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先日、仕事で青山へ行った。
コットン通りの近くのしゃれたオフィスだった。
近くをタクシーで通ることはあったけど、実際に降りて、このあたりを歩く経験というのは久しぶり、さすが日本のファッション業界の中心地だけあって、街全体がファッショナイズされている。
ファッションテーマパークのようだ。
こういうところで働いていれば、おのずと、新進なセンスが身につくんだろうな。
青山といえば、青山霊園だけには行くし、そこだけは詳しい私は、少々恥じた。
50歳と4ヶ月にして改めて思う。
世の中のこともっと知らなきゃ。ビジネスをもっと真剣に考えなくちゃ。
まさむね
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昨年の11月末に起きたコアマガジンの「家紋の不思議」による一本気新聞のパクリに関して、ついに、コアマガジンサイトに謝罪文の掲載があった。
内容はこんな感じだ。
お侘び
小社発行「家紋の不思議」の13頁から15頁に掲載している「全日本家紋ランキング」のコーナーの「見出し」部分に、引用の範疇を超えた箇所があり、インターネットサイト「一本気新聞」様にご迷惑をおかけいたしましたことを、謹んでお詫び申し上げます。
今後はこのようなご迷惑をおかけすることがないよう、原稿の出典元の確認を書籍だけではなく、インターネットサイトを含め、徹底的に確認してまいる所存でございます。
今後とも変わらぬお引き立てのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
平成22年2月22日
「家紋の不思議」編集部
コアマガジントップページ
謝罪文
11月末から計算して、約3ヶ月だ。時間はかかったが、最終的に、真摯に対応された先方に対しては、その潔さを評価したいと思う。
そして、今回、この件で何度も先方とやりとりをしてもらった、TBCメンバーのK君、また、今回の件をたけくまメモで記事にしていただいた竹熊健太郎さん、そして相談に乗っていただいた方々には、本当に感謝だ。
それにしても、今回の件を踏まえて、さすがただでは起きないコアマガジンと言うべきか「クレーム撃退マニュアル」という本を新刊として出されたようだ。もしかしたら、K君のコアマガジンへの熱い交渉が、この本発売に一役買っているかもしれない。これには苦笑せざるをえなかった。
また、今回の謝罪文の横に関連ページというHP内リンクがあり、そこではこの「家紋の不思議」が通販で売られている。僕はこのコアマガジンのしたたかさ自体は好きだ。しかも、そのページに一本気新聞へのリンクまではっていただいている。
竹熊さんがブログで書かれているように、昨今は、出版不況で、そっちの業界も大変なようだ。
なんともはや。
まさむね
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昨日、TBC(東京墓石倶楽部)で、護国寺と雑司が谷霊園に行った。
今までは開いていなかった山縣有朋の墓所や野間清司の墓所の鍵がかかっておらず、中に入れて家紋をゲット。
山縣有朋は、その先祖、子孫は丸に三つ鱗紋(白鵬と同じ)なのだが、さすがに、明治の元勲は特別、大和桜紋であった。
そういえば、松下村塾以来の親友といわれていた井上馨も桜菱紋だから、あの頃の長州閥では桜紋がはやったのだろうか。
いつか、吉田松陰をはじめ、幕末の志士、奇兵隊員が眠る山口の桜山神社というところにも行ってみたい。
さて、その後、ファミレスで食事をしたのだが、僕以外の二人のメンバーはなんと帽子をかぶりながら、食事をしているではないか。
ちょっと違和感があったので、聞いてみたら、いつもそうだという。
しかも、周りの席を見たら、そういう人がチラホラ。これは、最近の流行なのだろうか。
僕の感覚だと、帽子をかぶって飯を食ったら、美味しくないんじゃないかというのが一つ。
そして、もう一つは、室内で帽子をかぶるのは、礼儀的にいかがなものかというのが一つ。
勿論、友達同士なので、礼儀ということでもないのだが...でも、昭和の感覚だとやっぱり室内の帽子は、無礼な気もする。
