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書評, 社会問題 »

[4 3 月 2010 | No Comment | | ]

「近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」」(原田曜平著)を読んだ。実際に数多くの若者のインタビューに裏づけされたレポートはそれなりに説得力を持っているようにも思えた。
ここには、今の若者(多分、中学生〜20代前半くらい)はケータイネイティブと呼ばれている世代であるが、そういった世代の若者がいかに、それ以上の世代と考え方、行動パターンが違ってきているのかということが書かれている。
著者はこう述べる。
戦後、核家族化や都市圏への人口の流入、地域共同体の衰退、個人化・多様化が進行しましたが、ケータイが若者達をつないだことで、こうした戦後の日本人の動きとはまったく逆行するように、噂話や陰口が多く、出る杭は打たれ、他人の顔色をうかがい、空気を読むことが掟とされる、かつて日本にあった村社会が若者の間で復活したのです。
そんな新しい、村社会を原田氏は、新村社会と名づけるのだが、その新村社会に関して、こうも述べている。
つまるところ、この新村社会は、複雑な人間関係のしがらみに息苦しさを感じ、既視感によって視野や行動範囲を狭めてちぢこまる村人と、地域や偏差値や年代を超えて活動の幅を広げる村人との「ネットワーク格差」を生み出したのです。
ネットワークに脅える若者と、ネットワークを駆使する若者の、「人間力」の格差とも言えるでしょう。
若い彼らが社会の主役になる近未来、地域や偏差値や所得に関係なく、ネットワーク力のあるものが幸せを感じ、ない者がおちこぼれる社会が到来しているかもしれません。
たしかにネットワークが広ければ、イベントなどの動員は出来るのであろう。知り合いが多ければ、なにかと便利なことも多いのだろう。しかし、僕にはそんなにネットワークが広いことを素朴に善とする価値観、ネットワーク=幸せ、そうでない=おちこぼれ、という単純な図式はどうかと思う。
それで、本当に一人ひとりが安定した心持で生きられるのだろうか。あるいは、そうした懸念こそ、古臭いものなのだろうか。
おそらく、様々なビジネスを前提とすれば、そういった広いネットワークは資産になり、そういった人は有利に働くことは間違いない。確か、就職ジャーナリストの常見陽平氏も、「他人を巻き込む力が就活」にとって重要な力だと言っていたが、これからは人を巻き込む人と、人に巻き込まれる人、そして、人に巻き込んでもらえない人という3つの格差が広がっていくといくに違いない。その3つは別の角度から見れば、人の噂によく出てくる人、普通に人の噂をする人、誰からも噂もされなくなる人の3つのタイプに分かれるということなのだろう。
これからは、人に噂されながらも、鈍感力で乗り切り、ネットワーク構築を前向きに出来る人、そんな人が結果的に勝ち組になれるということなのである。
時代はますますタフになっていくということか。
しかし、本音を言えば、僕はネットワークが広い人よりも、一つのことに深く興味を持って、ユニークな見解を持っている人のほうが貴重だし、魅力的に感じる。流行に敏感になるよりも、一つのことにずっと関心を持って突き詰めていった末にあるときに、他の追随を許さないようになっている、そういった生き方のほうが、毎日、マメに何十人ものよく知りもしない人にメールを送って、つながりを維持していくよりも、結果として有意義なのではないかと思っている。あるいは思いたい。
この「近頃の若者はなぜだめなのか」にはもう一つ面白いエピソードが書かれていた。ある大学でレポートが出されたのだが、クラスの全員がほとんど同じ内容のレポートを書いてきたというのだ。それは、そのテーマについて全員がGoogleで検索をして上位5位くらいまでの検索結果の記事をコピペしてきたため、そういった結果が出てきたというのである。それを受けて、原田氏は、こう書いている。
大人たちが「若者はネットばかり見ている!」と眉をしかめたところで、彼らの内実は、いろいろな情報をネットから摂取している子は一部にすぎず、いくつかの検索結果や、せいぜいSNSニュースにある恋愛ネタや芸能ネタを見ている程度なのです。
大人が若者たちに言うべき言葉は、「もっとちゃんとネットを見ろ!」ということなのかもしれません。
そうなのだ。クラス全員が同じレポートを書く時代だからこそ、逆にチャンスがあるのだ、と僕も思う。
まさむね

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[15 2 月 2010 | No Comment | | ]

