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[6 10 月 2009 | No Comment | | ]

2016年の夏のオリンピックがリオデジャネイロに決定、東京は落選でした。
日本人として一瞬はがっかりしたが基本的によかったと思う。実は、自分は昨年来、東京オリンピックには反対だったのである。ただ、10月18日の「若者世代の団塊世代以上に対する怨嗟は凄いのかも」というエントリーで、以下のように書いていたのだが、その後、関心がなくて正直忘れていただけなのだ。
先日、石原都知事がネットカフェ難民が1500円でネカフェに泊まるのはファッションの一種だ。山谷に行けば300円で泊まれるのに、って発言してネット上で大顰蹙を買ったけど、その彼は今、オリンピック誘致を推進しようとしている。
自分は決めて(手柄だけ取って)、作業は下の世代に押し付けとしているのだ。勘弁してほしい。僕は大反対だ。
石原軍団で、準備から警備まで勝手にやってくれというのが本音。
しかし、このたび、”めでたく”落選ということで思い出した次第。
後で聞いた話であるが、招致活動に150億円、都の職員も800人以上も動員したという。なんという無駄だろう。さっそく、そのあたりをどのように考えているのかを知りたくて招致委員会のサイトにアクセスするとブログが10月2日の最終プレゼン演説のところででプッツり途切れていた。
このまま、ある日、突然アクセス出来なくなる可能性大なので、一応何かの記念に、以下、最後のエントリーの文章だけを引用しておく。
コペンハーゲンで応援!東京応援ツアーの皆さんが無事、コペンハーゲンに到着!
朝は最終プレゼンテーションに向かう東京チームを盛大に見送った後、
市内中心部にある市庁舎前広場のパブリックビューイングで
さきほど終了した最終プレゼンテーションを固唾を飲んで見守りました。
プレゼンは大成功!
何度も「東京!東京!」と掛け声が沸き起こり、
コペンハーゲン現地の皆さんもこれに加わって、東京にエールを送ってくれました。
オリンピックって、こうして世界を一つに結んでくれるんですね。
さぁ、この後はIOC委員による運命の投票、そして開催都市の発表です。
投票開始は日本時間0時過ぎからです。
皆さん、日本からパワーを送ってください!
正確な世論調査の結果は知らないが、東京が落選したのは、「市民のバックアップが少なかったから」ということが大きな原因らしい。自分は東京在住だが、確かに、今回のオリンピックが話題になったことは少なくとも僕の周りでは皆無だった。それなのに、半ば、都知事の思いつきで強引に進めてこの結果だ。仕事の出来ない人の仕事の進め方の典型的なパターンを見るようだ。
さて、それではドブに捨てた150億円はどうしてくれるのだろうか。
まぁ済んでしまったことは仕方がないにしても、今の時代、ブログを突然辞めるのではなく、何が問題だったのかをちゃんと説明するのが行政の義務だろう。それに、東京オリンピックをするという前提で雇っていた都の職員も可哀相だが、当然、仕事が無くなったのだから不要、馘首に異存あるまい。民間企業がこれほど苦しい時代だもの、東京都だって、仕事もないのに雇っておくほどの財政的余裕はないはずだ。まさか、人が余っているからといって仕事をわざわざ作り出すことはないと思われるが...念を押しておくが当然のことながら、2020年のオリンピックに再度立候補っていうのは冗談だよね。
とにかく、その馘首の具体的なスケジュールをはやく発表して欲しいものである。
まさむね

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[26 9 月 2009 | No Comment | | ]

