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[2 8 月 2010 | 2 Comments | | ]

まさむねさんの「家紋主義宣言」についていろいろ咀嚼させていただきながら、ぼくなりにいろんな角度で考えさせて(バージョンアップさせて)もらっている昨今である。この週末プールに行ったのだが、そのプールサイドで山下達郎のベストを聴きながら、特に「夏への扉」を聞いていて思ったこと。これは家紋主義者の詞ではないか! との想い。
「夏への扉」はロバート・A・ハインラインの作品で、ぼくの学生時代に仲間たちはみんな読んでいたし、ご存知のとおりSF作品のなかでファン投票をすると必ずトップに近いランキングを得る、あまりにも有名な、有名すぎるというような作品だ。ここには未来、過去、タイム・トラベルなど、メジャーすぎるような動線や伏線、フィギュアやキッチュが沢山ある。
曲の「夏への扉」は同名の小説のモチーフをそのまま踏襲した、作詞吉田美奈子、作曲山下達郎の作品。リリースされたのは1980年。ぼく個人の好みだけど「夏への扉」は山下達郎の曲のなかでベスト3に入れたくなる好きな曲のひとつだ。青い空をバックにこの曲を聴いていると、ほんとうにこれは夏の家紋主義ではないのかなあと思ってしまう。「夏の家紋主義」とはまさむねさんに断りなくぼくが勝手に仮称したもの。以下にその歌詞の一部を引用する。
ひとつでも信じてる
事さえあれば
扉はきっと見つかるさ
もしか君今すぐに
連れて行けなくても
涙を流す事はない
僕は未来を創り出してる
過去へと向かいさかのぼる
そしてピートと連れ立って
君を迎えに戻るだろう
特に「僕は未来を創り出してる過去へと向かいさかのぼる」という歌詞。そして扉はたとえば家紋。ぼくらは過去へさかのぼることで、たぶんなにかと連れ立って現在に戻ってくるのだ。
夏の小道、せみの声、それぞれにとっての家紋、紋様。本当はそれはどのようなものであってもいい。その手がかり、物語の原型のようなもの、の一つ一つ。それらを携えてぼくらは過去から続いてきた道を知る(辿りなおす)ことができるのだ。
夏の、家紋主義。ふとそんなことを思った。
もうすぐ8月15日がまたやって来る。これもひとつの家紋、家の門にちがいない。
よしむね

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[24 7 月 2010 | 2 Comments | | ]

もしかしたら、現代人にとって、成長というものは、すでに物語になりえないものなのかもしれない。
市川陽子さんの「下校拒否」を読んでそんなことを考えた。
確かに、成長というものが大人としての作法を身に付けるものだとしたら、現代ほど成長というもの自明性が崩壊してしまった時代はないかもしれない。
現代、どれだけの大人が、子供達に対して自信をもって自分のようになってほしいと言えるのだろうか。
あるいは、誰が、現時点でかろうじて支配的な作法に足の先から頭のてっぺんまで浸りきることが、これからの時代に生きていく上で必須なことだなどと言い切れるだろうか。
さて、この「下校拒否」は、小学校三年生で、突然、下校拒否を決意した主人公の「俺様」がその後、延々と9年間も学校に住み続けるという荒唐無稽な話である。そしてその間、学校に忍び込んだ泥棒と一悶着あったり、マラソン大会で世紀の大失敗をしたり、コンビニのバイトでは信じられないような先輩に出会ったりと、ほとんどギャグのような日常と戦っていくのだ。それぞれの小ネタは出来、不出来はあるものの一定の高テンションを保ちながら進むため、読んでいてまったく飽きを感じさせないのは凄い。
しかしこの小説は、ギャグであると同時に、精神的にも、肉体的にも一切の成長が止まってしまった男の悲劇でもあるのだ。彼は9年ぶりに(高校の三者面談で)会った母親にこう言われる。
だいたいあんた!いままでどこほっつき歩いていたのよ。ちょっと見ないうちには少しは成長してるかと思ったら、成長したのは眉毛だけで相変わらずチビのままで、しかもすっかり可愛げない声に変わっちゃって!唯一の取り柄もなくしちゃったのね...
おそらく、文学というものが、人間のどうしようもない性(さが)をメタフォリカルに描きだすものだとすれば、この「下校拒否」は、上記のような母親の身もふたも無いセリフ、そして次のような最後の一節で見事に文学たりえたのではないだろうかと思う。
ちなみに、面談後の母さんの第一声。
「で、あんた今までどこにいてたの?」
どうやら母さんの頭の中は終始キャリーバッグのことでいっぱいだったようだ。
自信が確信に変わった悲しい瞬間でした。
「俺様」が下校拒否を始めた時に、母親に内緒で、彼女のエルメスのキャリーバッグを拝借しており、9年ぶりに会った母親の最大の関心事は、なんと、そのキャリーバッグだったという胸を締め付けられるような悲劇的=喜劇的なオチ...
おそらく、小学生から高校生までに人は成長しなければならないという「倫理的リアル」よりも、その間に母親も全く変わっていなかったという「しょうもないリアリティ」を強引に物語にしてしまった「下校拒否」はまさに、成長は物語になり得ない時代の新しい物語だというのは言い過ぎだろうか。
まさむね