最近たまたま読んだ三冊について、以下にその感想を書きます。いずれも「これから」を考える上でのヒントのひとつになるような本かな、と。その意味で三者三様、いずれもマイナーではありますが、ひとりひとりの傾斜角での視点に基づく、「三斜・三様」の本たちだと思います。あえてここで強引に内容を共通化して言ってみると、従来の「持てるもの」の時代が終わりを迎え、これからはいかに持たないで生きてゆくか、その工夫が鍵になる、ということでしょうか。
「オーガニック革命」(集英社新書、 高城剛)」
高城さんの主張は一貫している。まずここで言うオーガニックとは、単に有機農業などへの食品嗜好を意味するのではなく、もっと広く「個人の意識のあり方や態度から発信される行動様式」と定義。そして市場万能主義と金融グローバリゼーションが崩れたいわゆるリーマンショック以後を見据えて、効率化モデル・アメリカ的価値観の終わりの後に来るものとして、オーガニックのムーブメントを位置づけている。それを自身が住んでいたロンドンの先駆事例に基づきながら紹介している。
「次」に向けて、ロンドンが、世界がもう変わり始めている、と。そして、このオーガニックには「行き過ぎた資本主義へのアンチテーゼがある」のだ、と。以下、面白そうな論点。
・これからは、働く場所(第一の土地)、住む家(第二の土地)以外の第三の土地をいかに発見するか、である
・できるだけモノを持たないのが21世紀的発想になる
・都市システムを解体することが、21世紀的な行為になるのではないか、等々
またこれは高城さんが以前から書いていることとも符合していると思われるが、「フラット化する世界」(トーマス・フリードマン著)に留まらず、これからはますます世界がリキッド化(液状化)に向かうとして、その中で自らより強く「ハイパー・ノマド(遊牧民」として生きてゆくことを宣言してもいる。高城さんの視点は、先の著書「サバイバル時代の海外旅行術」(光文社新書)にも代表されるように、変化が激しく見通しにくいこの時代を漂流してゆきつついかにサバイブしてゆくかに主眼があるともいえるだろう。
「2011年新聞・テレビ消滅」(文春新書、佐々木俊尚)」
 タイトルからはややショッキングに思えるかもしれないが、佐々木さんの主張も決して大げさなものではなく、ある必然をもって新聞とテレビという既存メディアがこれから確実に衰退に向かうことを描写してゆく。その基調にあるのは、従来前提とされていたマスメディアが明確に終焉を迎えつつある、というある意味でオーソドックスな時代認識だ。
 そして、メディアの流れ(流通)を、コンテンツ・コンテナ・コンベヤという三層モデルで考えた場合、従来のメディアは垂直統合でこの三層を押さえていたのだが、ネットビジネスの登場等でそのモデルが完全に崩れつつあり、次の時代の覇者は、コンテナなどのプラットホームを握るものにこそ優位権があるという考え方。
そのような近未来的なプラットホーム争いのなかで、キンドルのアマゾンやユーチューブ、グーグル、アップル、リクルートなどの新興企業の登場と戦略が併行して語られてゆくのだが、上記の考え方もふくめてベースとなるものは古典的な見方にそったものだ。
これはしばしば言われたことだが、過去の歴史において最終的に石油の利権を制したのは、石油の採掘権を握った者たちではなく、その石油を輸送する手段(その当時は鉄道)を握ったロックフェラーたちだったという事実。つまりいくら石油が取れても、運ぶことができなければ石油もただの水以下だということ。
大事なのは昔も今も運ぶ手段網(流通経路の根幹となるネットワーク)にあるのだ、ということ。佐々木さんの考えもある意味でそのような考え方を忠実に踏襲しているといえるだろう。そして2011年に行われる完全地デジ化と情報通信法の施行が、日本の新聞社とテレビ局に対して従来の権益モデルをつき崩す決定的なトリガー(引き金)になると見ているのだ。
「未来のための江戸学」(小学館101新書、 田中優子)」
 著名な江戸学者によって、時事風の主題をまじえながら、江戸時代からこの今を考えるということ、現代が江戸の優れていた点とどんな風に交差することが可能かを未来の視点から考えようとしている、と言ったらよいだろうか。
 ぼくは日本の歴史に明るくなく大した知識など持っているとは言えないのだが、このような著書を読むと、過去の歴史というものを今の視点で括ってしまってなんとなく分かった気になっていることが往々にしてありはしないか、反省させられるような気がする。本当の歴史とは今ぼくらが聞いて知っていたものとはおよそまったく異なるかたちだったのではないかというようなことだ。
以下に、田中さんのフィルターを通した指摘の幾つかを示してみる。江戸時代とはどんな時代だったのか。
・江戸時代の職人たちは、100年や200年ももつ道具や建築物や紙や布を作ることを誇りにしていた
・江戸時代の商人倫理は過剰な利ざやを稼がないことが、信用を得ることだった
・江戸時代の森林伐採の禁止は、環境保全と経済成長を両立させようなどというむしのいい発想ではなく、むしろ「すたり」(無駄)をなくすことによって、健全なサイクルを作り、誰もが貧困状態にならないよう世の中を経営するという考え方に基づいていた
・江戸時代には、「始末」という考え方があり、これは始まりと終わりをきちんとして循環が滞らないようにすることだった
・江戸時代の「経済」という言葉は、国土を経営し、物産を開発し、都内を富豊にし、万民を済救するという意味であった
・安藤広重の「名所江戸百景」によると、江戸という都市が単に活気に満ちた騒がしいところなのではなく、静かでゆったりして、実にのびのびとした空間であったことがありありとわかる
・縄文時代後期から始まって江戸時代中期に完成した水の管理システムは、本来は至るところ急流になっている日本の川を制御して、降った雨が大地のすみずみまで滲みこんで潤しながら、むしろゆっくり流れるようにすることだった
これなどは正にダム建設中心で推移してきた日本の治水システムを見直そうとしている昨今の民主党の施策のずっと先を行っていたようなものとも言えるだろう。また江戸のゆったり感というのも、当時今のような高い建物などがなく、いろんな場所から富士山を見ることができたことを想うと、江戸が水の都市と呼ばれ、かつ視界がひろびろとしていたことが当たり前のようにまざまざと想像できるように思える。さらによく言われる鎖国というものが実は後で作られた言葉に過ぎず、鎖国によって国を閉ざしていたわけではなく、今でいうグローバル化のなかで選択された施策であったことなども田中さんの論点によって明らかにされてゆく。そして「分」をわきまえ、配慮と節度で対応していた江戸時代の人たちの心構えのようなもの、人との関係としての「框」の構造の意味、等々。
別に江戸時代の昔に返ればよいということではないし、古の昔が良かったというわけではない。ただ未だに成長神話に頼らずには生きていけないような、一本調子の基調のみを求めたがる現在の風潮に対して、江戸時代が持っていた「循環(めぐること)」の価値観に基づく考え方には、どこか一筋縄では行かない奥行きの深さを感じずにはいられないし、今を生きるヒントの一つとなり得る示唆に満ちているようにも思えるのだ。
いずれにしても、戦略ということを含めて、何を持ち、何を持たないか、その取捨がこれからとても大事になるように思える、そういうことを示唆してくれた三冊だった。
よしむね

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[4 2 月 2010 | No Comment | | ]

