Articles in the 日常雑事 雑感 Category
日常雑事 雑感 »
実は、昨年の末から、ずっと本を書いていました。
それが来月の中旬に発売されることが決まりました。
「家紋主義宣言」という全部で350ページ位ある本です。
内容は家紋について書かれた僕自身の本です。あるいは、僕について書かれた家紋の本です。
というか、この一本気新聞で以前書かせてもらった内容をリライトした部分も多く含まれています。
w-inds.のこと、木更津キャッツアイのこと、ジャイアント馬場のこと...
そんなことが書かれた家紋の本です。
この半年、仕事と執筆の両立は結構、大変でした。
土日の休日、仕事から帰った夜、早朝、通勤電車の中はほとんど執筆に追われました。
でも、とりあえず脱稿できてよかったです。
今後、発売日まで、徐々に本の内容を紹介していきたいと思います。
皆様、今後ともよろしくお願いいたします。
まさむね(西村昌巳)
日常雑事 雑感 »
「ゲゲゲの女房」がなかなか好調のようだ。
僕もこの朝ドラは、久しぶりに続けて観ている。
今までの朝ドラの女性達とは一味違ってヒロインがつねにおどおどしている。
それが新鮮なのだ。(僕の妻の説、僕も賛成!)
さて、先日、母親に会った時に聞いたのだが、実は、このドラマの漫画監修は僕の小学校、中学校、高校の同級生の海老原優君が担当しているというのである。さらに現在では、長岡造形大学で漫画の先生もしているというのだ。
僕は彼の名前を久しぶりに聞いた。失礼な言い方かもしれないが、元気で漫画界周辺で生息していたのだ。
僕は小学生の頃、よく彼の家に遊びに行った。彼は本当に漫画が上手だった。
僕も漫画を描くのは好きだったが、彼の上手さを見て僕は、子供心に、漫画を描き続けるのをあきらめたという思い出がある。
しかし、大学を卒業した頃から彼の名前を聞くことはなくなってしまった。僕が不義理をしていて、彼のことはほとんど忘れてしまっていたのだ。
ところが、先日、母親に会った時、海老原君のことを聞いた。
そのうち、彼は「ゲゲゲの女房」に役者としても(もしかしたら手塚治虫役?で)出演するらしい。
すごい出世ではないか。
おそらく、漫画家として世に名前が出るというのは相当大変なことなのだろう。そして、そのために多くの漫画家の卵達は必死に研鑽をつんでいるのだろう。それは僕の想像を絶する世界だ。
これは僕の想像だが、海老原君は、そんな夢を持ち続けて、今までずっとがんばってきたのだと思う。
確かに彼は世間の誰もが知っているような漫画家にはなれなかったかもしれない。
それでも、彼はある意味、初志を貫徹しているのだ。漫画博士として...
僕は彼の名前でネット検索してみた。すると、いろんなところに彼を絶賛するサイトがあった。
俳優の堀内 正美さんのブログには、「オタクとは海老原さんのために生まれた言葉だと思うくらい、その情報量には感服する。」と書かれてあった。(「ほりうちのココだけウルトラ話」)
また、タレントのなべやかんさんのブログでは一人は、「知恵袋の海老原さん。何かわからないことがあると、毎回海老原さんに聞いてるくらい、何でもかんでも知っている百科辞典のような人です。」とも評されている。
僕は自分のことのように嬉しかった。
小学生の頃、彼の家に行くと、部屋中に怪獣のセルロイドの人形があった。
それは彼の自慢の品々だった。そして僕はよく遊ばせてもらった。
それが40年の時を経て、まだ彼の中ではそれらの怪獣達は生き続けているのだ。
いや、それどころかバージョンアップしているのだ。
僕もある意味、おたくを自称することがあるが海老原君にはかなわない。
彼こそ、尊敬すべき人物、そして友人として誇れる人物だと僕は心の中で思った。
今後のさらなる活躍を期待したい。
そして、いつの日か会って話を聞いてみたい。
まさむね
日常雑事 雑感 »
昨日、写真がボケてしまった「清正の井戸」へ、意を決して今日も向かった。
今日は昨日よりも1時間早い7:30に到着。整理券も9:00〜のものをゲットだ。
しかし、撮影が終わったのが9:30結局、2時間かかったのは、昨日と同じか。
また、日の高さの関係か、昨日に比べて暗かったのは微妙に残念だが、それでもちゃんと撮れたのであった。
それにしても、明治神宮は原宿という都会にありながら鬱蒼とした森は素晴らしい。
庭園に入るのには500円かかるが、参道は無料だ。
近くまで行かれた方はぜひ、寄ってもらいたい場所である。
さて、撮影を終えて家にもどり、写真を妻に見せる。
妻が言う。
「これで開運アップだね。」
