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Articles in the 1987 Category

1987 »

[26 5 月 2010 | 2 Comments | | ]

まさむねさんとなるべく重ならないように80年代の映画について取り上げる予定なのだが、この「恋々風塵」だけはちょっと例外ということで、ぼくも書かせていただくことにした。というのももし今まで見た青春(恋愛)映画でベスト3を上げろと言われたら、間違いなくそのひとつにこの映画を上げるだろうからだ。とても好きな映画だ。
 もう細かいことやあらすじについては触れない。ただあのラストで、お爺さんと主人公が言葉を交わす(実はあまり交わさない)シーン。山の気に包まれたなかで、お爺さんは失恋した主人公に対して仔細はなにも尋ねず、ただ今年はさつまいもが不作だとか良くできたとか、そんな話をするだけだ。お爺さんは多分分かっているのだけど、なにも言わない。
誰もどうすることもできないからだ。ただみんなそうしてきたように、ひとりで黙って泣くしかないし耐えてゆくしかない。映像はどこまでも静かで凛としている。そしてもの悲しい。山の気の張り詰めたような美しさ。老人と青年のふたりだけがいて・・・。
こんなシーンに出会えたことのなんという至福! 映画を観るとはまさにこういう瞬間に出会うことだと思わせてくれた、そういう作品。
人を好きになることはときに悲しい。ぼくももうあの少年少女たちからは遠く離れたところに来ているけど、今もときどきこの映画のいくつかのシーンを思い出す。切ないことや思いっきり楽しかったこと、ワルをしたり、そんなこんな誰にでもあったに違いない小さな出来事の数々。今も恋々風塵は走馬灯のようにそれらを浮かべて回っているのだと思う。
よしむね

1987 »

[7 5 月 2010 | 2 Comments | | ]

幼い恋の終わりをこれほど、寡黙にしかも豊かに描いた作品はあっただろうか。
人は生まれて、恋をして、失恋して、子供を生んで、そして死んでいく。
その繰り返しが何代も何代も続く。その人々の想いが自然の中に溶け込んでいく。
おそらく、センシティブ(感度が高い)というのは自然に対して、こうした悠久の流れ、すなわち山の霊を感じ取れることだと思う。
けっしてアップル社の新製品に飛びつく器用さではない...自信はないがそんな気がする。
この映画を観た当時は、僕はあの少年と少女に近いところにいた。
遠く離れた恋人に何通も何通も手紙を書くというのは今ではありえない昭和の話だ。
もう時代はもとにはもどらないだろう。しかたがない。
僕自身、あの子達とはかなり距離が出来てしまったような気がする。
かといって、あのお爺さんのようにもなれてはいない。
ただ、まだ時間はある。
今から何とかしてあのお爺さんのようになれるように努力しよう。人生はこれからだ。
まさむね

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[6 5 月 2010 | 3 Comments | | ]

富田靖子の「BU・SU」は僕が最高に好きな映画の一つだ。
致命的な母子関係に陥ってしまった娘。田舎を出て、東京神楽坂の芸者見習いになる。
しかし、その置屋でも、そして通い始めた学校でも周囲に溶け込めない。
この映画はそんな彼女(麦子)と世間との緊張感と、それが解けていく、いわゆる成長の物語である。
BUSUというのは、おそらく、不細工という意味ではなく、無表情という意味だ。
麦子が映画の中で最初に笑うのは、中学の時に分かれた友人のアパートに行って、彼女が生んだ赤ちゃんを見るシーン。これだけ笑顔を待たせるアイドル映画というのも凄い。
クライマックスで、麦子は学園祭で、母親がかつて演じたという八百屋お七に挑戦するが失敗する。
しかし、失敗することによって自分の中の何かが変わる。
それが成長。
そして、人生そんなもんだと思う。
これは友達に勧められた観た映画だ。
いい友人というのはいい映画を勧めてくれる人、多分、これは間違っていない。
ビデオで最低5回は観た。
まさむね

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[22 4 月 2010 | 2 Comments | | ]

これこそが冒険活劇だと思った記憶がある。
別に怪獣が出てくるわけでも、勿論CGもない。だが、そこには観る人をワクワクさせる、あるいはどきどきさせる真の映像の力がある。
ただ、友達のノートを家に持って帰ってきてしまった少年が友達の家にまでそのノートを帰しに行こうとするが返せない。というような話だ。
彼に襲い掛かってくるのは、そんな彼の焦る気持ちを知らない普通の人々だ。
大人にとって子供とは道具だった。おそらく、近代まではそうだったのだろう。簡単に子供に物事をいいつける。それも文化だ。
おそらく、この映画が秀逸なのは、この少年の焦りがそのまま伝わってくるからだ。不安が伝わってくるからだ。
友達にノートを返せなくて、しかたなく宿題をやる少年。振り返ると激しい風が家の中に入り込んでくる。そんなシーンがあったように覚えている。その風こそが彼の不安の象徴だ。
高野文子という少女漫画家の「絶対安全剃刀」の中に、どういう経緯だったか忘れたが、先祖のことを思い、一瞬、仏壇に振り返る少女が出てくる。
僕はその少女と、この「友だちのうちはどこ?」の少年が僕の中でシンクロする。
そういえば子供の頃は、なにかと不安だったな。僕のうちにはネズミが沢山いたが、常にネズミがどこから出てくるんじゃないかっていつもビクビクしていた記憶がある。
そんな子供の頃の不安の普遍性がこの映画の普遍性に通じるんだろう。
この映画は1987年作だというが、僕が観たのは90年代に入ってから。場所はユーロスペースだった。
まさむね