福田和也の『人間の器量』(新潮新書)を読んだ。
昔の人には大きな人が多かったという。そして、一方で現在の人々が他人に対しての評価が厳しくなっているという話だ。
なんとなく、その通りのような気もするが、どうなのだろうか。一種の「昔はよかった本」のような気もする。
では、福田和也の「器量のものさし」はどういったものだろうか。
少し読み進めてみるとこんな箇所があった。
石原慎太郎さんには、具体的にかけないけれど、本当にお世話になりました。
一番すごいと思ったのは最初にお目にかかった時以来、対等につきあってくださった事。
私は、ご長男とほぼ同じ年なんですけどね。まったく友達同様につきあってくれた。いきつけのイタリア料理店にも来てくださって、私の友達に「石原です」なんて自己紹介をする。誰でも知ってますって。
でもこの感じが、器量の大きさを感じさせるのですね。
これって器量の話なの??普段傲慢な人が、普通のことをしたら「大物」に見えた(錯覚した)という話にしか思えない。
また。この文章に続いて、角川春樹が、ある予約していたある店にはいったら、予約がされていなかったがそのまま店を出たという逸話が出てくる。
それを指して器量が大きいとほめている。
これも似たような話だ。
道に寝ていたホームレスに家を一軒、くれてやったとかそういう豪快な話が出てくるかと思いきや、そんなことはなにもない。
伊藤博文にしても、芸者の踊りをきちんと見ていたという程度の話である。それって器量の話なの??
以前、この一本気新聞のエントリーで、福田和也の「日本の近代」に関しては、ただのノスタルジー本ではない福田和也の「日本の近代」と評価させていただいたのだが、今回の新書は、残念ながらただの茶坊主本だ。
まさむね

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[18 1 月 2010 | No Comment | | ]

竹熊健太郎さんに「マヴォ」を贈っていただいた。
彼が、自分が教えている大学の有望な学生達(卒業生)を集めて作ったマンガ誌だ。
ネット販売や、コミケなどで売っているという。
「少女地獄」と「足を洗う」というマンガが出色だ。
今、マンガ界も商業的にピンチらしいが、こういった若い芽を育てる取り組みは素晴らしい。
こういう社会参加が出来るのはうらやましい。
また、今号で彼が書いている「結婚スピーチ」は傑作。
みなさんも、「マヴォ」は、是非、手にして欲しい。
まさむね

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[17 12 月 2009 | 2 Comments | | ]

塩澤幸登氏の『平凡パンチの時代』(河出書房新社)はそのまま優れた1960年代論だ。
この本は、1964年の創刊された平凡パンチという雑誌が1988年に休刊するまでの歴史を、特に60年代に大きくフォーカスして描き出した力作である。中で塩澤氏は60年代についてこう語っている。
昭和のあの時代に描かれたさまざまな夢はわたしたちの心の内奥に希望に満ちた日々の鮮やかな記憶として、また、あるものには抵抗と挫折の記憶として残っている。それは、過去でありながら、まるで輝かしい未来のように、意味深く、わたしたちの心のなかにいまも存在し続けている。
あるいは別のところではこうも記している。
なにが正しく、本当にうつくしいものはなんなのか、そのことがわからないくなっていた。その時代を生きるひとりひとりの人間の気持ちの大きな動きの背景には、なによりもまず、人間が生き方や考え方を変えざるをえないような、ものすごいスピードで変化し続ける生活状況、さらには社会状況、たとえば、高度経済成長の巨大なうねりがあった。
僕は今、50歳、60年代を小学生として過ごした世代だ。だから、その時代、身の回りの記憶があっても、社会の記憶はあまりない。ただ、時代はどんどんよくなっていく、科学は進歩し、人類は成長するという漠然とした「夢」を手塚治虫や藤子不二雄などの漫画から与えられていた世代である。
だから、みんなが「夢」を見ていた時代といういう意味では60年代的共有感はあるのかもしれない。おそらく、明治の後半、いわゆる「坂の上の雲」の時代と60年代は日本が最も輝いていた時代の双璧だ。それは、世界と日本との格差がエネルギーとして、日本人を駆り立てた時代である。「憧れ」と「謙虚さ」を持っていた時代と言い換えてもいい。
しかし、日本人はどうもトップに立ったと思った途端に、傲慢になり、破滅に向う性質があるようだ。
戦前では、第一次世界大戦後に五大国として、一応世界のトップに立ったと思った瞬間から、日英同盟解約、満州事変、日華事変、開戦、そして敗戦までのコースだ。
また、60年代に高度成長した日本は、紆余曲折はありながらも、80年代のジャパンアズナンバーワンのバブルの時代にまでたどり着くが、結局は一気にしぼんでしまった。平凡パンチという雑誌は、まさに、そんな昭和の「坂の上の雲」からバブル崩壊までの疾風怒濤の時代の証人だったということなのである。
塩澤氏の筆が面白いのは、そんな平凡パンチの時代を決してノスタルジーとしては語っていないことだ。彼自身、編集者としては「遅れてきた60年代世代」だからであろうか、こんな500ページにも及ぶ大作を書いても、まだ、あとがきにこう書いているのだ。
わたくしのなかにはいまも、やはり、やり残した思いや未練、違う選択肢への拘泥、そういうものからどうしても自由になれない自分がいる。
しかし、僕は、この違う選択肢への拘泥という発想自体が60年代的なのではないかと思っている。例えば、60年代の寵児の一人、寺山修司の作品の主要テーマは、「もう一人の自分」だ。たまたま、1973年の日本中央競馬会のCMがYOUTUBEに上がっていた。ここで寺山は「人は誰でも二つの人生を持つことが出来る。」と語っているではないか。ちなみに、このCMを今見ると、その奥の深さに目が留まる。例えば、寺山修司が自身のナレーションと寂しげな音楽を背景に、街中を歩きながら競馬場へ向うシーンで、途中、なんと質屋の看板と重なるシーンがある。
平成のCMでは考えられないワンカットではあるが、つまり、ここには夢を生きる人生と同時に厳しい現実を生きざるを得ない人生も、さりげなく描かれているのだ。そして、この二つの人生を一緒に生きること、つまり「違う選択肢への拘泥」こそがいかにも寺山修司的=60年代的な正直さだと僕は思うのである。