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[21 7 月 2010 | 2 Comments | | ]

以前どこかで、坂本龍一が「自分は時間が出来ると、周期的に、柳田國男を読み返す。」というようなことを書いていた。一瞬、坂本龍一の音楽と柳田國男の民俗学の接点は何だろうと想い迷うが、多分、そんなことは深く考える必要は無いのだろう。
人は誰にでも、日常生活の雑事にまみれて、フッと自分に返ったときに読み返したくなる本というのは確かにあるものだ。しかも、それは日常の活動とは関係なければ関係ないほど、逆に意味があるのかもしれないのだ。
自分にとってそれは誰だろうと考えてみた。小林秀雄か?鈴木大拙か?
そういえば、先日、鎌倉の東慶寺の鈴木大拙の墓に参った。
この寺は、苔むした山の斜面に渋い墓が並んでいる。岩波茂雄、高見順、西田幾太郎、和辻哲郎、谷川徹三、野上弥生子、そして小林秀雄や鈴木大拙の墓がある。ほとんどの墓には僕が確認したかった家紋は無い(例外的に谷川徹三の墓にだけ丸に九枚笹が彫られている)。
しかも自然石の墓である。いわゆる鎌倉文化人独特の美意識がこんな墓の形状にも表れているのだ。
さて、先ほどの問いに戻る。僕が自分に返ったときに読み返したくなる本、おそらくそれは山本七平かもしれない。
山本七平といえば、70年代の本多勝一との論争が有名だ。あれは、プロレス的にいえば本多の頭突きを山本が受けるという闘いだった。
さて、彼の「日本人とは何か?」は名著である。冒頭近辺に、韓国や中国と対比した日本のオリジナリティは何かという友人との会話が出てくる。
それによると、女帝、かな、日本料理、そして紋章...これらがいわゆる日本オリジナルなものではないかという。ちょっとした話の導入だが、日本のオリジナルなものに紋章(家紋)が出てくるのはことの他うれしい。(それなのに彼の小平霊園の墓には家紋がない。)
日本とは何かを考えるとき、それは同時に「何故、日本にだけ家紋というものがあるのか」という問いに滑らせて考えてもいいのではないかと個人的に思っている。これは僕の個人的なテーマだ。
朝の通勤前の文章なのでご勘弁いただきたいのだが、僕はいつも、こういう文章を書くときに、ちゃんと引用元の文章を書けばいいのだけれど、いつもいい加減に記憶で書いてしまう。ご興味があるかたは原著にあたっていただければと思います。
まさむね

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[11 7 月 2010 | No Comment | | ]

