時は、あぁーもう人生ダメだなと思った。
48歳という会社員としての最後の折り返し点直前でリタイアというのは、本当につらいものだ。
しかし、その時、時間にまかせていろんなことを考えた。
「桔梗紋と将門の話」「桜紋と日本人の死生観の話」「ミスターチルドレンと人生という旅の話」「木更津キャッツアイと地域社会の話」「Rookiesと平成という時代の話」...
そして、この一本気新聞というブログにそのことを書き綴った。
それしかすることがなかったのだ。
そして自分は、今の会社の社長のおかげでどうにか社会復帰が出来て、しかも、このブログがずっーと昔に1回だけ会ったことのあった編集者の目に留まり、今回の出版に至ったのである。
昔の人は「禍福は糾える縄のごとし」と言ったがまったくその通りだ。
そんなことを連鎖的に考えた。いや、考えさせられた。
いい文章は、それが小説であろうが、新聞記事であろうが、評論であろうが、必ず、僕の頭の中をかき乱す。
それは、中学生であろうが、老大家であろうが、人生に成功した人であろうが、失敗した人であろうが関係がない。
家紋中学生のしんゆうさんの「家紋中学生」というブログにはそういった文書の力がある。
みなさん、ぜひ、ご一読ください。
あと、これは宣伝ですが、あの時、家に療養していた時に考えたことは、「家紋主義宣言」にはすべて入っています。
まさむね

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[15 6 月 2010 | 4 Comments | | ]

おかげさまで「家紋主義宣言」が発売になりました。
この本は、自分の半生そのもののような気がします。家紋の話というよりも、自分自身のことが書かれています。
または、自分が今までに興味を持ったものやこと、そして自分の人生で出会った忘れえぬ人について書かれています。
以下は、人名索引用に作った、この本の中で少しでも触れられている人々の名前です。
大体1000名になりました。
勿論、ほんの少しだけ触れさせてもらった人が大半ですが、自分でも呆れる位、よくもまぁ、いろんな人々のことを書いたなぁと思っています。
もしも、ご興味を持っていただけたら、家紋好きな方でも、そうでない方でも本屋でお手にとっていただければ幸いです。
aiko 藍田美知留(「ラストフレンズ」登場人物) 相田みつを 愛知和男 愛知揆一 愛知次郎 葵上(「源氏物語」登場人物) 青木昆陽 青木達之 青空うれし(青空うれし 青山テルマ 赤尾好夫 明石家さんま 県犬飼三千代 赤名リカ(「東京ラブストーリー」登場人物) 安藝ノ海 秋山真之 芥川龍之介 明智小五郎(「怪人二十面相」登場人物) 明智光秀 浅井長政 朝丘雪路 朝倉義景 朝潮(三代目) 朝青龍 浅田宗伯 阿佐田哲也 浅野内匠頭 旭富士 浅利慶太 足利尊氏 足利義昭 芦田均 東富士 東龍太郎 麻生太郎 渥美清 阿弖流為 穴山梅雪 阿南惟幾 阿部サダヲ 安倍晋三 阿部正弘 甘粕正彦 天草四郎 天知茂 アマテラス 天野絹恵(「リアルクローズ」登場人物) 天野まゆ(「リアルクローズ」登場人物) 網野善彦 安室奈美恵 アメノウズメ 絢香 荒正人 有島武郎 有吉佐和子 安国寺恵瓊 アンジェラ・アキ アントニオ猪木 安藤鶴夫 安徳天皇
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[9 6 月 2010 | 4 Comments | | ]

価格.comから選んでノートPCをネット注文した。
自分は、PCに関して全くこだわりがないので、適当に選んだ。それまで使っていたマシンと同じものだ。
改めて便利になったことを実感。考えてみれば、最初に買ったPC-9801Fから、何代目だろうか。この間の価格の下落ぶりは凄い。
今度は大事にしよう。
もう、iPadの真似はさせないからね。
まさむね