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Articles in the 日常雑事 雑感 Category

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[13 3 月 2010 | No Comment | | ]

会社に困ったパソコン(WindowsXP)がある。システムを入れ替えても、ネットワーク・アダプターを認識してくれないのだ。
コントロールパネルのシステムから、デバイスマネージャーで確認しても、一応、ドライバーは正常だ表示される。しかし、ネットワーク接続から、プロパってもそのパソコンは、IPが割り付けられない。お手上げだ。幸い余っているマシンなので事無きをえているのだが気になるのは、確かだ。
そして、修復ボタンを押してみる。すると、「システム管理者に問い合わせてください」とのたまう。よーするに、近くのパソコンオタクに聞いてなんとかしろ!ということか。
こんなエラーメッセージ誰が考えたんだろう。教えて!ビル・ゲイツ!!
まさむね

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[10 3 月 2010 | No Comment | | ]

先日六本木ヒルズの森美術館で展示されていた「医学と芸術展」を観に行ってきた。目的は日本画家の松井冬子さんの新作の絵(松井さんの絵はおどろおどろしいがやっぱり凄い)を見ることが主だったのだが、休日の夜遅くにもかかわらず意外にも館内は盛況で、若者たちが結構多かった。翌日が最終日であったせいか、六本木という場所柄デートのついでに観る人たちが多かったからなのか、よく分からないのだが。
堅苦しいようなテーマだけからはとても積極的に観たいと思うようなものでもないように感じられるのだけれど・・・。展示されているものの多くはといえば、人体解剖図だったりそのサンプル見本だったり、医学に使われた施術具だったり、臨終の御写真だったりした。最初からそれが分かっていればぼくは来なかったかもしれない。この人の多さは何なのだろう、いつもこんな風に多いのかな。現代の若者たちがほんとうにこういう企画を求めているのだろうか。
若者たちの多さに触発されて、以下に現代若者の心性について勝手に推察した感想を徒然なるままに「かもしれない」文で書いてみたい。
・けっきょくここで取り上げられているもののひとつは死ということなのだが、現代の若者は死に惹きつけられているのかもしれない
・死を終わりと考えれば、けっきょく終わりからしか何も考えることができない時代になってしまっているために、若者たちは終わりに惹きつけられているのかもしれない
・人体解剖図とか施術具とかどれも即物的で具体的なもの。若者の多くが即物的なものしか信用できなくなっているのかもしれない
・即物的なものにある種の安らぎを感じるのかもしれない。あまりにも不定形で不確かなものが多すぎるので、それが筋肉や骨格のようなものであれ、まさに具体物を求めているのかもしれない
・別に「医学と芸術展」を観に来たのにはたいした理由はないのかもしれない
・でもたいした理由もなく、ここまで観にくることはあり得ないかもしれない
・でもこうやって書いてきて、これは現代若者の心性にとどまらず、けっこうぼくら一般の現代人=老若男女の心性にも通じるものでもあるかもしれない
 そんな風に思えてきた。そんな風なことをふと思い始めたのだった。
よしむね

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[9 3 月 2010 | No Comment | | ]