梅原猛の「葬られた王朝」をようやく読み終えた。
「隠された十字架」「水底の歌」など、梅原先生が今までに著した本は、権威ある教授というよりも、好奇心あふれる子供のような視線で、僕らを決して退屈させない。すばらしい着想、そして勇気だ。
それが何故、勇気かといえば、この本はなんと四十年前に書かれた「神々の流竄」という本の中で提唱した「出雲神話はヤマトで起こった物語を出雲に仮託したものであるという説」の誤りを認めるために書かれたという一つの主旨があるからだ。
これは老大家の姿勢としては誠に誠実で、しかもカッコいい。
本書のあとがきを梅原先生はこう締めくくる。
これ(出雲神話はヤマトで起こった物語を出雲に仮託したものであるという説)はまったく誤った説であり、このよな誤った説の書かれた書物を書いたことを大変恥ずかしく思うとともに、オオクニヌシノミコトにまったく申し訳ないことをしたと思っている。今回改めて出雲大社に参拝し、神前で拝礼してオオクニヌシノミコトに心からお詫びした。そして、「私は間違っていました。改めてミコトの人生を正しく顕彰する書物を書きます」と固く誓って、出雲を後にしたのである。
自分も「家紋主義宣言」の中でもいくつかの推論を述べさせていただいた。その多くが自分の勘に基づくものだが、もしもそれらが明らかに誤っていたり、誰かに失礼あたっていたということが明白になれば、この梅原先生のような真摯な態度でいたいと、今は思っている。
さて、この「葬られた王朝」の内容の話に移りたいと思う。僕がこの本の中で一番興味深いと感じたのは、「古事記」を口伝した稗田阿礼が藤原不比等ではないかという説、そして不比等が「古事記」に対し、藤原氏が末永く朝廷で実権を握ることを正当化するための「しかけ」をしたという説だ。
例えば、アメノコヤネノミコト、ヤゴコロオモイカネ、タカミムスビ、タケミカヅチといったアマテラスやニニギといった天孫族を影に日向に支え続けた脇キャラを、藤原氏を思い起こさせるようなキャラに仕立てたというのである。
簡単に言えば、アメノコヤネノミコトは、アマテラスが天岩戸にお隠れになった時の現場の仕切りをした神、そのアイディアをだしたのが、ヤゴコロオモイカネ。
また、タカミムスビはアマテラスの子(実際にはスサノウの子)のアメノオシホミミの義父、それは聖武天皇の義父である自身を仮託したといえなくもない。
さらにいえば、中臣氏(藤原氏の先祖)のもともとの氏神であるタケミカヅチを、日本第一の「武」の神に押し上げ、オオクニヌシの国譲りの武力的功労者にしたところに、不比等は、藤原氏の隠された刀を覗かせているという見方をしているのだ。
年老いてもなお、正論に対して、邪推をしかけるという梅原先生の視線は僕の好みだ。
今後、更なるご活躍を期待したい。
まさむね

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[28 6 月 2010 | No Comment | | ]

