Articles in the 日常雑事 雑感 Category
日常雑事 雑感 »
この間、早めの夏休みをとってハワイに行ってきた。たかがハワイ、でもされどハワイで何度行っても楽しいことは変わらない。当地では泳いだり、ドライブしたり、渓谷を歩いたりとゆっくりしてきたのだが、今回改めてアメリカはつくづくDaddyとBodyの国なのだなあと思った。
ビーチでたらっとしていると子供たちが何度も「Daddy、Daddy」と呼びかけているシーンに出くわすことがある。単に言葉の問題だけではなく、アメリカでは未だに父性や父権が健在なのだと思う。つまり父親が父親として(呼ばれることが)いまだ機能している社会なのだと思う。
アメリカ人は成年に達すると親元を離れていくことが当たり前とはよくいわれる。だからせめて子供時代だけは親も目一杯、彼らの子供たちと遊ぶ。そのときの親(特に父親)としての意識と記憶。それがアメリカ文化の大きな基層をなしていることはいまもそれほど変わらないように思うのだ。もちろん部分的にはいろんな崩壊があるとしても、だ。強い父親とカッコいい父親。父親に遊んでもらった子供時代の記憶。ベースボールにおけるキャッチボール、その記憶のDNAはまた自分の子供たちに引き継がれてゆく。だからアメリカはいまだにサッカーの社会ではなくベースボールが基本の国なのだ。
ぼくは子供がいないので自ら父親となった記憶がないのだけど、翻ってわがニホンはどうかというと、もう父親不在となってずいぶん久しいように思う。日本における(父権と)母権の問題についてはたとえば江藤淳の「成熟と喪失」や古くは柳田国男の「妹の力」などいろんな考察や展開が可能だと思うのだけど、ここではそれ以上については言及しない。ただ父親よりは依然母親が生きている(機能している)ようには思うのだが、いかがだろうか。
そして語呂合わせを楽しむ意図があるわけではないのだが、アメリカはDaddyにあわせてつくづくBodyの国なのだと思う。Bodyとはまさに肉体に対する意識の意味だ。それは鍛えられた肉体、健康な肉体からマッチョな肉体、そしていつまでも若々しいアンチ・エージングな意識まで含んだもの。
ここにもカッコいい父親の延長として自ら鍛えられた肉体を有している父親像が求められることにつながってゆくことになる。ぼくが滞在していたホテルでも夜になるとホテル内のジムにやってきてトレーニングに励む父親の姿が見られた。お父さんも強い父親を演じるためには汗だくになりながら大変なわけだ。
また単に男の側の問題だけではなく、アメリカ人のジョギングをふくめた健康志向やアンチ・エージングや美容に対する意識の高さなど、男も女もつくづくBodeライクな社会だなあと思う。映画「SEX AND CITY]も一面その産物だろう。Bodyへの志向性の強さからはある意味で行き過ぎた異常な状態とも言えるかもしれない。日本でも似たような(後追い的な)風潮もないではないが、基層での先駆性ではいまだにアメリカが突出しているように思う。それがいい悪いはここでは論述するつもりはない。
今後アメリカがどこに向かってゆくのか、21世紀が世界的にどういう世の中の風潮になってゆくのか、ぼくには分からないが、アメリカにおいてDaddyとBodyがどのように変質してゆくのか、それを見てゆくこともヒントのひとつにはなるかもしれないとも思う。そして日本におけるDaddyとBodyとは何かについて、あらためて考えてみたい気もする。どなたか、ぜひご意見でもください。コメントもお待ちしています。
よしむね
日常雑事 雑感, 書評 »
以前どこかで、坂本龍一が「自分は時間が出来ると、周期的に、柳田國男を読み返す。」というようなことを書いていた。一瞬、坂本龍一の音楽と柳田國男の民俗学の接点は何だろうと想い迷うが、多分、そんなことは深く考える必要は無いのだろう。
人は誰にでも、日常生活の雑事にまみれて、フッと自分に返ったときに読み返したくなる本というのは確かにあるものだ。しかも、それは日常の活動とは関係なければ関係ないほど、逆に意味があるのかもしれないのだ。
自分にとってそれは誰だろうと考えてみた。小林秀雄か?鈴木大拙か?