先週、ずっと昔にいた会社の社長に会いに行った。
僕はその日は、朝から緊張していた。
そのオフィスは外苑前にあるのだが、恵比寿からタクシーに乗った。今の会社の社長と一緒だ。
タクシーの運転手は、新人(といっても高齢)だったらしく、恵比寿から外苑前に行くのに、なぜか、六本木にまで、行ってしまった。
最近、こういう運転手さんは多い。一番ひどかったのは、六本木交差点で拾ったタクシーの運転手がいきなり「ここどこですか」と聞いてきたときだ。あのときは、目の前が真っ白になった。
それはともかく、その運転手は六本木から引き返すようなかたちで外苑前に向かった。ということは、青山霊園の中を突っ切るコースを通ることとなった。
いつもだったら、イライラする場面だが、その日に限っては、明らかに、心の中にその昔の社長に会う時間が延びたことに少し安堵感を感じていた。
しかも、青山霊園は僕のホームグラウンドである。僕を若干でも、なごませて落ち着かせてくれた。
タクシーの運転手が道を知らないというのも、たまには、いいこともあるのだ。
そして、そのオフィスに入った。昔の社長と面会した。社長は満面の笑みで僕を迎えてくれた。
僕は緊張して、今の会社の会社案内の裏面を出してしまった。
今の会社の社長が、冷静に「逆です」と言って直してくれた。
昔の社長は、「相変わらずだな」と言って笑った。
場が少しなごんだ。
そういえば、僕がその昔の会社に入社したのは今から16年以上も前の話だ。
その頃、僕は、プログラマをやめて、2年くらい、学生に混じって素人演劇をやっていた。ようするに、プー太郎だったのだ。
その会社の面接で何を話したのかなどは、緊張していてあまり覚えていないが、向こうに社長も含め、5人位の面接官がいたことは覚えている。
しかし、34歳の僕は何故か、その面接に通り、入社させてもらえることとなった。
いくら時代がバブルの余韻残る頃とはいえ、34歳のプー太郎をいきなり課長で入社させてくれる会社というのも凄い。
後で考えれば奇跡的なことだ。
実は、その頃の僕は社会人としても全く非常識で、ファックスに「いつもお世話になっております」というヘッダーを入れることすら知らなかったのだ。(当時はメールはなかった。)
後で聞いた話だが、取締役達は全員反対したのだが、その社長だけが「あいつは笑顔がいい。人間、ひとついいところがあれば、いいんだ。」ということで採用してくれたとのことだった。
それでも、僕はその会社で必死に働いた。休日は年に5日位しか取らなかったと思う。でも、もともとそれほど優秀なほうではない。それほど、必死になって仕事をしたのに、残念ながら結果はあまり残せなかった。それに、いろんな人に迷惑かけた...
その社長は厳しい人だった。よく、いろんな人に怒っていたが、何故か僕は一度もその社長に怒られたことはなかった。
子供の頃にやった、鬼ごっことかで、捕まっても鬼にならなくてもいい子(多くの場合は小さい子)のことを「お豆」と言ったが、僕はその会社では「お豆」だったのかもしれない。
僕は、よく社長室に呼ばれた。「ヤバッ、今度こそ怒られるかも。」と思っていくと、逆にニコニコしてその社長は、僕にいろんなものをくれた。時計、ズボン、カシミアのコート、シャツ、とにかくそのあたりにあるものを何でもくれたのだ。そして次の日からそれを着て会社に行く。社長に会うと、社長はまたニコニコしてくれるのだ。
実は、それには裏話があった。僕がある日、社長のPCをセットアップするために、お宅にお邪魔したところ、あまりにもみすぼらしい格好をしていたということで、社長は、お嬢様達から、「パパ、あの人にちゃんとお給料あげているの?」と逆に攻められたというのだ。
それで、社長はそれ以来、僕にいろんな現物支給してくれるようになったというのだ。
ウソのような本当の話である。
しかし、そんなによくしてもらったにもかかわらず、僕は不義理にも、3年位で、その会社を辞めてしまった。
そして、僕はそれからいろんな経験をして、今、50歳になった。あの当時と比べればだいぶ、仕事も出来るようになったし、社会的常識も身についたと思う、多分。
そして、僕は16年ぶりにその社長に再会したのである。
その瞬間、僕の心は直立不動、16年前の、何も出来なかった昔の自分に戻ってしまったような気がした。
僕は今の社長と昔の社長がビジネスの話をしているのをただ、ボーッと横で見ているだけの状態になってしまった。
その間、こんなことが頭をよぎった。
おそらく、人間が成長するということは、いろんな知識を得るということ以上に「成長した自分を自然に演じられるようになる」ということにすぎないのかもしれない。
人は、30歳になれば、30歳としての自然な演技できるようになり、50歳になれば、50歳の演技が出来るようになる。それだけの話ではないのか。
確か、小林秀雄は、「人間というものは、ボーっとしていれば常識は身に付くものだ。」というようなことをどこかで語っていたような気がするが、まさしく、無意識的に自然に振舞えるというのが成長ということなんじゃないのか...なんていうことを考えていたのだ。
まさに、人間(ビジネスマン)失格だ。
そうこうしているうちに、ミーティングは終わった。
「いろいろとありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」僕は頭を下げた。
昔の社長は今の社長に向かってこう言った。
「こいつをよろしくお願いします。」
そして小声で訂正した。
「あっ、そっちの会社のほうが長くいるんだっけ(笑)」
おそらく、昔の社長にとっても、僕は昔の僕だったのだし、僕と会った瞬間に、16年前の社長に戻っていたのかもしれないと思った。
お互い様だ。
最後に僕は、その昔の社長の前で、笑顔を作った。
あの面接のときに見せたであろう、例の笑顔は出来ていただろうか...と後で思った。
まさむね

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[7 3 月 2010 | 3 Comments | | ]