先週、よしむねさんから、誠にありがたい書評をいただいた。
僕とよしむねさんが共通しているのは、かなり大雑把に言ってしまえば、昭和といういい時代に、青春を迎え、現代という苦境の時代に中年を迎えたという、二つのまるで、違う時代を生きてきたということだ。
僕らが生まれた昭和後期は日本人にとって、未来を、そして社会を、信頼することが出来た時代である。そこでは、普通に生きて、普通に働いていれば、普通に幸せになれると素朴に信じることが出来た時代と言い換えてもいい。
その頃の僕らは、おそらくそんな安穏とした世界の中で一生を終えるはずだったのだ。
そしてその安穏さと引き換えに僕らは過去の歴史をどこかに置いてきた。僕らの学生時代には、戦前、戦中(つまり昭和前期以前)という時代は忌まわしいものとしてただ否定し、時に茶化していればよかったのである。そして、実際にそういった言説があふれていた。
例えば、僕が学生時代に作っていた「一本気新聞」というミニコミには、グループ交際特集という特集があったのだが、そこの「グループ交際宣言」というコーナーには、「グループ交際には核を持ち込まない」という一節がある。もちろん、ジョークだ。
しかし、当時の文脈ではジョークだったその一節は、今でもジョークとして成立しているのだろうか。
僕らはフッと立ち止まらざるを得ない。それが平成の現代である。
つまり、時代は変わったのだ。バブル崩壊、ビッグバン、構造改革、リーマンショック...いつの間にか、僕らは信頼できるものをどんどん破壊された(あるいは破壊し)、そして自分自身とは何なのかということを考えざるを得なくなったのだ。
今回の鳩山さんの普天間問題でのバタバタは実は僕らのバタバタでもあると僕は思っている。他人事ではないのだ。戦後、アメリカに無自覚に守られてきた僕らは、無自覚ゆえに、「そろそろ出て行ってもらえますか」といえば、「まぁいいか、いいですよ。」とでも言ってもらえると、どこかで思っていたのではないだろうか。それは鳩山さんと一歩も違うことがない。僕らは全員でファンタジーを見ていたのだ。
戦後、過去を忌まわしいものとして排除してきたゆえに、その意味すらよくわからなくなった日本とは何かという問題、それは、つまり靖国神社とは何かという問題である。
僕は靖国神社とは、日本人にとって死者は怨霊にならずに、御霊になって僕らを護ってほしいという素朴な心情を国家主義が曖昧に吸い上げたシステムだと思っている。だから、そこには厳格な契約があるわけでもない。「御霊は集まって炎のようになりひとつになる。だから分祀はできない」という観念は、僕らには、なんとなく腹に落ちてしまうものではある。
しかし、そんなこと誰が決めたわけでもなければ、どこに書いてあるわけではない。
だから、論理的に外国に指摘されたら勝てるはずがないのだ。日本人は、そのことをまともに考えてこなかったのだから。
唯一、日本人に論理があるとすれば、それが日本人のやり方だから、とやかく言われる筋合いはないということだけなのである。
だから、僕らが合理主義的に、靖国問題を考えようとすると、必ずデッドロックに陥ってしまう。
そして、分祀論というのを言い出す人も出てくる。しかし、その意見にしても自信なさげだ。合祀という定義が曖昧なのだから、分祀だって曖昧にならざるをえないのだ。
そうこうしているうちに、頭がこんがらがってくる。僕らの歴史は一体どこにあるのだろうか。
そして、いつの間にか僕らは日本の歴史といえば、まるで幕末と戦国しかないかのように考えさせられているのだ。
僕が「家紋主義宣言」で言いたかったのは、ある意味、靖国問題をどう相対化すればいいのかということだった。
そのために、最終章で柳田國男の「先祖の話」を出して、僕らはただ、普通にご先祖のことを忘れないようにすればいいのだと言ったのである。
そして、ご先祖を思い出すきっかけのひとつとして家紋というデザイン、そして物語に一人一人が目覚めようと言ったのである。
さらに言えば、靖国問題を右と左という対立ではなく、将門の怨霊と桔梗紋の戦いという全く別のファンタジーで示して見せようとしたのである。それがうまくいったのか、いかなかったのか、面白かったのか、くだらなかったのかは読者の皆様のご判断にお任せするしかないが、僕の家紋主義は、ある意味、まだ始まったばかり、そして僕らの「帰り道」をどうさがしたらいいのかというテーマもこれからだと思っているのである。
まさむね

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[24 6 月 2010 | No Comment | | ]