いつも感じるのだが、朝青龍や、国母選手に対して品格が無いと非難しているやくみつるさんがいつも帽子をかぶっているのはいかがなものなのだろうか。
「品格」とか言うのであれば、まずは、帽子を取ってから、言えよと思わなくもない。
ただ、帽子が歴史的に見て、ずーっと無礼だったわけでもないようだ。
有名な話では、百人一首の「かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」という歌で有名な藤原実方は、宮中で同僚の藤原行成の烏帽子を叩き落した咎で、陸奥に流されたという。
当時の宮中では、むしろ、帽子をかぶっていないほうが無礼だったということあろうか。
ちなみに、この実方は、清少納言の彼氏である。
まさむね
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先日、友人と建国記念日について話をしていたら、2月11日は「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」であることを教えてもらった。
しかも、そこにはこんなイワレがあるという。
Wikiから引用。
「建国記念日」の設置を定める法案は、9回の提出と廃案を繰り返すも、成立には至らなかった。結局、名称に「の」を挿入した「建国記念の日」として“建国されたという事象そのものを記念する日”であるとも解釈できるようにし、具体的な日付の決定に当たっては各界の有識者から組織される審議会に諮問するなどの修正を行い、社会党も妥協。1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案は成立した。
なるほど。ようするに、建国記念日の建国記念と日の間に「の」を入れることによって、2月11日=紀元節=戦前の軍国主義といった連想を、一応断ち切り、各方面を丸く治めたのだ。これぞ、わけがわからないが、日本人の知恵というものだ。
僕は、近年、はやっている、「Win-Winの関係」というような言葉に対して、微妙な臭み(偽善)を感じるが、それに比べると、この三方一両損的な落とし方にはなんかしっくりとくる。これは自分が日本人だからであろうか。
そうだ!これからこの「建国記念の日」は、その「の」が入った日として、日本人らしさに思い致す日にしようではないか。
それで思いついたのだが、靖国神社も、「靖国の神社」とすれば、いいのかもしてない...って、それじゃあ、中国や韓国は納得しないかっ。
まさむね
※靖国=国家を安泰にすること
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先日、馬込の湯殿神社の狛犬を見て、またぞろ狛犬に目覚めだしてきた。
そういえば、最近、ちょっと神社の狛犬が気になっているというエントリーをアップしたのがちょうど一年前の2月だったのだ。
思い返してみて、サイトを眺めてみると、さまざまにおもしろい狛犬サイトがあった。ほんの一部だが、紹介させていただく。
狛犬ネット
神社探訪・狛犬見聞録
狛犬軒
狛犬の杜
狛犬探検隊
家紋もそうだが、狛犬というのも奥が深いのである。もともと、狛犬の歴史は大陸から始まったらしいが、日本で独自に進化したようだ。
特に、神社の参道に石像が建てられるようになったのは、比較的に新しくて江戸時代とのことだ。
狛犬深度はまだ浅い僕ではあるが、見立てでは、江戸時代の狛犬は両手を地面についた、比較的に筋肉を感じさせないものが多いようだ。
まだ、「これが狛犬」といった認識が共有されていなかったためか、今見ると、ユニークでユーモラスな顔をしたのが多いのだ。画像は井の頭公園の弁財天で撮影した明和の狛犬である。
また、明治、大正時代の狛犬には、子供や鞠などの小道具が目立つようになる。顔のユニークさは残っている。ページの冒頭の画像は先日、湯殿神社で撮影した大正時代の狛犬の子供だ。
昭和に入ると、狛犬の背筋が伸び、筋肉も隆々になる。国威発揚の場としての神社の象徴という意味なのだろうか。
そして残念なことに、戦後の狛犬は、バランスもよく、美しく、芸術性は高いが、画一的にも感じる。これはこれで時代の流れなのかもしれない。
これからは、墓マイラーとしてと同時に、狛犬ウォッチャーとしても歩き回ってみようか。
まさむね