おそらく、同じような事は、生沢徹、佐藤忠雄、立木義浩、大橋歩、青木勝利、そして横尾忠則...、この『平凡パンチの時代』に描かれた人物には誰にとっても言える。彼らは、同時に二つの相反する自分を己の中に内在させ、その葛藤に引き裂かれるようにあの時代を生きたのである。だから面白いのだ。
60年代とは全く逆の方向ではあるが、現在も塩澤氏が言うように「ものすごいスピードで変化し続ける」時代にはちがいない。おそらく、現代の若者がこの本から学ぶべきは、塩澤氏が持つ「違う選択肢への拘泥」かもしれない。
「君達にはまだまだ可能性がある」などと言うといささか陳腐にも響きかねないが、別な言い方をすれば、今の若者はもっと、この往生際の悪さ、つまり”未練力”を持って欲しいと思う。
この本には、未練の達人達の勝利と敗北の物語、すなわち生き様が溢れているのだ。
まさむね

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[16 12 月 2009 | No Comment | | ]

櫻井孝昌さんの「世界カワイイ革命」(PHP新書)を読んだ。この本を読むと、「KAWAII」という日本語がもう普遍語・世界標準語になっていて、生き方を代表するものとして新しい意味を担っていることが改めてよく分かる。「カワイくなりたい。カワイく生きたい。女の子の気持ちは世界いっしょだと思います。」(文中言)。そして世界中の女の子がどれだけ日本に恋しているかが詳らかにされてゆく。こうした現状をふまえての櫻井さんの要旨は明快であり、日本はこれだけ愛されているのに多くの日本人はまだ鈍感のままで大きなビジネスチャンスにつながるものを失くしていないかということである。日本にはそのためのアイコンが沢山あるのにそれを生かしきれていないということ。ぼくもこの意見に賛成だ。
以前のブログでも書いたことだが、日本人はそもそも他人に評価されることに素直に喜べないような性格の偏屈な傾きがあるようだ。というよりも、実は他者の視線を本当に感じようとしているのだろうかと疑問に思えることがある。他者の視線を感じるためには自分にもかなり自覚的になる必要があるからだ。
つまり自分がよく見えていなければならないし、自分がよく見えていることと他人がよく見えることは表裏一体だと思うのだ。しかし日本人に世界における自分という考えかたが馴染みやすいものかどうか。この問いかけに日本人のぼくらはちゃんと答えることは難しい。そもそも政治的・地理的にも長くアメリカの傘の下で暮らしてきたために、ぼくらは意志的に先導的に世界での役割について発信してゆくことに慣れていないし、日本人は世界という舞台で自分がいまどこにいて、何をしなければならないのかを問いかけることがとても苦手だと思う。
一例を挙げるなら、韓国の企業で三星電子だったと思うが、世界のある市場に製品を売る前に、ある人材を送り込んで一年間まったく自由に過ごさせることで現地に溶け込ませ、その国の文化に始まり何から何まですべてを吸収させて、その現地にあった市場戦略(販売戦略)を考えさせるという研修員プランがあるという。ここまで時間をかけて相手の国のことを研究することを日本企業(=人)はやっているだろうか。そこまで相手のことを見ようとしているとは思えない。
それよりも日本人が往々にしてとりがちな行動として、危機に陥ったときの被害者意識に基づくようないわゆるカミカゼ特攻隊に代表される、なりふり構わず自虐的に振舞うことであったりするわけだ。冷静に相手を見ながら戦略を立てることがとても不得手の国民性に思える。ほんとうに冷静に考えようとするなら、戦闘機一機が軍艦に衝突を重ねていくことは精神に基づいた行為に似てはいても、戦時指揮下における正しく汎用的な軍事行動とは言えないだろう。つまりしばしば言われることだが、日本には戦術あって、戦略なし、ということがいまも多かれ少なかれ続いていると思えるのだ。
日本のある半導体メーカがとても優れたカスタムIC製品を作ったとしよう。過剰スペックすぎて誰も必要としないのだが、上記メーカの人は機能的に最高のものであり、売れないはずがないと考える。機能さえよければ売れて当然だと考えるのだが、結局は世界市場で圧倒的に売れる製品にはならない。世界市場でスタンダードになるためには、機能以外にも、価格の値ごろ感や使い勝手の良さだったり、そのときの力関係だったり、その他様々な要因があるからだ。 
全体のバランスをトータルな視点から考える戦略が必要だからだ。日本の製造業やハイテク企業の多くは近年大きい意味でこの戦略(構想デザイン力)のなさのために失敗を重ねてきている。そうしたなかで戦意喪失し始めているのがいまの日本を取り巻く状況だと考えるのはとてもさびしいことだけれど。
戦後、焼け野原だけが残ったといわれる(もちろん戦後生まれのぼくはその焼け野原を知らない)。バブル崩壊後現在(=いま)に連綿と続く原風景も多くの日本人にとってどこか焼け野原に近いイメージを抱かせるものなのかもしれない。頼るもののない、荒れた土地。瓦礫の街。そうしたなかで、世界中の女の子だけが能動的な生き方として「カワイくなりたい。カワイく生きたい」と願いそれを実践している。人はそれを安易にロリータファッションとのみ定義づけ括ろうとして安心しようとしたりするのかもしれないが。でもこの女の子たちの感性パワーは今を生きることをめぐる結構ほんものの呼び声や価値観に近いなにかなのかもしれないとぼくは思う。
だからこそぼくら(=日本人)は愛するだけではなく、他者から愛されていることにもっと素直に自覚的になって良いのではないかとも思う。繰り返しになるが、自分のことが見えていない人は他人のことも見えないからだ。他人と自分はしょせん一緒、鏡の表裏なのである。
世界(他人)をよく見ること。その評価をふくめてとりあえずいまなにが起きているかを見極めようとすること。世界のニーズとシーズを探ること。この当たり前の原則。ビジネスの基本。せっかくのチャンスなのだから、今回の日本ブームもこの当たり前の原則から、戦略的に行動することがいま何よりも日本の継続的な国益(富)として必要なのだと思う。王道はないからだ。いずれこの日本ブームも廃れていくだろうから、そうであればなお更、この原則に何度も立ちかえることが必要なのではないだろうか。
よしむね