たしかフランスの詩人ポール・ヴァレリーだったと思うが、「後ろ向きに未来に入る」という詩句があるそうだ。まさむねさんの「家紋主義宣言」がこの度めでたく発刊となったが、送っていただいた御本を拝読して、まさに上記ヴァレリーの言をまず思い出した。
やっぱりぼくら人間はゴーギャンの絵のタイトルじゃないけど「われわれは何者か、どこから来て、どこへ行くのか」を知りたがる生き物だ。そしていま過剰なまでに日本人が未来へ向かっての視線(眼差し)に晒されて痛めつけられているのだと思う。それは日本の将来性や未来のなさへ通じるような喪失感の予感でもあるだろう。グラウンド・ゼロの時代。
だが、未来ばかりを想い描こうとしても、未来からの視点だけでは多分たいしたアイディアは出てこないだろう、それよりもわれわれはどういう性(サガ)の人たちだったのか、何をしてきたのか、その来歴(後ろ向きに)を知ることがいまこそ必要なのかもしれない。
龍馬ブームにしろ、墓マイラー、歴女の興隆、アシュラーのブームにせよ、いわゆる「日本」が冠につく本の出版ラッシュにせよ、未来へ!未来へ!という視線の投げかけに疲れ、むしろ足元へ至る過去の道からもう一度見つめなおそうというある種の先祖がえりとけっして無縁な風潮ではないと思う。
そして今回「家紋主義宣言」を読んで、あらためてわれわれ日本人とは何者だったのかを強く感じさせられる契機ともなった気がする。家紋に託されたさまざまな物語、その紡ぎの数々。そこに何よりもまさむねさんの個人史も投影されている。
そして改めて確認させてもらったことは、家紋にまつわる意外なおおらかさや自由さということ。家紋が持つ広がりとは、かならずしも厳密な物語の公証性に基づくような類によるのではなく、あくまでもそこに自由な個人の思いがいつも許容されるスペースのようなものとして広がっているのだという事実。
それから家紋の種類の多さ、そのアイコン(イコン)としての面白さと秀逸さ。この家紋をめぐる象形性のひとつをとっても、以前ぼくも「デザイン立国・日本の自叙伝」の架空談義として書かせていただいたこととも相通じると思うのだが、日本人のデザイン感覚力(構想力)のDNAはやはりすごい!と思うのだ。そうしたことも本書を読んで気づかされたことだ。
ぼくは家紋主義宣言を読む前に、以下のような勝手な予感メールをまさむねさんに送らせてもらったことがある。それを原文のままここに引用してみる。
「日本人がいま自分のルーツ探しをしようとする時にあるいは{われわれはどこから来たのか}を知ろうとするときに家紋というのは有力なツールのひとつになりえるように思われます。
何でもありの時代だからこそ何も手がかりのない時代でもあるわけでそこに物語性としての家紋の意義があるようにも思われます。おっしゃられるように見えない制度としての抑圧性については注意しないといけないと思いますが。」
「みんな物語がすでに死滅したことは了解していてもやっぱり想像力としての任意の物語性は求めているように思います。それとやはり身体性ということの関連でも妙に家紋の象形チックな紋様がマッチするようにも感じます。」
この思いは本書を読んだ後のいまも変わらない。というよりも21世紀を迎えて、あらためてますます家紋の潮流が新しい、と言えるように思うのだ。ぼくもまさむねさんとは古い付き合いで、途中の音信途絶の時期もいれてもうかれこれ20数年になる。
昨年から骨折を機縁に(?)一本気新聞にも合流させてもらってこうして書かせていただいているわけだけど、年齢の近しい同時代人として、このような書物が同世代のひとりの書き手によって出現したことを誇りに思うし、もっと多くの人の目に触れてほしいと思う。
本の帯にもあるようにこの本は21世紀に出版が予定されていたもっとも危険な書物の一冊かもしれない。読まれていない方があったら、ぼくが言うのもなんですが、ぜひ読んでいただきたいと思います。そしてまず自分と自分の家の歴史(先祖の人たちのことも)についてしばし想いを馳せてみてください。そこからはじめてみましょう。
因みにぼくの家紋は「細輪に中柏」の柏紋である。まさむねさん曰く、ぼくの先祖はアート感覚にあふれたおしゃれな方だったのかもしれませんね、とのご診断。それからぼくの家(先祖)の出は姓から推察しても京都あたりだったのでしょう、ということ。ただし、実際のお墓に彫られた家紋は間違っているのだが。この間実家に帰ってそれを確かめてきた。まあ、いずれにしてもこれも家紋にまつわるおおらかな物語のひとつかもしれない。
最後に、まさむねさんの「家紋主義宣言」の一節でぼくがもっとも好きな語句は次のことばだ。
「今ならば、まだ、僕らの「帰り道」はかろうじてそこに在るに違いないのである。」
文字通り、最終章、結びのことば。ひとの帰り道。それはそのままこれから行く道でもある。もう日が暮れて、道は遠くなってきていても(お家がだんだん遠くなる)、まだ帰り道があると信じたい。
まさむねさん、出版おめでとう!
よしむね

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[11 6 月 2010 | 4 Comments | | ]