「そうだね...」と言いかけて、またここで大きな疑問。「ちょっと待った!!」という心の声。
そもそも”開運”という言葉に運がアップするという意味が含まれているのではないだろうか。
だから、その”開運”がアップするというのは一体どうなってしまうのだろうか。
僕は妻に問いただした。
「でも、どっちにしてもアップするんだからいいでしょ(笑)。」
平然と答える妻。
それもそうだ。
4月27日の”鶏のロール巻き”の一件に続いて、今日の”開運アップ”の件でも妻を説得できない僕。
また完敗だ。
それはそうと、今日、桑名の多度大社の上げ馬神事が始まった。
若者が馬に鞭打って、急な坂を駆け上がり、その年の豊作を占う伝統的神事だ。
「今日から、上げ馬神事がはじまったってさ」
と僕。
「”アゲウマシンジ”って誰?」
と妻。
一瞬、意外にいい名前かも。と思ってしまった僕であった。
まさむね
日常雑事 雑感 »
僕の妻の実家は美容院をやっている。
そのため、火曜日が休みだ。今週の火曜日に妻の母(ということは僕の義母)が僕の家に来て、家で作ったお料理を持って来てくれた。
僕は勿論、会社に行っていて不在だったのだが、家に帰るとそのお料理が待っていたというわけである。
「今日のおかずは何?」
僕は会社のある恵比寿からケータイをかけた。
「お母さんが来てくれて、鶏のロール巻きを作ってくれたの」
と妻。
なるほど、と僕は思った。ケータイを切りかけてフっと思った。
「あれ、ロールと巻きって同じじゃない。それじゃあ巻き巻きじゃない?」
妻は答えた。
「それでいいの。お母さんもそう言ってたよ。」
僕は微妙に釈然とぜずにケータイを切った。
家に帰って、その鶏のロール巻きをいただいた。
とても美味しかったということはさておき、やっぱりロール巻きという言葉の被りが気になり、妻にその胸の内を語り、話を蒸し返した。
「いいの。お母さんもそういってたよ。」
同じ返事だ。
「じゃあ、検索結果を見てみようか」
ケータイで検索すると、ヒット数はなんと8万件、クックパッドでも「キャベツのロール巻き」というのがひっかかった。
ということは完全に僕の負けか。
負けを認めたくない僕は蒲団に入ってさらに考えた。
「いや、キャベツのロール巻きという言葉において、最初に”ロール”するのはキャベツであり、そのキャベツが解けないように、さらにベーコンで”巻く”のではないか...。だからあの鶏は一重巻きだから、鶏ロールでいいのではないか...」
後日、妻に僕の自説を発表した。
妻は、人類史上これ以上どうでもいい話はないといわんばかりの顔で僕の話を聞いてくれたが一言
「だって、お母さんもそう言ってたよ。」
全く、発言がぶれていない。
僕は返り討ちにあった。
まさむね
日常雑事 雑感 »
この間麻布十番を歩いていたら、ふと暗闇坂の道標が目にとまった。この通りは過去何度も歩いていたのだが、暗闇坂への目線(意識)がまったく失われていたのだった。写真はそのときの通りの方角からみた暗闇坂なのだが、それとともに俄かに思い出したことがあった。ここは昔寺山修司の劇団天井桟敷(兼事務所)があった場所のはずだ。ぼくの記憶が正しければ(もし間違っていたら、どなたかご指摘ください)。
もう30年くらい前のことになるけど、不案内で迷路のような麻布十番の道を探しながらやっと天井桟敷の場所にたどり着いたという記憶がある。当時は勿論麻布十番駅などはなくて文字通り麻布十番の界隈は陸の孤島だった。公共機関ならバスで行くか日比谷線の六本木駅方面から回って行くしかなかった。
なぜ天井桟敷を訪ねたのかはもう忘れた。ただ劇団が入っている建物を見たかったのか、それともなにかの演劇を見る目的があったためだったか・・・。いずれにしても劇団が建っていたと思われる場所は別のビル(駐車場)に変わり、かつてはどこか威嚇的で幻想的だった建築物の表情もいまではありきたりなビルの壁面に変貌してしまっている。この暗闇坂の上はオーストリア大使館になっている。
当たり前だけど時はながれる。そしてかつてあったものが壊されてなくなる。残るものもある。だから街も変わる。変わらないようで変わり変わるようで変わらない。そういうものだ。麻布十番温泉もなくなった。何度かあの黒い温泉に入ったっけ。何が本当の街のすがたか。それは誰にも分からない。そんなものはない。
だから麻布十番の暗闇坂は、いまも遠い彼方にある。
暗闇坂といえば、ぼくの住んでいる界隈の近くにも同じ名前の坂がある。その坂を通るときは夜自宅への近道としてタクシーを利用するときに限られていたのだが。
よしむね