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[8 12 月 2009 | No Comment | | ]

内田樹先生(以下敬称略)の『日本辺境論』(新潮新書)はそれこそ考えるヒントにあふれた良書である。
僕はこの本でいろんなことを考えさせられた。日本人というのは日本人論が好きな民族である、というのはよく言われることだが、内田樹はその日本人の属性を日本の地政学的特徴に求める。日本はユーラシア大陸の東の果てという辺境にあるがゆえに、常に、他者としての比較でしか己を見つけられないのだと。そもそも日本という国号自体、中国から見て太陽が昇る方向という意味でしかないという。
確かにそうだ。
おそらく偏狭な愛国主義者から見れば耐えられないようなその視点は同時に刺激的でもある。
あまたあるこの新書内の考えるヒントの中で、僕が一番、膨らませてみたいと思ったのは135ページの次の箇所だ。
武士道は「或るものに対して或るもの」という報酬の主義を排する。新渡戸はたしかにそう書いています。努力と報酬の間に相関があることが確実に予見せらるることは武士道に反する、そう言っているのです。これは日本文化の深層に届く洞見だと私は思います。
日本人は辺境にあるがゆえに、海の向こうから来る圧倒的な情報や制度に対して、己を無防備に開放して、それらを受け入れてきた。
そして、いつのまにかそれを日本的に変容して取り入れてきたのだ。
古代における仏教、近世における鉄砲、近代における文学、民主主義...そういった例は枚挙に遑がない。
仏教はいつの間にか、神道と混合してわけのわからないものになってしまった。
殺傷武器のはずの鉄砲は江戸時代を通して、工芸品になってしまった。
西洋の自然主義文学は、私小説へと変貌してしまった。
そして、民主主義は談合の変種と化してしまった。
この受け入れ方自体が日本的なのだと内田樹は言う。しかし、最近、この日本的受容方法に危機が訪れているのだとも言うのだ。
何かを「学ぶ」前に、それによってなにか『いいこと』があるから学ぶといういわゆる報酬の確証が無いと学べない人々が増えている、ようするに日本人の「学ぶ力」が劣化しているというのだ。そして、内田はこのように警鐘を鳴らす。
「学ぶ」力こそは日本の最大の国力でした。ほとんどそれだけが私たちの国を支えてきた。ですから、「学ぶ」力を失った日本人には未来が無いと私は思います。現代日本の国民的聞きは「学ぶ」力の喪失、つまり辺境の伝統の喪失あのだと私は考えています。
なるほど、そうだ。僕は、内田樹のこの言葉と通底する警鐘を最近、読んだ著書の中でいくつか思い出す。
まずは、福田和也先生(以下敬称略)の『日本の近代』(新潮新書)のあとがきでのこんな言葉だ。
今日、社会の中枢を占めているのは、「自分さがし」や「自分らしさ」、「個性」に執着した世代です。まったく無縁にみえて、「自分らしさ」という発想は、実は「国体」とたいしてかわらないのではないか・・・と、私は危惧しています。
それは、日本人が現実感覚を失っていく兆候に他ならないから。

この『日本の近代』は、明治維新から第二次世界大戦までの日本の近代を、福田和也文体でつづった名著であるが、そこには一貫して、正しい現実感覚を持った日本人の謙虚さを支持する姿勢が見られる。第一次世界大戦後=昭和の始めに、日本は世界の一等国にまで上り詰めるがその時点で、リアリズムを失い「国体」という観念に取り付かれていく、そんな日本の姿を福田はこの本で活写するのである。
そして筆を置く直前のこのあとがきの文章で、その後の敗戦までの破滅への流れとパラレルなものとして、現代人の観念的な自分本位の姿勢を指弾しているのだ。
福田の論点を内田の語彙で言い換えてみれば、「学ぶ力を喪失したセコい自分中心主義は、辺境としての謙虚さを失った日本中心主義と同類のものだ」という批判になるのではないだろうか。
また、この”セコい自分中心主義批判”は、宮台真司先生(以下敬称略)の『日本の難点』(幻冬舎新書)の「感染」論の動機にも通じるものである。
たとえば「本当にスゴイ奴」とそうでない奴の違いは、初期ギリシアの言葉(プラトンの言葉)で言えば、ミメーシス(感染的模倣)を生じさせるかどうかで分かるのです。ミメーシスというのは、真似しようと思って真似るのではなく、気がついたときには真似てしまうようなものです。・・・(中略)・・・ミメーシス、つまり「感染的模倣」こそ「衝動」それ自体です。何かの「手段」でもなければ、「目的」でさえもありません。
この新書の中で宮台真司は、人がなにかを学ぶときの動機のうち、最も重要なものとして「感染的模倣」を上げている。おそらく、この「感染的模倣」とは、内田の言うところの日本人の最大の利点=「学ぶ力」とはそれほど遠いものではない。内田が言うところの「学ぶ」力も、宮台が言うところの「ミメーシス」も、それは、小賢しい「手段」でも「目的」でもない衝動力とでもいうべきものだからである。
しかし、宮台真司は現代日本社会では、様々な環境変化によってこの感染的模倣が起こりにくくなっていることを懸念する。それは同時に日本の国力をも低下させかねないものだからだ。
いつの間に、日本は自己の損得を基準にした小賢しくもセコい人々ばかりの国になってしまったのだろうか。
僕は、内田樹、福田和也、宮台真司の三人の愛国者の新書に共通するそんな問題意識を読み取る。
そして、有史以来、辺境で生きてきた日本人が再びその謙虚で、しかも現実を直視的する勇気ある遺伝子をよみがえらせること、現代日本人にもとめられているのはそういうある種の奇跡だというメッセージをも、この三人のテキストから深読みするのである。
まさむね
2009.11.14 ただのノスタルジー本ではない福田和也の「日本の近代」
2009.06.13 名著「日本の難点」に見られる一瞬の愛しい取り乱し