前原誠司国土交通相は、八ッ場ダム視察した。結局、地域住民とは会ってもらえなかったが、この視察にはそれなりの意味があった。
大局的に見れば、ダム建設中止に向けて一歩進んだと見ていいのであろう。日本全国の無駄な公共事業の中止をマニフェストとして掲げた民主党、今までの官僚が決めたことは絶対という硬直したシステムへの挑戦にはおおいに期待したいものである。
さて、客観的に見ても、ダム建設を進めるか、中止すべきかに関して言えば、単純にそのダム建設がどれだけの公益性が見込めるのかという点が重要なのは当たり前の話である。
しかし、民主党の説明によると、八ツ場ダムに関して言えば、治水、利水両面において、既にほとんど意味がなくなっているという。だとしたら、工事を中止するのが筋なのであろうが、その算定に関しては、今までの国交省の公式発表とは全く異なっているから話がややっこしいのだ。国交省によれば、ダムの費用対効果は3.4もあるという。今までの経験で言えば、行政の言うことは怪しいのでは?という推測は出来るが、実際はどちらの言うことが正しいのであろうか。
また、テレビでは既に工事の7割は完成しているというような説明があったが、社民党の保坂氏のブログなどで確認すると、それはただ、総工事見積もりの7割を既に使ったというだけの話らしい。地盤整備などの事業に対する見積もりが当初からかなりずれていて、実際には、2割程度の作業しかできていないという話もある。ということは、今後はさらに多額の費用がかかる可能性もあるということだ。これに関しても、はたして一体、どちらの見積もりが正しいのであろうか。
また、テレビでは、ダム建設中止反対住民という方が話しをしていたが、その理由は、大雑把に言って「今さら、中止というのは、私たちの今までの苦労はなんだったの?」という話だ。また、既に墓所まで移動させられていて、どうしてくれるのかというような人もいた。
しかし、ダム建設で住居移転を迫られた人々には、今までも、当然、補償がされていると思われる。
はたして、一体、どういった補償条件で移転を承諾したのだろうか?それがわからないので、テレビのこちら側としては、同情していいのか、それとも、そんなの我慢しろよという風に感じるべきなのかがよくわからないのである。
さらに言えば、、ダム建設には大きな利権がかかわっていると思われる。国交省OBの天下り団体とか、地元の土建屋とか、中止によって困る人々の具体的な声をテレビでは全く流してくれないのにも困ったものだ。いつもそうだが、利害当事者は、こういった時、一体、何を考えているのだろうか。なぜ、テレビはこういった人々の取材をしないのだろうか。あるいは、取材を断られたなら断られたということを教えてくれないのだろうか。
まぁ、ようするに、1)ダムを作ったほうが公共的な利益になるのか、2)作り続けた場合今後どれだけの費用がかかるのか、3)今まで住民はどのように補償され、今後ダム建設中止された場合にも、住民は具体的にどの程度補償され続けるのか、4)ダム建設中止によって国交省OBの天下り先はどれだけ困るのか等といった重要な点が、テレビではぼかして報道されているため、ただ、「国家権力が住民を翻弄している」という過去数十年にわたって見せられ続けてきた物語の別バージョンにしか見えないのだ。
ダム問題の帰結も勿論、重要なのだが、テレビが描く物語のつまらなさ、大雑把さの方に嫌気がさす。
勿論、これは、いつもの話ではあるが。
まさむね

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[6 9 月 2009 | 4 Comments | | ]

先週の水曜日、9月2日にお台場に行く用事があったのでついでに等身大のガンダム立像を観てきた。
8月31日までのイベントの目玉企画だったこのガンダム像が、まさに解体されるということで、それを惜しむファンも沢山集まって、思い思いにカメラを向けていた。
中には、解体の過程をビデオにおさめようと、長回しでその全過程を撮ろうとするコアファンまでもいた。
左図のガンダム像の右手に写っているのは解体用のクレーンである。
いろんな事情があるのだろうが、彼らの無垢な横顔を見ていると、観光資源として残しておいてもよかったのではないかと思わずにはいられなかった。
視点は変わるが、僕は以前より、東京の東南部には、築地本願寺の墓地が和田堀に移転してしまった後に、霊的なエアポケットが出来てしまい、それをなんとかすべきだと、半分、本気で、半分、SFチックに語ってきたのだが、その霊的エアポケットを塞ぐ意味でもこのガンダム像は解体しないでもらいたかったとも思うのである。
関連エントリー
東京は死者に守られている霊的要塞都市である
靖国問題は将門の桔梗への怨念が起しているの(かも)
東京・闇の戦いの図式 ~『東京魔界案内』を読んで~
平将門と桔梗との因縁都市・東京の歴史
さて、久しぶりにお台場の地に足を運んだのであるが、どう見てもこのお台場という土地は、人が生きて、根を張るような街には思えなかった。勿論、もともと埋立地なのでそれは当然なのであるが、この土地は、どこか、人間に優しくないのである。
観光客が、自動車やモノレールでやってきて、テレビで観た光景を確認するだけで、そのまま帰っていく、そんな土地にしか思えないのだ。
今は、テレビ局の力と巨大資本の後ろ支えがあって、なんとか人を集める観光スポットとなっているが、それらがあるタイミングで退けば一気に寂れてしまうだろう。
おそらくここは巨大な廃墟になってしまうだろう。そんな近未来図を想像させるような、根無し草的な寒い空気がこの街には流れているような気がした。
自分としては神社=土地の霊が不在の街は、どこか心が落ち着かないが、逆に言えば、そんな殺伐とした運命を予感させる空気が、等身大ガンダム立像と見事にマッチしていたともいえるのである。
しかし、今回のこのガンダム像は、「GREEN TOKYOガンダムプロジェクト実行委員会」という緑溢れる都市再生と魅力ある街づくりを目指す団体の主催らしいが、そういった団体なら、彼らが本気ですべきなのは、ほんの一時期、ここにガンダムを建てて人を集めることではなく、300年単位の未来を考えて、ここに鬱蒼とした神社を建立し、そこの新しい守り神としてガンダムを勧進することだったのかもしれない。
まさむね