宮沢賢治が晩年を営業サラリーマンとして生きたことは意外に知られていないのではないか。「宮沢賢治 あるサラリーマンの生と死」(佐藤竜一著、集英社新書)はそのサラリーマン時代に比較的照準を合わせて書かれた本だ。
宮沢賢治についてはこれまで農業学校の教師や自ら農民となって活動したりという、いわゆる聖人ぽい紹介が多くなされてきたように思うが、晩年のサラリーマンとしての賢治像を読むと、長くモラトリアム青年であることをひきずり理想と現実の違いに悩み、病弱で転職を繰り返すような、どちらかというと現代の若者像とも交差する等身大の像に触れるようで共感を覚えた。
いま賢治が生きていたら、間違いなくブログやツイッターにはまっていたかもしれない。それにiPhoneやiPADにも。宮沢賢治はどこまでも未完成で、探し続ける実業の人という一面があったのだと思う。今でこそ詩人・童話作家として有名だが、存命中はもちろん無名に近く、生涯において原稿料は一度だけしか手にしたことがなかったという。
ぼくがサラリーマンとしての宮沢賢治に興味を感じるのは、もちろん自分が現にサラリーマンを生業としているということもあるし、世の多くの人がその生涯の大半を過ごす形態である以上避けて通ることのできない関心事であることにもよるが、それよりも複数の生としてのあり方に関する示唆のようなものを賢治の生き方に感じるからというのが一番の理由かもしれない。
回りくどい言い方かもしれないが、ぼくらは今後ますます多数的に生きてゆくほかないように思う。ネットの普及によってプロとアマの垣根が曖昧になりつつあるとはよく言われる。誰でもが自分が書いた小説や記事のたぐいをネットで公開することが可能になった。極端にいえばプロの新聞社に伍して個人でも新聞記事を書き、毎日配信することができる。
いっぽうプロとアマの間には依然として深い溝があり、いわゆるプロとアマの作家の違いには歴然としたものがある、という議論も成り立つだろう。ここでどちらが正しいというのではない。ただひとつ言えるのは、これからはプロとアマの間のグレーな部分がますます大きくなり、従来の既得権益に乗ったようなただの権威づけではもはやプロの定義にはなりえなくなるだろうということだ。もっといえば従来の境界を越えて、自由に行き来できるような感性のあり方こそがますます必要になると思われる。境界(クロスオーバー)の動きに鈍感なひとは多分何にせよもはやプロにはなりえなくなるだろう。
宮沢賢治の詩や童話がいまでも新鮮だとしたら、それはサラリーマンのような視点をけっして否定せずにむしろそこから書かれているからだとも言えると思う。なにかを特権視しないこと。書くことが偉いわけでも絶対でもないし、食べること、生活すること、楽しむこと、書くことを同じ視線で並べること。みんないろんなキャラクターに基づく複数の生を生きているのだ。
あるときは童話作家であり、詩人であり、法華経の信者であり、サラリーマンであり、広告マンであり、農業の実践者であるような生。そうした複数性こそが宮沢賢治の新しさであり、今も未来的な詩人に見える理由ではないかとおもう。
よしむね

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[21 5 月 2010 | No Comment | | ]

最近、内田樹先生の本をよく読む。ていうか、内田先生の本しか読んでいないと言っていい。
「現代霊性論」「寝ながら学べる構造主義」に引き続いて「邪悪なものの鎮め方」。
これも名著だ。さすが、いい本は考えるヒントをくれる。
短いエッセイ集なのだが、すべて面白い。
その中から一つ、「そのうち役に立つかも」というエッセイがこれまた出色だ。
引用させていただこう。
しかし、知性のパフォーマンスが爆発的に向上するのは、「その有用性が理解できないものについて、これまで誰も気づかなかった、それが蔵している潜在的な有用性」見出そうと作動するときなのである。自分が何を探しているかわからないときに自分が要るものを探し当てる能力。それが知的パフォーマンスの最高の様態である。
そして、この知性の働きのことを内田先生は、レヴィストロースの「野生の思考」から援用した言葉でブリコルールという。
いきあたりばったりに見えて、実は物凄くいいブリコルール的感性を持っている人になりたいものである。
というと、僕がまず思い出すのが、坂本龍馬である。彼は幕末という激動の時代に、さまざまな人とめぐり合いながら大きく日本を動かした(ということになっている)。
おそらく、彼が、武市半平太に会い、勝海舟に会い、松平春獄に会い、桂小五郎に会い、西郷隆盛に会い、陸奥宗光に会いって、一見なんだか偶然そうなっているようにも見えるが、実は彼の超ブリコルール的感性がなせる業かもしれないのだ。
なにせ、その当時だって日本の人口は何百万人(あるいは一千万人以上)もいる。その中で、彼だけが一介の素浪人として偉業を成し遂げたのは、やはり彼には特別な才能があったと考えてもいいのではないだろうか。
それにしても、後にどんな人になるかわからない人と出会って、とりあえず友達になっておく、そしてその友達が後にみな大物になる、そんな人生があったら素敵だろうな。
逆にいえば、今考えると、僕は本当に多くの人を見逃してきたなぁとも思う。
さて、話は変わるが、僕がなんでこんなに内田先生を持ち上げるかというと、今日、はじめて、挨拶以外でTwitterで返事をいただいたのがなんと内田先生ご本人からだったのである。
先生が今日、お墓参りに行かれたとつぶやかれたので思わず家紋は何でしたか?ときわめて不躾にしかも何気なく尋ねたところ、下記のようなお答えをいただいたのであった。
levinassien @dearpludence うちの家紋は平凡な「丸に横木甲」です。
字が間違っているとはいえ、それはそれで先生の味と僕は解釈したい。
先生ありがとうございました。
まさむね
ちなみに僕のTwitterのアカウントは、以下です。ほとんど、本の告知と有名人の家紋の啓蒙活動で使っています。もしご興味がありましたら、フォローなどしてください。dearpludenceは、もちろん、ビートルズの楽曲から。また、pludence が prudence ではないのは、ただ先にどなたかにとられていたからです。
http://www.twitter.com/dearpludence

