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日本のコスプレと海外のコスプレとの一番の大きな違い、それは日本のコスプレがコスプレイヤー同士、あるいはコスプレイヤーとカメラ小僧による撮影に主眼が置かれるのに対して、海外のコスプレイヤーはその姿で寸劇(スキット)をすることでさらに積極的な表現活動を行うところにある。
つまり、日本のコスプレイベントが自作の衣装を披露する場であるのに対して、海外のコスプレイベントは、一種のステージングパフォーマンスを伴っているのである。
世界的なコスプレ審査員である道斎忠明氏(通称:ジャッキー道斎)によると、日本人で、ステージングというパフォーマンスも含めたところで世界に通用するコスプレイヤーは本当に数えるほどしかいないという。
おそらく、海外、特に欧米では寸劇(スキット)というものが学校の授業で取り入れられるほどメジャー(普通)なものであるのに対して、ただでさえシャイな日本人は寸劇慣れしていない。コスプレがポージング+シューティングという一種のコミュニケーションの作法として発展したのも社会風土的にそれはそれで、理由があることなのだ。
しかし、その中でも果敢に世界のコスプレイベントを渡り歩き、コスプレの元祖である日本のコスプレ文化の存在感を海外で示している数少ないユニット、それが「アキラとしぐま」である。彼女達は今年のワールドコスプレサミットの日本代表も務めているので知る人ぞ知る存在だ。
そして、そんな彼女達が、今回、東京ゲームショウ中に行われたコスプレダンスナイト(18日18:00〜)の特別ゲストとして「薄桜鬼」を演じてくれた。
直前までベトナムでパフォーマンスをしていた彼女達ではあるが、今回、急な要請にもかかわらず、すっ飛んできてくれた。そして、おそらく、関東の人々の前では珍しい「世界に通用する」スキットを見せてくれた。
実は、正直なところ、僕自身は、舞台裏でバタバタしていて、ゆっくりと彼女達のステージを観ることが出来なかったが、観客の反応などを耳にするところ、出色の出来栄えだったようだ。さすが百戦錬磨である。
それにしても、小さい体を張って世界中を飛び回っている「アキラとしぐま」。彼女達が凄いのは、彼女達がチャレンジしようとしていることは、歌とかダンスといった既にジャンルとして確立しているパフォーマンスではなく、日本ではまだ未知のジャンル=コスプレスキットのパイオニアになろうとしているという事だからである。おそらく、彼女達がステージで見せる一挙手一投足が、このジャンルの歴史になっていくのであろう。それはやりがいのある仕事だろうが、逆に言えば多くの困難も待ち受けているのかもしれない。
その日の夜の10時過ぎ、そのままの足で大阪へ帰っていった彼女達。将来、日本のエリートたるべき東大生31名の団結と素直さに感動すると同時に、「アキラとしぐま」のようなトランク一つで世界のどこへでも行く草の根のパフォーマーの後ろ姿にもまた、日本の一つの希望があると僕は確信した「コスプレダンスナイト」であった。
まさむね(西村昌巳)
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東大まるきゅうProjectという団体がある。
今回、コスプレイベントの一環として行われたコスプレカンファレンス(17日12:00〜)とコスプレダンスナイト(18日18:00〜)に出演し、両イベントともに多大な貢献をしてもらった。
彼らはその名の通り、東京大学の学生で、今回は31名の参加である。
実は僕には彼らをアテンドするという役回りもあったのである。いくら東大生とはいえ、若い男女、約30人もの前で何かをしゃべるなど、教育実習以来の話で僕も相当緊張した。そういえば、その教育実習は今から30年位前、場所は母校の東京大学附属中学だったっけ。
それはともかく、今回はなんとか彼らに踊ってもらい、楽しんでもらい、しかも若干の作業もお願いすることになる。学生とはいえ、僕にとっては、「ゲスト様」なのである。幕張メッセの近くのアパホテル(東京ベイ幕張)のロビーに集合。
「今回は、事故だけには気をつけてください!!もしそうなっても自己責任でお願いします。事故責任じゃなくてww」
というくだらないオヤジギャグに、笑って拍手して聞いてくれる彼ら彼女ら(以下、「彼女ら」は省略)はやっぱり素直でいい子かも。
もしも、僕に子供がいたら多分、同じ位の年齢だったのだろうか。幕張メッセへ向かう道すがら、近くにいた男子に
「この幕張という街はバブルの落とし子みたいな街だから、外見はいいけど、中身は人間に優しくないよね」
とちょっとむずかし目(全然難しくもないか;;)の話題を振ってみた。
「僕が生まれた年にバブルがはじけたんですよ。僕らはこの空気の中で生まれたんですね。」
そして、本番。踊るのは「チルノのパーフェクトさんすう教室」である。