今週の土曜日の病院もいつもと同じように待たされた。
病院に着いたのが7時半、診察が始まったのが9時。そして僕の番が来たのが11時20分。そして終わったのが11時半だ。
もう慣れたとはいえ、この待ち時間は本当になんとかならないものだろうか。
しかし、そんな退屈な時間にも、楽しみはある。「病院の待合室では、時間が余にもゆっくり進むという話」のあの夫婦の会話がまた聞こえてきたのだ。
しかも、今回は僕の席の隣に座っている。視線は向けられないが、僕の耳はすでに大きくなっている。
今日はどんな会話が飛び出すのか、そこに神経を集中した(ちょっと悪意のある僕)。
まずは、おばあさんがいつものように優しくおじいさんに話しかける。
「今日は沢山の人がいますね。」
おじいさん、おばあさんの言葉が聞き取れない。
「えっ!なんだ??」
そしていつものパターンに入っていく...
「だから、今日は沢山の人がいますね。」
「えっ!なんだ??キョウ・リョク・シャ?」
「いえいえ、今日は沢山の人がいますね。」
「えっ??ヘビ?」
おじいさんの頭の中は相当混乱しているらしい。そして一言吐き捨てた。
「お前の話はいつも言語不明瞭でわからん。」
僕は何週間に一回、会話を聞くだけだからいいが、この夫婦はほとんど毎日、このようなやりとりをされているのだろうか。
それは本当に大変なことだ...
ところが、二人はその後、何事もなかったかのように、黙って座っている。
そして、しばらくしておじいさんがおばあさんに、今度はニコニコしながら話しかけた。
「そういえば、昨日、面白い夢をみたぞ。」
「なんですか?」
オ~、、このおじいさんだから、さぞかし面白い夢でもご覧になられたのだろう。勿論、隣の僕も興味津々で耳をそばだててしまった。
「この病院にものすごく大きな...」
「.........」
おじいさんはいきなりマッたりとしてしまい会話をやめてしまったのだ。
オイオイ、終わりかよ!大きな何がどうしたというのだ!僕は気になって仕方が無かった。
そして、ついに隣のおじいさんの姿に目をやってみる。思わず見てしまったというやつである。
すっするとなんと、僕と同じ柄のオーバーを着ているではないか。しかも、手の部分が茶色くなっているのも同じだ。
つまり、僕とそのおじいさんは、客観的に見たらカブッていたのだ。
多分、全く知らない人が見たら、おばあさん、おじいさん、そして僕は三人セットに見えるに違いない。
あ~、そこからの待ち時間は、さらに長く感じられたのであった。
まさむね

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[1 3 月 2010 | 2 Comments | | ]

チリで起きた大地震の影響で、日本各地で津波の被害が出ているようだ。
自然災害とはいえ、被害にあわれた方は本当に気の毒に思う。
しかし、その一方で、不謹慎を承知で言わせてもらえば、テレビで常に流されている津波情報を見ていると、日本に大きな波がだんだん近づいてくるというそのイメージに、微妙にロマンチックな感覚を持ってしまった。というのも正直なところだ。
1990年にサザンの桑田圭祐が監督をした「稲村ジェーン」を思い出した。この映画、いつか来るかもしれない波をひたすら待っている3人の若者の話であるが、それが青春の甘酸っぱい記憶と重なり、桑田さんの音楽の美しさもあって、良質の映画に仕上がっていた...と思う。
確かに、映画監督して処女作だったということもあって、各場面のリアリティ深度にムラがあり、トータルでは微妙なところも無かったわけではないが、僕の中では、好きな映画の部類に入る。
リアリティ深度のムラというのは、今、ここで僕が勝手に作った造語であるが、例えば、ヤクザ映画と怪獣映画と小津の映画と、ハリウッド映画では、それらが異なる。
しかし、「稲村ジェーン」ではそれらがごっちゃになっている感がしたということである。
たしか、その作品を北野武が批判して、「あの夏一番、静かな海」というサーフィン映画をつくったのである。
あれはバブルの頃、サーファーというのはカッコいい男の代名詞みたいな時代があったな。だから、カッコだけサーファーのようにしている人のことを丘サーファーとも言ったっけ。
でも最近、恵比寿あたりでは丘サーファーを見かけなくなったな。それに対して、最近耳にするのが、使いこなせていないのに、アイフォンを片手に持って歩く、丘アイフォン。飲みに行った時、なにげなく、机の上にアイフォンをおき、それをファッション化しようとするのだが、微妙に「着こなせて」いない人々のことだ。
最近、営業をはじめたけど、なんだか浮いている僕はさしずめ、丘営業か。
といっても、ここまでくると、「丘」っていうのがもともとなんだったのかわからなくなるか(笑)。
まさむね