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[28 11 月 2009 | 5 Comments | | ]

今朝、本屋に行ったら、『家紋の不思議』(コアマガジン 奥付によると平成21年12月2日発行)という本が新刊として出ていた。家紋マニアの僕が手に取らないわけにはいかない。
ところが、一瞥して驚いた。僕がオリジナルで調べ、本ブログの有名人の家紋コーナーにおいて(今年の1月9日~1月26日の間に)記したことと酷似したことが書かれているのだ。
例えば、下記に表にしてみたが、「全日本家紋ランキング」コーナーを見ると、一本気新聞の各有名人のコーナーのサブコピーと、『家紋の不思議』のサブコピーがかなり似ているのである。また、「うつりゆく有力家紋」コーナーの現代社会【政治・社会編】【芸能・文化編】には、本ブログと同じ情報が多々あることも気になった。
まぁ、僕としては、家紋文化がより世間に認知されるようにと、ブログという形で、自分が調べたものを公開しているので、引用していただく分には全くかまわない。元々、家紋文化自体、有名人や高位の人の家紋をパクることによって日本中に広まった経緯がある。そのパクリの精神も日本文化の一側面なのだ。
ただ、事実関係、例えば、北野武の家紋は丸に抱き茗荷紋だというような事は、小菅の蓮昌寺に行けば誰でもわかることなので、その事を僕のブログから情報収集して、他に転載していただくことに関しては問題無いのだが、文章の表現が借用されること関しては、ちょっと微妙だ。コアマガジンさんもビジネスとしてやっているのであれば、ご一報いただくか、本のどこかに、アドレスなどを記載していただければと思ったのも正直なところだ。
勿論、自分も県別の家紋分布に関しては、「都道府県別姓氏家紋大辞典」(千鹿野茂著)、各人のプロフィールに関しては、Wikipediaを参照(時にコピペ)をさせていただいているので、あまり大きなことは言えないが、少なくとも僕はそのことは明示している。
一本気新聞の記事掲載の時期(本エントリー最下部に記載)と『家紋の不思議』発刊の時期(奥付によると平成21年12月2日発行)を比べてもらえればわかることではあるが、とりあえず、ここでは、最も、酷似が激しい「全日本家紋ランキング」のサブコピー(P13~P15)を例に挙げ、自分が「家紋の不思議」を借用したのではない事だけは書いておきたいと思う。最悪、逆に僕が、パクったと思われるのだけはご勘弁願いたいからだ。
ただ、この『家紋の不思議』は、本としては面白い。勉強になるところも多い。こういった本が沢山出版されて、家紋文化自体に日本人の目が向けばそれはそれで歓迎すべきことだと思う。

No
家紋
家紋の不思議
一本気新聞

1
片喰紋
平和的、協調的、平凡という極めて日本的な紋
平和的、協調的、平凡な極めて日本的な紋

2
鷹の羽紋
猛禽類の爪を隠した優美な紋
爪を隠した優美な紋

3
木瓜紋
鳥の巣か、女陰なのか?
この紋はキュウリ?鳥の巣?女陰?

4
藤紋
藤原氏に憧れた地方武士の紋
藤原氏に憧れた地方武士の紋

5
柏紋
海の人々に奉られた神道と関係が深い紋
海の人々に奉られた神の紋

6
桐紋
織田信長も使用した日本を象徴する紋
日本を象徴する紋

7
梅紋
菅原道真の怨霊の魂が宿っている紋
菅原道真の霊の魂が眠っている紋

8
橘紋
桜とは好対象の生命力と長寿の象徴である紋
桜とは好対象、生命力と長寿の象徴

9
蔦紋
江戸時代の遊女が好んだ優美な紋
遊女が好んだ優美な紋

10
菱紋
武家の正統としてのプライドと信玄の威光を放つ紋
武家の正統としてのプライドと信玄の威光

11
茗荷紋
謎の神・摩多羅神のシンボルである紋
謎の神・摩多羅神のシンボル

12
目結紋
人と人との団結の強さの象徴となった紋
人と人との団結の強さの象徴

13
巴紋
生命の源の水が渦巻いている姿を表現した紋
水が渦巻いている姿を表現

14
沢瀉紋
武人の心に芽生えた一時の優しさを表す紋
武人の心に芽生えた一時の優しさを表す紋

15
桔梗紋
歴史上、運命的な生涯を送った人たちの紋
反骨と悲劇の紋

16
月星紋
狩猟、漁労、海上の民の痕跡というべき紋
狩猟、漁労、海上の民の痕跡紋

17
竹笹紋
天の神様にあやかりたい人々の願いを込めた紋
天の神様にあやかろうという人々の願い

18
引両紋
実は竜を意味する無骨な武家の代表紋
無骨な武家紋の代表

19
五つ瓜紋
五角形の木瓜紋が美しい外輪紋
五角形の木瓜紋の外輪紋

20
亀甲紋
北方を守護する玄武(亀)の力にあやかった紋
北方を守護する玄武の力にあやかった紋

※一本気新聞の家紋のエントリー、タイトル、サブコピー、家紋の解説文は、以下の日付で書かれている。
ただし、それぞれのページは、有名人の家紋のデータベースになっているので、その部分に関しては随時追加されている。
平成21年1月09日 桐紋、引両紋、蔦紋
平成21年1月12日 亀甲紋、木瓜紋
平成21年1月14日 桔梗紋、梅紋
平成21年1月15日 月星紋、茗荷紋、菱紋
平成21年1月16日 柏紋、片喰紋、鷹の羽紋、巴紋
平成21年1月19日 藤紋、沢瀉紋、目結紋、竹笹紋、五つ瓜紋、橘紋
まさむね
※また、引き続き、こんなこともありました。
今週は「家紋の秘密」(リイド社)と一本気新聞との比較