そういえば、先日、鎌倉の東慶寺の鈴木大拙の墓に参った。
この寺は、苔むした山の斜面に渋い墓が並んでいる。岩波茂雄、高見順、西田幾太郎、和辻哲郎、谷川徹三、野上弥生子、そして小林秀雄や鈴木大拙の墓がある。ほとんどの墓には僕が確認したかった家紋は無い(例外的に谷川徹三の墓にだけ丸に九枚笹が彫られている)。
しかも自然石の墓である。いわゆる鎌倉文化人独特の美意識がこんな墓の形状にも表れているのだ。
さて、先ほどの問いに戻る。僕が自分に返ったときに読み返したくなる本、おそらくそれは山本七平かもしれない。
山本七平といえば、70年代の本多勝一との論争が有名だ。あれは、プロレス的にいえば本多の頭突きを山本が受けるという闘いだった。
さて、彼の「日本人とは何か?」は名著である。冒頭近辺に、韓国や中国と対比した日本のオリジナリティは何かという友人との会話が出てくる。
それによると、女帝、かな、日本料理、そして紋章...これらがいわゆる日本オリジナルなものではないかという。ちょっとした話の導入だが、日本のオリジナルなものに紋章(家紋)が出てくるのはことの他うれしい。(それなのに彼の小平霊園の墓には家紋がない。)
日本とは何かを考えるとき、それは同時に「何故、日本にだけ家紋というものがあるのか」という問いに滑らせて考えてもいいのではないかと個人的に思っている。これは僕の個人的なテーマだ。
朝の通勤前の文章なのでご勘弁いただきたいのだが、僕はいつも、こういう文章を書くときに、ちゃんと引用元の文章を書けばいいのだけれど、いつもいい加減に記憶で書いてしまう。ご興味があるかたは原著にあたっていただければと思います。
まさむね
日常雑事 雑感 »
この6月にマルクスの「経済学・哲学草稿」の新訳が光文社古典新訳文庫から出たようだ。
残念ながら、今さら手にとって見るだけの根性も好奇心も無いが、僕は学生時代に、岩波文庫版だったら何度も読んだ。読んだというといかにも前向きに聞こえるかもしれないが、ようするに、何度読んでもわからなかったのだ。
この書物には何が書かれていたのだろうか、自分なりに思い出してみたいと思う。結局、僕らは仕事をして、その成果物を手にすることによって自己実現をするしかない。しかし、社会が複雑になり作業が分業化されてくると、自分が作り上げたものが、まるで自分が作ったのではないもののように見えてしまう。これはつらい。「俺は一体、何なのだ、何のために生きてるんだ」って思うようになる。この心情をようするに疎外と言ったのだ、マルクスは。
四捨五入して言えば、マルクスとは労働をすることによって全ての人が生きがいを持って生きられる社会を模索したのである。そして、彼なりの答えが、人を疎外している元凶である資本主義を打倒し、搾取を無くし、みんなが自分の作ったものが自分のものであると感じられるような社会を作るために、革命が必要だとしたのである。
これでいいでしょうか、大渕先生(大学の時の指導教授の名前)!?
さて、この「生きがい」至上主義者であるマルクスは、いわゆるプロレタリアート革命という対策を抜きにしても、その問題意識だけは今でもビビットであると僕は思っている。
ていうか、現代の僕らは、マルクスの歴史的問題提起、ていうか、この「生きがい至上主義」に、まだまだ絡めとられ続けているのである。
一方、城繁幸さんがご自身の「Joe’s Labo」で書かれているが、現在の日本共産党は、日本一の貧困ビジネスに成り下がっている。つまり、生きがいを見つけなければいけないというマルクスの志を完全に忘れて、生きがいが無くても生きていけるような人々を作り出そうとしている。マルクスは草葉の陰で泣いているよ、多分。
僕は拙著「家紋主義宣言」で、現代人の自分探し志向、つまり旅人生観をミスターチルドレンの歌のヒットの一因だと書いたが、彼らが歌い求めているのも結局、「生きがい=自分探し」のような気もする。例えば...