この曲はまさしく、知る人ぞ知るというインディシューティングゲーム「東方Project」の中に出てくるチルノという妖精のキャラクタを、馬鹿にする歌なのだが、ニコニコ動画では大人気なのである。最初、コスプレした格好の東大生がダンスをするというギャップが面白いのかと思ったが、実はこの歌の歌詞をよく読んでみると、「栄光、志望校、なんとかして入ろう 天才、秀才 トップ目指して」などというところなど、逆に東大生とは親和性があるのだろう。
そして、この「チルノ」が中国、アメリカ、ヨーロッパなど、世界中で大人気。若い日本文化好きな男の子、女の子達が喜んで、そのフリを覚えてみんなで踊っているのである。
ちなみに、先ほどちょっと話題に出たバブルの時期、ダンサーでもあった僕もこのフリに挑戦してみたが、息があがり、約1分位で断念。ちょうどこんな感じ(左右画、参照)になってしまったのだ。
それにしても、このようなものが密かに流行っているなどという現象は、普通に暮らしていたら入ってくるような情報ではない。ネットの世界のあたらしい情報伝播経路はもしかしたら大変なことになり始めているのかもしれない。
さて、このエントリーの冒頭でも触れたが、今回のイベントで僕は彼らに本当に助けてもらった。コスプレやオタクといったどちらかといえばグレーで混沌とした領域と、少なくともビジネスとして確立していて、日本の有力産業にまで発展しているゲーム業界との間のギャップをどう埋めて、標本としてではなく「生きたまま」、アトラクティブに見てもらうというのはそれはそれでなかなか難しい。
そこには初見のインパクトと、落とし所としての安定感が要求される。
しかし、僕は、彼らが十分にその役割を果たしてくれたと思う。やはり数の多さ、踊りのフリの馬鹿らしさ、そして東大生というブランド...これらは強かった。
特に、2日目のコスプレダンスナイトでは、会場レイアウトのヨミが甘く、最初から観客全員に立っていただくつもりだったのだが、イスをフロアの周りに並べたせいでみんながそこに座ってしまい、どう見てもダンスナイトという空気ではなかったのだ。
しかし、その空気を一変させてくれたのが、海外コスプレイヤー達や後藤王国の面々の頑張り、そして、この東大まるきゅうProjectの団結とノリのよさだった。彼らの踊りの熱気が、僕を救ってくれたのである。
終わったあと、恐る恐るTwitterで「コスプレダンスナイト」を検索してみると、ほとんどが、「盛り上がった」「面白かった」というポジティブなものだったのにホッと胸をなでおろした。
確かに、舞台裏では「いろんなこと」もあり、彼らに対しても、不当に待たせるなど、凄く迷惑をかけた。ただ、彼らは度重なる予定の変更にも(少なくとも僕には)嫌な顔一つせずに一生懸命に対応してくれた。
そして、最後はなんとか楽しんでもらえたのではないかと思う。僕は全てが終わった後の舞台裏で、感謝の意を込めて、彼らの手を何度も握らせてもらったが、彼らからの握手の返しは決して弱弱しくはなかった。
一般的には、現代の若者には覇気がないとか、常識がないとか、絆がないとか、意欲がないとか、自分勝手だとか言われることも多いが、彼らは非常に礼儀正しく、一人一人は個性的で、仲間を大事にするようにも思えた。
おそらく、彼らの多くは官僚や法律家や科学者として、将来、日本社会でも重要な役割を担っていくに違いない。
でも、こんな若者が担うんだったら、日本はまだまだ大丈夫だ、東京ゲームショウ2010は、僕にとってはそんなことを感じさせてくれた時間でもあった。
まさむね(西村昌巳)
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夏のコミケに行ってきた。
とにかく、物凄い人だ。しかも暑すぎる。
話には聞いていたが、この3日間が1年のうちで東京ビッグサイトのジュース類の売り上げが断トツに1位というのはわかる。
僕が足を運んだのは、屋上にあるコスプレエリア。なんで、こんな暑い日差しの下、わざわざコスプレ衣装を身にまとうのか。レイヤーの方々には本当にご苦労様と言いたい。
しかし、一方でそこかしこに、疲れきって、座り込むオタク達。遠くから見ると、岩礁に休むトドの大群のようだ。もちろん、僕もその一人だが。。。
ここ1ヶ月位の間に、こうしたコスプレイベントを観て回っているが、写真を撮るカメコたち、写真を撮られるレイヤーたち、彼ら彼女らは本当に礼儀正しい。
黙々と並んで、声を掛けて、ポーズを取ってもらって、シャッターを押して...そんな光景がそこかしこに見られる。
これがもしビジネスライクなイベントだったら、みんな文句の一つも言いたくなるだろう。
でも、みんな整然として暗黙のルールを守って楽しんでいる。
同日、遠く九段下では靖国神社に参拝する人々がいる一方で、ここにはキャラになりきった人々がいる。この世ではなく、想像のもう一つの世界に触れようとするという意味では共通なものがあるのかもしれないと思った。
敢えて極論するならば、いずれにしても日本人は確固たる共通の宗教心がない分、それぞれが自分の想像の世界を持っている。それがこうしたコミケ的な世界に造っているにちがいない。まるで八百万の神々が彼らが描くそれぞれの漫画に降臨する、だからこそ、コミケはお祭りなのである。それにしても暑い...