書評 »

[14 11 月 2009 | No Comment | | ]

福田和也の「日本の近代(上下)」は日本の近代史を、知識として理解するのではなく、感覚として納得するための本である。明治維新から、日清、日露戦争を経て、太平洋戦争で敗北するまでの怒涛のような近代をまとまった物語として書き綴った、誰にでも読めるわかりやすい書物だ。
大きく分けるならば黒船来航によって、いやおうなしに開国を迫られた日本が、西洋の列強に対抗して一等国をめざし、自助努力によって、一応、それを達成する明治と大正が「上巻」、目標を見失って中国に進出し、結局は太平洋戦争で完敗し、国土が焦土化してしまった敗戦までが「下巻」である。
そして、それらの上下の物語には、それぞれ、何故、250年もの間、鎖国をしていて世界から取り残された日本が、どの国よりも素早く近代国家建設を成し遂げることが出来たのかという疑問と、その日本が何故、世界大戦という今から考えれば無謀な戦いを挑み、しかも負けてしまったのかという2つの疑問が自然な形で提示され、答えられているのだ。
この本が読みやすいのは、ただ、事件が羅列されているのではなく、そういった物語の背骨がしっかりと意識されているからである。
簡単に言えば、明治期と大正期、日本は様々な立場や葛藤はあったとしても大筋では「世界の一等国になる」という目標が国全体に共有されていた。そして、それを実現するための底力が前の江戸時代に蓄積されていたということなのだ。
江戸時代は、幕府という中央政権はありながら、実際は藩という地方分権がそれぞれの地域を治めていた。各藩は、それぞれに工夫をし、個性的な存在として自立していたのである。だから、幕府がその巨体ゆえに、身動きが取れなくなっても、それに変わるシステムが個々に醸造されていたのだ。そして、藩の中でも近代に適応できる組織を持ちえた薩摩、長州といった藩の下級武士が新政権を動かすことが出来た。もしも、江戸時代、日本全体が一つのシステムで動いていたとしたらこうも上手く近代をスタートできなかったかもしれないのだ。
また、江戸時代、既に国民の既に三割が読み書きが出来た。この質の高い教育システムが自主的になされていたこと、このことが明治以降の近代発展の大きな下地となっていたのだ。
当たり前の話であるが、江戸時代と明治時代はつながっている。ある日、急に人々が目覚めて、近代が出来上がったわけではない。そこには連綿と続く歴史という物語があるのだ。
しかし、坂道を駆け上がるように近代を達成した日本は、第一次世界大戦後の「パリ講和条約」で五大国の一国として列強に認められたあたりから、目標の共有が出来なくなっていくのだ。日本をどの方向に導くべきなのかといった理念が共有できなくなった昭和期、政党、財界、軍部、官僚が個々に各々の既得権益のみを第一優先に考え、国全体のことを考えるような戦略を失っていってしまったのである。そして、軍部の暴走を誰も止められず、大衆化した国民がそれを後押しする形で、太平洋戦争に突入していった。福田和也の見立ての大筋はそういったところだ。だから、例えば、昭和期においても、原敬や、石原莞爾といった戦略家に対しては、福田の視線は暖かい。しかし逆に、ただの秀才・東条英機や人気者・近衛文麿に対しては冷たい。その割り切り方がいかにも福田的で面白いのだ。
ところで、この本には実は重要な隠しテーマがある。それは現代に生きる僕達が次の時代にどのような国づくりをすればいいのかというヒントを内包しているということだ。近代という時代が「一等国になる」という目標が達成された前期と、目標を見失い敗戦に突き進んだ後期という折り返しマラソンのようなものだとすれば、終戦後も「国民の生活が豊かになる」という目標が達成された前期と、バブル以降に行き先を見失った後期という2回目のマラソンコースを走り終えたのが、ちょうど現在だととも言えるのではないか。
しかし、現在、僕達は、明治初期や終戦直後に日本国民が持っていた「目標」を共有しえているのだろうか。さらに、それぞれの時期に持てていた前代からの遺産としての底力(教育力、エネルギー、倫理観等)を保持できているのだろうか。残念ながらそれははなはだ危ういというしかない。
本著の最後に福田和也はこう述べている。
今日、社会の中枢を占めているのは、「自分探し」や「自分らしさ」、「個性」に執着した世代です。まったく無縁にみえて、「自分らしさ」という発想は、実は「国体」と対して変わらないのではないか・・・と、私は危惧しています。それは、日本人が現実感覚を失っていく兆候に他ならないから。
自分らしさなどというものはない、身の丈通りの己がいるだけだ。人生に意味も意義もない、ただ自分のすべきこと、やれることをするだけだ、よしんば意義があるとしても、それは動き、働き、役に立つことにしかないだろう、と。
まったくその通りだ。福田和也が言うとおり、現代の日本に必要なのは、虚構に満ちた自己イメージではなく、リアリズムだろう。
幕末、そして終戦直後に比べて、日本人は劣化しているなどとは思いたくないのだが、それが現実なのかもしれない。
まさむね

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[7 10 月 2009 | No Comment | | ]