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅
(終わりなき旅 1998)
なのである。この悩みは、実は結構深刻だ。誰だ!生きがい=本当の自分を探せといったのは...マルクスだ。
というわけで、今日のお話は、ミスチルはマルクスの被害者だという話でした。なんとなく、眠くなった。
まさむね
日常雑事 雑感 »
先週の土曜日に、他の友人二人と一緒に、竹熊健太郎君と会って飯を食った。(写真は「家紋主義宣言」を掲げる竹熊君と僕。)
彼は今では京都精華大学のマンガ学部、マンガプロデュース学科の教授であり、学科長だという。
会うなり、すぐに、彼が現在打ち込んでいる「マヴォ」の話になった。彼はiPadを操作しながら本当に丁寧に説明してくれた。
「マヴォ」というのは彼が責任編集で出している漫画雑誌だ。
若き漫画家の卵達に作品発表の場を提供しているという意味で大変意義深い仕事である。彼の説明を聞くと、彼がいかに漫画というものに、そして若き才能達に愛情を持っているのかがわかる。
首都大学の宮台真司氏がどこかで書いていたが、献身的に他人ために打ち込む姿は、周りの人を感動させるし、同時に感染させる。(彼はそれをミメーシスと呼んでいる。)
竹熊君は一時、脳梗塞で生死の境をさまよい、車椅子生活を余儀なくされたという。その時、自分が出来ること、自分の好きな事をやるにはもう時間がないと思ったという。今すぐにしなきゃダメなんだ。彼の目は、僕にもそう訴えかけていた。
そして僕もなにか、「世のためになること」をしたくなった。僕は竹熊君からなにかを感染したのかもしれない。
さらに彼はこうも言っていた。
この年になると、いつの間にか、僕らは一巡したのか、若い頃に打ち込んだことをもう一度やるもんですね。僕は「摩天楼」というミニコミのようなことをしているし、西村さんは一本気新聞をやってますからね。
確かにそうだ。ブログを続けている僕の中には、若かりし日と同じ自分がいるのだ。なんだか分らなかったがとにかく、何か表現したかった自分だ。
最近の僕は体調がそれほどよくないが、それでも頑張ろうと思った。
友達というのはいつになってもいいものだ。
まさむね
日常雑事 雑感 »
僕は毎日、恵比寿に通っている。
会社は西口から歩いて数分のところだ。
恵比寿の西口、ちょうどみずほ銀行のATMが入っているビル(だったと思う)の屋上には大きな看板がある。
しかし、今現在、その看板は真っ白だ。
山手線からもばっちり見えるこの看板がここしばらく空白なのは誠にもったいない話だ。もしかしたら、こんなところにも、現在の不況が反映しているのかもしれない。
僕は学生の頃、よく山手線でこのあたりを通った。僕の記憶だとその頃、この看板はカルピスの黒人マークだった。
カルピスは恵比寿の地元産業なのだ。
しかし、その看板はいつの間にか、そこから消えた。黒人差別ではないかとのクレームがついたためという話だが、詳しい経緯はわからない。とにかく、いつの間にか消えたのだ。
そして、カルピス自体もいつの間にか、味の素の傘下に入った。
しばらくして、この看板は、駅前留学で有名な英会話のNOVAの水色桔梗に代わった。微妙に色は違うのを承知であえて言えば、この水色桔梗はあの明智光秀の家紋だ。明智光秀が織田信長を倒したが三日天下で最期は土民の竹槍の餌食になったというのはあまりにも有名な話である。
僕はひそかに、NOVAの倒産と明智光秀の没落を頭の中で重ね合わせてこのブログにも書いていた(2009年1月14日)。
こう思い出してみると、ここの看板はなにかと因縁があるのかもしれない。
次にここに看板を出す企業はどこだろうか。
それは、僕が恵比寿に通う楽しみの一つになっている。
まさむね