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[19 7 月 2009 | No Comment | | ]

にかほ市立象潟中学校(佐藤亨校長)の40歳代の男性教諭が15日、校内で授業中に、担任するクラスの3年生の男子生徒2人に、畳を投げつけ、暴言を吐いていたことがわかった。
 佐藤校長によると、男性教諭は15日、4時間目の音楽の授業が音楽室で行われた際、合唱コンクールの曲を決めるため、音楽教諭とともに同席した。授業が始まった時、男子生徒2人の姿が見えず、ほかの生徒に聞くと「教室にいる」と答えたため、「出てこい」と呼びかけた。それでも出てこないため、男性教諭が音楽室内を探したところ、2人は室内に積み上げてあった、三味線の授業で使う畳の陰に隠れていて、「すいません」と立ち上がった。
 男性教諭は腹を立て、生徒2人に畳を投げつけ、畳の上から足でけり、「明日からお前らは学校に来るな。来る必要はない」などと暴言を吐いた。教諭は生徒1人に3枚、もう1人にも3枚、計6枚の畳を投げつけたという。(後略)
(2009年7月17日 読売新聞)
世の中、たまに想像もつかないような事件が起きるものである。
三味線の授業があり、その授業で使う畳を用意している高校があるというのも、僕にとってはプチ想像超えの現実だが、いくら頭に来たからといって、生徒に畳を投げつける教師というのは想像を超えている。
畳「に」投げつけるではなく、畳「を」投げつけるというのだから、笑ってしまう。
去年は、他人の家の天窓に住んでいたおばさんがいたり、水道からドジョウがでてきたりというニュースがあったし、今年に入って、すぐには、歯の治療がうまくいかなかったと腹を立て、その腹いせに、歯科医院に対して、その玄関先にアジの干物を並べたりする嫌がらせをした男や5年間にわたって他人の表札を盗み続け、その表札と添い寝したいた男という僕好みの「男」の話題があったが、久しくそれらに続く事件がなかった。
そんな退屈な日々に、久々のスマッシュヒットニュースである。
全く関係ないが、「僕は...」と入力すると何回かに一度、「朴は...」と変換されてしまうこのPCのIMEは微妙に嫌だ。
まさむね

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[15 5 月 2009 | No Comment | | ]

長野・善光寺が七年に一度のご開帳をしているという。
開帳されるのは、白雉5年(654)以来の秘仏とのこと。
中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、ありがたい三体である。
僕は残念ながら行けないが、多くの人が拝みに長野に足を運ぶのであろう。
さて、善光寺と言えば、昨年の北京オリンピックでの長野での聖火リレーのスタート位置を、辞退したことがまだ記憶にあたらしいところである。中国のチベット政策に抗議しての大英断に対して、世界中の心ある人々が快哉を叫んだのだ。
政治的な圧力(空気)に屈せず、あくまでも自分達の信念を貫くという善光寺の反骨精神は、おそらく長年の歴史が生んだ伝統なのであろう。
実は、僕はご開帳の事をJRの駅のポスターで知ったのであるが、そのポスターを見て、さすが善光寺と思わざるを得ない箇所があった。おそらく、ご開帳の儀式の写真であろう。本堂の正面には、皇室の象徴である十六複弁菊が左右につけた幕が垂れているのであるが、その後ろに、正面から向かって左は卍、右は立ち葵紋が隠れながらも見えているのである。
つまり、それを僕なりに解釈すると、建前は皇室を敬いながら、その陰ではこっそりと自分を主張する。自分達の伝統を誇示するそんなメンタリティが読み取れるのである。
さらに、この本多家の立ち葵、徳川家康が、家臣の本多忠勝に対して、葵紋を控えるように諭したのだが、「殿こそ、新田の家だと言われるのなら大中黒にされれば...」と一歩も引かずに、自家の紋を守った事で知られている。
それによって、この忠勝の本多家の一族である、善光寺本田家も、立ち葵を守ったのである。
時の権力者・家康の横車にもめげず、明治以降の国家権力にも表面的に従うように見えても本音は隠さず、隣の大国・中国の横暴にも反骨精神を見せる。そんな善光寺のよき伝統、これからも是非守ってほしいものである。
まさむね