僕が今年のコミケに足を運んだ一つはコスプレイヤーの人々と触れることだが、もう一つは、竹熊健太郎さんに会うためだ。彼は、このコミケでマヴォ5号を販売している。TシャツやDVDもそうだ。
しかし、カタログが重過ぎて探す気もうせる。現地で携帯で「たけくまメモ」を見れば出展場所がすぐにわかるだろうと考えた僕が間違っていた。携帯など、ここではつながるはずもない。一緒に現地を回っていただいたスタジオハードデラックスの方の話だと、docomo、au、SoftBankはそれぞれ中継車を出しているそうだが焼け石に水の状況だ。
さきほど述べた「トド」達が一斉にアクセスしようとしてる。つながるわけもないのだ。
しかし、僕も負けてはいられない、数十回のアクセスの末、「たけくまメモ」に到達。彼のブースをようやく知ることが出来た。
もちろん、竹熊さんは売り子としてそこにいた。暑さゆえに、相当、衰弱した感じだ。いつものパワーは無い。
「50歳の身にはコミケはつらいですよ。」
と笑っていた。
いきなり、竹熊さんのお父様が竹熊家のご先祖は景行天皇の部下の「タケノクマ」という人物ではないと言っているという話になる。
「いや、やっぱりタケクマという名前はどちらかと言えば、熊襲系じゃないんですか。」と僕も突っ込む。
旧友は挨拶そこそこで、いきなり深い話になれるところがいい。
でも、ここで深入りするのももったいなさ過ぎる話だ。
「お父様に家紋が何か聞いておいてくださいね、それでは、竹の熊さん祭りでまた。」
と言って別れた。今度、じっくりと語ってみたいテーマである。
ということで僕のオタクサマー第三段のコミケは終了。とにかく暑かった。
まさむね
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先日、よしむねさんの「夏の家紋主義者」というエントリーの僕のコメントに対するお返しコメントに以下のような表現があり、僕は少し気になった。
人間は本来異質なもの(分かり合えるようで分かり合えず、分かり合えないようで分かりあったりする、違和なものたちの)同士のはずです。ここに来て、ぼくらはもう一度その断層的なもの、食い違いみたいなものに目を向けて、そこから始めていくことが必要な気がします。
実は、僕は大学生の頃、つまり1980年代の前半、社会学のゼミにいたのだが、その時に教授が「最近の若者は人と人とをもともと異質なものとして捉えるようになった」というようなことを話されていたのを思い出したのだ。
その教授は、マルクス社会学に影響を受けるとともに、柳田國男や有賀喜左衛門の農村社会学の直系ともいえる研究をされていた方で、当時の僕は、おそらく、教授の言うことの十分の一も理解できていなかったのではないかと思う。
それでも、先ほどの一節もそうだが、いくつかの印象深い言葉が、今だに僕の中に残っていて、頭をもたげてくる。
さて、その「最近の若者は人と人とをもともと異質なものとして捉えるようになった」という一節だが、逆に言えば、おそらく70年代までは、「でも結局、みんな同じだよな」というオチが、80年代になって通用しなくなってきたということではないのだろうか。今、振り返ってみるとそんな感じがする。
そして、その頃にマジョリティとなった人間は本来異質だという「当たり前」は、おそらく現代までずっと力を持ち続けているのだ。これは消費社会、ポストモダンなど、いろんな言い方で説明できることなのだろうが、これは今後も当分、続きそうだ。
しかし、一人一人の意識が変ってきたが、日本人は、その社会をなかなか変えられなかった。最近でこそ、年功序列や終身雇用の弊害がマジに言われ、成果主義などが言われてきているが、僕らはその成果主義にも完全に移行できていない。
どこかで「結局、みんな同じだよな」を引きずっているし、これからもしばらく引きずり続けるのであろう。
★
僕は最近、日本は本気でダウンサイズのプロセスを考えるべきだと思うようになってきた。
少しの収入で、それぞれが小さな幸せを大事に、ボチボチ生きていく社会、世界中から忘れられてもいい、オリジナルな感性を大事に、ゆるやかな鎖国時代に入る。もちろん、生活水準は落ちるだろう。活気もなくなるかもしれない。そして年をとれば、自然に死んでゆく...
しかし、それでいいではないか。という気分が僕のなかのどこかにあるような気がする。
逆にいえば、競争も、移民受け入れも、社会構造改革もNGであれば、そうなるしかないであろう。
そういえば、鎌倉時代、藤原定家という貴族はこんな歌を詠んでいる。
見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ
(見渡してみると、花も咲いていないし、紅葉だってない、そこにはただ、漁民のオンボロ小屋がある。そんな秋の夕暮れだ)
藤原北家の出で、最終官位は正二位権中納言。つまり、トップクラスの人が、こんなわびしい歌を詠んでいるのだ。
おそらく、日本人はこうした貧しさ、わびしさを一つの芸術的であると解釈するような感性をずっと持って生きてきた。
世阿弥、利休、芭蕉等の感性もその延長上にあるのは言うまでもない。
こうした歴史を持つこの国だからこそ、独自の道を進む可能性を持っていると僕は思う。
まさむね