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[19 5 月 2010 | No Comment | | ]

内田樹の「寝ながら学べる構造主義」(文春新書)を読んで、思わず自分が学生時代にこんな本があればいろいろと苦労しなかったのに、と思ってしまった。この本は、それほど、すんなりと構造主義がよくわかる本である。
僕が学生時代、「現代思想」という雑誌などでは構造主義はもてはやされていたが、大学の教室ではまだまだ、マルクス主義、実存主義が全盛だった。僕の指導教授も実存主義、マルクス主義の流れにある人だった。
僕らは真剣に、日本人に生まれたことはそれだけで、先の戦争に対する責任があるのだ、それがアンガージュマンというものだというようなことを話していた。また、他の学生はサルトルとかカミュとかが好きだったみたいでそういった作家を卒論のテーマとしていた。
ただ、僕は教室で、フーコー、レヴィストロースなどの名前を出してその教授に嫌な顔をされていた(多分)。
僕は本当に世間知らずだったのだ。
しかも、僕は構造主義もよく理解していなかった。だから、自分が考えていたことすらよく説明できなかった。
ただ、実存主義がなんだか変だということだけは直感でわかっていたのである。
しかし、あれから30年、僕は今、内田先生の本が平明に感じるようになった。
おそらく、現代という時代は、それほど、構造主義が常識になった時代なのである。
この本の中でレヴィストロースがサルトルに対してこう述べたという引用箇所がある。孫引きしてみよう。
サルトルの哲学のうちには野生の思考のこれらのあらゆる特徴が見出される。それゆえにサルトルには野生の思考を査定する資格はないと私たちには思われるのである。逆に、民族学者にとって、サルトルの哲学は第一級の民族誌的資料である。私たちの時代の神話がどのようなものかを知りたければ、これを研究することが不可欠であるだろう。
今読んでみると、当たり前にも感じるが凄い箇所だ。
時代の指導的立場にいたサルトルをいきなり博物館の標本みたいにしてしまったのだから。
こんな文章を、今から30年前の社会学のゼミで引用出来たらかっこよかったのにといまさら後悔するのでした。
まさむね

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[9 5 月 2010 | No Comment | | ]