他と同じようなサイトを他と違うように、しかも他よりあらゆる面で優れたサイトを作るというのは如何に難しいことか。
しかし、その難しいことを実現してしまったサイトがある。
それはクックパッド(携帯では「モバれぴ」)というサイトである。
ご存知の方も多いとは思うが、このクックパッドは、会員数680万人の巨大レシピサイトだ。
レシピサイトは他にもいくらでもあるのだが、このクックパッドは、あらゆる面で優れている。
おそらく、これは奇跡的なことだ。
その奇跡を具体的に、クックパッドの携帯版のモバれぴで見てゆこう。
まずは、レスポンスが速い。docomoの公式サイトのレシピメニューではこのモバれぴは堂々1位にランキングされているが、メニューからクリックしてから、トップページが表示し終わるまでの速さが他のレシピサイトに比べてダントツに速いのだ。しかも「600万人の女性に支持される『クックパッド』というビジネス」(上阪徹著)によると月間2.2億ページビューもあるのにだ。
具体的に僕が測ったところ、メニュー上位でのクリックから表示までの時間(5回の平均時間)はこうだ。
1位 モバれぴ 3秒
2位 味の素簡単レシピ 9秒
3位 キッコーマン速攻レシピ 7秒
4位 簡単キレイのレシピ 8秒
5位 プロの簡単レシピ 13秒
その理由の一つは簡単、実はトップページに画像が無いのである。「なんだ当たり前じゃないか」と思ってはいけない。これは技術の話ではない。サイトを作ったことのある人なら誰でもわかると思うが、トップページに画像を入れないということがどれほど、「難しい」決断か。これはジャニーズの携帯サイトにも言えることだが、やはり理念のしっかりしているところは、「何をやらないか」がはっきりしているのである。
繰り返すが、これはもの凄く難しいことだ。もしかしたら、多くの人はモバれぴのトップサイトを真似てトップページの画像を削除すればいいのかと勘違いしてしまうかもしれないが、重要なのは、現象ではない。そこに至るまでの彼らの熟慮と理想の高さ=理念の強さなのである。
そして、それだけではない。そこには理念に加えて、技術的な裏づけがあるのだ。上記の本によると、クックパッドは「Ruby」を使って自社でサーバーの運営からプログラミングまでしているという。だからこそ、日々、反応速度に関する研鑽に余念が無いのである。
また、このクックパッドでは、そこに掲載されている料理の量がこれまた半端ではない。例えば、「ナス」という文字を検索窓に入れた時に出てくる料理数を見てみよう。
1位 モバれぴ 20003件
2位 味の素簡単レシピ 164件
3位 キッコーマン速攻レシピ 0個(「なす」と入れて163件)
4位 簡単キレイのレシピ 30件
5位 プロの簡単レシピ 519件
とにかく圧倒的なのである。しかも、この検索窓に行くまでのクリック数を数えてみると別のこだわりがみえてくる。
1位 モバれぴ 0クリック
2位 味の素簡単レシピ 18クリック
3位 キッコーマン速攻レシピ 8クリック
4位 簡単キレイのレシピ 2クリック
5位 プロの簡単レシピ 3クリック
モバれぴはサイトに入るとすぐにユーザーが主体的に行う検索が出来るのである。他のサイトでは、~特集とか、会員登録、バナー、説明文などをパスしてようやく検索窓に行き着くのに、モバれぴでは一切そういったわずらわしい途中経緯がないのである。
おそらく、サイト運営者側が見せたいものよりも、ユーザーが見たいものを優先させた結果がこの位置の検索窓なのだと思う。
その他、画面の見やすさ、デザインの綺麗さ(写真の大きさ、位置などが統一されている)でも他を圧倒している。さらに、モバれぴでは、「つくれぽ」といって他のユーザーが実際にレシピを作ってみた写真を投稿することが出来るのであるが、その数が10個になると自然とトップページの上部に表示されるようにプログラミングされているため、更新頻度が、他のサイトに比べて圧倒的に高い(おそらく5分に1回程度!?)のである。
さらにさらに、他のサイトではレシピを見ようとすると有料になってしまうサイトもあるのに、モバれぴは、見るだけならば全部のレシピ(50万件)が無料、ただ、「つくれぽ」を投稿したり、表示されたレシピを人気順にソートして表示させるためには、有料会員になってもらうという設計なのである。
ということは、このサイトでは検索という技術と投稿というコミュニティ、すなわち「ユーザーが料理をより楽しめる仕組み」で金を取っているという事なのだ。
技術というととかく、派手な機能を想像しがちなのだが、ここでは、サイトを表示するとか、検索でユーザーがほしいものを上位に表示するといった極めて地味な、ある意味「普通」なところに人一倍力を入れているということなのである。その地道さが凄いではないか。
このサイトを運営しているクックパッドは、「料理を楽しくする」という一点のこだわりをもってサイトを創り、運営しているという。そのためには、過去に、わざわざ、Googleの検索エンジンにひっかからないように順位を下げるようなプログラミングをしてでも、ユーザビリティを上げたということもあるそうである。これまた凄い話ではないか。
「600万人の女性に支持される『クックパッド』というビジネス」を読んでいると最初から最後まで賞賛の嵐で一冊の新書が出来上がっている。普通、そういった本はどこか胡散臭かったり、ウソ臭いものである。
しかし、この本を読んだ後、若干の悪意を持ってサイトにアクセスした僕は、そのおろかさを知ることになってしまった。この本に書いてあることは全部、本当のことなのである...と少なくとも思わせるだけの説得力のあるサイトなのである、クックパッド(PC)、モバれぴ(携帯)は...おそらく、ここには僕のような老悪魔が住む場所がないと思わされた。
別に昨日のエントリーで東京オリンピック招致のことをこき下ろしたからということで、今日はクックパッドをベタ褒めしたわけではない。
再度言おう。クックパッドは極めて地味ではあるが、現代のささやかな奇跡なのである。
まさむね