よしむねさんも紹介されていて、以前から気になっていた「オーガニック革命」(高城剛著)を手にとってみた。
高城氏に関してはいろいろと感じるところがあるのだが、とりあえず、本の中身についてから語り出してみたいと思う。
高城氏も自身のブログで述べていたが、この「オーガニック革命」は売れているらしい。確かに、読みやすいし、中盤のイギリス経済の現代史などのところは、「こいつ只者ではない」感を十二分に感じることが出来た、その種の入門書としてはよくまとめられた読み物だと感じた。
また、本書20ページあたりにもある以下の指摘は面白い。
まずは「水・食料」「資源・エネルギー」「外交」「娯楽」の4つを最低限、個人で確保すべきということだ。
特に、4番目の「娯楽」の個人化という指摘は僕の見解とも重なるところが多い。例えば、高城氏はこう語る。
僕のいう娯楽とは、いま一般的に言われている娯楽とは少し違う。ある意味、宗教的なものというか、自分と向き合うためのあたらしい、”娯楽”が増えると思っている。人々は、いままで以上に自分自身について考えることになるだろう。
人間とはいったいなんなのか、ここにいる私とはいったい誰なのか。そんな自問自答こそが次世代の娯楽になる。時間は必要とするが、あまりお金はかからない。
勿論、先にあげたようなブログの中で高城氏が書く以下のようなレベルの話と僕が言っている話とは立ち位置が全く違うのだが、少なくとも、企業が社会やメディアが用意した”娯楽”ではなく、それぞれが自分自身を掘り下げて考えてみることが”娯楽”になるという点で僕と高城氏の認識は近いと思う。
おそらく、彼の場合、それが「オーガニック」であり僕の場合は「家紋主義」になるのであるが、僕の「家紋主義」に関しては、またいずれ別のエントリーでしてみたいと思う。
このロンドンの生活がなければ、いまだに僕は夜な夜な着飾ってパーティに繰り出し、高級ガソリン車を駆って、深夜営業の店を飛び回る二十世紀の囚人になっていたことだろう。
     ★
実は、僕は彼の言う「オーガニック」というものにはそれほど興味があるわけではない。基本的にそれは、金持ちの思想的モビルスーツだと思っているからだ。僕ら通勤電車に毎日2時間揺られ、朝食もおにぎり2つ(ツナマヨ、タラコ等)、夕食は家庭料理みたいな生活をしていて、勿論、自動車も持っていない、毎週土曜日の午前中、C型肝炎の治療の帰りに自転車でマクドナルドのクォーターパウンダーを買いにいく(あるいは、1ヶ月に1回の都内霊園めぐりをする)のが楽しみみたいなレベルの層からしてみれば、彼の以下のような話は雲の上の話なのである。
例えば、高城氏はこう話す
数年後を目処に、僕は沖縄で食べ物とエネルギーを100%自給自足する、あたらしいシステムの構築を目指している。水を循環させ、電気は自家発電、さらにはミニ水田を作って食べ物もすべて自分で賄えるようにしたい。
「100%自給自足か、じゃあ、東京、あるいはオーストラリアから沖縄まで歩いて、あるいは海を泳いでいくのは大変ですね、その場にいなくても稲は育つんだ、台風とか来なければいいね。」というような意地悪も言いたくなってしまう。
もしかしたら、高城氏を前にした僕は大変偏狭な心の持ち主かもしれない。
意地悪ついでに言えば、おそらく高城氏は基本的には輸入業者なのだろう。世界中を飛び回って、新しい潮流を見つけてきては、日本に紹介する、外国は進んでいるのに、日本はこんなに遅れているということを言い立てる啓蒙家だ。
その輸入品が、あるときは、シリコンバレーのITだったり、イギリスのオーガニックだったりするだけなのだ。残念ながら、彼が作り出すもののオリジナリティはあまり無い、「チキチキマシン」とか。
さらに言えば、僕は彼のストリート系の人々や若い女性、いわゆる高感度な人々へのシンパシィに対して、微妙な欺瞞を感じている。
その欺瞞とは、例えば、メディアやネットで情報を取得しているようじゃだめだ!!、真実はストリートにあるから、自分の目と足で確認せよ、とのたまう(115ページあたり)割りに、この本に出てくるデータはほとんどネットや経済誌からのものというようなところである。
      ★
さて、彼は今回の離婚騒動に関してブログでこう語る。
いま僕が日々対峙しているのは、本来対峙するべき人と違います
これはあくまでも想像だが、おそらく、相当タフな人々ともつき合わされているのだろう。
勝手ながら、同情申し上げます。
しかし、なんだかんだと言ったが僕は基本的に、高城氏の無邪気な少年性は尊敬に値すると思っている。
そのエネルギーと行動力と好奇心と矛盾をいとわない鈍感力はうらやましいとすら感じているのだ。
正直、現在の日本に必要なのは客観的に見れば、この高城氏的強引さだと思う。
だからこそ言いたい。がんばれ、高城!!
まさむね